東館の鬼

もしあの時引き返していたら…いや、結果は同じだっただろうな。


「鬼には神通力があったとか、心を読む力があったとか。ただ暴れるだけではない話もたくさん残っているのよ」


助手席のユミがスマホをいじりながら語る。ユミは民俗学研究会に所属しているだけあって各地の伝承に詳しい。


いつもよりテンションが高いように見えるのは、めったに見られないという鬼の遺物とやらを楽しみにしているからだろうか。それともひさしぶりに俺と過ごす週末を楽しみにしてくれているからだろうか。


ユミとは大学のゼミで出会い、付き合って1年くらいになる。バイトが忙しくてあまり会えていなかったので、この旅でユミのご機嫌を取っておきたいところ、だが…。


「ママが近くまで来るなら実家に寄っていったらどうかって言ってるけど、タカシくんはどうしたい?」


助手席から試すような視線を感じる。


目的地はユミの実家から結構近いところにあるらしい。それは聞いてなかったな…。


「い、いやー、手土産もないしやっぱりきっちり準備してから行きたいし…また次の機会にしようかな!」


ユミは少し不満そうな雰囲気を出しながらも「わかった」と引き下がる。ご両親に会うのは、まだ早い気がするんだ、うん。


そんなやりとりをしているうちに目的地に到着。博物館と言われても納得してしまいそうな大邸宅だ。


この邸宅の主の男性に案内され、鬼の遺物があるという東館に向かう。一般公開はしていないようなので、ユミがどういう伝手でその遺物のことを知ったのかと聞いてみるが、


「内緒」


とはぐらかされた。


東館に到着し、遺物があるという部屋に通される。中を覗くと、展示室ではなく普通の書斎のような部屋だった。


目的の遺物は部屋の中央のテーブルに置かれていた。


「…ツノ?」


それは30センチくらいの長さの漆黒のツノだった。折られたのか根元部分はギザギザになっており、そこから巻き貝のように螺旋状に伸びている。


鬼のツノ…ということだろうか?何やら強いエネルギーを秘めていそうな、触ったら爆発でもしそうな力を感じる。テーブルの上に無造作に転がされているが、ちゃんとしまっておくか飾っておくかした方が良いんじゃないかな?


触ったら呪われそう…。怖いので遠目に見ていると、ユミがスタスタと歩いていってツノをつまみ上げた。おい、さわんな!


「触らないほうがいいんじゃない?!」


呪われちゃうから!


「うふふ、大丈夫よ」


ユミが笑う。


「鬼のツノってなかなか折れるものじゃないから珍しいんだよ?タカシくんももう少し近くで見てみなよ。さあほら」


やたらと見せようとしてくるな。あんまり近づきたくないのだけど。


「あ、ああ。鬼同士で戦った時にでもしたのかな?」


長を戦いで決めそうなイメージがあるし。


「まあ戦いと言えば戦いね。夫が隠れて女の子と遊んでいたことがバレて、怒った妻がへし折ったんだって」


思ってた戦いとちがった…。やたら具体的だけど鬼の話だよね?


「ほら、これが浮気した鬼の末路だよ?」


ユミが俺の前にツノを差し出す。鬼のツノよりその意味深な言い方が怖くなってきたよ。


「鬼も浮気するんだね~?人間も鬼もすぐバレるのになんで浮気するんだろうね?」


急に冷たくなったユミの声に思わずビクリとする。横にいる館の主も肩をビクリとさせた。え…心当たりがあるんですか?


「ほ、ほんとだね…。それにしてもそんな言い伝えまで残っているものなんだね!」


浮気の話はやめて民俗学の話に戻ろう?こちらの目をジッと見るのもやめなさい。


「その鬼の夫婦はうちのご先祖様だったと言われててね。うちの家系は男を見る目がないのか、こういう浮気夫を妻が成敗する話が代々残ってるのよ」


成敗…。


「ちょっと前にもあったみたい。ねぇ?パパ?」


パ、パパ?


隣を見ると館の主がものすごく気まずい顔をしている。


ユミのパパだったのかよ!言ってよ!なんで娘の彼氏の前で過去の浮気を問い詰められてるんですか…。


「浮気はダメだよね?タカシくんはどう思う?」


驚いていたら矛先がこっちを向いた。


「…も、もちろんダメですよ!」


思わず敬語になった…お、落ち着け俺。変に慌てたら怪しまれる。


「じゃあさ…」


ユミがパンツのポケットから何かを取り出し、こちらに見せる。そこには先程まで手元にあったはずのスマホが握られており。メッセージアプリが開かれていて。


…なんでユミが僕のスマホを持ってるの?これが鬼の神通力とやらかな?


「メイちゃんって…誰?ずいぶん親しそうにやりとりしてるけど」


そう言って鬼も逃げ出しそうな目でこちらを見るユミ。


寒い部屋なのに汗が止まらないや。目の錯覚か、ユミの頭にツノが生えているように見えるよ。


「いやいやいや、この子はバイトの後輩でね?上京したてでバイトも初めてで不安だって言うから相談に乗ってただけでね?それだけだよ?」


ほんとにまだ何もなかったから!あわよくばという気持ちはちょっとだけあり…ダメだ考えるな!心を読まれる!


深呼吸して…今考えるべきことは…。


ユミが一番!ユミが一番!ユミが一番!


「…そっか、ならいいんだ」


よぉし!


「もしタカシくんまで浮気性だったら…」


うん?


「ボキッと折っちゃうところだったよ」


…何を?!


手に握ってるツノがなんだか折れ曲がってるように見えるけど、それめったに折れないんですよね?


とりあえずは納得してくれたようで、ユミの雰囲気が元の柔らかさに戻った。ふう。


「タカシくん、随分汗かいてるね?ここは温泉もあるし、入っていきなよ」


まるで自分の実家みたいに言うね。


「その後ママとも会ってもらおうかな?西館にいるからすぐ会えるよ」


やっぱりここはユミの実家だったかー。だって館の主がパパだもんね!さっき実家行きは断ったのに!断ったよね?


しかし腕を掴むユミの手からはなにやら逆らってはいけない力を感じる。


俺は「はい…」と答えることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る