アメリカ製保健室
「タカシくん、ヒロアキくん、開けなさい!」
二人の男子小学生が学校の保健室に閉じこもった。
後ろでガシャンという音が聞こえて田口先生が振り向くと、自分について保健室を出るはずだった二人の姿が消え、分厚い扉が閉まっていた。慌てて開こうとするが、びくともしない。
その扉は普通の小学校にあるようなドアではなかった。
アメリカの姉妹都市から招いた建築家が設計したこの小中一貫校は、外部からのあらゆる脅威に対応できるように必要以上の頑丈さで建てられた。特に各部屋の扉は特別頑丈に作られており、一度ロックされると、外からは簡単に開くことができない。
保健室に閉じこもったタカシとヒロアキはいたずらの成功を祝してハイタッチしていた。分厚い扉の向こうから田口先生の声がかすかに聞こえるが、開かれる様子はない。
「占拠成功だな!」「だな!」
体調を崩しやすいヒロアキに付き添うことが多かったタカシは何度もこの保健室を訪れており、ここに数日閉じこもれるくらいの設備があることを知っていた。奥の部屋には食料と水が大量に備蓄されていて、トイレもあるし、ちょっと変わった形のカプセル型ベッドもある。
これらもこの小学校を設計したアメリカ人建築家が準備したものであった。
なぜ保健室に籠城できる設備が必要なのかはさっぱり分からなかったが、ドラマで病院を占拠する悪役を見て憧れていたタカシはすぐにこの計画を思いついた。ヒロアキに具合が悪くなったフリをさせて保健室に付き添い、先生が扉を出るのを待って扉をロックしたのだ。
二人は保健室の設備をひとしきり見て回り、ランドセルに隠し持っていたゲーム機で遊び始めた。
保健室の外では担任の田口先生の他に校長先生や保健室の千里先生が集まり、二人を保健室から出す方法を相談していた。
「…外からドアのロックを解除する方法がない…ですと…?」
校長先生が千里先生に顔を青くして聞き返す。
「はい…。解除コードがあれば外から解除できるのですが、そのコードを書いた紙が保健室の中にありまして…」
「おおう…わかりました。こうなったら扉を壊すしかなさそうですね」
「それが…この保健室はドアも含めて特別頑丈に作られてまして…爆弾が落とされてもこの保健室だけは無傷で残るレベルだそうなので壊すのはむずかしいかもしれません…」
「いらん!保健室にそんな頑丈さいらんよ!」
校長が頭を抱える。
「あともう一つお伝えしておかないといけないことがありまして…。奥にあるカプセル型ベッドなんですが…」
「ヒロアキ、そろそろ寝るか」「…」
思いっきり遊んだ後で備蓄の食料でお腹が満たされたヒロアキが船を漕ぎ始めたので、立ち上がらせて奥の部屋に移動する。カプセル型のベッドの1つにヒロアキを放り込み、タカシは隣のベッドに入った。カプセルの中に寝転ぶと、まるで宇宙飛行士になったようでワクワクしてくる。
顔を横に向けるとボタンがいくつか並んでいる。ますます宇宙船みたいだ、と思いながら適当に押してみると、プシューっと水蒸気のようなものが噴き出してカプセルの中に充満し始めた。
「うわ、なんだこれ…。え…ねむ…」
タカシは急な眠気に襲われ、意識を失った。
…それから2年が経ったある朝…
閉ざされていた保健室の扉が開いた。
田口先生を先頭に、校長先生と少年たちの両親、その他学校関係者が室内になだれ込む。そこにはたっぷり睡眠を摂ってスッキリした顔の少年が二人、気まずそうな表情で立っていた。
「えーっと…あれ、先生…年とった?」「老けた?」
「失礼ね!そんなことより、二人とも体調は大丈夫なの?」
「うん、なんかすごくたくさん眠った気がする」「する」
「そう…あのベッドを使ったのね…」
カプセルをチラリと見る先生。
一旦帰宅することになり、両親に連れられて校門へ向かう少年二人。校舎の2階からその姿を見ている上級生が二人いた。
「あの二人、帰ったら怒られるんだろうなぁ。俺たちの時も滅茶苦茶怒られたもんな」「怒られた」
「あの酸素カプセルで一晩寝たら次の日めっちゃ元気になるんだよな。校庭で鬼ごっこしようぜって扉を開けたら校長先生に父さん母さんまでいてびっくりしたな」「びっくりした」
「でも楽しかったな!」と笑ってあっていると、後ろから声がかかった。
「タカシくん、ヒロアキくん、さっきの二人が酸素カプセルのことを君たちから教えてもらったと言ってるんだけど、どういうことかしら?むやみに話さない約束だったよね?」
田口先生である。
「え…あ…その…」「ばれた」
その後校長室に連れて行かれた二人は、2年前の立てこもりのことを蒸し返されつつ、こってりと絞られたのだった。
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