雪の妖精

1年中雪に覆われる北の街。その街の外れにある教会にソーニャという女の子が住んでいました。


赤ん坊のときにシスターに拾われたソーニャには両親の記憶がありません。教会には同じような孤児が数人いましたが、ソーニャは誰ともあまり話さず、いつも一人で過ごしていました。


その日もシスターや他の子供たちが過ごしている部屋を抜け出したソーニャは、マフラーと手袋を身につけて教会の裏庭に出ました。裏庭は遊ぶには少し狭いので、人があまり来ないのです。


誰もいないことを確認すると、ソーニャはしゃがんで雪だるまを作り始めました。


小さな雪だるまを作り、その両隣に少し大きめの雪だるまを2つ作ります。仲良く並ぶ3体の雪だるまを満足げに眺めていると、フッと風が頬を撫でました。誰かが庭に出てきたのかと慌ててまわりを見回しますが、誰もいません。不思議に思っていると、視界の角で何かが動きました。


そちらを見て、ソーニャはハッと息を呑みました。ソーニャの身長の半分くらいの小さな竜巻が現れ、ゆらゆら動きながら粉雪を吹き上げていたのです。


驚いていると、その竜巻は踊っているかのようにソーニャと雪だるまのまわりをまわり始めました。まるで遊んでいるかのような動きで、怖い感じはしません。


「…雪の妖精さん?」


声をかけると、竜巻はまわるのをやめて粉雪をフワッと吹き上げます。ソーニャは楽しくなってきてクスクス笑いました。


「妖精さんも遊びに来たの?一緒に遊ぶ?」


まるで夢の中にいるような気分になり、いつもは口に出さないような素直な言葉で話しかけていました。


それからというもの、ソーニャが裏庭に出るとたびたび雪の妖精が現れるようになりました。


雪の妖精は何をするでもなく、雪遊びをしているソーニャのまわりで雪を吹き上げながらゆらゆらしています。ソーニャは遊びながら、ぽつりぽつりと自分の心のうちを話します。ママとパパがいないことをうまく受け止められなくて素直になれないこと、本当はみんなと仲良くしたいこと、優しいシスターが大好きなこと。


思っていることを雪の妖精に話すと心のもやもやが晴れる気がして、最近はシスターや他の子達とも少しずつ話したり遊んだりできるようになりました。


雪の妖精はそんなソーニャの話をただ静かに聞きます。



「ソーニャ…良い子…グスッ」


「おい、もういいだろ。返せ」


涙ぐみながら何度も雪を吹き上げようとする和田からスマホを取り上げる。それはいいね!ボタンではない。


画面上には教会に戻るソーニャの後姿が映っている。出会った日と比べて軽くなった足取りに安堵し、和田に向き直る。


「興味湧いた?」


「ああ、すぐ登録するわ」


高い会費を払ってできることが雪を吹き上げることだけって何が面白いんだ、と先程までバカにしていたくせにすっかりその気になったらしい。


和田に自分の紹介コードを記入した孤児支援機関のパンフレットを渡す。この機関経由で一定額以上の寄付をすると、自分が支援した子どもたちの様子をアプリで見ることができる。さらに寄付を続けると会員ランクが上がり、今見せたような"妖精さん"として孤児たちのメンタルケアを受け持てるようになるのだ。


和田が会員登録すれば、友達紹介の実績が解除されてもう1つ会員ランクが上がる。これで雪の妖精でできることが増えて、またソーニャを喜ばせることができる。追加の寄付金も必要になるが、それもゆくゆくはソーニャのために使われると思えば安いものだ。


私は和田をさっさと帰らせて、またアプリを開いた。

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