台にアニバーサリー
「じいちゃん…」
男手一つでミゲルを育ててくれた祖父が亡くなった。
事故で両親を失った時に引き取られ、それ以来唯一の家族だったのに。支えを失ったミゲルは途方に暮れた。
そんなミゲルの元に遺産の管財人が訪れる。
未成年のミゲルが一人になっても生きていけるように、祖父があらかじめ手配してくれていたのだ。
祖父と住んでいた自宅と工房はミゲルが相続し、今後5年間ミゲルが成人するまで毎年生活費が支払われる。
管財人はそう説明すると生活費が入った重い袋をミゲルに手渡し、これも祖父からだという封筒を1通置いて帰っていった。
封筒の中には鍵が1つと「工房の引き出し5」と書かれたメモ。
最期まで自分のことを案じてくれた祖父の想いに涙を流し、ミゲルは自宅に隣接する祖父の工房に入った。
祖父の工房に入るのはこれが初めてである。ミゲルは祖父が工房で何かを作っていることは知っていたが、どんな仕事をしているのかをはっきりと聞いたことがなかった。
工房に入ると、中央に3m四方くらいの大きな作業台があり、それ以外は何もない。作業台にはいくつも引き出しがついており、どれも鍵がかかっていた。
一体祖父は何を作る商売をしていたのだろうと思いながら、封筒の鍵で開く引き出しを探す。
ようやく鍵に合う引き出しを見つけ、開くとそこには注射器などの医療用具と、薬や毒に関する書籍が大量に入っていた。
「…薬や毒を作れるようになれということ…?じいちゃんは薬師だったの?」
メモの他に詳しい説明がなかったので祖父の意図が分からなかったが、きっと役に立つと信じて勉強することにした。
そうして1年かけて、ミゲルは医療用具の使い方を理解し、薬と毒を扱う知識と技術を身に着けた。
祖父がなくなってから1年後、約束通り生活費が届いた。生活費の袋には封筒が入っており、開けると新たな鍵と「工房の引き出し2」というメモが入っていた。
鍵で工房で引き出しを開けると、今度は木槌にハンマー、ナイフやのこぎりが入っていた。
「…戦う力を身に着けろということ…?…戦う薬師…?」
やはり祖父の意図は分からなかったが、きっと役に立つに違いない。そう信じてまた1年努力し、どんな武器でも敵を殺傷できるほどの技術を身に着けた。
3年目に届いたのは「工房の引き出し4」の鍵。引き出しには医学関連の書籍とノートがたくさん入っていた。ノートには女性のものらしき字で医学用語の説明や学習の進め方が丁寧に書かれている。
「…人体について理解しろということ…?」
4年目には鍵と「工房の引き出し3」というメモ。引き出しにはロープ、千枚通し、斧などの道具が入っていた。
「…拷問用の道具…?」
祖父が何の仕事をしていたのかも自分がどこを目指しているのかもさっぱり分からなかったが、ミゲルは祖父を信じ、引き出しから出てきたものを使いこなせるように3年目も4年目も努力を重ねた。
4年目も終わりに近づいたある日、ミゲルの自宅に3人組の強盗が押し入ってきた。金を溜め込んだ一人暮らしの未成年がいるらしいという噂を聞きつけたのだ。
しかし彼らは金を手に入れられず、逆にすべてを失うことになる。様々な技術を身に着けたミゲルによって、一人は毒を塗った吹き矢で倒れ、一人はナイフで首をかき切られて絶命し、あと一人は関節を外されて無力化された。
瞬時に敵を倒した後でミゲルは気づく。
「…そういうことだったのか…」
人体について隅々まで理解し、暗殺と拷問の技術を持ち、毒も扱うことができる。きっと祖父は凄腕の暗殺者か何かだったのだ。そしてその技術を引き継げるよう、自分に遺してくれた。
ミゲルは生き残った強盗を拷問にかけて彼らが街に潜む闇組織の一員であることを聞き出した。そして祖父の遺志に応えるため、そのまま家を飛び出した。
祖父が亡くなってから5年後。ミゲルが成人になる年。再び自宅に管財人がやってきた。
「すまんすまん。渡す順番を間違えていたらしい。これが最初に渡すはずの封筒だったわ」
そう言うと返事を待ちもせず、誰もいない玄関先に最後の生活費と封筒を置いてそそくさと帰っていった。
封筒には鍵と「工房の引き出し1」というメモ。その鍵で開けられる引き出しには、祖父と父が遺した設計図や大工になるための心得をまとめたノート、赤ん坊のミゲルを抱いた両親の写真と数枚の手紙が入っている。
手紙には一人きりになってしまったであろうミゲルへの励ましの言葉に続き、ミゲルが知りたかったことが書かれている。祖父は大工であり、その息子である父も大工だったこと。母は医者だったこと。ミゲルが二人と同じ道を歩めるように毎年プレゼントが届くこと。
そして「どんな仕事を選んでも良いが、両親のように人の役に立って生きていくことを願っている」という言葉で締めくくられている。
ミゲルが大暴れの末に街の闇組織を掌握し、その後にこの手紙を見つけて愕然とするのはもうしばらく先の話。
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