助手席の異世界転生

その日、田中くん一家は家族旅行からの帰りのドライブ中でした。パパが運転しながら助手席のママとお話しています。後部座席の田中くんの隣では妹のみさちゃんが疲れて眠っています。


田中くんもウトウトして眠りそうになっていると、パパが突然「おい、どうした!!」と叫びました。


びっくりして目を開けると、助手席のママのまわりに光の粒がたくさん浮かんでおり、その数がどんどん増えています。


「ママーッ!!」


光はどんどん強くなっていき、ママの姿が見えなくなりました。田中くんはあまりの眩しさに目をギュッと閉じました。


しばらくすると光が収まったような気がしたので、おそるおそる目を開きました。しばらくはぼんやりしてよく見えませんでしたが、目が慣れてくると目の前の助手席がなくなっていました。


「ママは?!」


ママはいました。車の床に呆然とした表情でペタンと座っています。


ママが座っていた助手席だけが光とともに消えてしまったのでした。


その少し前、とある異世界では。


「いでよ!!魔王!」


魔法使いたちが召喚の呪文を唱えると、魔法陣から光の柱が立ち上りました。光はどんどん強くなり、眩しくてやがて何も見えなくなりました。やがて光が消えるとそこには見慣れない形状のソファのようなものが鎮座していました。


魔王ではなく予想外のものが現れ、魔法使いたちが首を傾げます。あれが魔王か?いやソファに見えるけど?などと話し合っていると、そのうちの一人がハッとひらめきました。


「これは魔王の玉座なのでは?!座った者に魔王の力が授けられるのです!」


なるほどそうだ、そうにちがいないと魔法使いたちも納得し、玉座を担ぎ上げて大急ぎで王様の元へと運びました。


彼らは王様の命令で魔王を召喚の儀式を行っていたのです。この国の王様はとても好戦的で、いつもまわりの国に戦争を仕掛けていました。魔王を召喚することでもっと強い力を手に入れようと考えたのです。


魔王の玉座が召喚されたことについて説明すると、王様は大変喜びました。


自分が座っていた玉座と魔王の玉座を入れ替えさせて、早速座ってみます。


「ほぉ…これは…」


天にも昇るような座り心地に思わずため息が出ました。柔らかすぎず硬すぎず程よい反発を返す玉座が王様を優しく包み込みます。王様用に作られた豪華なベッドですらこの玉座と比べると固くて寝心地が悪かったように思えました。


あまりの快適さに王様はいつの間にか眠ってしまいました。まわりの家臣たちは王様が眠るところを見たことがなかったので驚きましたが、きっと魔王の力を取り込んでいるのだろうと邪魔にならないよう静かにしていました。


8時間後、王様はスッキリした顔で目覚めました。今までこれほど深く眠れたことはありません。長年悩まされていた頭痛も腰痛も消え、まるで生まれ変わったような爽快な気分です。


王様は立ち上がってぐぐ~と伸びをした後、少し考えてから宣言しました。「戦争などという疲れることはもうやめじゃ!」


寝不足による体の不調とイライラが解消された王様はまともに考えることができるようになったのです。


王様はその後まわりの国にこれまでのことを謝り、友好関係を結びました。


たまたま魔王の代わりに召喚された田中くん家の車の助手席によって、世界に平和がもたらされたのでした。

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