お前もゴリラにならないか?

「今お時間ありますか?」


ブラブラしていたら探検家のような格好をした女性に声をかけられた。


近くで無料VR体験会をやっているのでぜひ体験していってほしいという呼び込みだった。何やらその時々の格好に応じて異なる世界を体験できる最新型のVRゲームらしい。面白そうなので体験してみることにした。


女性に案内されて体験施設に入り、受付で簡単なアンケートを記入する。隣接する動物園にちなんでか、動物の着ぐるみを着て遊ぶのがおすすめとのことなので、目の前にあったゴリラの着ぐるみを選ぶ。


動きづらいかと思いきや妙にフィットするゴリラの着ぐるみを着せられ、案内されるまま薄暗い部屋に入り、診察台のようなイスに横たわってVRゴーグルを装着した。すぅっと気が遠くなっていく。


気がついたら西洋風の町並の真ん中に立っていた。ヨーロッパ風の建物に囲まれた道を石畳を馬車が走っている。まるで中世時代にタイムスリップしたような景色だが、周りを歩いているのが人間ではなく全員ゴリラだ。ゴリラが服を着て、買い物したりおしゃべりしたりしている。


自分の体を見下ろしてみると、服は着ているが体は黒いふさふさの毛で覆われており、腕がやたらと太くてたくましい。自分もゴリラ人?になったらしい。


違和感はあるがリアルで、現実のように見えるゴリラの世界。どれくらい長く体験できるのか分からないが、せっかくなのでこの世界の住人になったつもりで楽しむことにした。


体感で数カ月間をゴリラとして生きて、すっかりこの生活が気に入ってしまった。冒険者となって仲間とともにモンスターを倒したり、ダンジョンで貴重な宝を見つけて王に謁見したりと、人であった時よりも充実した毎日を送っている。


この数カ月間の中で一番衝撃を受けたのはゴリラと人間が戦争をしているということだ。この世界にはゴリラだけでなく人間も存在し、それぞれ「ゴリラ族」「ヒト族」と呼ばれている。動物を奴隷として扱うヒト族はゴリラ族と敵対しており、頻繁に戦争が起こる。戦争が起こると俺たちのような冒険者も兵士として参加し、ヒト族と戦う。最初は人間を相手に戦うことに抵抗を覚えたが、何度か繰り返すうちにゴリラ族としての自覚が目覚めたのか、抵抗なく倒せるようになった。


身体能力で勝るゴリラ族と技術力で勝るヒト族の戦力は拮抗しており、戦争が起こってもどちらかが圧勝するということはなかった。争っては疲弊して休戦する、ということの繰り返しだった。これまでは。


今回の戦争ではその均衡が崩れた。ヒト族が現代の地球にあったような先進的な兵器をどこからか入手し、それを使ってゴリラ族を圧倒したのだ。


俺たち冒険者も兵士とともに懸命に戦ったが、ついに敵に包囲されてしまった。仲間が一人また一人と倒れていく。何とか突破口を切り開こうと必死で暴れ回ったが、敵が放ったミサイルの爆風に吹き飛ばされ、俺は意識を失った。


ハッと目を覚ますと、包帯を巻かれた状態で診察台に寝かされていた。どうやら奇跡的に一命をとりとめたらしい。ゴリラ族の女性が駆け寄ってきて、状況を説明してくれる。俺たちが倒れたあともヒト族はさらに攻め進み、ゴリラ族の王都は陥落してしまったようだ。


ここは生き残ったゴリラ族が身を潜めているアジトで、これから捕虜として捕らわれた仲間を解放するためにゲリラ戦を展開する計画らしい。もちろん俺も参加して国の再建に協力することを伝えた。


診察台を降り薄暗い部屋から隣の部屋に入ると、そこには自分と同じようにヒト族への憎しみで溢れたゴリラ族が集まっていた。


作戦開始は今夜。この近くで捕らえられている仲間たちを解放し、ゴリラ王国を再建する。



『臨時ニュースです。昨晩発生した、ゴリラの着ぐるみを着た武装集団が動物園に侵入し、占拠した事件についての続報です。先程機動隊により武装集団は鎮圧され、全員逮捕されました。犯人たちは強い洗脳状態にある見られ、自分を本物のゴリラだと思いこんでいる模様です。この集団洗脳を首謀したと思われる女性は警察に対し「動物たちを解放したかった」と供述しているとのことです。』

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