親切な暗殺

ガシャンッ!!


ガラスが割れた音がしたと思ったら首根っこを掴まれて床に引き倒され、背中に誰かが覆いかぶさってきた。次の瞬間、耳をつんざくような爆発音が起こり、熱風が襲いかかる。


何者かによって執務室に爆弾が投げ込まれたらしい。今も背中で守ってくれている者がいなければ、気づく間もなく吹き飛んでいただろう。


私を狙ったのであろうこの爆破はT国によるものと思われる。軍の参謀を担っている私を暗殺することで戦争を短期決着させる目論見だったのだろう。


「このまま死んだ方がこの国のためかもしれないな…。」


我がS国は大国であるT国に無謀な戦争を仕掛けて返り討ちにあい、既に領土の大半を敵軍に奪われている。もはや勝ち目がない中で抵抗を続けても被害が増すばかりではないか。T国の目論見通りここで私が倒れれば軍は混乱し、さしたる抵抗もできず首都が陥落するはず。


そう思ってつぶやくと背中から返事が返ってきた。


「それならここで死んだことにして逃げませんか?」


この声はいつも私の右腕として働いてくれている女性職員。戦闘経験はないはずだが、どうやら彼女に命を救われたらしい。


立ち上がり、私の手を取って引き起こしてくれる。


「今のうちに姿を消せば爆弾で吹き飛んだと思ってもらえます。」


その言葉に背中を押され、国を出ることを決意した。姿を見られる前に現場を離れ、人目につかないように移動する。


戦闘員でもないのに爆破から私をかばい、自分は逃げる必要もないのに脱出を助けてくれた彼女。自分のことは気にせず戻ってくれと伝えても、「お世話になりましたから」と聞かない。


結局彼女の伝手があるというU国に二人で逃げ延び、住居と新しい身分まで用意してもらってしまった。「怪しまれないように夫婦ということにしておきました」と言うが彼女の方はそれで良いのだろうか…。


今日は「地元の伝手に手紙を出してくる」と出かけていった。世話になってばかりで申し訳なく思うが、彼女が一緒にいてくれるなら一からやり直す生活もきっと楽しいものになるだろう。まずはこの新居を整えて一日でも早く自分にできる仕事を見つけ、少しでもこの恩に報いたいものだ。



「あの子はうまくやったようね。」


部下からの報告を聞いた軍服の女性が満足気に頷く。彼女はU国暗殺部隊の隊長である。


その暗殺部隊は基本的にターゲットを殺さない。誘惑や思考の誘導によって表舞台から姿を消すように仕向けるのだ。そうすることで仮想敵国の力を削ぎ、戦争や外交を自国に有利に進める。ターゲットには名前や身分を変え、新天地で新しい生活を始めてもらう。彼女たちはそれを「親切な暗殺」と呼んでいる。


「それで…ターゲットは新しい生活にすっかり染んでいるはずなのだけど…彼女はいつここに顔を出すつもりなのかしら?」


「"まだ追手の気配がする"、とか"今離れたら怪しまれる"、とかもっともらしい理由を書いてますが、これはもう帰ってこないやつですね。」


「そ、そう…。やっぱりそうなるのね。」


ため息をつく隊長。


一度任務に就いた隊員は大抵帰ってこない。危険な任務で命を落とす…というわけではない。


ターゲットの信頼を勝ち取るために相手について綿密に調査を行い、数年以上その近くで過ごし、危機的状況をともに乗り越える。そうしているうちに…絆されてしまうのだ。気がつけば任務は二の次。ただひたすらターゲットを幸せにするために行動するようになってしまう。


無理やり連れ戻すにしても潜伏任務に就くような隊員は戦闘力が無駄に高いので、こちらにも被害が出る。あきらめて「お幸せに…」と送り出すことしかできないのだった。


(次は私が行こうかしら…。)


また優秀な隊員を失ったことをどう報告するか悩みつつ…少しだけ、そんな情熱的な生き方に憧れる隊長であった。

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