ごはん杖
「ごはんが食べたい…」
遭難してかれこれ2日経った。
4日間かけてのソロ縦走登山。その1日目に崖を滑り落ちて荷物を失い、足もくじいて動けなくなってしまった。手元にあるのは水の入ったペットボトル、圏外のスマホとトレッキング用の杖のみ。空腹で意識が朦朧としてきた中、ふとスマホを見るとメールが届いていた。今はまた圏外になっているが、一時的に電波がつながったらしい。
メールは自宅で待つ娘からで「ご飯が食べられない状況になったら杖の持ち手を開けてみてね♪」とある。こちらからの救援を求めるメールは届いていないようで、ほんわかした文調のメールである。
そんなことよりも杖だ。山に入る前に娘に持たされた杖。
持ち手をひねってみると、たしかに開きそうである。何という偶然か、娘はいざというときのために非常食をこっそりと仕込んでおいてくれたらしい。
「ご、ごはん…!!」
娘の気遣いに泣きそうになりながら持ち手を開き、中に入っているものを引っ張り出す。
…カラン。
簡易な箸とスプーンが転がり出てきた。
ごはんではなく、ごはんを食べるためのセットである。
「…そ…」
体がぷるぷる震える。
「そうじゃないだろおおぉー!入れるなら食い物だろおおぉぉー!」
叫んだ。
2日間食べてなくてもこんなに大きな声が出るんだ~、と自分でもびっくりするくらいの声で叫んだ。
残り少ない体力を絶叫で使い果たし絶望に打ちひしがれていると、遠くから人が呼ぶ声が近づいてきた。どうやら先程の絶叫が届いたらしく、たまたま近くにいた登山者が何事かと探しに来てくれたらしい。
どうにか帰還することができた。
帰宅すると娘が「どう?杖は役に立った?」とドヤ顔で迎えてくれる。
…ある意味役には立った。杖のおかげで命拾いをしたと言ってもまあ過言ではない。しかし箸とフォークが出てきたときのあの絶望感を思い出すと、なかなか「ありがとう」という言葉が出てこないのだった。
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