忍者ラブレター
「昨日ラブレター届けに行ったんでしょ?どうだった?」
「う~ん、ダメだったわ…。」
仕事帰りにカフェで話す二人の女性。
「試験でやったとおり潜入して机に手紙を置いてみたんだけど、部屋に戻ってきた彼が手紙を見つけた途端に震え上がって読まずに捨てられちゃったわ。」
「急に自分の机の上にラブレターが現れたらそうなるわね。」
「本当にこんな方法が結婚につながるのかしら…」
二人はこの3ヶ月間一緒に受講した婚活セミナーを振り返る。
「幸せは闘って手に入れろ」というアグレッシブなキャッチフレーズが刺さったのでセミナーに申し込んだまではよかった。しかしいざ参加してみると走り込みから始まって筋トレ、山にこもってのサバイバル、相手を無力化する戦闘訓練、と少し戦闘に寄りすぎなんじゃないかという内容であった。なぜ婚活するのに相手を無力化する必要があるのか。
卒業試験には「ラブレター配達」という課題が出され、「ああようやく恋愛要素が出てきた」と思ったのもつかの間。様々な罠が張り巡らされた敵地に単身潜入し、ボスの部屋に脅迫状を置いてくるという、脅迫状に使う封筒がラブレター風であること以外に恋愛要素皆無のミッションであった。
疑問を持ちつつもどうにかすべての任務をクリアしてセミナーを卒業し、早速気になる相手の自宅に潜入してラブレターを届けてみたら、めちゃくちゃ怖がられてしまったわけである。
参加するセミナーを間違えたかしら…とため息をつく二人。
「恋愛力は全く上がった気がしないわ。戦闘力は過剰に上がった気がするけど。」
「ほんとね…もしかしてもっと強い男を狙うべきなのかしら。」
「確かに強い男性なら話が合うかも。でもそんな人知り合いにいないわねぇ。」
「探しましょう。夜の繁華街とかできるだけ治安の悪そうなところをうろついてみましょう。」
「幸せは闘って手に入れる、というわけね。」
セミナーに毒された二人が少しズレた作戦の結構を決めたところで、カフェの入り口あたりが騒がしくなった。見ると、ガラの悪い男二人がレジ前でカフェの店員に絡んでいる。
「早速ちょうど良さそうな二人組が現れたわよ。」
「そこそこ筋肉がありそうだし、顔も悪くないわね。これは運命の出会いかもしれないわ。アタックしましょう。」
女性二人の姿がテーブルから消えた。
その時レジ前では金髪とオールバックの男二人が店員を挟み、態度が気に入らないとか、コーヒーがぬるかったとかあれこれと因縁をつけていた。支払いを免れようという魂胆である。
「そこのおにいさんたち。」
「うおっ、なんじゃい!」
すぐ後ろから声をかけられ、男たちが慌てて振り向くと、そこには女性らしき二人組。なぜか全身黒装束で立っている。
「は…?忍者…??」
「私達があなた方のお相手をしましょう!」
男たちの困惑も意に介さず、二人の忍者は懐から手紙を入れた封筒らしきものを数通取り出した。ハートのシールで閉じられたラブレターである。そしてそれらをセミナーで学んだ通りの方法で相手に渡す。
カカカカカッ
「ひいぃっ」
二人の手元から目にも止まらぬ速さでラブレターが放たれ、手裏剣のように足元の床に突き刺さっていく。男たちは悲鳴を上げながら後ろに下がり、壁際に追い詰められた。
忍者はどちらも完全に獲物を狙う眼になっている。男たちは自分の額にラブレターが突き刺さる光景を想像し、ガクガク震え始めた。
「ひと目見て運命を感じました。よかったらお付き合いいただけます…?」
緊迫した雰囲気の中、忍者の一人が頬を染めながら金髪の男に告白する。どちらがどちらの男を狙うかはあらかじめ相談済みである。
なるべく可愛く見えるよう、上目遣いで見上げる。しかしラブレター手裏剣で既に恐怖のどん底にある男たちには「これからちょっと付き合えや」という脅しに聞こえ、震える続けることしかできなかった。顔が汗と涙でぐしゃぐしゃになっている。
…
「…反応がないわね…なにか間違えたかしら?」
「さっぱりわからないわ。人前で告白されて恥ずかしがってるのかも?」
「それだわ!ちょっと配慮が欠けてたわね。じゃあそれぞれ二人きりでじっくり話すことにしましょう。」
「確かに二人きりなら話しやすいわね。いきなり二人きりだなんてドキドキするわ。」
女性戦闘員を育成するセミナーで常識を塗り替えられ、間違えた恋愛観を植え付けられた二人。震えながらイヤイヤと首を振る男たちを手刀で眠らせ、小脇に抱える。呆然とする店員と他の客をそのままに、お会計して闇に消えていったのだった。
その後彼女たちはなんやかんやで幸せになったらしいという噂が流れ、この件は婚活セミナー卒業生の成功事例として広まった。
その結果街のあちこちで、黒装束の女たちがラブレター型手裏剣で男たちに襲いかかり連れ去っていく「忍者ラブレター事件」が多発するようになり、世の男たちを震え上がらせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます