秋の空時計

「いでよ、時計職人っ!!」


男が叫ぶと床の魔法陣が光り始め、部屋の中が眩しい光で塗りつぶされた。しばらくして光が収まると、魔法陣の中心に法被姿の男が立ち、その隣には扉がついた1m四方の箱状の装置が鎮座していた。


「…あの、あなたは我らの時計店を救いに来てくださった異世界の時計職人、ということでよろしかったでしょうか?」


魔法陣のまわりを囲む数人の男たちの中から一人が進み出ておそるおそる尋ねる。この男は時計店の店長で、周りにいるのはその店の職人たちであった。


「$S%F&H?Y@E*R+S#V$J%Y&K'F?K@D」


法被姿の販売員は隣の装置を指しながら何か言っているようだが、それはこの世界で使われているものとは異なる言語だった。


「…何を言ってるかさっぱりわからんぞ…。」


ざわつく従業員たち。


話が通じていないことに気づくと、法被男はしばし考える素振りを見せた後、装置の扉を開いて中から短い望遠鏡のようなものを取り出した。そして近くの窓に近づき、外の景色を覗きながらその望遠鏡らしきものについたスイッチを押した。すると先程の装置の扉に外の風景を写し取ったような風景画が現れる。


「おお?!」


男があちこちに望遠鏡を向けてスイッチを押すと、それに合わせて扉の風景画が切り替わった。


「おお、もしやあの望遠鏡は見た風景をそのまま切り取ることができるのか!」


何の役に立つのか分からんがなんだかすごい技術だぞ!と店長が従業員たちと興奮していると、法被男が窓際から戻ってきた。


今度は近くの机の上の懐中時計を手に取り、風景画が描かれたままの装置の扉を開いて中に入れる。扉を閉めて装置の横についているボタンを押すと、装置がキュインキュインと音を発し始めた。


店長たちが「今度はなんだ?!」とまた騒いでいるうちに音が止む。男は装置から懐中時計を取り出して何か言いながら店長に手渡した。


あいかわらず何を言っているかは分からないが、手の中を見てみるとそこには先程の風景画が描かれた美しい懐中時計が乗っていた。


「これは…その望遠鏡で見た風景をそのまま時計に転写ができる装置…?だとしたらとんでもないものだぞ!!」


この装置があれば風景だろうが人だろうが目に映るものならなんでも一瞬で描くことができる。おそらく時計だけでなく、様々なものに転写することができるだろう。


この装置1つで、つぶれかけの時計店を立て直すどころかここにいる全員が大金持ちになれそうだ。


「こ、この装置をぜひ我々の時計店で使わせてください!!」


このチャンスを逃してなるものか、と必死で身振り手振りで伝えると、熱意が伝わったのか法被男はほほえみながら「どうぞ」、という風におじぎをした。


「感謝します!ぜひ今後とも…あれ??」


感謝を伝えるために歩み寄ろうとした時、法被男の体が光を放ち始めた。召喚の儀式が不完全だったため、再び元の世界へ戻ろうとしているのだ。


法被男も突然自分の体が光りはじめて驚いた様子だったが、転移が始まったことに気づくと別れを伝えるように手を振った。


やがて男の姿が光に包まれて消えてしまうと、そこには謎の装置と、呆然とした顔の店長と職人たちが残されていた。


「望遠鏡、一緒に持ってっちゃいましたね…」光に包まれて消えた法被男の手にはあの望遠鏡らしきものが握られたままになっていたのだ。


その後店長と職人たちは残された装置をあれこれ調査してみたが、どうやっても仕組みを理解することができず、望遠鏡の代わりになるものを作ることもできなかった。


しかし幸いなことに法被男が撮ってくれた風景画が残っていて、それが描かれた時計だけはいくつでも作ることができた。


大金持ちにはなれなかったものの、美しく精緻な秋の風景が描かれた懐中時計は「秋の空時計」として長く愛される人気商品になり、時計店を倒産から救ったのだった。

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