AIの学習規制をすべきか?超短編小説「魔法で簡単に彫刻が作れる世界で、一人の彫刻家が戦った末路」

@nodoga_itai

魔法で簡単に美しい彫刻が作れる世界で、一人の彫刻家が真の創造性を求めて戦った結果

石畳に、血と多くの石片が散らばっていた。まわりを月明かりが明るく照らす。

 人物が横になっているのが見えた。その顔は、見るも無残につぶされている。目や鼻や口がどこにあるのかわからない。


「残り少ない彫刻家達が、なぜ……」


鎧を着た男は、ふるえる声を漏らし、歯ぎしりをした。

 石片の一つを拾い上げる。その表面に刻まれた細かい模様を見つめた。

 かつては美しい彫刻だったのだろう。だが、今はもう何もかもが粉々になってしまった。

 まるで巨大な怪物に押しつぶされたかのようだ。

 顔を上げて隣に立つ人物を見る。同じ鎧の仲間も拳を握りしめていた。


「目撃者は?」


首を振って答える。


「ない……まるで幽霊だ」

「これで十件目だ。やつめ、どうやってこんなことを」


その時だった。背後の裏路地から風が吹き抜ける音に紛れて、ひとつの声が聞こえた。禍々しく、執拗(しつよう)に。


「壊してやる、壊してやる……」


瞬間、男は声の方向へと反射的に走り出した。


「待て!」


仲間の声も、あの路地裏の曲がり角も、ぼやけて遠のく。息が上がる。鼓動が耳を打つ。

 唸りを上げる息に向かって駆け抜ける。

 町の構造を、この胸の鼓動を刻むように知り尽くしている。追う。追う。その先は行き止まりだ。

 袋小路の入り口の傍で息を潜め、壁に身を寄せる。肌に冷たい汗が滲む。

 足に力を込め、体を押し出した。


「止まれ!観念しろ!」


剣を稲妻のように躍らせた。だが、振り下ろされた刃は虚空を斬った。

 静寂。風が頬をなでる。目を凝らせば、高い壁が四方を囲んでいるだけだ。逃げる隙間など、どこにもないはずだ。


「どういうことだ……?」

「あなたの願い、叶えさせてくれませんか?」


通路から声が聞こえ、男は背後へ剣を振り戻した。

 発言主は、顔まで覆い隠す長いローブを被った人物だった。

 男とも女ともつかない体格に、目元は深くかぶったフードで見えない。


「何者だ!」

「私の名前はエスディーです。あなたの願いを叶えに来ました」

「お前が犯人だな?」

「あなたが望むなら、犯人の正体を教えてあげましょう」


男は不審に眉をひそめた。

(くだらない。こいつは、犯人とつるんでいるんだろう。)


「それなら犯人の正体を言ってみろ」


男がそう言い放った瞬間、謎の人物は口元を緩やかに歪ませ、答えた。


「あなたの願いを叶えましょう。犯人の正体は、『ハルト』です」

「ハルトだと?」


男は、ハルトという名前を聞いて、思わず声を上げた。

 数ヶ月前に、殺人事件の冤罪(えんざい)でなぜか牢屋に入っていたのを釈放した。その男と名前が同じだった。

 不可解な現象だったため印象に残っている。


「何を言っている? 彼は無実のはずだ」


首元に剣を突きつける。


「彼には、隠された真実があります」


ローブは、冷静に答えた。男の剣にひるむ様子もない。


「何を隠しているというんだ」

「それを語るには少し話が長くなります。よろしいでしょうか?」


謎の人物はそう言ったきり、男の返事を待っているのか、その先を喋ろうとしない。

 目撃情報はどこにもなかった。そこに現れた犯人の名前を知る者。目の前の人物は唯一の手掛かりだった。

 それなら、話だけでも聞いて、真偽は後で判断しよう。


「話してみろ」

「いいでしょう。では、元彫刻家、ハルトの物語を語りましょう」


*****


小さなアトリエの窓から差し込む光は、男の背中を照らしていた。朝日が石の塊にキラキラと反射する。

 ハンマーが振り下ろされるたびに、金属の響きが空気を震わせた。白い粉が舞い上がり、男の顔に付着する。

 目を細めて、作品をにらむ。まだまだだ。もっともっと磨きをかけなければ。

 そう考えていた時、背後にドアのきしむ音が聞こえた。続いて足音。そっとアトリエの床をなでるように近づいてくる。


「ハルトくん、いい加減休みなさい」


彼女の声は暖炉の火のようにやわらかく、ハルトの鼓膜を刺激した。


「いいや、もう少しやる」


ハルトは、姿勢を崩さずに口だけで返事をした。


「ほら、座って。パイ食べて。ハルトくんみたいに時間をかけたんだから」


その瞬間、焼き過ぎたパイの匂いが鼻を突いた。不味い料理と客のいない食堂を思い出す。

 彼が後ろを振り返ったとき、そこに立っていたのは、愛する妻だった。星の光を映すような瞳と笑顔でこちらを見つめている。

 彼女は、いつものようにエプロンとバンダナを身にまとっている。袖は白くふわふわとしており、雲が空を飾るように彼女の細い腕にかかっていた。

 その手に持つのは皿に乗せた真っ黒な焦げ臭い塊。


「リナ。ありがとう‥‥それは?」

「これでも上達したのよ。叔父さんも言ってたじゃない。『技術と知識だけは、誰にも奪えないものさ』ってね」

「そう、だね……じゃあ、いただきます」


皿を受け取り、持ち上げて一口かじる。何とも言えない味が口の中に広がった。

 バレないように残りを隠しておこう。そんな様子に気づかず彼女は機嫌良くパイを口に運んでいる。

 ふと、視線を横にずらすと、すでに完成された彫刻があった。これは、自分の作品じゃない。すると、彼女は視線を追うように彫刻を見つめた。


「叔父さんの作品、まだここに置いてたのね」

「ああ、父さんが死んでからもう三年たつけど、一番のお気に入りさ」

「叔父さんの彫刻は一個だけで数十年は暮らせるのよね。いざとなったら……」

「絶対に売らない」


アトリエの片隅に、影をひそめるようにして存在する彫刻は、確かにこの空間に溶け込んでいたが、一線を画していた。

 その一本一本の線が、父の息づかいを感じさせた。手を伸ばし、彫刻に触れた。材質が石にもかかわらず、温もりが指先に伝わってくる。


「ハルトくんも、厳しいんでしょう? だんだん目だって悪くなっていっているし、色々我慢しているんじゃないかなって」

「大丈夫だ。俺は、人生の全てを彫刻に捧げるつもりだ。これまでも、これからも」

「つらかったら辞めてもいいのよ?彫刻のために命をかけることなんて、ないわ」


心配する声を黙らせるようにハルトは袋を取り出す。


「これ、今月の生活費」


中から銅貨を数枚取り出して、リナの手に握らせた。


「ありがとう。でも、私の食堂も、もうだめなのかしら。ハルトくんの生活を支えるつもりだったのに、これじゃ、意味がないわ」


リナは、ため息をついている。彼女の肩に手を置いた。


「俺は、君と一緒に暮らせるだけで幸せだ。それに、父さんにも頼まれたんだ。彫刻だけじゃなく、君を守るって」

「ハルトくん……」

「だから、俺はどっちも続けるよ。父さんとの約束だから」

「あなたって、本当にすてきな人。きっと将来、彫刻の未来を背負って立つ存在になるわ 」


父の技術を後世に伝える。愛する妻とともに。彼はリナの髪をなでながら、小さく頷いた。


「そろそろ、作業に戻るよ」

「ええ、もう?」


リナの抗議を優しく抑えながら、ハルトは彼女をドアまでエスコートする。


「じゃあね」


そして、アトリエに再びハンマーの音が響き渡る。さっきよりも、もっと確かな手ごたえとともに。


「さあ仕上げだ」


まず、一撃。一つ気になると他の所も気になってくる。

 刀を振るう手は止まらない。集中は一点のみに向けられる。

 周りの時間だけが静かに流れていく。世界の喧騒、鳥たちの歌声、夕焼けの色彩さえ意識の外。陽は陰り、そしてまた昇る。

 気づけば、新たな朝日がアトリエを満たした。


「何とか今日、間に合った……」


ハンマーを置いて後ろに下がる。目の前には、手に花束と翼を添えた石彫が現れていた。テーマは感謝と、自由だ。


「さあ、行こう」


作品を荷台に載せてアトリエを飛び出す。普段から彫刻で鍛えられた身体にとっては朝飯前だった。

 陽光に照らされた石畳を踏むと、心臓が嫌でも高鳴る。空からの熱と照り返しが全身を蒸し焼きにする。汗が衣服にまとわり付いたが、気にしない。

 そして、大きな石の門の下へ一歩を踏み入れた。


「高く売れるといいな」


迎えたのは人々のざわめきと足音。見れば同じような思いを胸に来た人々で埋め尽くされており、列をなす作品たちがひしめき合っていた。

 威嚇するように鋭い牙を剥いた獣。天に昇る柔らかい天使。思考者のように顎に手当てた男性。

 ここは彫刻市場。この町の伝統文化である。

 何人もの彫刻家達が自慢の作品を持ち寄り展示し、販売する。この町は昔からそうして発展してきた。


「ふう……」


深呼吸をしてから、彫刻をそっと台座の上に下ろした。

 周りでは彫刻を目にした人々が、慈しむように眺めたり、互いに批評し合ったりしている。

 皆の反応は気になるが、自分の作品に目をやる。一年かけて仕上げた自信作だ。石の中に眠っていた美しさを引き出すのに、何度も何度も刃を当てた。細部まで丁寧に彫り込んだ。光を受けて、石の表面がきらめく。自分でも満足している。

 そうしていると、周りからささやき声が聞こえて来た。


「あれは、2代目じゃないか」

「ああ、伝説の彫刻家の息子っていう?」

「息子の作品はどうだ?」

「ありゃ駄目だね」

「あの人が生きていればなあ」


人々は、こちらを一瞥するだけで、すぐに移っていった。


「好き勝手いいやがって」


――そして太陽が陰り始めた頃、おなかが鳴った。


「し、しまった……弁当を忘れた」


ほとんど一日と半日、何も食べていない。

 パイをもう少したくさん食べておくんだった。でも正直あれはそんなに食べたくはない。

 視線を下に移す。そろそろ、帰ろう。


「まあ、こんなものか」


正直、人々の反応は良いとは言えない。

 作るのは楽しいが、売るのは大変だ。でも、諦めない。彫刻は自分の人生だ。努力を続けていればいつか報われるのだ。偉大な父のように。

 夕暮れの空が赤く染まっている。風が吹いて、涼しくなってきた。人通りも少なくなっている。

 道の向こうにある小さな食堂の匂いが鼻をくすぐった。誘惑に負けそうになりながらも、ぎりぎりの意志であらがう。今月はもうお金がない。

 彫刻とは関係のない仕事を受けて日銭を稼いでいるが、そのほとんどは彫刻と家賃に消えている。明日は、また別の仕事を探さなければならない。

 そう考えながら石畳を歩いていると、何やら騒がしい。ふと顔を上げてみると人だかりができている場所があった。


「市場は終わったはずなのに、妙だな」


覗き込むと見覚えのないテントが見えた。目が悪いせいかぼやけてハッキリとは見えない。

 不思議な力に引かれるように、足は勝手に入口に近づいていった。

 中は、外から想像もつかないほど広かった。


「何だ、これは」


無数の彫刻があった。その一つ一つが、どこかで見たことのある形をしていた。

 見たことのある形が、あまりにも多すぎた。

 生前の父の作品を思わせる優美な曲線。他の名匠の影響を受けた独創的なデザイン。それらが混ざり合っていた。

 父の技術は誰にもまね出来ないはずだ。それなのに、一体、なぜ。

 ハルトは思わず手を伸ばし、彫刻の冷たい表面をなでた。妙な違和感。これまで感じたことがない何か、気持ち悪さ。


「みーんなね、あたしの。うらやましいでしょ?」


彫刻の向こう側から、高い声が聞こえた。

 テントの奥でかすかに揺らめく影がゆっくりとこちらに這(は)い出た。それは、か細い少女だった。


「君の……?」

「うん!」


子供だと?この造形美を手に入れるためには、山のような金が必要だろう。どこかの王族だろうか。しかし身なりを見ると、ハルトと同じくらいの身分に見える。

 彼は居ても立っても居られず、少女に駆け寄った。


「どこから持ってきたんだ?」

「ぬすんでないもん。作ったんだもん」


声には、うそも罪悪感もなさそうだ。ハルトが口を開こうとした時だった。


「そんなの信じられるわけないでしょ!?」


怒り声が右耳の鼓膜を震わせた。その声の主は、彫刻の海の中心から、鋭い眼光で彫刻を見つめる女性だった。いかにも気が強いという雰囲気で少女を睨(にら)んでいる。


「リューさん!?」


非力な女性でありながら、彫刻を生み出す天才として、その名は広く語られていた。もちろん、ハルトも良く知っていた。

 リューの視線は、彫刻と少女を突き刺すようだった。並べられた彫刻の中にはリューの技術も織り込まれている。それは彼女がここに足を運んだ理由を示していた。


「盗んでいないなら、どうやったというの?」


少女の唇の端が意味ありげに上がる。


「それはねぇー。魔法だよっ」


彼女は懐に手を入れる。取り出したものはただの棒きれだった。


「アンテー・カクサーン!」


声が響くと同時に、棒の先端が石に向かって飛んだ。空気が裂け、石が閃光(せんこう)に包まれた。

 一瞬のうちに、石は彫刻に変わった。彼女の手のひらに収まるほどの大きさ。彫刻は不思議な形をしていた。何かに似ているというよりは、夢を具現化したように感じた。

 驚嘆の息吹が周囲の空間を満たす。


「し、信じられない……」


ハルトは彫刻と少女の笑顔に、なぜか吐き気を覚えた。

 各々がざわめく中、少女に向けて問いかける者が現れた。


「その秘密、われわれにも分けてくれるかい?」

「うん、いーよ! それなら、まほう使いさんにおねがいするの!」

「お呼びでしょうか?」


声の方向を振り返ると、そこにはローブを着た人物が突如として現れていた。声は、穏やかだが意志は感じられない。

 口元だけがうっすらと笑みを浮かべている。

 少女は大きく口を開けて叫んだ。


「みんなに魔法をわけてあげて」

「願いがそれならば、叶えましょう」


言葉を終えるや否や、魔法使いは手を高々と天にかざす。

 次の瞬間、人々は、手に杖を握っていた。もちろんハルトの手にも。その瞬間、杖の使い方が頭に入ってきた。思わず杖を握りしめてしまう。

 まず、少女に一番に問いかけた者が、少女のやったように、杖を振って呪文を唱えた。


「アンテー・カクサーン!」


響き渡る声、そして目の前の変貌。その様子をきっかけに皆、呪文を唱え始めた。

 驚嘆の声が一つ、また一つと連なり、呪文が空を埋め尽くす。石の海が、次々と生命を宿すかのように変わっていく。

 ただハルトに限っては例外であった。周囲が魔法の輝きで満たされる中、立ち尽くしていた。体はまるで彫像に変えられるための石の塊のようだった。やがて、力を振り絞って顔を上げ、謎の人物に視線を向けた。


「お前は何者だ」

「私はエスディーという者です。願いを叶えるのが私の使命」

「一体どういう仕組みなんだ。どこから来たんだ。なぜこんなことが出来るんだ!」

「それはあなたの本当の願いではないでしょう?」

「何?」

「大事なのは、現象をありのまま受け入れ、その出来事が己にとって何の意味を持つか、それだけです」


言葉が静かに終わると同時に、エスディーの姿は風に舞う砂粒のように細かく霧散していった。ただ一陣の微風がテントの布を揺らす。

 詭弁(きべん)だ。納得などできるはずもない。

 モヤモヤしたものが胸の底にたまっていく。しかしそれは、問いへの答えではない気がした。

 この後、周囲の騒ぎが耳にも届かないほど、自問自答を繰り返すことになった。

 家への帰り道、足取りは重かった。作品が売れなかったからではない。寝床に横たわった時に瞼の裏にちらつくのは、テントの中での出来事だった。

 次の日。朝日がアトリエの床に長い影を落とす中、ハルトは人を待っていた。


「今日は、依頼人が来る。絶対に失敗できないぞ」


父が死んだ直後は店先に飾る作品の依頼がいくつかあった。しかし、しばらくすると客足はだんだんと減っていた。貴重なお客様だ。

 そして、約束の時間になると、ドアがノックされた。

 待ちに待った依頼人の到着だ。期待に胸を膨らませながら、ドアを開けた。


「お待ちしておりました」


しかし、目に飛び込んできたのは、想像とは正反対の光景だった。

 依頼人は、まるで重い荷物を背負っているかのように、肩を落としていた。顔は地面に向けられ、目は見えない。口元には、苦痛と後悔が混じった、ひどく歪んだ表情が浮かんでいた。


「こんにちは……その、残念なお話を持ってきました」


その声は、かすれていて、力がない。ハルトは、不安に駆られた。何かがおかしい。何かが、とんでもなくおかしい。


「何か問題でも?」


ハルトは、必死に平静を装った。しかし、心臓は、バクバクと高鳴っていた。血液が熱くなっていくのが分かった。

 依頼人は、しばらくの沈黙の後、ようやく顔を上げた。その瞳には、恐怖と罪悪感がにじんでいた。


「実は、キャンセルにしに来たのです。昨日、魔法の杖を手に入れました。あれで、代わりを作ってしまったのです」


光が反射する。彼の手の中に、何かが輝いている。ハルトは、目を細めた。それは、自分が作っていたものではない。それは、自分が作っていたものよりも、はるかに美しい。細部まで緻密に彫られた、完璧な形。色彩も、質感も、表情も、すべてが違う。それは、自分の作品とは、別の存在だった。


「今、皆がそれを使っています。凄く便利なんですよ」


言葉に、心臓が止まりそうになる。何日も何夜もかけた努力が、一言で否定されたかのように感じた。

 ハルトは目を見開き、相手の顔を見つめた。依頼人は、罪悪感を隠すように歪んだ笑みを浮かべていた。

 頭の中が真っ白になり、言葉が出ない。ただ、自分の作品を抱きしめるように、ハンマーを握り締めた。その角は、手のひらに深く食い込んでいたが、痛みなど、関係なかった。

 やっとのことで気力を奮い立たせる。


「皆がやっているからといって、それが正しいというのか」


声は震えていた。そう言い返すしかなかった。


「私たちはより簡単に、より速く、より安く良い物を手に入れたい。ごめんなさい」


そう言い放つと、ドアを開け、目の前から走り去った。


「待ってくれ!」


ハルトも、慌ててアトリエを飛び出した。でも、追いつくことはできなかった。依頼人の姿は、もう見えなかった。

 ふと横を見ると、彫刻があった。石の彫刻。細工が施された彫刻。でも、それは、本物ではなかった。手作りのような繊細さがない。


「何だ!?」


町中には彫刻があふれかえっていた。石の彫刻だけではなかった。木の彫刻もあった。金属の彫刻もあった。色とりどりの彫刻が、道を埋め尽くしていた。でも、それらは、本物ではなかった。全て魔法で作られた彫刻特有の癖があった。

 人々は魔法使いによって配られた杖を使い、瞬く間に彫刻を生み出している。

 一般人はもちろん、何人かの 彫刻家たちも、昨日までの苦労がうそのように、簡単に作品を作り上げている。


「一体何なんだ!?」


それらには父の技術が組み込まれていると一目でわかった。父から受け継いだ技術の価値が、軽んじられている。


「やめろ!お前ら、やめろ!」

「あんた誰? 」


ニタニタとあざ笑うかのような態度の若者が返事をした。

 三人グループのリーダー格であろう男だった。他の二人は地面に寝そべりながら呪文を唱えている。


「その技術を誰に許可を得て使っている!?」

「おっさんさあ、許可とかゆってるけどさあ、あんた権利とか、持ってるわけ?」

「それは違うが」

「じゃああんたの許可なんかいらねーじゃん!」

「そんなことは関係ないだろ!お前らに常識という物はないのか!?」

「おい、お前ら、やっちまうか?」


怒鳴りあいの中、ハルトは取り囲まれてしまった。

 身の危険を感じ、ハルトはブーイングの中、その場から走り去った。

 いつの間にか街の中心広場にたどり着く。

 自分の他に、何をするのではなく立ち尽くす彫刻家の姿を何人か見つけた。


「魔法というものがあるのなら、私の技術なんて……」


首を後ろに傾ける。空は青白く、街で起きている事件とは対照的に穏やかだった。

 ふと、リューの作風と似た彫刻を前に、静かにたたずんでいた女が気になった。

 近づくと、それは彼女だった。その眼には、深い失望と、かつての自らの創造物を見る愛情が混在しているようだった。


「もう、お終いよ」


声は、かつての力強さを失っている。思わず駆け寄った。


「リューさん、大丈夫ですか!?」

「だ、誰?」

「俺は、ハルトと申します。まだ無名ですが、彫刻家の端くれです」

「あんたも魔法彫刻家?」

「魔法彫刻家?」

「魔法を使って彫刻を作るやつらのことよ!」

「ち、違います! 俺は、あなたと同じです! 魔法なんて、使ったことは一回もない!」

「本当?」

「俺もあの時、テントに居ました!それに、ほら、この手を見てください」


ハルトは急いで両手をリューの前に差し出した。彼女はじっくりと手を睨みつける。そして、


「確かにその手は本物の彫刻家ね」


小さく頷きながらそう呟いた。ハルトは感激した。人気彫刻家のリューと言えば、無名の彫刻家たちは基本的に話しかけることさえ出来ない。伝説の彫刻家の息子であってもだ。それが、こうして、話して、彫刻家だと認められている。今起こっていることは最悪だったが、リューに認識され、ほんの少し嬉しさが込み上げてきた。


「誰か、何とかしてくれればいいのに!」

「著作権侵害で騎士団に通報するのはどうでしょうか?」

「それは無理。今の法律では、あの彫刻達は著作権侵害にならない」

「なぜですか!? あれらはただの盗作でしょう」

「盗作には当たらないのよ」

「どういう事ですか」

「あいつらが作り出した彫刻は、似ていても完全に同じじゃない。法的には新しい作品と見なされる。だから、著作権侵害にはならないの」

「そんな……」

「気持ちはわかるよ。でも、現実は厳しいから」


リューは遠くを見つめながら言った。その目は青く深く澄んでいて、宝石のようだった。

 ハルトはそんな姿に、自分の進むべき道があることを確信した。彼はリューに目を向け、力強く言葉を投げかけた。


「リューさん、俺が、皆の技術を守るため、魔法使いを探し出し、この一瞬で彫刻を作れる魔法を消してみせます!」


リューは、決意の言葉に驚いたように目を見開いた。


「本当にそんなことが出来るの?」

「もちろんです! 彫刻は魔法ではなく手で作るものですから」

「ハルトさん……ありがとう。皆を助けて!」


決意を固め、まず、昨日のテントが立っていた場所へと向かった。しかし、何も残っていなかった。


「絶対に諦めるものか」


街で情報を集ることにした。市場で耳にした噂、杖を手にした人々の話、そして魔法使いが登場した際の目撃談。少しずつ手がかりを集めていくうちに、ある共通点に気づく。


「やつは、いつも夜に現れる。そして、人々の欲望を利用している」


街の灯りがひとつひとつ消えていく。夜の闇が深まる中、広場でただ一人、立つ。


「魔法使いエスディーよ!姿を現せ!」


声は広場に響き渡ったが、返事はなかった。しばらく待っても何も起こらない。やはりうそだったのか。そう思いかけたとき、空気がひんやりと冷たくなった。息が白くなるのが見えた。そして、目の前に静かな光が浮かび上がった。

 光は徐々に大きくなり、人の形をした。顔の見えないローブを着ている怪しい存在。やつが現れたのだ。


「お呼びでしょうか?」


声は、あの日の市場で聞いたものと変わらず、穏やかでありながらもどこか遠く感じられた。


「あなたには強い願いがありますね。どうか、その願いを叶えさせてくれませんか?」

「何?」


意外な言葉だった。


「私の仕事は皆の願いを叶えることです。あなたも例外ではありません」

「ならば、少女の願いを取り消せ」


反射的に言葉が口をついて出た。あの時の少女の願い。あの時、エスディーが叶えた願い。あの時、止められなかった願い。あの時、世界が変わってしまった願い。


「それはできません」


答えは即座に返ってきた。断固とした口調だった。


「なぜだ」

「私の魔法にはルールがあります」

「代償か? 願いを叶える回数に限りがあるのか?」

「代償も回数制限もありません」

「それはおかしい! もし、誰もが願いを無制限に叶えられるなら、この世界は崩壊してしまう」

「いいえ。そんなことは決して起きません」

「なぜそう言い切れる?」

「魔法で叶えた願いは変更も消去もできません。これが私の魔法のルールです」


淡々とルールを述べたその声には一切の感情がなかった。

 魔法で叶えた願いは消せない。そして、願いに代償も回数制限もないにもかかわらず、世界は崩壊することはない。


「つまり、誰かが世界の崩壊を防ぐ願いをしたというのか?」

「厳密には、秩序を維持する法則を設定したというのが正しいです」


筋は通っている、のかもしれない。

 つまり、誰もが代償無しに願いを無制限に叶えられる。ただし、過去に叶えた願いは消すことはできない。

 よって、少女の願いも取り消すことはできない。


「杖を取り上げたり、使用禁止にするのは?」

「それは、魔法で叶えた願いと矛盾する願いのため、不可能です」

「ならば、時を巻き戻せ」

「それも無理です」

「これも駄目なのか」

「時の巻き戻しは、願いの変更と消去に当たりますので、不可能です」


単純だが厄介なルールだな。


「過去の願いと矛盾しないものなら、それが何でも何度でも可能です。どうぞ、願いを何なりとお申し付けください」

「それなら試しに、父を生き返らせてくれ」

「申し訳ございません。死者の蘇生も禁止されています。別の願いをお願いします」

「全部駄目じゃないか。これじゃ安心して考えられない。何なら良いのか教えろ」

「例えば、何かを新たに創りだすことが可能です。後は記憶の操作などです」


少女の願いと同じです、とエスディーは言った。


「他には?他には可能なものは何だ?全部、言え」

「可能ですが、あなた方人間には情報量が膨大すぎます。全てとなると数百年はかかります。都度教える方が適切でしょう」


ローブはそれだけを言うと、ハルトの返事をじっと待った。少し気になる言葉も聞こえたが、ハルトには関係が無かった。

 彫刻の事で頭がいっぱいだった。頭を回転させる。しかし、何も思いつかない。少女の願いを取り消せれば良かったのだが。それに、もう一度、父にも合ってみたかった。


「何かいい案はないのか……」

「それは、願いですか?」

「これも、叶えられるというのか?」

「ええ。願いの計画を得た後に、叶えることも、もちろん可能です。私の魔法に代償も回数制限もありませんから」


制限はあるくせに。ハルトが迷っていると、魔法使いの姿が薄くなっていった。


「願いがないのなら、私は必要ありません。さようなら」

「ま、待て!」

「願いがあるのなら、叶えます。願いが無ければ、消えます」


このままでは魔法使いは消え、何も手出しできなくなってしまう。代償も回数制限もないというなら、一か八か、頼んでみる価値はあるかもしれない。


「俺に、魔法彫刻家どもを一掃する知恵を与えてくれ!」

「では、あなたの願いを叶えましょう」


魔法使いは手を上に上げる。空中に光る板が現れ、目の前に浮かんだ。

 板にはいくつかの文字と絵が記されている。


「これからあなたの判断に必要な、魔法彫刻の仕組みを解説します」

「魔法で頭に知識を入れてくれればいいじゃないか」

「可能ですが、あなたの自由意志を奪ってしまいます。私は、あなたの本当の願いを叶えたいのです」


魔法使いは相変わらず淡々と喋っていたが、この時は少しだけ感情というものがあるように思えた。

 確かに、頭の中を好き勝手に操作されてしまうのは恐ろしいことだ。


「まず、私が皆さんに与えた杖は記憶を保管する機能があります」

「どういう仕組みだ?」

「それはあなたの判断には関係しません。もし、知りたいなら50年は話を聞いて頂かなくてはなりませんが、よろしいですか?」


50年も経ったら年老いて死んでしまう。ハルトは仕組みについて聞くのはあきらめることにした。


「わかった。杖には記憶を保管する機能があるという前提で話を聞こう」

「ご理解いただきまして感謝します。次に、世界中のあらゆる彫刻からその特徴を学習し、杖にその記憶を保管しています」

「特徴を学習?」

「特徴とは、その作品たらしめる要素です。それらを魔法の杖に入れるということです。他にも、杖の使用者の記憶を読み取って新しく作品の特徴を学習させることもできます」

「そんなのただの盗作じゃないか!」


魔法使いは静かに首を横に振った。


「いいえ、これは盗作ではありません。杖が記憶から得た特徴は、あくまで基盤となる素材です。例えば猫を作るとしましょう。その場合、猫の特徴である、耳の形状が三角であったり、目が丸かったりする点だけを模しています。誰かの作品の一部をそのまま取り入れているわけではありません」

「……やはり、納得できない」

「それはなぜでしょう?」

「お前の説明では、誰かの作品の特徴を杖が勝手に学習して覚えてくれるんだろう?」

「その通りです」

「そんなのおかしい」

「どこがでしょう?」

「だって、勝手に学習された作品の作者の権利はどうなるんだ? 元の作者の努力を無視しているじゃないか!今まで何の努力もしていない一般人が他人の作品の特徴を使って、簡単に彫刻を作り出せるなんて、不公平だ」

「そうですか」


ハルトは深く考え込んだ。目的はただ一つ、真の彫刻家の技術を守り、公正な評価を取り戻すことだ。

 中々答えが出ないのを見て、 エスディーは提案を始めた。


「魔法彫刻と、手作業の彫刻の評価が同等になるように、人々の精神を操作しましょうか?」

「手作業の方が価値が高いに決まっている!」

「では、あなたの考える真の芸術とは何かを人々に植え付けるのはどうでしょう」

「芸術の価値は鑑賞者が考えるものだ。もう黙っていてくれ」

「はい」


魔法で人々の主観を変えてしまったらその人ではなくなってしまう。

 杖を使った者たちの記憶を初期化するのは? いや、これも駄目だ。これも洗脳だし、 町中の人々の記憶が消えてしまう。

 ふと、広場でのリューとの会話を思い出した。

『今の法律では、あの彫刻達は著作権侵害にならない』

 ――ならばその法律があればいい。


「魔法彫刻家どもに制限をかける法律を作る」


皆を助けるための法律を創り出す。

 強制力がありながら洗脳にはならない。自由意志を尊重する。 もちろん条件付きで許可もする。


「可能です。どのような法律ですか?」

「まず、無断で他人の作品から技術を学び利用することは、窃盗罪とみなす」

「なるほど」

「しかし、学ぶ場合は作者へ学習代の支払いをすることで可能だ 」

「ええ」

「最後に、既に学習した技能に関しては、作品に反映する前に、原作者に許可を求め、学んだ対象を作品へ記載する必要がある。影響範囲は全世界の全ての人類だ」

「かしこまりました。では、あなたの願いを叶えましょう」


そして、エスディーはその場で光の杖を手に取り、空中に複雑な模様を描いた。模様はやがて文字となり、法の言葉としてこの世に定められていく。

 ハルトは目を見張りながら、その全てを見守った。


「完成しました。これより、あなたの願い通りの法律がこの世界に適用されます。」


エスディーの声が静かに広場に響いた。その姿は光とともに、ゆっくりと消えていった。

 次の日、新たな法律は、魔法彫刻家たちの間で速やかに知れ渡り、彼らは自らの行いを見つめ直すことになった。

 アトリエには、彼の作品の特徴を無断で学習した魔法使いたちが、学習代として金銭を支払いに来るようになっていた。

 ハルトの作品は、あまり人気がなかったため、魔法使いたちから受け取る金額は大金とは言えなかった。しかし、それは彼が数日暮らしていける分には十分な額だった。

「これで少しは、父の技術が報われるかな」


 *****


数日の間、ハルトはいつものように新しい彫刻に取り組んでいた。

 そんなある日、妻に食材の買い出しを頼まれた。

 早く用事を済ませてアトリエに帰ろう。そう思って足早に道を駆け抜ける。

 久しぶりに人が見られる。人間観察も創作の仕事だ。彼は人々の様子を観察した。

 しかし、期待とは裏腹に、目の前の光景は静寂に包まれていた。人々の顔は、太陽に背を向け、影とだけ会話を交わすかのようだった。


「一体、どうしたんだ?」


勇気を振り絞り、彫刻市場へと続く路地を覗き込んだ。

 だが、そこには閑散とした空間が広がり、いつもの賑わいは影を潜めていた。

 昼間にも関わらず、冷たい風が辺りを吹き抜ける。人混みの中に耳を澄ませば、かすかに聞こえるのは不安や恐怖の囁きだけ。かつては色とりどりの彫刻が輝いていた場所は、今は灰色の影に覆われている。

 確かに、魔法彫刻家は、ほとんど消えた。しかし、普通の彫刻作品も見かけない。

 不安を抱えつつ、唯一多く作品を展示している場所を探した。やがて、店のような場所にたどり着いた。

 そこは、他の店とは一線を画すほど豪華だった。新しい木材や金属で作られた看板や棚が、朝日に輝いている。店の前には、人だかりができていた。


「リューさん!」


店の中から顔を出した女性に声をかけた。リューは、ハルトを見ると、笑顔で手を振った。

 リューは、ハルトを店の中に招き入れた。店の中は、さらに豪華だった。

 彫刻がぎっしりと並んでいたが、それぞれが独自の個性や美しさを放っていた。


「貴方のおかげで、魔法彫刻家から利用料金を沢山貰えて、生活が潤ったわ」


そのお金で作ったの、と彼女は笑う。


「ありがとう、ハルトさん。貴方は、私の救世主よ」

「いえ、いえ、そんなことは」


慌てて否定する。リューは、にっこりと笑った。


「冗談よ、冗談。でも、本当に感謝してるわ。さあ、ゆっくりと見ていってね」


一つも魔法彫刻もなく、全て手彫り。その作品たちは父とは違う方向性だったが、どれも素晴らしい。


「さすが天才だな……」


そうして、時が経ち、空が赤くなった頃。そろそろ帰ろうとハルトがお礼を言って去ろうとした時、リューの声が響いた。


「学習代の支払いをして」

「……なんだって?」

「貴方には支払いの義務があるわ」


振り返ると、彫刻台にもたれかかっているリューが冷ややかに見下ろしている。


「なぜ、俺が支払わなければならないんだ?」

「貴方は今、私の作品を見てるから、私の技能の一部を学習してるの。それは私の所有権を侵害することになる。だから、学習代を払わなきゃいけない。それが貴方の作った法律でしょ?」

「でも、俺はただ見ているだけで、何も学習してない」

「法律はそうは言ってない。見ること自体、学習にあたる。だからこそ、私たちは魔法彫刻家たちから利用料を得られるんだから」

「横暴だ」

「そう言う貴方は、法律に違反して、私に学習代を支払わない。でも、他の人が貴方の作品を学習した時には学習代を請求する。貴方は自分の都合で他人の権利を無視する人間なの?」

「俺は、そんなつもりじゃ……」

「というわけで、ね。学習代の支払いをお願いね」


肩を落としていると、 リューは彼の肩を大きく叩いた。


「少なくとも私たちは魔法彫刻家たちによる乱用を防げたんだから。それはハルトさんのおかげよ」


そうだ。せっかくの法律を破ってしまったら、魔法彫刻家どもと同じになってしまう。それだけは駄目だ。

 財布を開き、金銭を数えた。何度数えても食材の分しか入っていない。もしこれを払ってしまったら飢え死にしてしまう。


「ごめんなさい。お金がありません」

「しょうがないわね。数日は生活できるくらいのお金は残してあげるから、借金にしておいてあげる」


支払いを終え、ハルトは再び町を歩いた。彼が見たのは、彫刻家たちが互いに利用料を請求しあう奇妙な光景だった。

 技術や個性が、法律の下で取引される商品と化している。

 本当に良かったのかという疑問が頭の片隅を侵食する。


「いや、違う!これも、悪い魔法彫刻家どもを懲らしめるためだ。こんなことでめげてはいけない。これが正しい世界なんだ」


目を伏せて道を歩きながら誰に言うのでもなくつぶやいた。


「それに、俺の作品が魔法彫刻家どもに利用されれば、俺も学習代をとることが出来る。何にも問題なんてないさ」


彼は食材の買い出しを済ませてすぐ、アトリエに駆け込んだ。

 扉を押し開け、新しい石の塊に向かい立つ。

 そして、新しい作品の制作に取り掛かり始めた。金が底をつくと、街角で作業の手伝いをしては小銭を稼ぐ。魔法を使って石を変える隣人たちの間で、ただひたすらに掘り進む。


「よし」


作品を一つ、また一つと完成させ、市場の隅に自らのスペースを設けた。

 前とは違い、ライバルは少ない。通りかかる人々が目を留め、財布の紐を緩ませた。硬貨の音が借金を少しずつ崩していく。

 これで、数日は生活出来るだろう。

 しかし、片付けを始めたその時、鉄の鎧を着た男たちが視界に飛び込んでくる。気になり見ているとこちらにどんどん近づいてきた。

 彼らは目の前で止まると、口を開いた。


「我々は騎士団です。法律違反により、売り上げを全額没収し、拘束します」

「何ですか?ちゃんと、学習代の支払いは済んでますよ?」

「いいえ、この作品には、他者の作品から学んだ知識や技能が使われています。しかし、帰属表記が不十分です。他者の技能を無断で商用利用したことになります」

「そんなのありえない。俺は、完全なオリジナル作品を作っている。誰のパクりでもない!」

「見なさい」


警察は隣に居る彫刻家の作品を指さした。その彫刻には長い帰属表示が書かれていた。

 誰のどの作品からどのように技術を生かしたのかを事細かく記載されていた。そのせいで、肝心の作品が見えにくくなっていた。


「何だ、これは……。酷い」


もし大量の帰属表示の文字が彫られていなければその作品はもっと美しかったはずだ。そうハルトは思った。


「これは、法律のせいだよ」

「なんだって?」


隣に居た彫刻家は無表情でこちらを見ていた。ハルトよりも一回り年上くらいの男だ。髪は短く刈り込まれ、顔には深いシワが刻まれ、目は冷たい光を放っている。

 彼はぽつりとつぶやいた。


「創作は無から生まれない」

「何だと?」

「君の作品を僕は買って、見たよ。学習代も支払った」

「それはどうも」


 魔法彫刻家か? そう思い、彼の作品を見る。しかし、意外にも手作りであることがハルトにはわかった。手作り特有の個性のようなものが感じられた。


 隣の彫刻家は冷静に話を続ける。


「僕の作品には沢山の帰属表示があるだろう?これは、他の彫刻家の作品から学んだことを正直に示しているのだ。彼らの知識が作品の価値を高めている」

「他人の影響を認めるのは、パクリだ」

「他人と完全に同じ作品はパクリであるが、特徴を取り入れ、良い部分を組み合わせる行為は創造の源だよ」


「そんなの、魔法彫刻家どもの行為と同じじゃないか!」

「そうだよ。 魔法彫刻家達は僕らがやっていることを杖で行っているだけだ」


「お前は魔法彫刻家どもの味方なのか」


「違う。僕も魔法彫刻家達には少し困っている。僕の作品より美しい彫刻を一瞬で作られたら、僕は競争に負けてしまうときもある。でも、彼らが悪いとは思わない。好きな彫刻を作りたいという気持ちは分かる。それは僕たちと同じだ。だから、別にあってもいい。僕も、魔法で作られた彫刻からも学んで、その先を行って見せる。それが公平だと思う」

「公平だと?お前は彫刻家としての誇りを捨てたのか?彫刻は努力の結晶だ。魔法で一瞬で作れるようになったら、彫刻の価値は無くなる」


「彫刻の価値って、努力とか、かけた時間で決まるものなのかい?」

「そうだ、そうに決まっている!」


「……ところで、君の妻は長時間努力して愛情を込めた料理が売りの食堂を経営しているんだってね」

「なぜ、知っている!?」

「若者の間で罰ゲームとして有名だからね」


「……」


「申し訳ないが、彼女の料理の腕はどう思う?一般的に見て」

「それはちょっと言い表せないが」

「君もそう感じているんだね」

「さっきから何なんだ」


「でさ、君、彼女の料理は長時間手間暇をかけているのだろう。で、君は、彼女の料理を毎日食べられるか?人気になると思うか?」

「それは」


ハルトは言葉に詰まった。


「手間暇をかけていようが味が悪ければ、誰も食べたくないだろう」

「……」

「彫刻も同じだよ。努力や時間は、作品の価値を決めるものじゃない。作品が美しいかどうか、感動を与えるかどうか、それが重要なんだ。魔法で作られた彫刻が美しくて感動的なら、それは価値がある」

「手作りの彫刻には作者の魂が込められている。それには魔法では生まれない価値がある」

「作者の魂というのは、感性や経験の総称さ。他者の作品から学ぶことで、豊かにできるものだ。それには魔法の使用は関係ない」


隣の彫刻家は最後に言った。


「一番困っているのは、この法律だよ。誰が決めたか分からないけど、今の法律のせいで僕は作品が作りにくくなった。学ぶのにもお金がかかるし、自分の作品に帰属表示をたくさん書くのにも手間がかかる。手間がかかるせいで新しい作品を作る時間が減ってしまった。なにより、自らの手で作品を台無しにしないといけない」


隣の彫刻家は作品を残念そうになでた。

 そして、急に 腕をぐいと引っ張られる。見ると待ちくたびれた顔の騎士が居た。


「わかっただろう。罰金を払いなさい。払えないなら、逮捕する」

「む、無理だ !借金だってあるんだ、払えない!」

「待ってください!」


その声に心臓 が跳ねる。声の方を向くと美しい髪に涙目の妻が居た。


「リナ!?どうしてここに?」

「この人は、私の夫なのです。どうか、彼だけは許してあげてください」


妻は、小さな袋から銀貨を取り出して警察に差し出した。

 警察は、銀貨を受け取り目を細める。それから、ハルトの腕を放した。

「次からは気を付けなさい」そう言って去っていった。

 ハルトは、思わず 妻に抱きついた。


「ありがとう、リナ。本当にありがとう」

「いいのよ。私は、いつでもハルトくんの味方だから。さあ、お家に帰ろう?」


ふと、不思議に思った。妻が急にお金を出せる状況とは思えない。彼女の仕事はいつでも不安定だ。

 なんだか悪い予感がする。それを悟られないように出来るだけ穏やかな顔で口を開いた。


「ところで、リナ、そのお金はどうしたの?」


妻は夕闇の中、ゆっくりと振り返る。まるで黒い影のようだった。


「私も彫刻を作ってみたの。そしたら買い手が現れてね」


彫刻?

 妻にそんな技術も力もないはずだ。しかも、彫刻が売れた?? あり得ない。普通ならあり得ない。

 まさかそんな。


「リナ、彫刻を作ったって……?」

「ほら、この杖で作ったの。ハルトくんも貰ったでしょ?」


彼女は懐から取り出した杖で食堂を差した。入り口の手前に大きな彫刻が飾ってある。

 一見素晴らしい物に見える。しかし、ハルトにはわかった。魔法彫刻特有の癖のようなものがある。


「魔法で作った彫刻じゃないか!?」

「そうよ。ハルトくんらしさとね、叔父さんらしさを合わせてみたの」


その瞬間、ハルトの中で何かが弾けた。妻は、自分と父の技術を盗んだのだ。瞬間、脳裏に父の声が響いた。『技術と知識だけは、誰にも奪えないものさ』


「この裏切り者……」

「え?」

「この裏切り者!! 父さんの技術をパクって、魔法で彫刻を作って!?お前は、父さんを侮辱したんだ!」

「違うわ!だって、ハルトくんも叔父さんの作品も好きだったから。だから、二人の技術を合わせて、素敵な作品を作ろうと思ったの。ハルトくんに喜んでもらいたくて……」

「喜ぶわけないだろう!お前は俺と父の誇りを汚した敵だ!!」


妻の手から杖を奪い取る。杖は冷たく、手のひらに食い込んだ。

 壊さなければ。魔法が生み出した彫刻は罪。全てを砕かなければ。

 力を込め、杖を天に掲げる。


「やめて!やめてよ!ハルトくん!」

「やめない!魔法彫刻なんて、全部壊す!これは”正義の鉄槌”だ!!」

「 これは売る予定なのよ!」

「黙れ!! 」


華奢な手が、腕を掴んできた。しかし、その手は怒りを鎮めるどころか、逆に火をつけた。

 妻を腕で払う。彫刻をひたすらその手で掘り進めてきた、強い力で。

 彫刻の角が彼女の頭に、鈍い音とともに激突した。

 その体重で彫刻は崩れた。嫌な音を立てて石片と一人の人間が地面に落ちる。数秒後、地面に赤い湖が広がった。

 誰かの叫び声が響く。


これは現実か?


妻が傷ついた。なぜ?自分は何をした?鉄のような臭い。視線を下に移すと手が赤くなっていた。


「医者を呼べ!騎士団もだ! 」


ざわめく群衆の視線は遠巻きに鋭くハルトを突き刺していた。

 警察と医者が来た。彼らはまずハルトを取り押さえた。ハルトはそんなものを気にせず叫んだ。


「妻を助けてください!」


医者が妻の元へ駆け寄り、確認している。しかし、しばらくすると立ち上がってしまった。


「……これは、駄目ですね。打ち所が悪かったのでしょう」


医者はそれだけ言うと去っていった。

 ハルトは自分でも信じられない力を発揮して警察の拘束を振り切った。横たわる妻の姿に向かう。

「リナ……?」声は震えていた。

 温もりを求めて、彼女の手を探して掴む。どんどん冷えていく。急速に生命が失われていく。

 父の言葉を思い出した。

『ハルト、彫刻の未来と、リナを、頼んだぞ』

 息が詰まる。今まさに 失われてゆく温もりが、何よりも重くのしかかった。


「こら!逃げるな!お前を逮捕する!」


鎧の男はハルトの腕をつかんだ。

 連れていかれたのは暗い牢屋だった。

 鉄の扉が閉まる音が響く。狭い空間には息苦しさが満ちていた。足元にはわらが敷かれているが、湿気と汚れでべとついている。カビの臭いが鼻を突いた。


「お前のせいだ!」


声の主を探して横を見ると別の牢屋があった。彫刻家が沢山いた。何人かがハルトを見つけるや否や、ハルトに怒鳴りかかってきた。


「この法律を消してくれ。お願いだ。私はもう新しい彫刻ができない。もう生きていけない」


彼らは口々に、作品を作ることができなくなり、収入も失い、生活に困っていると嘆く。


「どうして……」


父との約束を守れなかった。それどころか全てを壊してしまった。

 目がぼやける。頬がぬれる。嗚咽が始まり、止まらない。もう何もない。何も残っていない。自分の存在意義も。


「う、うああ、ああああ」


喉の奥からひねり出した声は枯れていた。呼吸が苦しくなり、膝が折れ、わらの上に倒れ込む。

 そんな時、空気が揺れた。

 白いローブに身を包んだ人物。相変わらず顔は見えない。それが誰かはすぐに分かった。


「強い願いを感じました。あなたの願いを叶えましょう」

「なんだ……お前か……」


唐突に現れた人物に、驚きも恐怖もない。ただ、つぶやく。気力も考える力も無かった。

 エスディーは、返事を待って、たたずんでいる。

 ハルトははたと気づいてわらから起き上がった。


「魔法使いよ。法律を変えてくれ。学習や技術の使用には何の制限もないようにしてくれ!」

「一回叶えた願いは変更または破棄できません。そう初めに説明しました。法律を変えることはできません」


法律によって、確かに、魔法彫刻家による学習は阻止できた。しかし同時に、誰もが 彫刻を自由に見ることすらできなくなっていた。

 頭を垂れ、地面にこすりつける。


「それが駄目なら、せめて妻だけでも生き返らせてくれ!」

「申し訳ございません。死んだ者を生き返らせることも不可能です」


しかし、いくら懇願しても、魔法使いは無情にも首を振るだけだった。

「一度叶えた願いは変更できない」とだけ魔法使いは繰り返した。何度頼んでも、無駄だった。

 ハルトが諦めかけたその時、魔法使いは頬を包んだ。


「しかし、出来ることはあります」

「それは何だ!? 何とかしてください!」

「今の状況が辛いのでしょう?法律に困っているのでしょう?」

「そうです。その通りです」

「関連する記憶を全て世界から消すのです。そうすれば、この法律から逃れることが出来るでしょう」

「えっ……」

「世界からあなたの彫刻と技能に関する記憶を消去します。これで法律から逃れる事ができます。帰属表示が不要になりますからね。また、妻を殺した記憶も誰の中からも消しましょう 」


かつては彼の技能が彼自身の存在意義とも言えるほど重要だった彫刻の知識が、今や彼の最大の罪へと変わってしまっていた。


「い、嫌だ!」

「では、あなたはこのまま牢屋で長い時間を過ごしますか?。外の世界では、彫刻は退化していくでしょう。学習をためらわせる法律がありますから。もちろん、あなたの彫刻も例外ではありません。これから彫刻は誰にも学ばれることもなく、忘れ去られていく運命にあるでしょう」


ハルトは言葉を失った。努力と情熱が注がれた彫刻が無価値になるという未来。

 記憶を保持したままでは法律と、罪の意識から、逃れることができない。

 彫刻と妻の思い出を失うことなど考えられない。


「っ……」


動かなくなった妻と、彫刻家達の罵声を思い出した。

 そうだ、もはや、それらは、何の意味もないのだった。ハルトは大きくため息をついた。未来はもうとっくの昔に無くなっていた。


「何もかも忘れてしまいたい。彫刻のことも、リナのことも、全て……」


彼は最後の力を振り絞り、魔法使いに向かって言った。


「俺の記憶を世界から消してください」


魔法使いは何も言わず、ただ静かに魔法を発動させた。ハルトの眼差しは遠くぼんやりとしていく。

 願いが叶えられたその瞬間、ハルトの心から愛するものすべてが消し去られた。彼の手がかつて何を創り出していたのか、目指していたのは何か、すべてが霧の中に消えていった。


「あれ……俺は、いったい、なぜ……?」


ハルトは何も分からなかったが、自分が何者でもないことだけが分かった。

 そして、冤罪(えんざい)として、彼は牢屋から解放された。

 家に帰り、部屋の隅でひっそりと体を丸め、外の世界がどれほど変わろうとも、彼には関係のないことだった。夢を追求することもできず、日々を浪費していく。

 ある日、魔法で作られた 彫刻を見ると、なぜか殺意が沸くことに気づいた。彼はエスディーを呼び出して最後に願った。


「俺に彫刻を破壊する力と逃げる力を与えろ」

「その願いを叶えましょう」


願いを叶えたハルトは夜な夜な魔法彫刻とその作者を壊して回るようになった。

 中には、手で一から作った彫刻も含まれていることもあった。これも正義のための犠牲である。

 時が経ち、魔法彫刻と手による技能を組み合わせた彫刻が出てきたが、それもハルトは壊して回った。

 正体不明の現象に町に住む人々は恐怖した。その内、法律による学習規制も相まって、町からは次第に、彫刻家とその作品たちは消えていった。


「壊してやる、壊してやる……」


その声は、町の闇にいつまでも響き続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AIの学習規制をすべきか?超短編小説「魔法で簡単に彫刻が作れる世界で、一人の彫刻家が戦った末路」 @nodoga_itai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ