完
その日以降、私は度々彼に呼ばれるようになった。大体要求されるのはお金で、あっという間に貯金は無くなっていた。それでも彼がいつもありがとうと言ってくれるのが嬉しくて渡してしまっていた。
「あ、あの……お、お金なんだけど……」
「ん? もうねぇってのか?」
「こ、今月はこれ以上は……家賃もいるし……」
「なるほど。じゃ、お前俺ん家に住めよ。それなら家賃もいらねーだろ?」
「えっ……!? それって同棲……」
「まぁそうなるな」
「う、嬉しい……! ありがとう!!」
こうして私は彼のアパートで同棲することになった。今まで誰かと住んでも邪魔者扱いだった。けれど今は必要とされている。その事実がとても嬉しかった。
しかし彼の浪費癖は凄く、お金はすぐに無くなった。しかも彼は私と同棲してからすぐに上司と喧嘩したからと仕事を辞め、結局家賃に食費や光熱費は私が払うことになった。それに彼の遊び代飲み代を渡さなくてはならないので、とても月手取り16万では無理だった。
でもお金を渡さなければ暴力を振られ、追い出すと脅された。なんとかして彼の役に立たないといけない。だから私は彼の紹介で風俗店で働くことになった。
最初は気持ち悪くて辛くて何度も吐いた。でも彼のためだと思って必死に働いた。指名を多くもらうために見た目も言動も気をつけ、時にはより多くお金をもらうために円盤もした。
しかし、私が頑張れば頑張るほど彼からの感謝は減っていき、ついには体すらも拒否された。
「キモいおっさんとヤリ回ってるようなやつ抱けるかよ」
今まで彼の為に必死で働き、奉仕してきたのに。一気に哀しさと虚しさと怒りが込み上げてくる。そして気がついたら私はベランダで煙草を吸っていた彼を突き落としていた……。
押されたことで古くなっていたベランダの柵を破壊し、彼は転落した。そして動かなくなった彼をみて私は正気に戻りすぐに救急車を呼んだ。
彼は目を覚ますと記憶を失っていた。
私の事も自分の事も覚えていないようで、私に押されて転落した事も覚えていなかった。
記憶をなくした彼は別人のように優しかった。
私は彼が記憶を無くしたのをいいことに、あることないことを教えた。でも記憶のない彼は信じるしかなく、私を頼るしかない。かつての私が彼しか頼れる人がいなかったように、彼には私しかいない。
ずっと私を必要として欲しい。そう思って私は彼を監禁し世話することにした。
でも次第に気づいてきた。今の彼は私が本当に愛した彼ではない、と。
どんなに優しくても、私を頼ってくれていてもそれは違う。私を闇の中から救ってくれた、私に生きる意味を与えてくれた山本千尋ではないのだ。母親にも伯母さんにも邪魔者扱いされ、常に誰かに必要とされたかった。そんな私の本当の幸せは彼に支配され、忠誠を誓う飼い犬のように彼に必要とされることなのだと。それがたとえ彼からの愛がなかったとしても。
だが、私は彼からのご褒美が貰えないことで飼い主に逆らってしまった。飼い犬失格だ。もし彼の記憶が戻ったとしてもあんなことをしてしまったのだ。私は捨てられるだろう。
彼の記憶が戻っても、戻らなくても私の幸せが訪れる事はもうない……。だったら今の彼を殺し、その後に私も死のう。そして死後の世界で元の彼に戻ってもらい、永遠に一緒に居続ける。これしか方法はない。
「ごめんね今の千尋くん。でも私幸せになりたいんだ。今まで散々我慢して生きてきたんだから、最後くらいワガママ許してくれる……よね?」
こうして私は彼と共に幸せになることを選んだのだった。
〜END〜
事故で記憶喪失の俺、自称彼女を名乗る女に監禁されてヤバすぎる! カイマントカゲ @HNF002
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます