私にはいつも居場所がなかった。


 物心ついた頃にはお父さんはおらず、お母さんもほとんど家にいなかった。


 お母さんは普段はあまり何も言わないが、怒ると怖かった。夜に仕事をしていたので、昼間は家で寝ている。寝ている所を起こすとすごく怒るので自分の事は自分でやるようになっていた。

 それでも子供の私では出来ない事が多い。でもお母さんに頼むとうるさいと言って叩かれた。そして私はお母さんの邪魔にならないように生活するようになっていった。


 ある日お母さんはいつもより笑顔で楽しそうに帰宅してきた。私のいつものご飯はカップ麺とか半額のおにぎりなのにその日は卵とチーズのトッピングされた牛丼だった。

 初めて見るご馳走に夢中になって食べているとお母さんはいつのまにかいなくなっていた。そしてその日からお母さんは帰って来なかった。小学三年生の時だった。


 それから私はおばあちゃんの家で暮らすことになった。おばあちゃんは優しくもないが厳しくもなかった。学校では両親がいない事を色々言う人がいたが、無視していた。

 小学校を卒業し、中学に上がる前の間におばあちゃんは急に病気で倒れて亡くなった。一人になった私はお母さんの兄である伯父さん家に引き取られることになった。


 そこでまた私は邪魔者だった。

 特に伯母さんは私のお母さんと仲が悪かったらしく、私もその娘だからというだけで嫌われていた。そして住ませてやってるんだからと家事や掃除なんかはほとんどやらされた。

 更に伯父さん夫婦の息子である三つ上の義兄から、チクったら家から追い出すと脅されて体を触られたり、無理矢理キスされたりした。

 バレたらうるさいと怒られるから声を押し殺して泣いた。


 いつしか私は存在感を消す事が普通になっていた。こんなだから学校でも友達はおらず、陰気で不気味と気持ち悪がられた。

 そんな私でもひっそりと憧れる男子がいた。同じクラスの山本千尋くん。彼は根暗な私と違って明るくてクラスのムードメーカーだ。ちょっと口は悪いけど顔もカッコいいし野球部に入っていて運動神経もいい。


 そしてなにより彼は自分を持っていた。

 先生に注意されても聞かずに言い返すし、気に入らない人と喧嘩している事もよくあった。みんなは不良だというし私も少し怖かったけど、いつも流されて言いなりになるばかりの自分と比べて彼の自分を通し、戦う姿に憧れていた。


 ある日、私はインフルエンザで1週間学校を休んでしまった。そのせいで小テストを受けられず、成績不振者と一緒に補講を受ける事になった。そしてなんとその補講で隣の席に彼はいた。


「あれ? 千尋が補講なんて珍しいな。いつもこういうのめんどくせーって言って来ねーじゃん」


「マジで千尋じゃん。真面目に勉強する気になったのか?」


「うるせー……暇だっただけだ。それに数学は大石だから来いってうるせーんだよ。それよりお前ら答え見せろ」


 彼はそう言って普段からよく一緒にいる仲間たちから課題のプリントを乱暴に取り上げる。


「いや、俺もわかんねーよ」


「そもそも分かってたらこんなとこ呼ばれてねーって」


「チッ、馬鹿ばっかだな……おい!」


「……え?」


 そんな彼らをなんとなくぼうっと見ていると、不意に声をかけられてビックリする。


「お前は出来てんのか?」


「え、あ、は、はい……一応……」


「貸せ」


 そう言うと彼は私の机からプリントをぶん取る。


「お、全部できてんじゃん。でも答え合ってんのか?」


 彼は疑い深そうな顔でこちらを睨みながら指でプリントを弾く。


「っ!!……あ、えっと……この問題はここの計算を先にしておいて、その後に……って感じでやると……こうなります」


「ふーん、なるほど……スゲーな。賢いじゃんお前」


「え、あ、ありがとうございます……」


 彼の鋭い目つきが少し怖かったが、丁寧に回答を解説すると彼は素直に感心して私を賢いと褒めてくれた。他人に褒められるのなんて何年ぶりだろうか。こんな小さなことでも私にとってはとても嬉しく感じた。


「じゃ、写させてもらうわ」


 彼はそう言うと私の回答を自分のプリントに書き写す。


「おい千尋、俺にも見せてくれよ」


「はぁ? こいつの回答は俺のもんだ。見せねーよ! お前もコイツらにはぜってー見せんなよ?」


「え、あ、は、はい……」


「そんな〜ぁ!」


「ギャハハッ!」


 補講中だというのに大きな声で会話し、大きな笑い声をあげる集団。他の補講に来ている生徒達からはうるさいと言わんばかりの迷惑そうな視線を感じる。

 客観的に見ると確かにこうして騒いでいるのはいいものではないと思う。でも今まで無視されてばかりだった私が初めて相手された、一緒に盛り上がれたということがとても気持ちよく感じた。


 それ以降特に彼と絡む機会は無かったが、いつも彼の姿を追っていた。結局何もないまま卒業し、高校は別々になった。その間も家での苦しくて辛い扱いは変わらず、高校卒業後は小さな工場の事務として就職し家を出た。


 ある日の夜、会社の忘年会の帰り道。夜中だと言うのに大声で会話している二人組を何気に見るとそのうちの一人が山本千尋くんだったのだ。

 三年ぶりに見た姿は身長も伸び、髪も茶髪に染めていて耳にはピアスも付けていた。そしてなによりあの鋭い相手を刺すかのような目は間違いなく彼だった。


「おい千尋、いい加減三万返せよ」


「しょーがねぇだろ。ないもんはない」


「はぁ? パチスロにいかなかったら残ってただろ?」


「うるせぇな。次勝てばいいんだよ……ん? 何見てんだお前?」


 どうやら彼は友達から借金をしているようだ。こっそり眺めて会話を聞いていたが、彼と目が合いバレてしまう。彼はゆっくりこちらへと歩み寄ってくる。


「あ、あ、あの……」


 彼の方は私が中学の同級生である平野ひよりだということなんて気づいている様子はない。いや、そもそも私の存在なんか覚えてもないのだろうけど……。


「どうした千尋? 知り合いか?」


「いや、知らん」


 彼はやはり私のことは分かっていないようだ。


「あっ……えっと、その……山本千尋くん、ですよね? 私は中学で同じだったひ、平野です……」


「平野? 覚えてねーな。で、こっち見てたけどなんか用?」


 彼は私の事を軽く一蹴すると、鋭い目つきで私を睨む。流石に昔と比べると大人になっているが、それでもかっこよさは変わらなかった。


「あ、あの、これ……よかったら!」


 私は恐怖で手が震えながらも、なんとか財布から一万円札を三枚取り出し、彼に差し出した。


「は? くれるのか?」


「は、はい。その、会話聞こえてきて三万返さないといけないって……」


 このままではせっかく再会したのにまた何もなく終わってしまう。そう思った私はつい彼にお金を渡してしまう。


「マジか、サンキュー! お前よく見ると可愛いしいい女だな」


「か、可愛い……いい女……私が、ですか?」


「は? お前に決まってるだろ? 他に誰がいるんだよ」


「あ、ありがとうございます……っ」


 どうせお金がもらえたから言ってるだけ。そんなことはわかっているが、あまりにも久しぶりに人に感謝され、褒められたので嬉しくて涙が溢れてきてしまう。


「うわ、なに泣いてんだよ。……怖がらせて悪かったな、よしせっかく再会したんだ飲みに行くか!」


「ふえ……いいんですか? 私なんかと? でも私まだ19だから……」


「いけるいけるって! 俺も19だし。あと知り合いの店だし大丈夫大丈夫」


 そう言って彼はさっきまでの怖い顔と打って変わっり、優しく微笑んでいた。


「おい千尋、飲みに行くのはいいけどよ、先に三万返せよ〜」


「明日返す。あとお前は来るなよ。じゃ、行こうか」


「は、はい!」


 その後、私は初めてお酒を飲んで、その後はホテルで彼と体を重ねた。今まではあんなに嫌だった行為なのに好きな人とするのはこんなにも幸せなのかと思ったのだった。


※次回、最終回!

★★★


おまけキャラ紹介


山本やまもと 千尋ちひろ

9月5日生まれ。20歳。B型。身長175㎝。

好きなモノ【パチスロ、焼肉、支配】

嫌いなモノ【退屈、仕事】

好きな野球選手【三浦大輔(横浜)】

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