第25話

「シャアア!」


「うわ!」


ヨルムンガンドが大口を開けて突っ込んできた。俺は足に全力で力を入れて、なんとか横にジャンプする。『血の池』で肉体を強化していなかったら、俺は今、口の中にいただろう。


「ふふ、ヨルムンガンドの口の中は凄まじいですよ?『血の池』なんて比較できないくらい、一瞬で溶かされますからね。ただの『不老不死』がヨルムンガンドに食べられたら苦しいという感情すら、忘れさせられて、廃人になります。私の知り合いがそうでした」


「それは嫌だなぁ」


メイベルが俺の背後で解説してくれるが、正直、全く意味がない。分かったことはヨルムンガンドに喰われると廃人になるということだ。


(ここは短期決戦だ!)


「メイベル。『自爆』を使いたいから、離れてもらってもいい?」


「嫌です。隆司さまの愛を一身に受けられる瞬間をなぜ逃さなければいけないのですか?」


「あ、うん」


メイベルが頬を紅潮させながら言ってきた。メイベルはそこらの女と違って色々感覚がズレていることを忘れていた。


(『殺され愛」とでも言えばいいのかな?)


「シャア…」


くだらないことを考えていると、再びヨルムンガンドが俺を見た。今度こそは食ってやろうと思っているのか、助走をつけて俺をじっと見つめている。そして、さっきよりも速いスピードで俺に突っ込んできた。


新幹線が俺に突っ込んでくるようなもので、全く動くことができない。だけど、ヨルムンガンドもこのスピードでは途中でブレーキを踏むことはできないはずだ。


「『自爆』!」


「ふふ」


「シャア!?」


俺とメイベル、そして、ヨルムンガンドを巻き込んですべてが白く染まった。


爆発が収まると、俺の身体が復活する。『黒山』のスーツは所々ビリビリに破けてしまっていた。地面には俺を中心にクレーターが起こり、フロアが平らになる。ヨルムンガンドも跡形も消え、俺は討伐できたことに一安心した。


「ふふ、美味しそうですねぇ」


「ヒッ!?」


今度は別の蛇から襲われそうだった。このままいつも通り喰われるのかと思ったが、ヨルムンガンドがいた場所に異変が起こる。


「アレは、悪霊…?」


ヨルムンガンドが消えた場所に徐々に悪霊たちが集まり、それが徐々に黒くなり、そして、形を帯びてきて、そして、ヨルムンガンドが復活した。


「シャアア!」


「嘘でしょ!?」


ヨルムンガンドが復活と同時に怒り心頭で俺に突っ込んできたが、ギリギリで躱す。


「ふふ、隆司さま、ヨルムンガンドは『自爆』では倒せませんよ?」


「え?どういうこと?」


俺はというと『自爆』で倒せなかった敵がいなかっただけに冷静でいられなかった。


「ヨルムンガンドは通称『災厄の蛇』と言われています」


「ああ、うん。それはなんとなくわかるかな」


あんな大きくて危険な蛇が地上に現れたらとんでもないことが起こるのは想像に難くない。ヨルムンガンドが再び俺たちの方を見てきた。照準を俺に合わせられた。


「ふふ、それでは問題です。ヨルムンガンドはなぜ『災厄』と呼ばれているか分かりますか?」


「いやいや、今はそんな場合じゃないよ!」


メイベルは余裕そうな表情をしているが、俺は気が気ではないのだ。あの大きな蛇に捕まったらと思うと心中穏やかでいられない。


「シャア!」


「ヒイイ!」


くねくねと変化球を付けて突っ込んできたので、俺は回避が間に合わなくて足が潰れる。普通に痛いが『不老不死』のおかげで復活した。


「ヒントはさっきの『自爆』です」


「いやいや、分からな…あ」


俺の中で何かがハマった。『自爆』で吹き飛ばした時に悪霊が現れて、それがヨルムンガンドになった。


「まさか…」


「ふふ、気づかれましたね?そうです。ヨルムンガンドは悪霊の集合体。もっと言えば、悪霊が実体を持った存在です」


「なんてこったい…」


悪霊は存在するだけで、疫病を蔓延させたり、災害を起こしたりと邪魔な忌避される存在だ。問題は悪霊は魔法か『浄化』を使う以外に倒すことはできない。


「つまり、俺が『浄化』を使えばダメージを与えられるってことか」


「はい。ですが、実体を持つ悪霊です。その密度はとんでもないでしょう」


「だよねぇ…」


『血の池』で無我夢中で『浄化』を使って悪霊を倒したけど、アレは水中で無限に時間があったらだ。ヨルムンガンドには『血の池』よりもはるかに大量の悪霊を感じるが、意志を持つ実体が攻撃してくるのだ。『浄化』どころではないだろう。


「とりあえず…グフッ」


徐々に削っていこうと思った矢先、俺の口から血が溢れた。ヨルムンガンドはこちらを嗤ってみているような気がした。


「悪霊が暴れれば、疫病も蔓延します。ヨルムンガンドの毒は身体が痺れますからね。ふふ、中々刺激的な痛みです」


メイベルは余裕そうな表情で口から血を出していた。俺はというと、血が口に溜まって呼吸困難で一度窒息死した。


そして、また生き返ると、再び肺に毒が入り込み、窒息する。それを数回繰り返すと、ヨルムンガンドが俺を不思議そうにみていた。


(このまま数回死んで、俺の肺がヨルムンガンドの毒に対応できるようになると良いんだけど、そんなに待ってくれないよなぁ)


『血の池』のようなパワーアップを狙っているのだが、ヨルムンガンドは俺に近付いてきた。おそらく自分でとどめを刺しにきたのだろう。


「『自爆』!」


「!?」


とりあえず、一度すべてを吹き飛ばす。そして、俺が復活すると、バラバラになった悪霊たちが再び、集結し、ヨルムンガンドも復活する。まるで『不老不死』を相手にしているようだった。


「シャアア!」


「あぁ…怒っていらっしゃる…」


二度も吹き飛ばされたのだ。怒るのも無理はないだろう。ただ、あちらも『自爆』されると吹き飛ばされるのは分かったのか、迂闊に近づいてこない。すると、


「グハッ!?」


何かが後ろからぶつかってきた。何かと思って振り向くと、ヨルムンガンドの尻尾だった。ただ、ヨルムンガンドの本体と繋がっていない。


(尻尾と本体を分離したってことか!?ってか不味い!)


俺が吹き飛ばされた方向にはヨルムンガンドが大きく口を開けて待っていた。そして、口の中に入ると、悪霊が跳梁跋扈していて、一瞬で全身が溶けだした。


「『浄化』!」


『血の池』と同じだ。どれだけ溶かされたとしても、悪霊だけには侵されてはいけない。俺は死ぬ直前に『浄化』を使う。


しかし、それでも溶かされるのは痛いし、悪霊が俺を乗っ取ろうとして、徐々に俺の身体が浸食され始めてきた。悪霊の密度が『血の池』と比べ物にならない。『浄化』の威力が足りない。


(毒は死ぬほど痛いけど、耐えていればいつか耐性ができる!だけど、悪霊だけは本気でヤバイ!)


悪霊に侵されると、俺自身も悪霊になってしまう。これは『不老不死』を持っていようが関係ない。死にながら侵されるのが、悪霊の恐ろしいところだ。『自爆リセット』が使えないのだ。


(これ、マジでヤバイかも…)


生き返った体が徐々に黒い炭のようになっていく。悪霊になっている証拠だった。このまま、成す術もなく悪霊になってしまうのかと思ったその時、


「隆司さま、頑張ってください!ヨルムンガンドごときに負けないでください!」


「ッ!」


メイベルの声援が外から聞こえてきた。


(そうだ!こんなところで俺は負けるわけにはいかない!)


消えかけていた生きるという意思が再び再燃した。すると、


『『合成』が完了しました』


無機質な音声が頭に響いてきた。スキル『合成』を使っていたことを完全に忘れていたので驚いた。一体なんだと思っていると、頭の中に文字が浮かんできた。


「『殉難』…?」


俺は思いついたままに言葉を紡いだ。すると、俺を中心に『浄化』の光があふれ出した。


「え?え?」


感覚が『自爆』に似ていた。俺は何が起こっているのか理解する前に肉体を光が覆い、それはヨルムンガンドの中を浸食し、そして、すべてを吹き飛ばした。


━━━


━━



スキル『殉難』。スキル『合成』で得た新たなスキルだ。『浄化』と『自爆』が合わさった最強の『自爆』だ。


自分の命を犠牲にして、すべてを吹き飛ばす最強の技。これだけ聞くと、『自爆』と同じだが、その効果範囲は悪霊などの、眼に見えなくて、実体を持たないモノにまで有効らしい。その証拠に、


「まさかヨルムンガンドをここまで跡形もなく吹き飛ばすなんて…」


メイベルが茫然としながら、ヨルムンガンドいた場所を眺めていた。今度こそ悪霊が集まって復活する様子がない。完全勝利だ。


「いやぁ、運が良かったよ」


『浄化』と『自爆』が『合成』するなんて誰が考えただろうか。完全に運に救われた。


俺はぺたりと地面に腰を下ろした。疲れは『不老不死』でないが、それでも心の疲労はすさまじい。すると、


「隆司さま!」


「うお!」


メイベルが俺の身体に抱き着いてきた。柔らかい感触が俺の頭を支配した。


「本当に、本当にありがとうございました!私に巣食うすべての悪霊がすべて消えました!ああ、こんなに生を実感するなんていつぶりでしょう…!」


メイベルは感極まって泣いていた。


「メイベルのためだったらこのぐらい安い物だよ」


「ふふ…謙虚過ぎるのも少し考えものですね」


メイベルが喜んでいるのを見ると、こっちも嬉しくなった。


「ここまで長かったけど、なんとかなってよかったよ」


振り返れば結構危ない橋を渡ってきた自覚はあるけど、メイベルがここまで喜んでくれているのなら、やってよかったと思う。


「ふふ、私はとんでもなく良い夫をもらってしまったのかもしれませんね」


「それを言うならこっちもとんでもなく良い妻をもらったよ」


「ふふ、私たちは馬鹿夫婦ですね」


「違いない」


お互いに顔を見て笑い合った後、メイベルが俺から離れて立ち上がる。すると、


「な、なんだ!?」


ピキ、バリン!


上下左右に広がった星空に亀裂が入る。そして、ガラスが割れるような音が鳴ると、星空が崩れていった。そして、白い光が俺の視界を奪った。


━━━


━━



「こ、ここは?」


眼を開けると、見慣れたダンジョンの光景が広がっていた。紫の水晶が空間を照らし、周りの様子が分かった。


「ふふ、こっちですよ」


「ワン!」


メイベルの声が聞こえて振り返ると、そこには大きな木が生えていた。不思議なことにその木は一人で発光し、ダンジョン内に水晶以外の暖色の光が現れた。特筆すべきは黄金の果実だ。林檎に似ているが、こんな木は見たことがない。


そして、木の根元にはファティとマーム、そして、子犬たちが戯れていた。原っぱのようなところでもふもふが戯れている姿を見るのは中々眼福だった。


「ここは?」


「ダンジョンの深奥です。ここは『イズ―ナの揺り篭』と呼んでいます」


「へぇ…凄いなぁ」


イズ―ナと言えば、北欧神話で『黄金の林檎』の話が有名だ。イズ―ナにしかとることができない『黄金の林檎』を食べることによって神々は年を取らずにいわれたというものだ。


(もしかしてこの『黄金の林檎』がそうなのかな?)


俺がそんな想像をしていると、メイベルが俺を見て微笑んだ。


「ふふ、改めまして、『不死王ダンジョン』の攻略、おめでとうございます。『不死王』メイベル改め、イズ―ナが祝福します」


「え?イズ―ナ?」


「はい。私の真名です。ふふ、びっくりしましたか?私は地上の人間で言うところの神らしいですね」


「なんてこったい…」


メイベルの突然のカミングアウトに俺は驚いてしまった。


(メイベルが神様か…そういえば、北欧出身って言ってたし…)


驚きと同時に少しだけ腑に落ちることがあったので、メイベルの言ったことは信じるなのだろう。


これからはメイベルのことを神様だと敬った方がいいのだろうか?神に発泡酒を渡すなんてとんでもなく不敬をしてしまったのではないか?




そんな風に不安に思ったのも一瞬だった。




「メ、メイベル、じゃなくて、イ、イズ―ナ様。何をしていらっしゃるのですか?」


俺が困惑していると、メイベルはにっこりと笑った。


「ふふ、『自爆』に続き、『殉難』で隆司さまの服が吹き飛んでいらっしゃいますからね」


「あっ」


俺は半裸だった。そして、メイベルは自分の服を脱ぎ終えると、舌なめずりをした。


「後、私のことはメイベルとお呼びください。私に神の自覚はありませんし、その名前も捨てましたから」


「で、でもねぇ」


(ずっと友達だった人が実は総理大臣の息子とかだったら、ちょっと…ねぇ?)


少しだけ躊躇してしまう。が、俺とは反対にメイベルは俺をいつも通り押し倒してしまった。


「ふふ、ではそんなことを考えられないほど、愛し合いましょう♡これが一番手っ取り早いです」


「え?いやいやいや、こんなところでは!」


「問答無用です!」


「いやああああああ!」


ダンジョンクリアと同時に俺は神様に喰われるのであった。


結論、メイベルは神であってもメイベルでした。

━━━

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