第26話

「ふふ、ご馳走様でした」


「ああ、うん…」


精気のすべてを吸い取られた気分だった。『黒山』の服は元に戻してもらったけど、俺はいつも通り灰になった。対照的にメイベルの肌はつやつやしていてとても若々しくなった。


(まぁおかげでメイベルはメイベルだって理解させられたけど)


神を相手にするようなものではない。ただ、メイベルという一個人が好きだということを再確認できたから結果的には良かった。


場所は選んでほしかったけど…


「ワン!」


「ファティ…この薄情者ぉ!」


ファティのもふもふにダイブする。ファティ一家はメイベルが服を脱ぐと同時に、『転移移動』でどっかに行ってしまった。子犬に俺とメイベルの情事を見せるわけにはいかないというマームなりの気遣いだろうけど、ファティには助けて欲しかった。


とりあえずファティにやつあたりもふもふをする。こうでもしないと精神的な疲れが取れない。


「ふふ、まだ私は満足していないんですけどねぇ」


「ヒィ!?」


「冗談ですよ」


「そ、そうだよね」


アレだけヤッたのにまだ足りないのかと、焦ったが冗談らしい。


「ここを出たら続きといきましょう」


「あ、はい」


サキュバスなメイベルさんは健在でした。家に帰った時のために、ファティのもふもふを余分にためておく。すると、クスリと笑う声が聞こえた。


「隆司さま、疲れているところ申し訳ありませんが、ダンジョンはまだ終わっていません」


「え?ヨルムンガンドを倒したら終わりじゃないの?」


突然の延長戦にぎょっとするがそういうわけでもないらしい。


「私がいるじゃないですか?」


「あっ」


(そうだ。『不死王ダンジョン』の最後のボスってメイベルだった!)


まさかメイベルと戦うことになるのかと思ったが、


「ふふ、冗談ですよ。本来ならここで私と戦って倒さなければなりませんが、隆司さまは特別です。もう私は攻略されていますしね」


「な、なぁんだ。良かった」


メイベルと戦っても勝てる気がしないし、そもそも戦いたくもない。というかもし普通に深奥にまで来たら、複数スキルを持っている上に絶対に死なない『不死王』を相手にしなければならないということだ。


(どうやってクリアすればいいんだ?)


無理ゲーではないかと思ってしまった。


メイベルに連れられて立ち上がる。そして、大樹の前に連れてかれた。


「これは『不老不死』の私のみが触ることを許された大樹です。そして、この大樹になる『黄金の林檎』こそが神々の求めたものです」


「ちなみに普通の人が触るとどうなるの?」


「例外なく死にます。だから、私にしか管理ができなかったのです」


「マジかぁ」


そりゃあ『不老不死』にしか管理できない。メイベルが手を上げると自然とそこに『黄金の林檎』が落ちてきた。そして、それを手渡された。


「伝承にはこの林檎を食べると、若返ると記述されていましたが、実際には違います。食べた者の願いを叶えるというものです」


「あ、ということは攻略のご褒美ってこの林檎なんだ」


「はい。先ほども申し上げましたが、世界征服とかそういったものは不可能です。後、『不老不死』も再現はできないです。神々も疑似的に『不老不死』になりましたが、この『黄金の林檎』を食べなければ、すぐに効果が切れて老いてしまったので…」


「あ~、それで若返りって言われていたのか…」


色々合点がいった。


「それじゃあ、俺の願いは叶うのかな?」


「はい。難しい願いではないので問題ないと思いますが…」


メイベルは少しだけ歯切れが悪かった。俺の願いは酷く独善的でメイベルにも迷惑をかけるものだった。


「やっぱりやめとく?メイベルが嫌なら、別のにしようと思うけど…」


「いえ。これは私自身の願いでもあります。もう躊躇はないです」


メイベルは微笑した。その表情には色々な感情が混ざり合っていたが、それでも俺の願いを望んでいてくれている表情だった。


「『黄金の林檎』を食べながら、頭の中で願いを念じてください。そうすれば叶います」


「分かった。それじゃあ行くよ?」


「はい」


俺は林檎にかじりつきながら、頭の中で願いを浮かべた。そして、『黄金の林檎』を食べ終えると、


「ふぅ…美味しかった」


今まで食べた林檎の中で一番おいしかった。ただ、今はそんな感想を言っている場合じゃない。





「俺たちの『不老不死』はなくなったのかな?」





俺の願い事はスキル『不老不死』を消滅させることだった。結果は、


「ふふ、本当に『不老不死』がなくなりました…実感が全く湧きませんね」


「ごめん、メイベル」


「なぜ謝るのですか?私にもようやく終わりが来るのですよ?一生私には縁がないものだと思っていました…」


メイベルが噛み締めるように言葉を紡いだ。


俺はメイベルから『不老不死』を貰った時、一生メイベルと過ごしていく覚悟を決めた。人類が俺とメイベルの二人きりになってもだ。


だけど、勉をボコボコにして家に送り届けた時、あいつらの子供を見た。可愛い子供だった。


その時、俺もメイベルとの間に子供が欲しくなったし、実際にメイベルも同じ気持ちだった(実際死ぬほど喰われたし…)


ただ、俺たちの子供は『不老不死』ではない。スキルは子供に遺伝しないのだ。


子供が赤子の時は良い。だけど、子供が大きくなった時、俺たちは一生年を取らないのだ。いずれ孫ができて、ひ孫ができて、そして、俺たちは自分の子供の死を見届けることになる。


それを考えた時、俺は酷く怖くなった。子供が親よりも先に死ぬことは何よりも不幸だと思う。そして、それが孫、ひ孫となった時、俺とメイベルの精神はどうなるのか。


一度は『死にたい』と思ってしまうだろう。お腹を痛めて産んだ子が俺たちよりもよぼよぼのじいさんやばあさんになっているのを見たら、メイベルも俺もそう思わないはずがない。もしかしたら、孫やひ孫には疎まれてしまうかもしれない。


そんな想像をしてしまった時、俺の願い事は決まってしまった。ただ、それはメイベルのアイデンティティの根幹を揺るがすし、裏切りになるのではないかとも思っていた。言おうか言うまいか迷った。


だけど、俺は一生この気持ちを隠し続ける自信がなかったので、切り出した。裏切りと言われたらどうしようかと思った。けれど、メイベルは驚きながらも受け入れてくれた。


自分にも終わりが欲しいと言ってくれた。俺はその言葉に酷く安心してしまった。そして、願いが叶った今、俺たちも終わりに向けて走り出すことになる。


「これで『不死王ダンジョン』は完全に攻略されました。間もなく崩壊が始まるでしょう」


「え?マジ?」


そんなの聞いていない。すると、ダンジョン全体がゴゴゴと音が鳴り始めた。壁に亀裂が入り、ダンジョン全体が崩れているようだった。


「ふふ、このままだと崩壊で圧死してしまいますね」


「俺たちもう『不老不死』じゃないんだよ!?」


「まぁ!そうでした!」


メイベルがぎょっとしていた。『不老不死』歴が長すぎるメイベルは死に対する感覚が狂いすぎている。この癖を矯正するのは大変だろう。


「ファティ!『転移移動』で俺の部屋まで頼む!」


「ワン!」


ファティが『転移移動』を発動させると、俺たちがのいた場所に巨大な岩が落ちてきた。そして、ギリギリのところでファティの『転移移動』が発動し、俺たちいた『黄金の林檎』がなる木は岩で潰れてしまった。


━━━


━━



「危なかった…」


「ワン」


『転移移動』で部屋に戻ってくると、俺たちはもふもふまみれだった。ファティとマームはダンジョンサイズなので、部屋がとても窮屈になってしまっていた。それでももふもふに囲まれているので、とても素晴らしい感触だった。


メイベルがファティとマームの大きさを小さくすると、部屋が毛だらけになってしまっていた。とりあえず部屋に戻ってからやるべきことは掃除だ。


「ふふ、隆司さま、こちらを」


「ん?ああ…本当になくなってるんだ…」


ダンジョンの入り口の穴が完全に塞がって、元の壁に戻っていた。


「半生を過ごした『不死王ダンジョン』がなくなったと思うと、少し寂しい気がするね」


「そうですね。私にとっては家がなくなったも同然ですから」


「ワン」


「ウォン」


色々なことがあったけど、このダンジョンに潜って正解だった。メイベルに出会い、ファティに出会い、マームや子犬たちと出会えた。きついこともたくさんあったけど、それにあまりあるほど、とても素晴らしい時間を過ごせた。


感謝とダンジョンの冥福を祈って俺は頭を下げる。そして、頭を上げると、メイベル達の方に向き直る。


「さぁ、これからどうし…よう。メイベルさん?」


メイベルが服を脱いでいた。そして、


「ふふ、ダンジョンという枷が外れた今、遠慮をする必要もなくなりました」


「え、遠慮?」


(メイベルが俺に遠慮してることってあったけ…?)


「ふふ、子づくりですよ。もう、我慢なりません。子供が欲しくてたまりません。明日にでも産みたいです」


「い、いやぁ、それは無理じゃない?」


じりじりと壁に追い込まれて、俺は壁に背中をぶつけて、座り込んでしまう。


「メ、メイベル。せっかくダンジョンがなくなったんだから、遠いところに遊びに行ってみない?」


「はい。でも、子供が欲しいですので、いますぐヤりましょう」


「え、映画とか遊園地とかメイベルが地上にいた時とはアトラクションの数が全く違うんだ!遊びに行こう!」


「まぁ!それは楽しそうですね。でも、今は子供が欲しいです」


「ほ、他にも「隆司さま」はい…」


メイベルの興味を引けそうな話題を振ってみたが、子供が欲しいというメイベルの欲求から逃れることができない。


(かくなる上は…!)


「ファティ!マーム!助けて!…って、何をしてるの…?」


ファティとマームは背中に自分の子供を乗せて、ベランダからどこかに行こうとしていた。


「ウォン」


「ふふ、『主に跡継ぎができるまで、私たちは外の世界を旅してきます。何かあったらダメ夫に連絡をください』…だそうです』」


「そ、そんな…!」


マームの気遣い?によって、俺はメイベルに毎日毎日喰われることになってしまう。すると、


「キャン!」


俺に毎回噛んでくる子犬がファティの背から降りて、袖を引っ張ってきた。俺も一緒に来いと言われているようだった。


(この流れに乗るしかない!)


「メイベル!この子が可哀そうだし「ふふ、母の言うことは聞きなさい?いいですね?」」


「!キャンキャン」


メイベルが深い笑みを浮かべると、子犬はすぐにファティの元に逃げてしまった。俺は最後の希望であるファティに視線を送るが、


「ワン!」


ファティが吠えると、ファティ一家が『転移移動』で消えてしまった。部屋からもふもふの気配が消えた。


「これで私たち二人きりですね」


「ヒィ!?」


目の前のサキュバスが頬を赤くしながら舌なめずりをした。そして、俺に抱き着いて一度キスをしてきた。


「隆司さま、私は今、とても幸せです」


「ああ、うん。俺もだよ」


メイベルが俺の嫁に来てくれて本当に良かった。心からそう思っている。


「ふふ、時間は有限です。死ぬまでにたくさん素敵な思い出を作りましょうね?」


「うん。そうしよう」


「それではいただきます♡」


「この流れは変わらないのかぁぁ!」


最愛の妻に喰われた。『不老不死』でなくなった今、俺たちにはいつか終わりがくる。それでも、最後には笑って死ねるように、生きていこうと思う。


━━━

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