第24話

勉と雅がうちに来た一週間後、二人が大けがをしたことを知った。なんでも身体の部位が欠損してしまうほどの大事故に遭ってしまい、今は病院に入院しているそうだ。お見舞いに行こうかと電話したのだが、『再生』すればすぐに退院できると言われてしまえばそれまでだ。


ただ、驚くべきことはそれだけではない。ケガで弱っているからなのか、俺に対する今までの謝罪、そして、俺が与えた一億のおかげで、『再生』の費用をすべて賄え、そして、お礼を言ってきたのだ。


そんなことはここ十数年一度もなかったので、とても驚いた。


「ふふ、どうかされましたか?」


メイベルが洗濯物を畳みながら、俺の方を向いてきた。


「勉と雅が事故に遭ったらしくてさ、大けがをしたらしいんだ」


「まぁ…二人とも無事なのですか?」


「うん。まぁ無事とは言い難いけど、俺があげたお金で治療費は賄えるってさ。あげてよかったよ」


「ふふ、不幸中の幸いですね。二人とも隆司さまに感謝しているんじゃないですか?」


「そう!それなんだよ!」


俺はメイベルの言葉に食いついた。


「最近の二人を見ていると、そういうことを全くする様子がなかったんだけど、びっくりしたことにお礼を言ってきたんだ!しかも、今までの謝罪までしてきてさ…こういうことを言うのは良くないんだけど、事故に遭ってくれたおかげで昔の二人に戻ったような感じがして、ちょっと嬉しくなったんだよなぁ」


本当に不謹慎なことを考えてしまっていると思う。だけど、心の底からそう思ってしまっているんだから仕方がない。


「ふふ、殺さなくて正解でしたね…(ボソ」


メイベルが何か言っていた気がしたが気分が良くなっていた俺の耳には入らなかった。


━━━


━━



大きなニュースがあったが、俺たちのやることは変わらない。今日こそ、深層をクリアし、メイベルを解放する。


『黒山』のスーツをバサッと着こなし、俺はネクタイを締める。靴も磨いたし、気合は十分だ。


「ふふ、ネクタイが乱れていますよ?」


「ああ、うん。ありがとう」


恰好を付けただけに、少しだけ恥ずかしい。今度こそ完璧に準備ができた。


「行こうか」


「はい」


俺たちはいつものように壁に空いている黒い穴を通り、『不死王ダンジョン』の中に入る。そして、『転移石』を使って、『獣王の巣』へと転移する。


「ワン!」


「わっ!ファティか」


転移した先にはファティが待っていた。いきなり飛び掛かられたので、俺は地面に倒れ込んだ。すると、追撃とばかりに子犬たちが俺に突撃してきた。そして、後ろからはマームが遅れてきた。


俺とメイベルはもふもふの特攻隊に合い、もふもふまみれになる。このまま死んでもいいかと思ったが、


「キャン!」


「痛い!」


子犬の一匹に噛まれて、飛び起きる。俺の足をガチで噛んでいた。俺はファティのお腹を椅子にして、俺を噛む子犬を持ち上げる。すると、可愛い顔をして俺を威嚇してきた。


「俺、この子に嫌われてるのか…?」


他の子犬には結構懐かれている自覚がある。だけど、この子だけは俺に常に攻撃的なのだ。俺は何かしてしまったかと思い返すが、全く思い当たらない。


すると、ファティ、マームが困ったような仕草をする。というかマームは俺に謝っているような気がする。すると、


「ふふ、隆司さま、それは誤解ですよ」


「え?」


「本当は隆司さまのことが大好きなんです。ただ、それを他の子とは違って素直に表現できないのですが」


「ええ…信じられないなぁ」


「ふふ、証拠ならありますよ」


メイベルがスマホを取り出して、俺に寄っかかってきた。そして、俺にスマホを見せてきた。そこには、ファティ、マーム、そして、子犬たちが俺を中心に寝ている写真だった。


ソファーで寝ているファティとマームを俺が枕にして寝ている。そして、その周辺には子犬たちが寝ているのだが、俺を噛んでくる子犬は俺のお腹の上でぐっすり寝ていた。その姿はいつも俺に攻撃的な子犬ではなかった。


それを見た瞬間、笑みがこぼれてしまった。そして、


「なんだ、お前~、俺のことが好きだったのか~?」


「ガム!」


「痛い!」


調子に乗ってもふもふしまくったら指を噛まれた。子供でもフェンリルだから強化された俺の身体にも歯が刺さる。他の子犬も俺に甘えてきたので、撫でてもふもふする。すると、


「ふふ、この子たちにも名前を考えなきゃいけませんね。いつまでも名無しは可哀そうです」


「確かに。四匹もいると、色々考えなきゃいけないから大変だ」


「そうですね」


もふもふに囲まれながら、そんなことを考えた。このままもふもふを堪能していたら、一日が過ぎてしまう。俺は心を鬼にしてもふもふ天国を抜け出して、深層に至る扉の前に立った。


「貴方たちは先に深奥で待っていてください。すぐに隆司さまと向かいます」


「ワン!」「ウォン!」


メイベルの指示を受けたファティは『転移移動』を使って、深奥に移動した。『獣王の巣』には俺とメイベルが残った。


「ふふ、それでは行きましょうか。隆司さま、扉を開けてください」


「うん。押せばいいのかな?」


「はい。少々重いので、頑張ってください」


「うん。え?」


メイベルに言われて俺は扉を押すが、軽く押した程度では全然びくともしない。足に力を入れて、本気で押す。なんとか少しずつ、扉が開いた。それでも全開にするのは無理なので人が通れるくらいに開いたときに、二人で駆け込んだ。


「はぁはぁ、少々なんてもんじゃなくない!?」


「そうですか?私なら片手で開けられますよ?」


言葉の定義について話し合いたいところだけど、妻より力がないと言うのは少し情けないので、不満をいうのはやめておいた。


扉の奥を見ると、一本道が続いていた。出口が全く見えない。結構長そうだ。


「ふふ、ゆっくり向かいましょう」


メイベルが何を言うまでもなく俺の腕に手を絡めてきた。少し歩きづらいが、居心地は悪くない。三分くらい沈黙が続いたが、メイベルがその沈黙を破った。


「それにしても、隆司さまが深層にたどり着けるとは思いませんでした。ふふ、この言葉も何回目ですかね」


「俺も未だに信じられないよ。まぁ運が良かったんだと思うけどね」


まずは『不老不死』をもらい、その後に『血の池』で肉体の強化と『スキル石』の入手。これがなければ、俺はダンジョンで戦うことなんてできなかった。


力がなくて勉たちの寄生虫をしていた時が懐かしい。


「『不老不死』に『自爆』なんて、ある意味ではこれ以上ない組み合わせのスキルだよなぁ」


「ふふ、全くです。何度でも生き返って最強の範囲攻撃をされたらと思うと、敵に同情してしまいます」


『自爆』でリザードマンの巣を吹き飛ばし、中層のスライムの群れを吹き飛ばし、そして、下層のイフリート、グリフォン、ミノタウロスまで殲滅できた。


「ふふ、それでも『魅了』だけは納得いきませんね」


「ま、まぁ確かに。で、でも、勝手にモンスターが寄ってくるから、『自爆』を使って効率的に倒せるようにはなったよね?」


「ダンジョンではそれでいいかもしれませんが、地上では本気で大変です」


「うっ、そうだね。ってか、なんで俺は男に襲われなきゃいけないんだよぉ」


ダンジョン内ではモンスターが勝手に寄ってくるから、効率的に倒せるようになった。ただ、日常では男に言い寄られてしまっている。


ショッピングモールでは『男喰いマンズ・イーター』と言われているのを強化された俺の耳が拾った。とてつもない風評被害を受けた俺はショッピングモールに行くのはやめようと思った。


「せめて、なぁ」


「せめて、なんですか?」


女の子に言い寄られたいという願望がでかけたが口を閉じる。しかし、メイベルがにっこりとこっちを見てきた。


「…なんでもありません」


「ふふ、帰ったら覚えておいてくださいね?」


「はい…」


誤魔化しは効果がなかったらしい。俺は帰ったら、喰われることが確定した。


「マームとの対面は私も緊張しました。『心眼』で隆司さまの本性が現れ、私を裏切るようなものだったら、世界を滅ぼしてしまったかもしれません」


「はは、大袈裟な」


「いえ、マジです」


これ以上ないくらいの美しい真顔だった。


(まさか、あんなところで人類のバッドエンドルートがあったなんて…)


「ですが、『心眼』が全く効果がないとは思いませんでした。あまりにも裏表がなさすぎて、マームも驚いていましたよ?」


「いやぁ、昔から隠し事が苦手でね。嘘をついても無駄だって諦めたんだ」


「ふふ、それでも悪心を抱かないのは流石です。私の夫は最高ですね」


「そうなのかなぁ」


メイベルが手放しでほめてくれるから、照れくさい。頬をポリポリと掻く。


「そういえば、深奥にたどり着いたら、なんでも願いを叶えてくれるっていうのは本当なの?」


「はい。ただ、世界征服とか、世界を滅ぼすとかだと少し抽象的すぎて、無理だと思いますが、大抵のお願いなら叶うはずです。何か叶えたい願い事でもあるのですか?」


「うん。まぁこれはメイベルにも聞かなきゃいけないことだからね。同意が取れなかったら、別のお願いにしようと思ってる」


「私にも関係しているお願いなのですか?」


「うん、実は━━━」


俺の願いを聞くと、メイベルは終始とても驚いていた。困惑していると言った方が正しいだろう。メイベルは難しい顔をして考え込んでしまった。


「そうですか…そうですかぁ」


「やっぱりやめておく?」


「いえ、隆司さまがお決めになったことなら従いますよ。隆司さまの言う通りだと思いますし、私自身、困惑はあるものの、欲しかったものだと思います。ふふ、ですが、想定外すぎますね」


「俺もこんなことを考えるなんてどうかと思うけどね」


「全くですよ」


少し困惑していたものの、メイベルも同意してくれた。


そうこうしているうちに、出口が見えてきた。あそこに足を踏み入れたら、深層だ。


「隆司さま、少々お待ちを」


このまままっすぐ深層に入ろうとすると、メイベルが俺を制止した。俺は何だと思っていると、メイベルが石を拾い上げた。それは見覚えのある石だった。


「これって『スキル石』?」


「はい。『不死王ダンジョン』にある最後の『スキル石』です」


「まさか、最後の最後でパワーアップイベントがあるなんて…」


後、最後の『スキル石』のある場所が雑過ぎる。道端に落ちているなんて、誰が想定できるのだろうか。メイベルだけだろう。


「ま、まぁ、使えるモノは使っておこうか」


メイベルが抱えてくれている『スキル石』に手をかざす。すると、光り輝いて文字が浮かび上がってきた。


「え~と、これってどうなのかな…?」


『スキル石』に浮かびあがった文字は『合成』。初めて見たスキルだ。


「私は持っていませんが、『合成』はスキル同士を組み合わせて新たなスキルを作るというものです。うまくいけば破格の力を創り出せます。ただ、相性が良くないと、『合成』ができないので、使い勝手が悪いです。隆司さまのスキルで『合成』できそうなスキルってあるのでしょうか…?」


「分からないなぁ…」


『合成』はスキルを二つ以上持っていないとそもそも使うことができない。仮に二つあったとしても相性が悪かったら使えないというのであれば、俺たちの基準で言えば、Fランクの力だろう。実用性がなさすぎる。


(俺が持ってるスキルは『浄化』、『不老不死』、『自爆』、『魅了』…どれも関連性がなさそうだ)


『魅了』と『不老不死』とか何が起こるか意味が分からない。俺は本当にハズレを引いてしまったと溜息を吐いた。一応、何が起こるか分からないから、『合成』を使ってみよう。


「やっぱり何かが起こる感じがないなぁ」


「そうですか」


「まぁ仕方ないか。『不老不死』があれば負けることはないし、『自爆』があれば敵を吹き飛ばせる。今まで運が良かったと思えば、普通に許せるかな」


「ふふ、そうですね」


最終戦を前にパワーアップとはいかなかったが、やることは変わらない。メイベルを縛る『不死王ダンジョン』をクリアするだけだ。


「そういえば、深層ってどんな場所なの?」


出口がもうすぐそこに見えているが、深層について全くメイベルから情報を聞いていない。


「フロアは一つです。モンスターはフロアボスが一匹です。フロアボスを倒せば、深層はクリアです」


「どんなモンスターなの?」


「ふふ、それは内緒です。出会ってからのお楽しみということで」


メイベルが口元を人差し指でおさえる。その仕草はとてもかわいいのだが、俺としてはどんな敵がいるのか気が気ではない。


「ふふ、私が言わなくてもすぐにわかりますよ」


「あっ、ちょっと待って!」


メイベルが出口に一足先に踏み入れた。俺はすぐ後に続いて、深層に踏み入れた。そこには、


「凄いな…」


中に踏み入れると、そこは異質な空間だった。星空が上だけじゃなく、上下左右に埋め創れされていた。流星群が起こり、天の川がそこら中に見えた。俺たちは地下に地下に進んでいたのに、宇宙に転移してしまったようだ。俺は宇宙の中で、離れ小島のような衛星に足を付けている。


「シュルル…」


「え?」


唸り声が聞こえたので、振り向くと巨大な蛇がいた。大きさは全長、百メートルくらいはありそうだ。触れれば切れてしまいそうなほど鋭利な漆黒の鱗に、なんでも砕いてしまいそうな鋭い牙。よく見てみると、大蛇から溢れる唾液が地面を溶かしていた。とてつもない毒を持っていることが分かる。


そして、俺をずっと見つめる無機質な瞳。蛇に睨まれた蛙は動けなくなると言うが、俺は今、それを実体験している。


一歩動けばコロス。


大蛇は視線で俺にそう語ってきた。俺は心臓の芯まで凍え切った。


「ふふ、ヨルムンガンド。北欧神話に現れる最強の大蛇です。そして、最後のフロアボスです」


「こいつが…デカすぎるでしょ…」


上層で出会ったイフリートやミノタウロスを飲み込んでしまいそうだった。これからこいつと戦わなきゃいけないのかと少しだけ後悔した。


「ふふ、では隆司さま。ヨルムンガンドの退治は任せましたよ?」


「…善処します」


最後の戦いが始まった。

━━━

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