第23話
圧倒的な力の前に屈した雅と勉はぺたりと座り込んだ。そして、
「ふふ、それでは地獄を与えましょうか」
メイベルはグングニルを手に持った。細腕のどこにそんな力があるのかと思わせられるが、達人のようにくるくると回すその姿を見ると、歪だがどこかしっくりきた。
「ワン…?」
「ふふ、いい子ですね。ファティ。前みたいに槍に取り込まれてしまうんじゃないかと心配してくれているようですが、その心配は無用ですよ?隆司さまが解決策を教えてくださいましたから」
ファティとマームを撫でると、メイベルは微笑みながら勉と雅を見た。槍がメイベルの腕を浸食し始めた。
「『終末の槍:グングニル』。これはかつてオーディンが使っていた武器です。これ凄いんですよ。ほら」
メイベルが一振りすると、ダンジョンの壁が抉られた。
「スキル『空間』と『干渉』、そして、『破壊』の三つのスキルを合わせた最強の槍なんです。視界に入ったものを距離を関係なく貫き、えぐり、薙ぎ払えます。ふふ、ただオーディン以外が使うと槍に人格を取り込まれてしまうのが難点ですが…」
ふふっと微笑むメイベルを見て、勉と雅は身体の底から怯えた。あんなものを使われたら、自分の命は一瞬で吹き飛ぶ。それこそ人間が蟻を踏むように。それを理解した二人は、
「私たちが悪かったわ!もう二度としないので許してよ!」
「お、俺もだ!」
そういって頭を下げる…というようなことはしなかった。普通にメイベルの顔を見ながら、とりあえず言葉だけ取り繕っているという感じだった。
メイベルの腕が半分ほど浸食される。それにつれて感情がどんどん冷えていく。
「本当に反省しているんですか?」
「ええ!これ以上ないくらい反省してるわ」
「そうですか。では、マーム、お願いします」
「ウォン!」
「「え?」」
マームの金色の瞳が輝き出す。勉と雅は二人ともマーム瞳に吸い込まれた。そして、何もなかったかのように光が収束する。
「な、なんだったんだ?」
「さ、さぁ」
二人は互いに見合う。何が起こっているか理解できなくて困惑した。そして、メイベル達の方に向き直る。
「それではもう一度聞きましょう。本当に反省しているんですか?」
微笑みながら、メイベルが質問する。すると、
「はぁ?そんなのするわけないじゃない!隆司は私たちの下僕だし、金も奪い取るし、あんたには絶対にいつか復讐するわ!」
「俺もだ!隆司をいたぶったら、金を奪い取るし、メイベルは絶対に犯す!泣いて許しを乞うても一生俺の肉便器として扱ってやる!」
「「え?」」
勉と雅は互いに見つめ合う。そして、みるみるうちに青くなるが、
「ふふ、マームのスキル『心眼』は相手の嘘を見破ると同時に、本性を表します。ふふ、それにしても酷いですね~。反省していないどころか私たちにいつか復讐する、と。とても有意義な答えを頂けました」
「ち、違うわ!こんな目に遭わせたクソ女からは絶対にすべてを奪い取るわ!いつか土下座で靴を舐めさせてやる…わ」
雅が再び失言をしたと、口を塞ぐがだいぶ遅い。二人とも何かを話すと本音が出てしまうことが分かったので、何も口にしないことにした。けれど、
「ふふ、安心してください。隆司さまはあなた方を腐れ縁とおっしゃっていました。なので、殺したりはしませんよ」
その一言で二人に弛緩した空気が流れる。
「ですが、死んだ方がマシだと思えるくらいの拷問はさせていただきますね?」
「え?」
「ふふ、当然でしょう?私と隆司さまを害そうとしていることを口にしてくださったじゃないですか?でしたら、そんなことを考えられないくらいには痛めつけるのが筋ではないですか?」
二人は反論できない。口にしたら墓穴を掘ってしまうことが分かっているからだ。そして、心のどこかでメイベルは拷問をしないと期待していた。
右腕は完全に浸食された。
「ふふ、グングニル」
ブシャ、グチャ
「「っ!」」
勉の右足がちぎれ、雅の左眼が潰れた。二人は急激な痛みでなくなった部位を必死で抑えた。
「『回復』!」
雅が『回復』を使うことによって、血を止める。これで失血死はないが、それでも身体のあるべきものがなくなるのはショックが大きい。
「ふむふむ、なるほど~」
惨劇が起こっているのにも関わらず、メイベルはのほほんと残った左腕でスマホをいじっていた。そして、何かを検索していた。
「絶対に許さない!でも、あんたには勝てないから隆司に復讐してやる!」
「ふふ、怖い怖い」
「キャアア!」
グングニルが振るわれると、雅の右足の親指が消える。マームの『心眼』がすべての本心をさらけ出す。
「こんな極上な女絶対に逃がさねぇ!隆司から寝取ってやる!」
「貴方、本当に気色悪いです。妻の目の前で浮気とか正気ですか?」
「ぐびょほおおおお」
グングニルを動かすと、勉が内股になる。ナニかがくりぬかれたようだ。
「足の再生に1500万、眼の再生は2000万、指は500万、アレは3000万円ですか。合計、7000万円。もう少し削っても良さそうですねぇ」
「な、何を…?」
メイベルが恐怖の計算をしていたので、恐る恐る聞いてみる。すると、
「ふふ、隆司さまの面子を立てつつ、あなた方を痛めつける方法を考えていたんですよ。隆司さまは貴方たちを知己として、大事に思っています。ですから、あなた方の本性を隆司さまにお伝えして傷つけるようなことはしたくありません」
メイベルはひーふーみーと数える。
「ですが、それでは私の腹の虫は全く収まりません。あなた方のような畜生はさっさと死ぬべきとすら思っていますから」
「「ヒッ」」
「ですので、隆司さまからもらった一億を使い切るくらいの大けがを負ってもらいましょう。腕の治療を差っ引いて余ったお金がすぐに活きたとなれば隆司さまも喜ぶでしょう」
「痛い!」
「腕があああ!」
雅の耳と勉の左手の親指と中指と人差し指が消える。
「ふふ、耳の治療費が1000万、指が三本で1500万。合計9500万円。まぁこんなところでしょう。後は子供の養育費に使ってくださいね」
メイベルの拷問が終わったのか、勉と雅は力が抜けた。しかし、
「ところでスキル『契約』をご存じですか?」
「「?」」
突然の質問に二人は思考が追いつかない。
「私と隆司さまは互いに愛を誓った身。『契約』の指輪を持って、結婚することになりました」
勉と雅はただ聞いているだけだった。メイベルはテンションが上がっているのか頬が紅潮していた。
「その時に隆司さまは私の『不老不死』を選んでくださったのですよ。永遠に私を愛すとおっしゃってくれたのです!ふふ、まさに永遠の愛!これこそ私が太古の昔から求めていたものです!」
「そ、それがなんなのよ」
雅が恐る恐るメイベルに問い返す。
「失礼しました。スキル『契約』は、夫婦のお互いのスキルを習得できるというものなんです。隆司さまは、私の『不老不死』を、そして、私は何を得たと思いますか?」
「『浄化』だろ!あの隆司にはそれしかない!」
「ふふ、ハズレです。最初はそれも考えましたが、隆司さまは『スキル石』でとてつもなく良いスキルを引いてくれたのです━━━すなわち、『自爆』です」
「ワン!」
「ウォン!」
メイベルが『自爆』の準備をすると、ファティがマームをすぐそこにおびき寄せ、『転移移動』をした。
半身がグングニルに浸食されたメイベルは既に化け物になりかけていた。しかし、
「ふふ、それではごきげんよう。爆発の気持ちよさは後で教えてくださいね?」
「待っ」
「『自爆』」
メイベルが呟くと、すべてが光に包まれた。
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クレーターの中心でメイベルは佇んでいた。大爆発はフロアの地形さえも変えてしまった。その様子を見ると、
「これこそがグングニルに身体を奪われない方法です。肉体を一度滅ぼしてしまえば、取り込む肉体がなくなりますからね。ふふ、隆司さまはとてつもなく良い方法を教えてくださったものです。そうは思いませんか?」
「ぁ…あ」
勉と雅は生きていた。普通、『自爆』を受けたら、跡形もなく死んでしまう。しかし、メイベルのスキルを組み合わせた全力の『結界』なら、全身大やけど程度でなんとか生き残れる。それでも死にかけることには変わりない。
雅が虫の息になりながら、なんとか『回復』を使う。徐々に呼吸が戻り、そして火傷の跡が消えていく。そして、声が出せるようになると、
「も、もう許してください…私が悪かったです…」
「お、俺もです。もう悪いことは考えない。だから、許してください…」
二人にはマームの『心眼』が効いているので、これが本心だと分かる。そして、土下座の姿勢を見たメイベルは二人を冷たい目で見下した。
「…まぁいいでしょう。ですが、次、私たちに牙を剥いたら問答無用で殺します」
「「はい…」」
こうして、山田夫妻は多大な罰を受けて許されたのだった。
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本気で反省した二人を見たメイベルはファティを呼んで、勉と雅の家に『転移移動』した。そして、再度念を押して、二度と隆司に悪心を働かないことを約束させた。
そして、これからは隆司の恩に報いることを約束させた。二人の命があるのは一重に隆司のおかげだ。メイベルが『不死王』の顔をのぞかせたら、二人は一瞬で死んでいた。
後は、不必要に勉と雅が隆司から距離を取るのは、隆司が疑心暗鬼になってしまうので、隆司と関わり続けることを約束させた。二人のことを信じている隆司には今回の真実は伝える必要がないと判断したメイベルの気遣いだ。
「ふふ、私も随分甘くなりましたね」
「ワン!」
メイベル、ファティ、マームはダンジョンを経由した。部屋に戻ると、朝日が窓から差し込んでいた。リビングに隆司はいないので、ロフトで寝ているのだろうと階段を上がると、
「く、喰わないでくれぇ、メイベルぅ」
「「キャンキャン!」」」「ガブガブ!」
元気いっぱいの子犬たちが寝ている隆司で遊んでいた。体当たりしたり、甘えたり、舐めたり色々していた。隆司の足をずっとガジガジしていた。
隆司は…悪夢を見ているのだろう。おそらくどこかのサキュバスに搾り取られる夢を。その様子を見ると、メイベルは力が抜けてしまった。そして、
「ふふ、私も少し疲れたし、一緒に寝かせてもらいますか」
「ワン!「ウォン!」
メイベルが近づくと子犬たちがファティとマームに気が付く。そして、隆司、メイベル、ファティ、マーム、子犬たちで家族仲良く朝寝坊をした。
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