第20話
「『浄化』!」
シュワ~っと、炭酸のように悪霊が消えていく。
(これが最後かな?)
「お疲れ様です。おかげで少しだけ楽になりました」
「それは良かった」
「ふふ、隆司さまの前では悪霊がどれほど強かろうとあまり意味がなさないのですね」
俺は『浄化』を使って、下層の悪霊を倒していた。グリフォン、イフリート、ミノタウロスの住処には悪霊が大量に蔓延っているらしい。
下層に行くにつれて、悪霊の厄介さは変わるらしいが、『浄化』の前ではあまり意味がない。俺は淡々と作業を繰り返すだけだった。
『浄化』をし続けて一週間、ついに下層の悪霊は一匹残らず消えてしまった。
「それにしてもこれを全部貰っていいの?」
「はい。むしろ攻略者の隆司さまが貰っていただけなければ、意味がないです」
「それじゃあ、お言葉に甘えて…」
俺が今、いるのはイフリートの巣だ。そこにはイフリートの鱗や爪など、超高級品が落ちていた。どれも売れば億はいくであろう品ばかりだった。
イフリートの巣だけではない。ミノタウロスとグリフォンの巣でも同じように超高級品を手に入れてしまった。
(これ、全部売ったら百億を超えるんじゃ…)
恐ろしいほどの桁数に震えが止まらない。ワンルームの今の部屋だったら千年以上は住める。
ただ、実際問題としてそろそろ引っ越しを考えなければならないのかもしれない。ファティ、マーム、そして、子犬が四匹となると、そろそろ誤魔化しが利かなくなってくる。早く、深層をクリアしてメイベルを解放しないとバレてしまうかもしれない。
(ペット可の賃貸に引っ越すか、思い切ってマイホームを手に入れるか…実際どっちがいいのか勉と雅に聞いてみるのもありかもしれない)
困ったときは経験者に聞いてみるのが良いだろう。
「ふぅ…これで全部かな」
「はい。戻りましょうか」
「そうだね」
素材を『箱』にいれられるだけ入れると、俺たちは『転移石』で部屋に戻った。
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部屋に戻ると、俺はさっそく手に入れた素材を『ヤドカリ』に出品した。値段はスマホで調べた。イフリートの鱗は一つ一億円ほどらしい。というよりも金持ちがイフリートの鱗にそれだけの価値を付けたと言った方が正しい。
(安すぎてもダメ。後、一気に売ると、梱包作業で地獄を見る)
『幽霊石』の時と同じミスはしない。おっさんだって学習するのだ。
「ふぅ…問題なし、と」
ソファーで寝ているファティに身体を預ける。一仕事終えた後だと、ファティに寄っかかるとすぐに寝たくなる。が、
「まぁ…隆司さま。冷蔵庫にご飯が何もありません」
「え?あっ、そっかぁ。買出しに行かなきゃなぁ」
寝る直前だったせいで、がっくりときた。流石にご飯を食べないという選択肢はない。出前を頼めばいいかなと思ったけど、便利に慣れすぎると、惰性を貪る可能性がある。
「隆司さま。でしたら、ファティたちも連れていきましょう」
「え?いや、連れていきたいのは山々だけど、外に出るときにバレたら怒られちゃうから」
下手したら、この部屋から追い出されてしまう可能性があるのだ。そうなると、ダンジョンに縛られているメイベルがとても困ってしまう。しかし、
「ふふ、でしたら、スキル『認識阻害』でファティたちを感知できなくしましょう」
「そんなことができるの?」
「はい。ただし、この家の周辺だけですが」
「それでも十分だよ。アレ?でも、ファティたちって外出できるの?」
「下層を『浄化』していただけたので、私の制限が少しだけ解除されました。おかげで、使い魔であるファティたちも散歩程度なら、外出できるようになりました」
「それはいいね。流石にこんな狭い部屋にずっといさせるのも悪いと思っていたところだし、ちょうどいいや」
ファティたちも連れていくことが確定した。
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「ワンワン!」「ウォン!」「クウ~ン…」
俺とメイベル、そして、ファティとマーム。そして、子犬たちも含めて大移動をすることになった。
流石にショッピングモールに連れて行くわけにはいかないので、五キロほど離れたスーパーに行くことにした。
ただ、スーパーは駅前にあるので、ショッピングモールよりも栄えた場所にある。踏切を渡れば、大学もあるし、若い子たちがたくさんいる。前にメイベルをナンパした彼らはおそらくそこの大学出身だと思う。
ファティとマーム、そして子犬たちには申し訳ないけどリールを付けさせてもらっている。メイベルのスキルで作った物だから苦しくはないはずだ。
「キャン!」「ワオ~ン」「ク~ン」「ガブガブ!」
それにしても子犬たちの好奇心が半端ない。すぐに好き勝手動くから、事故に遭わないか気が気ではない。後、一匹が俺の足に噛みつきながらしがみついていた。普通に痛い。
「ふふ、懐かれていますね」
メイベルの恰好は、全身真っ黒のワンピースだ。深淵の令嬢のような雰囲気を醸し出しているが、シスター服を見慣れた俺にとってはなじみ深く感じた。
メイベルは俺とガジガジしている子犬を見て微笑ましそうにしていた。
「これって懐かれているのかなぁ」
なんとなく食べ物だと思われている節がありそう。とりあえず、痛いから俺は足に噛みついている子犬を持ち上げて抱えて歩くことにした。
「キャンキャン!」
「ははは、元気があっていいなぁ」
「ウォン」
「ん?いやいや、気にしなくていいよ」
『翻訳』はないけどマームが言いたいことくらいはわかる。俺はマームの頭を撫でる。すると、俺ではなく、バラバラになった三匹の子供を咥えて、近くに寄せ、ファティは蹴られていた。
(ファティぃ…)
なんとなくぞんざいな扱いをされているファティに同情してしまう。すると、前から大学生の四人ほどの男集団が来た。メイベルを見ると、顔を赤くして『声かけない?』と話し合っているのが読唇術を使うまでもなく分かる。
俺はまたかとため息をついた。すると、
「連絡先を教えてください!」
「そういうのは━━━え?俺?」
メイベルを庇おうと思っていた俺には予想外過ぎる出来事だった。よく見ると、全員俺の方に熱い視線を送っていた。
「お、俺たちイケメン過ぎるおっさんに、惚れちまったんです!」
俺は目頭を押さえた。疲れすぎてるのかもしれない。そして、一応確認することにした。
「聞き間違いかな?メイベルに惚れたんじゃないの?」
「はい!最初は隣の美人さんをナンパしようと思ったんですが、止めに入ったおっさんが格好良すぎて一目惚れしてしまいました!い、言わせないでくださいよ///!」
「嘘やん…」
俺は何が起こっているのか整理できない。すると、隣にいるメイベルが
「ふふ、この人は私の夫です。ラブラブ夫婦なのであなた方が入る枠はないんです。それではさようなら」
「そ、そんなぁ」
大学生たちが敗北した甲子園球児のような悲痛な表情をして、俺たちを見送った。彼らが見えなくなると、メイベルが黒い笑みを浮かべた。
「ふふふ、まさか『魅了』が男相手にまで効果を及ぼすなんて思いもしませんでしたね~」
「や、やっぱり『魅了』なんだ」
予想はしていたけど、まさか本当に人を『魅了』するとは思わなかった。ただし、男だ。
「ですが、男にまで影響を及ぼすなんて聞いたことがありません。隆司さまは色々な意味で私の想像を裏切ってくれますねぇ~」
「いやぁ、あっははは」
「ふふ、帰ったら隆司さまが誰のものか分からせてあげましょう。…ね?」
「はい…」
とりあえず喰われることが確定した。ファティと目が合うと、「お前も大変だな」と言っているような気がした。
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結論から言うと、俺は買い物どころじゃなくなった。
「へいお待ち!そこの美人…じゃなくておっさん!今夜、俺のサンマはいらんかね!?買ってくれたらほしい魚をすべて言い値で売ってやるよ!?」
恰幅のいいおじさんがメイベルを見た後に、スライドして俺を見ると、自分の自慢の筋肉を見せつけて、俺に売り込んできたり、
「おっさん。俺のバナナで新しい世界を見せてやるよ」
野菜コーナーのお兄さんがメイベルがお手洗いに行っている隙に俺を壁ドンしてきて、後ろにいる大学生くらいの女の子が『寝取られた…』って呟いたり、
「おっさんに俺のケバブを咥えてほしい…」
お肉コーナーで買い物をしていたイケメンのお兄さんが『顎クイ』で迫ってきたり、
「これ、俺からのホワイトデーな!」
お菓子を品出ししていたおっちゃんが手紙と共に、チョコレートを渡して、どっかに行ってしまった。手紙には『愛してるぜ OLD GUY(おっさん)』と書いてあった。
「おっさん、お金を払わなくていいからわしを食べぬか?もちろん夜にじゃよ?」
枯れかけていたおじいちゃん店員にレジを任せると、夜、誘われた。
どいつもこいつもしっかり仕事をしてくれなかったので、女性店員にレジを通した。すると、
「いらっしゃいませ~」
普通に対応してくれた。
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「なんでだああああああ!?」
他にも、男性客、小さな男の子、店長らしきおっさん…その他諸々の男たち全員からアプローチを受け、俺は憔悴しきっていた。
(後、『おっさん、おっさん』ってうるさいんよ!)
ベンチに座ってファティたちと戯れながら俺は頭を抱えていた。すると、メイベルもこめかみを押さええていた。
「予想外すぎました…まさか、隆司さまの『魅了』が男性にしか効かないなんて…後は、モンスターの雌ですか。ある意味では好都合なのですが、これは形容しがたいですね…」
最初はメイベルの美貌に惚れた男たち。そいつらが俺を見ると、すぐに告白してくる。こんな珍事を体験したいとは思わない。
(なんでよりにもよって男なんだよぉ。普通は女性に好かれるもんでしょうが!それが『魅了』ってもんでしょうが!ロマンってもんだろ!…はっ!?)
黒く濁ったオーラが背後から伺える。恐る恐る振り返るとメイベルがにっこりと俺を見ていた。
「帰ったらオシオキです♡」
「はい…」
余計なことを考えた俺に残されているのは喰われることだけだった。
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結局、テンションぶち上げの子犬たちが外で遊びたいと言っていたので、ドックランに寄り道することにした。
「ワンワン!」
「「「「キャンキャン!」」」」
「ウォン」
ファティが子供たちを先導し、よちよちとついていく。マームは離れたところからファティたちの様子を慈しみながら見ていた。
「ふふ、いいママさんをやっていますね」
「ウォン」
メイベルがマームを撫でると、地面に横になった。初めての外ということでマームも疲れていたのだろう。メイベルに身体を預けてリラックスしている。
ファティを筆頭に子犬たちがキャンキャンいいながら楽しんでいたのでとても癒やされた。
「おっさん、そこのホテルでマウンティングしませんか?」
訂正:犬を連れて来ていた別のおっさんたちから交尾に誘われたので、心にとても深い傷を負った。
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紆余曲折あったものの、俺たちはなんとか帰路についた。というか、帰りたくてたまらなかった。
こんなに心に深い傷を負ったのは初めてかもしれない。勉に邪魔だと会社をクビにされたときを全然軽いモノだと感じてしまうほどには傷を負っていた。
「はぁ…これからどうしよ…」
「そうですね…しばらくは出前を頼むのが良いのかと…」
「だよねぇ」
こんな状況で外に出たら、俺の心が死ぬ。
「ギャンブルになってしまいますが、最後の『スキル石』で『魅了』を抑えるスキルを獲得するのが良いかもしれませんね」
「そ、そうか。後、一個あるんだよね。ギャンブルだけど、やるしかないか…」
ただ、ここまで、『自爆』、『魅了』と微妙なスキルしか手に入れていない。俺って実は運が悪いのかもしれない。
「まぁスキルが増えてデメリットはないわけだから、探してみよっか」
「はい…アレ?隆司さま、部屋の電気って消しませんでしたっけ?」
「消したはずだけど…ついてるね」
アパートの外から俺の部屋に明かりが点いているのが見える。電気代は微々たるものだからいいけど、増えていい物ではないのでなるべく節約はしたい。
階段を上がって、自分の部屋の前に行く。ガチャっとドアが開くのを見て、修理のし忘れを思い出す。毎回やろうやろうと思って修理を忘れてしまうことに名前を付けたい。
「なんだこの靴!?」
部屋には見覚えのない二足の靴があった。俺はいても立ってもいられず、部屋の中にダッシュで入った。すると、そこには、
「御邪魔してるわよ、隆司」
「お~す、隆司。お前んち鍵が壊れてんぞ?」
「あ、うん」
勝手に人の湯呑でお茶を飲んでいる幼馴染夫婦とその赤ん坊がいた。
あまりの出来事に不法侵入していることを注意することさえ思い浮かばなかった。
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