第21話
勝手に人の家に入り、湯呑を勝手に使っている二人に俺は茫然としてしまった。机の上には俺とメイベルがとっておいたお菓子が散乱していた。今日は金曜日。お酒解禁日ということもあって、宴会をしようと思っていた俺たちにとっては最悪だった。
「隆司、冷蔵庫に何も入ってなさ過ぎだろ」
「本当ね。だらしない生活をしてるんだってすぐに分かったわ」
呆れた視線を俺に送ってくるが、冷蔵庫の中身に何かが入ってたら、何をするつもりだったのだろうか。
「ふふ、人の家に勝手に上がり込んでいおいて随分好き勝手おっしゃいますね」
後ろからメイベルが微笑みながら勉たちを見ていた。ただ、瞳の奥が笑っていない。結構マジでキレているようだった。けれど、
「ああ、あんたが隆司の奥さんか。お邪魔させてもらっているわ」
態度を全く変えない。『不死王』相手に全く態度を変えない雅のその傲慢さには関心したくなる。若
「それで、何か用?」
メイベルには悪いけど、夕飯時に俺の部屋に来たのだ。しかも雅がうちに来たのは相当久しぶりだ。それほど緊急性の高いことが起こっているのかもしれない。すると、
「とりあえずこんな時間まで私たちを待たせたんだから、ご飯くらい出したら?あんたの帰りが遅かったせいで、この子にまで迷惑がかかってるのよ?」
「そうだ。うちの子に迷惑をかけたんだから、俺たちに飯くらい出せよ」
「え━…」
なんて勝手な言い草だと思ったが、赤ん坊が俺をジッと見ていた。その純粋な視線を見ていたら、何かを言い返す気力もなくなった。
「分かったよ…」
「よっしゃ!ただ飯ゲット!」
勉が喜んでいる。言い方を直すのと、せめて俺がいないところで喜べと思ってしまう。隣でメイベルがイライラしているのは眼に見えて分かるが、なるべくさっさと帰ってもらうので今日だけは許してほしい。
「ごめん、メイベル」
「はぁ…分かりましたよ。今夜が最後でしょうし、心ゆくまで、好きにしてください」
「ありがとう」
「隆司~、早くしなさいよ」
雅が急かしてくる。メイベルのこめかみがピクリと動いたのを感じた俺は、さっさと飯を作って用を聞いて帰ってもらおと決めた。
(そういえばファティたちはどこに行ったんだ?)
料理をしながら、姿を現さないファティたちがどこに行ったのだろうとふと思った。
━━━
━━
━
「不味…こんなの子供に食べさせられないわ」
「ほんとな…雅の料理の方が百倍うまいわ」
「はは、流石、雅だなぁ」
丸テーブルを俺、メイベル、勉、雅で囲んでいた。ソファーを勝手に陣取り、俺とメイベルは座布団を敷いて地面に座っていた。
一応?客ということで怒るようなことはしない。そして、いつもよりも手をかけ、金をかけたご飯にしたんだけど、二人は全く満足しなかったらしい。普通にショックを受けた。
勉はさっきスーパーで仕入れた発泡酒を雅とメイベルに渡す。俺には持ってきてくれないのかと少しだけセンチになった。
「それにしても、よくこんなだらしない男を夫にしたわね?どこが良かったの?」
メイベルに対して、雅が質問を投げかける。
「ふふ、言う必要はありませんね」
ニコニコとアルカイックスマイルで躱す。すると、
「ふ~ん、口にできないほど良いところがないってことね」
「はは、そりゃあ隆司だし、仕方ねぇだろ?」
「それもそうね」
高笑いしている山田夫妻をよそにピキッとメイベルから聞こえてきた。よく見てみると缶がつぶれていた。いや、指が缶に食い込んでいた。怖すぎるのでそろそろ本題に入ってもらおう。
「それで今日は何しに来たの?」
「あ?そんなの決まってるだろうが。てめぇらが俺を殺そうとしたから、訴えてやろうと思ってな」
「は?」
眼が点になる。
「いやいや、どういうこと?」
「呆れた。本当にクズに成り下がったのね…そこのダンジョンを攻略するのに、一人じゃどうにもできないから、助けを求めたんでしょ?そしたら、ダンジョンの奥地で殺そうとするなんて…」
二人が何を言っているのか分からない。俺が勉を殺そうとした?ダンジョン攻略で助けを求めた?一つも思い当たる節がない。
勉を見ると、本気でそれを信じ込んでいる人間の顔だった。
「え、え~と。俺は勉にダンジョン攻略を頼んだこともないし、殺そうとなんてちっとも思ってない。そもそも、勉がメイベルを侮辱したから痛めつけただけで…「嘘だ!」」
外に思い切り聞こえる声量で雅が叫んだ。
「私の勉がそんなことをすることがないでしょ!昔からどんくさくて、ダメダメなあんたを助けてあげていたのになんてことをしてくれてんのよ!腕をなくして帰ってきたとき、私がどんな気持ちになったか分かる!?
「雅…」
涙を流し始めた雅を見て、勉が寄り添っていた。その姿は被害にあった夫婦のそれなのだが、でっちあげられた俺はどうしていいか分からない。メイベルに助けを求めようとすると、
「ふむ、なるほど~」
スマホをいじっていた。何を検索しているか分からないけど、雅の発狂に動じていないところを見ると、相当集中しているらしい。ということでメイベルからの助けは得られない。
「隆司、俺はお前を友達だと思っている」
「ああ、うん」
勉から諭すような言葉をかけられる。
「訴えたいとも思わないし、できることなら俺たちの間だけで完結させたい」
「うん」
「だから、金を寄越せ」
「うん…は?」
最後の『金を寄越せ』にだけは過剰に反応してしまった。
「俺の腕の治療費、雅を精神的に追い詰めた件、子供の養育費、家のローン、俺たち三人の生活費を負担してくれるなら、警察に言わないでおいてやる。俺が家族を養えなくなったんだからこれぐらいやってくれるよな?」
「そうよ!寛大な私たちは金を払えば許してあげるって言ってる。私たちの幸せな家庭を破壊したんだからさっさと払いなさいよ!」
よくここまで悲劇の夫婦を演じられるものだ。腕の治療費を払うのはいいけど、他は全く関係ない。すると、
「そもそもぉ~、そこの人は仕事をクビになったって言っていませんでしたっけ~?家族を養うも何も無職じゃ何もできなくないですか~?」
空気が凍る。俺もそこについては少しだけ疑問を持っていた。すると、
「は?勉は次の会社で内定をもらうはずだったんだから、無職じゃないわよ」
なんじゃそりゃ
「へぇ~、無職って仕事をしていない人にも適用されるんですね~」
メイベルの馬鹿にしたような言い方に怒ったのか雅は声を荒げた。
「勉は特別なの!『身体強化』を持ってるから、どんなところにも就職できるはずだったのに、見る目がなかっただけだし!」
「へぇ~」
「そもそもそこの愚図の方が優れているとか勘違いしちゃうカス会社なんてこっちから願い下げだっつうの!」
勉も雅に乗って、声を荒げた。すると、
「ふふ、見る目がありますね~。私が会社の長であったとしても、貴方みたいな無能は雇いませんからねぇ」
「は?喧嘩売ってる?」
「いえいえ。とても良い夫婦でお似合いだなぁと思っただけですよぉ?お構いなく~」
メイベルはスマホから一切眼を離さない。そんな態度に雅と勉がキレ始めた。そして、メイベルを見て、馬鹿にするような視線を送った。
「そこの愚図を庇いたいんだと思うけど、無駄よ?勉強もスポーツも常に勉に負け続け、友達の数や稼ぎ、そして、スキルの強さでも、勉はすべて勝っている。いい夫を手に入れられなくて残念ね」
「ふっ」
勉がドヤ顔で俺を見てくる。が、
「ふふ、無職で稼ぎもない夫を庇わなきゃいけない妻は大変そうですねぇ」
「は?それはそっちも同じでしょ?『浄化』なんて無能スキルを発現させたせいで、再就職先も見つからない無職を養わなきゃならない「あっ、隆司さま。通知が来ていますよ?」
メイベルが俺にスマホを見せてきた。雅はマイペースで自分のペースを乱してくるメイベルに苛立っていた。そして、俺を見てくるが、メイベルがどうでもいいとばかりにこっちを見ろと言ってくる。すると、そこには
「あ、イフリートの鱗が売れてる」
「「は?」」
二人の眼が点になっていた。
「ふふ、これで、1億ほどの稼ぎですね。アレ?どうかなさいましたか、雅さん。確か無職の夫を養うのが難しいと私に啓蒙していらっしゃったような気がしたのですが…」
「う、嘘に決まって「はいどうぞ」
メイベルが素早くスマホを見せると、二人は凍り付いた。事実だと言うことが分かってくれたらしい。切れ味の鋭い返し技にメイベルに二人がぐうの音も出なくなっていた。すると、
「そ、そんなことはどうでもいいのよ!さっさと金を出しなさいよ!そうじゃなきゃ訴えるわよ!」
分が悪いと思ったのか、話を強引に戻してきた。
「そうだ!お前にやられた傷のせいで、毎日うなされるんだよ!」
「いや、雅に『回復』してもらったでしょ?」
「ち、違う!心の傷だ!そう、トラウマだ!雅の『回復』でも心の傷は癒やせない!」
「ええ…」
二人の言い分を聞いていると頭が痛くなる。すると、
「ふふ、散々馬鹿にしていた『浄化』の隆司さまに負けて慰謝料って恥知らずにもほどがありません?」
メイベルはスマホから視線を外さずに追撃した。雅がキッとメイベルを睨んだ。
「あんたは黙ってなさい!どうせ罠に嵌めたんでしょ!」
「どうやってです?」
メイベルが一瞬だけスマホから視線を外して、勉を見る。その視線は嘘は許さないというものだった。
「み、水遊びしようぜって言われたから、水の中に入ったのに、それが酸の湖だったんだよ!」
「「ブホッ!」」
「ほら!」
「もうやめてくれ…(笑)」
咄嗟に出た言い訳のレベルが低すぎて、俺もメイベルも噴き出してしまった。しかも視線も泳いでいたし、もう少しましな嘘をつけと思ってしまう。
(三十にもなったおっさんがダンジョンで二人で水遊びってシュールすぎるやろ!)
そして、本気で勉を庇っている雅が追撃してきたせいで腹筋がねじ切れそうになる。
「ふふ、こんなに愉快な夫婦は初めてみました」
「ば、馬鹿にして!私が訴えたら本気で捕まるのよ!牢屋の中で一生過ごすことになるのよ!そうなったらあんたらの家族や友人にも迷惑がいくかもね!」
「へぇ~」
「な、何よ!」
「いえ、そんなことをするんだったら、口封じをするべきかなぁと思いましてね」
メイベルがゆらりと幽霊のように体を揺らした。『不死王』としての顔をのぞかせ、プレッシャーを与えるメイベルに勉も雅も一歩後ろに引いていた。が、
「メイベル、そこまで」
「あぅ」
俺はメイベルの頭をチョップで軽く叩く。すると、俺の方を見て少しだけ不満顔を浮かべた。話が進まなくなりそうだから、勉と雅だけを見る。
「とりあえず、勉の腕に関しては俺もやりすぎたと思っているよ。泣きべそをかくまでボコボコにしたのもやり過ぎた。ごめん」
「ふ、ふん!分かればいい」
「ふふ、見事にやられていましたよね。録画があればその姿を見せてさしあげたかったです」
「メイベル」
「はい」
すぐに挑発を始めるメイベルをすぐに諫める。
「とりあえず、勉の腕の代金、後はその子の養育費と勉の再就職先が決まるまでの生活費くらいはしっかり払うよ。一億くらいで大丈夫?」
「「一億!?」」
二人とも驚いていたが、すぐに平常心を装って俺の方に向き直った。
「ふ、ふん、分かったわよ。それで手を打ってあげるわ」
「俺も、許してやる。感謝しろ」
「ああ、うん。もうそれでいいや」
さっきまでの剣幕は消えて、いつも通りの二人に戻った。そして、俺から二人の銀行口座にお金を振り込まれたのを確認すると、赤ん坊を連れて家に帰っていった。
━━━
━━
━
「良かったのですか?」
部屋の片づけをしながら、メイベルが声をかけてきた。
「うん。ファティが腕を食べちゃったのは事実だし、元々、お金は払う気だったんだ」
メイベルは不満そうにしているが、これは俺が悪いと思っている。
「ですが、渡し過ぎではないですか?『再生』自体はもっと格安でできますし、子供の養育費といってもアレではお釣りが出てしまうのではありませんか?」
メイベルがスマホを見ながら、俺に行ってくる。おそらく『再生』の料金と養育費について調べているのだろう。
「うん、そうだと思う。それでも、困ったことにアレでも俺の腐れ縁なんだ。嫌なこともあったけど、それでも助けてもらうことはあったんだ。そこまで恩知らずでいたくはないんだ」
「隆司さま…」
「それに子供の前で無職というのは辛いんだ。それはわかるでしょ?」
「まぁそうですね」
プライドがそんなに高くない俺ですら、メイベルの前で無職でいるという事実が辛かった。プライドの高い勉は俺の何倍も辛いだろう。
「それなりのお金があれば心に余裕ができるし、勉は優秀だから就職先をすぐに見つけることができると思う。雅も子育てで大変だから、あんな風になっているだけで、ベビーシッターでも雇えば冷静な判断ができると思うんだ」
二人とも元はいい奴らだったのだ。金程度で問題が解決し、昔のあいつらが戻ってくるのならいくらでも助けてあげようと思っている。
「ふふ、呆れるほどお人よしですねぇ」
「悪いね」
「いえ、隆司さまを誇りに思います」
「ありがとう。迷惑をかけるよ」
そう言って俺に寄りかかってくるメイベルを見ると、自分に自信が持てるようになる。
二人で片づけをした後、珍しくメイベルが一緒に寝ることを拒んだ。何でも俺が深奥にたどりついたときのために、やることがあるらしい。
俺は久しぶりにロフトで一人で寝ることになったのだが、少しだけ寂しさを感じた。
━━━
━━
━
「はっはっはっ!やったなぁ!」
「ええ!まさかここまでうまくいくなんて思わなかったわ!」
山田家では大きな盛り上がりを見せていた。子供を寝かしつけ、自慢のワインセラーから秘蔵のワインを取り出し、舌包みを打っていた。
「訴えるって脅せば、金を絞れると思ったけど、ここまでうまくいくとはな…俺たち天才じゃね?」
「本当ね。無能な隆司がどうやって大金を稼いでいるのか知らないけど、本当に良かったわ」
一億円が入った口座をスマホで眺めて二人でうっとりしていた。宝くじが当たったらどうしようという夢が叶ったような気分だった。
「ふふ、勉の腕を直して、この子の養育費に充ててもあまりあるものね!どう使おうかしら」
すると、勉が悪い顔をした。
「それなんだけどさ。俺の腕が治らなかったって言って、また金をもらわね?あいつ馬鹿だし、普通に信じそう」
「いいわね!勉の腕が隆司のせいでなくなったのは本当だし、訴えるっていったらもっとくれそうよね!」
「それな。あの無能な隆司がやっと俺たちに恩返ししてくれるのか…クソ邪魔だと思っていたけど、この日のためだったのかもな。あいつも喜んで俺たちに金を払うだろうし」
「そうね。子供の頃から近所ってだけで仲良くしなさいって言われてきたものね。寄生虫に付きまとわれるのは本当に嫌だったけど、やっと報われるのね。何倍にもして返してもらいましょ」
「何倍ってか何千倍だけどな(笑)」
「そうね(笑)」
隆司は二人がスキルを得てから変わったと思っているが、その実態は違った。カーストトップの二人にとって隆司は鬱陶しいゴミにすぎなかった。良くて道具だ。
学校では隆司という劣等生が近くにいれば、自分達の評価がぐっと高く見えるし、馬鹿で無能な隆司を構ってあげているエリートという評価を得られる。
スキルが手に入って隆司に対する態度が変わったのは、ただ単に力を持つ者が偉いという価値観に染まったからだ。隆司に構わなくても、高ランクスキルを持つ二人は常にちやほやされる。
結局、隆司の信じる二人などというものはいない。根本から二人は隆司のことをゴミ扱いしていたのだから。
ピンポーン
突然インターホンが鳴る。時計はてっぺんをまわろうとしていた。
「誰だ。こんな時間に?」
「無視よ。無視。どうせ碌な客じゃないわ」
けれど、
ピンポーンピンポーンピンポーン
「ああ!うるせぇ!」
「一体何なのよ!」
何度も何度も鳴らされるインターホンに勉がキレた。せっかく秘蔵のワインで気持ちよくなっているのに、水を差された気分だった。
そして、ドアノブを持ち、ガチャっと開ける。文句の一言でも言ってやろうと思っていたが、
「なんだ…?」
「誰もいないじゃない!もう本当に腹立つわね!」
おそらく悪戯だろうと思い、家のドアを閉める。少しだけ外の風に当たったせいで、お酒で火照った体が冷めてしまった。
「飲み直すか…」
「そうね…」せっかくのワインが台無しだわ」
部屋に戻って飲み直そうとする、ドアを開けてリビングに入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ふふ、中々美味しいワインですねぇ」
メイベルが、ワインをラッパ飲みしていた。それだけじゃない。
ワインセラーを破壊し、一本一本を垂れ流しで、二匹の巨大な犬がワインを貪っていた。部屋中、ワインの匂いで充満し、床はワインで水浸しになっていた。しかし、一人と二匹は全く気にする様子はない。
「あら、ファティもマームもワインの味がわかるんですね。今度隆司さまに買ってもらいましょうか」
「ワン!」「ウォン!」
「ふふ、来週の楽しみが一つ増えました」
「おい…!何やってる!」
あまりにも怒り過ぎて、声が震えてしまった勉は目の前を女をしっかり見据えた。そして、
「ああ、こんばんは。今夜は月が綺麗ですね」
メイベルが少しだけ火照った様子で勉と雅に微笑んだ。
━━━
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