第19話
螺旋階段を下っていく。青紫色の光がダンジョンの壁を照らしてくれているので、階段を踏み外すことはない。
「そろそろ出口ですね」
「やっとかぁ…こんな深い階段を下ったことはなかったよ」
時間にして三十分近く下っていたので、結構深くまで潜っていたことが分かる。
一番下まで下ると、横穴から向こう側に光が見えた。この一本道を通れば、『深層』に辿りつけるのだろう。
「ふふ、緊張なさっていますか?」
「まぁ、うん」
「大丈夫ですよ。隆司さまなら『深層』のクリアは可能です」
「メイベルがそういうならなんとかなるか」
『不老不死』と『自爆』の組み合わせはとんでもなく強い。困ったら死ねば解決できるという思考が俺の中に生まれている時点で色々おかしいけど…
「さぁ、『深層』の入り口です」
メイベルと並んで光に包まれる。そこには━━━
「ワン!」
ファティが尻尾を振りながらお座りの姿勢で待っていた。一回吠えると、俺たちの周りをぐるぐると回って、俺とメイベルの間に顔を出して、甘えてきた。
「ファティ!今までどこにいたの?」
ファティを最後に見たのはメイベルがガチギレしているのを見て、ビビっていたときだ。そこから行方不明になっていた。というか完全に俺の頭から消えていた。
「ワンワン!」
テンションが上がっているファティには何を言っても甘えられて、舐められたりで何もできない。
「ふふ、お待たせしました。ファティ」
「ワン!」
メイベルは特に何も変わらず、ファティを撫でていた。そして、ファティが俺を見ると、俺の後ろ襟を噛んで俺は宙ぶらりんになった。
「え?どうしたの?」
「ワン!」
「まぁ、ファティったら」
機嫌が良いらしい。メイベルは微笑んでいるだけである。ファティは俺の後ろ襟を噛んだまま、たったったと小走りで奥へと向かった。ただ、俺には何が起こっているのか分からない。
そして、奥へと向かうと、巨大な扉があった。ファティは俺を扉の前で降ろした。
「これは、凄いな…」
天使や悪魔、巨人や怪物、そして人間らしき存在が彫られた彫刻が埋め込まれていた。荘厳でいて、神秘的な彫刻だった。どこを見ても感情を揺さぶられるようなすさまじさを感じた。そんな中でもひと際目立つのは中央に彫られている人物だった。
「メイベル…?」
何かの木になっている果物を誰かにあげている少女がメイベルにしか見えなかった。もう少しじっくり観察しよう━━━
「キャン!」
「ん?ファティ…アレ?」
何かが俺の足に当たってきたので見てみると、子犬だった。ファティにそっくりだが、小さすぎる。俺は抱っこして持ち上げると、顔をペロペロと舐めてきた。だが、これでおわりじゃなかった。
「キャン!」「ク~ン」「キュウ」
「ファティがいっぱいいる!?」
三匹ほど追加で俺にぶつかってきた。四匹ともファティの子供の頃にそっくりだった。ただ、黒毛だったり、金毛だったり、また中間だったりと色が違う。パニックになった俺はとりあえず甘えてくる子犬をすべて相手にしなければならないので、床に座る。
すると、俺の頭に乗っかってきたり、足を甘噛みしてきたりと対応に追われた。
「ど、どうなってるんだ?」
とりあえず天国には間違いない。こんな可愛いモフモフたちが俺に甘えてくるのだ。天国じゃなければ一体どこなんだと思った。
「ウォン!」
「「「「!」」」」
四匹のファティが低い鳴き声を聞くと、声のした方に行ってしまった。振り返るとそこには美しい黒犬がいた。そして、金色の瞳を俺に向けてじっと向けていた。
「ワン!」
「あっ、ファティ!?」
また反対側から現れて、俺のスーツの後ろ襟を噛んで、その犬の方に連れていった。その黒犬の金瞳と同じ高さまで持ち上げられて、俺は目がずっと合う。
(き、気まずい)
犬とはいえ、ファティクラスの大きな犬と目が合い続けるのは怖い。
「ウォン」
「え?」
俺に向かって頭を下げてきた。すると、ファティが俺を地面に落とした。普通にお尻を打ったので痛い。
すると、その黒い犬が俺の頬を舐めてきた。ファティはテンションが上がっているのか俺たちの周りをぐるぐると回り、最後にその黒犬にファティが甘えていた。
「顔合わせは済んだようですね」
「メイベル?」
メイベルが現れると、黒犬はファティを放っておいて、メイベルの前でお座りをした。
「ふふ、マームも元気そうで何よりです」
「ウォン」
「あらそうですか。ふふ、流石隆司さまです」
頭を下げて『不死王』に撫でられる。すると、今度はメイベルの元に小さい四匹の子犬が集まった。
「ふふ、少し大きくなりましたね」
「「「「キャンキャン!」」」」
子犬と超大型犬に囲まれるメイベルの絵はとても美しかった。でもそろそろ俺も何が起こっているのか知りたい。ファティが俺に甘えまくっているけど、それどころではない。
「メイベル。これってどういうこと?」
「ああ、隆司さま。紹介が遅れました。彼女はマーム、ファティの妻です。そして、この子たちは二人の子供です」
「え!?ファティ結婚してたの!?ってか子供までいたんかい!」
「ワン!」
衝撃すぎる事実だ。子犬の頃から知っていたファティが俺よりも先に父親になっていたことに驚いた。ファティって独り身だと思っていたのに、裏切られた気分だった。
(というかそういうことは教えてよぉ~)
メイベルを見るが、微笑んで誤魔化されるだけだった。
「ここは『獣王の巣』と私が名付けました。深層へと続く扉を守るファティたちの住処ですね」
「あ~そういうことか…」
下層から深層へと続く道をフェンリルが守っているというのは有名な話だった。ただ、それを思い出すと、俺は青くなった。
「まさか、ここでファティと殺し合いをするってこと?」
門番だといなら俺があの扉をくぐろうするなら、全力で抵抗してくるだろう。しかし
「ふふ、その心配はありません。隆司さまは既にファティに認められています。深層へと続く扉を開ける権利もマームが認めたので何も問題ありませんよ」
「ウォン!」
「ワン!?」
マームと言われた黒犬がファティと俺の間に入ってきた。ぞんざいに扱われたファティが少しだけ可哀そうだった。
「ウォン」
「あの、いつもファティにはお世話になっています」
「ウォン」
俺が頭を下げると、マームが俺の顔を舐めてきた。俺もここまでされたので、マームの顔を撫でさせてもらう。
(すべすべだぁ)
とてつもなくつるつるの毛だった。絹を千倍くらい良くしたものだった。ただ、少しだけ怖いのが『魅了』がマームに発動してしまうことだ。流石に、ファティを裏切るようなことはしたくないため、ちょっとだけ撫でるのを遠慮してしまう。が、
「ふふ、『魅了』の心配はございません。フェンリルには『魅了』が効果がないのです。今、隆司さまに撫でさせているのはファティがお世話になっていることとダンジョンで『浄化』をしてくれたお礼らしいですよ?」
「な、なるほど。いい奥さんだね」
「ワン!」
すると、ファティの子供たちがファティに甘えにきた。ファティは仰向けに寝て、子供たちと遊んでいた。その姿を見ていると、ファティが父親なんだということに納得させられた。
そして、子供の一匹がこっちによちよちと歩いてきた。俺は胡坐で座って、持ち上げる。すると、ファティの上で遊んでいた子供たちが俺の元に寄ってきた。
「ふわぁ、なんなんだこのこの可愛い生き物たちはぁ」
もふもふに囲まれるとすべてがどうでも良くなる。
「ふふ、実を言うと、マームのスキル『心眼』で悪心を見破られると、喰い殺されるのですが…ふふ、何も聞こえていませんね」
「ふぁい?」
「なんでもありません。それより私も入れていただきましょう」
「ワン!」
ファティとメイベルが俺たちの間に入ってきた。大好きな嫁と最高のもふもふ家族に囲まれて、生きててよかったと心の底から思った。
━━━
━━
━
下層を思わぬ形でクリアした俺はファティ一家と出会ったおかげで力が抜けたので、一度部屋に戻ってきた。もちろん、一家ごと全員だ。地上で暮らすのはファティ一匹だと思っていたけど、予定変更でたくさんのモフモフと暮らすことになった。
ちなみにメイベルがファティの家族のことを言わなかったのは、マームが人見知りで警戒心が強いかららしい。そして、マームは心が読める。だから、秘密であったとしてもファティの家族のことを話すわけにはいかなかったらしい。
「キャンキャン!」「ワフ!」「ギャム!」「グルルル…」
「ちょっ!少し、静かにして!」
子供たちは初めて見る地上にテンションがアゲアゲだった。俺の言うことなんて何も聞いていない。俺のソファーを見つけると、ふかふかのソファーでジャンプしたり、感触を楽しんだり、噛んだり、なぜか知らないけど、威嚇したりと多種多様な反応を見せた。
ただ、静かにしてくれないと大家さんにバレて怒られる。
「ワン!」
そこにファティまで入ってきた。俺の部屋を紹介したいのかファティも俺の話なんか聞いていない。どうしようかと考えていると、
「ウォン!」
「「「「「!?」」」」」
マームが一声吠えると、ファティも含めて一瞬で静かになった。そして、マームは静かになった子供たちを咥えてダンジョンの黒い入口に連れて行った。ついでにファティはマームに後ろ足で蹴られていた。少しだけ可哀そうだった。
ダンジョンの中を見てみると、マームはお座りの姿勢で、子供たちも同じ姿勢でマームを見ていた。何かを真剣に聞いているようだった。
「ふふ、躾ですね。あの部屋は隆司さまのものだから言うことを聞きなさいと言っています」
メイベルが俺の隣で『翻訳』してくれる。
「良妻だね。ファティ」
「ワン!」
「グルルル…」
「ワ~ン…」
ファティが吠えるとマームがファティを見て唸ってきた。すると、『伏せ』の姿勢でビクビクと怯えてしまっていた。
(恐妻でもあるのね…)
可哀そうなファティを俺が撫でてあげる。
子供への躾が終わると、マームがファティに寄ってきて、ほっぺを撫でていた。それを見たファティはテンションを上げ…そうになって静かにマームに甘えていた。
「ふふ、二人は仲良し夫婦ですからね」
「そうらしいね」
子供たちも寄ってきて家族の時間らしい。とりあえず俺の部屋で飯でもと思ったが、時間は16時くらい。中途半端な時間だ。
「メイベル、どうし…よ。…何してるの?」
メイベルが服を脱ぎ始めた。そして、シスター服を綺麗にたたむと、生まれたままの姿を俺に見せてきた。
「ふふ、ファティ一家を見ていたら、子供が欲しくなりました。というか羨ましいです」
「いや、それはそうだけど…」
俺もその意見には同感だ。だけど、今ではない。俺はじりじりと後ろに引くがソファーが背中にあって逃げきれない。
「メ、メイベル!子供が見ている前でこういうのは良くないよ!」
「むっ、そうですね」
ダンジョンの入り口からファティの子供がこっちを覗いていた。すると、マームが現れて、子供たちをダンジョンの中へと引っ張り込んだ。そして、一回顔を見せると、
「ウォン」
一言言い残して、ダンジョンの中に引っ込む。
「まぁマームったら。『主の跡継ぎができることはとても喜ばしいこと。二時間ほど散歩をしてくるので、存分に楽しんでください』…だそうです」
メイベルはぺろりと舌を出して、肉食獣のような眼光で見てきた。
「わ、わーい。マームさんできる奥さんすぎぃ」
「ふふ、ですね。では、二時間しかないので致しましょうか━━━本気で」
「はい…」
ヤることを決めたメイベルからは何があっても逃げ切れない。俺は喰われる覚悟を決めて、貪られるのであった。
━━━
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