第18話

イケメンでもなんでもない俺が『魅了』を手に入れたことはなんの意味もない。結果的に使えないスキルが増えただけなのだ。俺ランクで言ったらFだ。


「心配です…」


「メイベルは大袈裟だなぁ」


昨晩からずっと難しい顔をしている。考え込んでは、う~んと難しく唸り、スマホで何かを調べては、また難しい顔をして…


「そろそろ切り替えようよ。これから下層に向かうのに、メイベルがそんなんじゃ調子が出ないよ?」


「!そ、そうですね。切り替えます」


メイベルは自分の頬をパンパンと叩いた。いつもの調子を取り戻してくれたようで何よりだった。


「それでは行きましょう」


「うん」


「ワン!」


懐に入れてあった『転移石』を取り出す。そして、頭の中でスライムがいた中層を思い浮かべると、光に包まれて、中層に移動した。


━━━


━━



「ふぅ、改めて『転移石』は凄いね」


一度使ったけど、改めて凄さを実感させられる。おかげでドアtoドアで最新のフロアまで移動できるから手荷物を減らせたり、道中の疲労を感じる必要がなくなる。おかげでダンジョンライフに大きな革命が起こった。


「それでは、歩きながら下層について説明しましょう」


「うん、お願い」


俺はネクタイをキュっとして気合を入れ直す。ちなみにスーツは『黒山』のやつをメイベルが直してくれたので、再び着ている。自爆をしようものなら、メイベルを発情させてしまうことは確定しているが、そこはもう既に諦めることにした。


「まずは下層は大きく分けて四つのフロアに別れます」


「四つ?」


「はい。といっても一つは中央フロアです。もうすぐ見えてきます」


メイベルが指を差した方向から光が見えて、少し歩くと俺たちは光に包まれた。


「ここは…?」


フロアの大きさは東京ドームを思わせるほど大きい。特筆すべきは中央の地面に描いてある荘厳な三匹の獣だ。そこだけ大理石になっていて、今までの無骨な中層までとは違ったオーラを感じさせられた。描かれた獣はどれもどこか神聖さと畏怖を覚えさせられる獣だった。


そして、三つの道だ。俺たちが入ってきた道を含めて、東西南北に道がある。その道も巨大な何かが通れそうなほど大きかった。道に沿って一匹ずつ獣が描かれているので、なんとなく何が起こるか分かった。


メイベルがフロアの中央に降り立ち、俺の方を振り返る。


「下層にあるフロアは大きく分けて四つだけです。一つはこの中央フロアです。そして、残りの三つのエリアにそれぞれの獣が待ち受けています」


獣というのは間違いなく、この彫刻に描かれているモンスターのことだろう。どの獣も神話に出てきそうな獣だった。


「燃え盛る蜥蜴『サラマンダー』、迷宮の番人『ミノタウロス』、空の支配者『グリフォン』、この三匹を倒すことによって、深層への扉が開かれます」


全て知っている魔獣だった。どれもゲームなどで出てくるモンスターだし、神話でも有名なモンスターたちだ。


「どうしますか?どの順番で攻略しても結局はすべて倒さなければなりませんが」


「う~ん、迷うなぁ」


まだ『浄化』を手に入れる前、俺と勉と雅でいつか三人で倒そうと語ったモンスターたちだ。『不老不死』があって、死なないとはいえ、勇気が必要だ。


「そうだなぁ、それじゃあ…え?」


「はい?」


「ワン?」


地鳴りが響く。それも三方向からだ。まるで何かがこっちに向かってきているかのような凄まじい圧を感じた。


「まさか…!?」


メイベルが呟くと、そのまさかが起こった。


「グルルル…」


北の通路から燃え盛る炎を纏い、四足歩行で歩く超巨大な蜥蜴、サラマンダーが出てきた。全長は二十メートルほどで、目の前に現れると委縮してしまいそうな恐ろしさがあった。サラマンダーの歩いてきた道は燃え盛る火の道ができていた。


「モオオ!」


東の通路からはフロア全体に響く牛の雄たけびを上げながら現れた牛頭の巨人、ミノタウロスが現れた。全長はサラマンダーよりも小さく、十五メートルほどだった。それでもなんでも切り裂けそうな巨大な斧を持ち、俺を威嚇しているその姿は恐ろしかった。


「ピエエ!」


西の通路からは甲高い鷲の鳴き声が響いたかと思うと、大きな翼を広げて、空を舞う。鷲の頭部と前肢を持ち、胴体がライオンの神獣が現れた。全長は五メートルほどだが、空を泳ぐスピードは恐ろしかった。


そんな三体のフロアボスが現れて俺は茫然としてしまった。


「メ、メイベル?これはどういうこと?」


確か、話の通りなら三体のモンスターをそれぞれのフロアに行って、倒すというのがメイベルのいう攻略条件だったはずだ。三体同時に戦うなんて聞いていない。


「わかりません。何が起こっているのでしょう…」


メイベルが珍しく困惑していた。俺もこんなに驚いているメイベルを見たことがない。そんなイレギュラーが起きてしまっているということだ。


「グルル」「モォ‥」「ピー…」


「ひぇぇ」


三体の神獣が俺をじっと見てきたせいで、俺は後ろに退いた。次の瞬間、サラマンダーが口に火のエネルギーを溜めた。


(ヤバイ!)


俺は死を覚悟して思わず、手で顔を覆った。そして、


「グオオオ!」




ミノタウロス・・・・・・に向けて光線が放たれ・・・・・・・・・・




「え?」


俺は思わず間抜けな顔を晒してしまった。


「モオオ!」


ミノタウロスは自分の巨大な斧で、光線を防ぐ。そして、そのまま流れるように大ジャンプをして、グリフォンに向けて、斧を振るう。


「ピエエ!」


グリフォンはミノタウロスの斧を躱すと、燃え盛るサラマンダーの胴体に向けて前足の鋭い爪を突き刺そうとするが、サラマンダーも光線を出して応戦した。


俺たちの目の前で怪獣大戦争が始まった。


「す、すごいな」


これが神話の戦いかと、気圧されてしまった。ただ、少しだけ気になるところがある。


(な、なんでモンスターたちと俺の眼が合うんだ?)


自意識過剰ではなく、本当に視線を感じるのだ。まるで俺に向けて何かを見せているようなそんな意志さえ感じてしまう。すると、


「ま、まさか!」


メイベルが何かに気付いて慄いていた。


「何か分かったの?」


「まだ仮説ですが、なんとなくわかったとおもいます。ええ、本当に。一応確認のためにスキル『翻訳』を使ってみます。これを使えばモンスターたちの意志を読み取ることができます。ファティと会話ができるのもこのスキルのおかげなんです」


「へぇ便利だね」


メイベルが複数個スキルを持っていることには驚きはない。ただ、気になるのは、なぜこの場面で『翻訳』を使うかだ。


頭に指を当てて、三匹のモンスターの方を見る。すると、メイベルの表情がどんどん曇っていき、最後には恐ろしい眼光をモンスターに向けていた。


「ふ、ふふ、ふふふふふ!」


不気味な笑い声をメイベルが出した。俺もファティも困惑してしまう。というかファティは怖がって後ろに引いてしまった。


「な、何が分かったの?」


恐る恐るメイベルに聞いてみた。


「『隆司さまは私の花婿だ!』と言っていますねぇ。あの畜生共が…!本当にどうしてくれましょうかね~」


「え?」


(聞き間違えか?俺が花婿?誰の?メイベルのだけど)


俺はメイベルの声を聞くと困惑してしまう。すると、メイベルが俺の方を見てきた。凄い笑顔で。


「隆司さま。『魅了』を覚えていらっしゃいますか?」


「ああ、うん」


忘れるわけがない。


「『魅了』が発動しちゃってます。あの三匹に」


「え?」


メイベルは親指を立てたサインをしたまま肩から後ろに降ろす。そして、その親指は背後にいる三匹のモンスターをさしていた。


「あの三匹は本来自分のあるべきフロアボスとしての仕事を放棄して隆司さまを花婿に向かえにきたのですよ!」


「ええええ!?」


俺が驚きで声を上げると、三匹の獣が戦いをやめて俺をじっと見てきた。


「う、嘘でしょ!?」


「マジですよ!今も『私を選んで!』ってずっと隆司さまにラブコールを送っているのですよ、こんちくしょう!」


まず三匹の獣がすべて雌だということに驚きだ。


(いや、そうじゃくて、なんで俺が『魅了』を!?も、もしかして人間にはモテなくてもモンスターにはモテるということか?)


不思議と、三匹と目が合っていると、彼らが雌だということがなんとなく感じられてしまった。だけど、俺がモテる理由が分からない。


「ふふ、隆司さまがモンスターたちにモテるのは当たり前です。それだけのことをしてきましたから…」


「俺、何かしたっけ?」


「『浄化』です」


「『浄化』…あ、そういうことか」


「はい。『浄化』で癒し続けた隆司さまは『不死王ダンジョン』にとっての救世主です。それは私だけではなく、モンスターたちにも適用されてしまうということです」


「ダンジョンにとって、俺は救いの王子様ってことか」


「平たく言えばそういうことです…だから、『魅了』は嫌だったのです」


メイベルが大きなため息をついた。俺は困惑した。


「と、とりあえず敵意はないってことだよね?」


三匹を見ると、俺に対する敵意は全く感じられなかった。


「はい…ですが、彼らを倒さなければ深層に行くことができません。ですので━━━は?」


「え?」


メイベルから地獄の底から出てきたような声が聞こえた。すると、モンスターたちの方を向いた。


「ふ、ふふ、ふふふふ。造形物ごときが…私を泥棒猫と宣いますか…ふふふふふ」


「メ、メイベル?」


「グガア!」「モオオ!」「ピエー!」


三匹の獣が臨戦態勢を整える。けれど、それ以上にメイベルからは恐ろしいほどの力の奔流を感じた。


「スキル『箱』発動。聖遺物コード001抽出」


メイベルから淡々と語られるスキルがその異質さを表していた。メイベルが片腕を上げると、そこに『箱』特有の黒い穴ができる。そして、


「『結界』及び『封印』解除…『終末の槍:グングニル』抜槍」


「ッ!」


黒い穴から赤黒い稲妻が起こると、一本の禍々しい槍がメイベルの手に握られた。


「『武芸』及び『身体強化』及び『槍術』発動」


メイベルがスキルを言い終わると、槍をくるくると回して、構え直した。その姿は歴戦の槍使いだった。


「この槍を使うのも久しぶりですねぇ。人の夫に色目を使ったあなた方には地獄を見せてあげましょう」


メイベルが何もない空間に槍を薙ぎ払う。流麗なその動きに俺は見惚れてしまった。


すると、サラマンダーは前足を一本、ミノタウロスは左腕を、グリフォンは翼がそれぞれ切断された。


「グオ!?」「モォ!?」「ピエ!?」


何が起こったの分からない。ただ事実としてそうなったのを確認しただけだった。


「ふふふ、まずは一つ」


サラマンダーは前に転び、ミノタウロスは片腕をなくして、斧が持てなくなった。グリフォンは空からズドンと起きてきた。ダメージを負った三匹はそれぞれ苦悶の表情を浮かべるが、三匹の目の前に佇むメイベルを見て、恐怖におびえているのが分かった。


「さぁ、あなた方に残されているのは死のみです。ふふふ、どう料理してくれましょう」


そういってサラマンダーの腹を抉り、グリフォンの眼に風穴を開け、ミノタウロスの足を切断した。


「ふふふ、愉快ですねぇ!ほらほらどうしましたかぁ?人の夫を寝取ろうというさっきまでの威勢はどこに行ったのですかぁ?」


痛めつけることをとても楽しんでいるメイベルに違和感を覚えてしまう。時々残酷だと思う時はあるが、そんなことを進んで行うような女性ではない。


(何が起こっているか分からないけど、これ以上はなんとなく不味い気がする!)


ボーっとしていた頭を叩き起こし、メイベルに駆け寄る。


「ふふふ!肢体を確実に刈り取るのは確定ですねぇ。そして、「メイベル!」はい?」


メイベルは俺を恐ろしく無表情で見てきた。ゾッとしてしまった。


「ああ、隆司さま。少々お待ちくださいね。この無礼な造形物を嬲り殺して差し上げますから。その後に夫婦の時間といたしましょう」


明らかに正気ではないメイベルをよく見ると、槍がメイベルの身体を浸食していた。アレは明確にメイベルにとってよくないものだ。


俺はメイベルの元に駆け寄り、槍から手を離させようとするが、


「全然離れない…!」


メイベルと一体になろうとしているのかどんどん黒い何かがメイベルを浸食していった。


「メイベル…その槍から手を離すんだ!」


「ふふふ、隆司さまが抱き着いてくださっています。なんという至福でしょう」


ボーっとしているメイベルは空に向かって何かを呟いていた。瞳のハイライトは消えて徐々に意識も薄れていっているように感じた。メイベルの右腕は完全に黒に浸食された。


(くっ、一か八かだ!)


俺たち『不老不死』にとって最終にして最大の回復手段、死に戻りだ。


「『自爆』!」


俺とメイベル、そして、三匹のフロアボスを巻き込んだ爆発がドーム一体に広がった。


━━━


━━



「マジか…」


死から戻ると、サラマンダー、グリフォン、ミノタウロスは自爆の余波で原型も残らず吹き飛んでいた。


ただ、驚くべきことに槍には傷一つなかった。


「なんなんだ、この槍は…?」


「『終末の槍:グングニル』です。北欧にてオーディンが愛用した槍です」


「メイベル!?」


後ろから声がしたので、正気に戻ったメイベルが微笑んでいた。一回メイベルの細胞事吹き飛ばせば浸食を止められると思ったのだが、うまく言って良かった。


『オーディン』と気になることを言っていたけど、メイベルが正気を取り戻したことに比べればどうでも良いことだ。


「正気に戻ったんだね!」


俺は思わずメイベルを抱きしめた。


「ご心配おかけしました…感情が高ぶってしまい、あの禁忌の槍を取り出してしまいました…」


「いや、俺も悪いよ。『魅了』を甘く見てた」


メイベルはしゅんとしていた。反省はしているらしいので、怒るようなことはしない。それに俺だって責任の一端を担っている。


メイベルは不安がっていたのに、俺は『魅了』を軽いものだと考えていた。それと同時にメイベルからの愛を軽く考えていたのかもしれない。たかが、モンスターと俺が思えども、メイベルからしたら、恋敵なのだ。


(愛されていることを喜ぶべきなのか、愛が重すぎると悩むべきなのか…)


少しだけ頭が痛い問題だった。


メイベルは落ち着くと、俺から離れて槍の方を見た。


「スキル『箱』及び『結界』及び『封印』発動」


メイベルがスキルを唱えて手をかざすと、槍が『箱』の中に厳重にしまわれた。もう二度と出さないという強い意志を感じた。


少しだけ疲れた俺たちは地面に座った。何を話せばいいのか分からなくて、居心地の悪い沈黙が支配した。すると、


「…図らずも下層をクリアしてしまいましたね」


「まぁ…うん。スッキリはしないけどね」


「ふふ、ですが、クリアはクリアです。中央を見てください」


メイベルに言われるがままに中央を見ると、サラマンダー、ミノタウロス、グリフォンの描かれていた彫刻が三つに割れ、地下に向かうための階段が現れた。


「アレが…」


「はい。深層へと続く階段です」


近くに寄ってみると、中は真っ暗だった。まるで地獄の中を覗いているようなそんな気分にさせられた。


(メイベルが『不死王ダンジョン』から解放されるのももうすぐだ…!気合を入れ直さないと!)


俺は物おじしている場合ではないと頬をパンパンと叩いて、『深層』に行く覚悟を決めた…のだが、


(何かを忘れているような気が…なんだっけ?)


「では、行きましょうか」


「ああ、うん」


そんな疑問を抱えたまま、俺たちは『深層』へと足を踏み入れた。

━━━

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