第16話

ダンジョンの入り口にて。


誰もいない空間に突然、青紫色の魔法陣が浮かび上がる。そして、直方体上に光が覆うと、二人と一匹が姿を現す。


一人は疲弊しきり、頬骨が浮かび上がるほど衰弱しているおっさん。


もう一人は銀髪を靡かせている絶世の美女。心なしか肌がつやつやしていた。


最後にでっかい犬。


「つ、疲れた…マジで『転移石』がなかったら死んでた…」


「ふふ、私は新しい世界を知った気分ですよ」


「ワン!」


アレからどれくらい時間が経ったのだろう。俺は何度も喰われた。疲弊しきっていた俺がそろそろ許してくれというと、


「それなら一度死んだが方が体力は回復しますよ?」


と言われて絶望した。結果的に一度死んだ。おかげで身体の疲労はないけど、心の疲労は半端なかった。


メイベルにはサキュバスの才能がある。これで俺と出会うまで処女だったというのだから、信じられない。もしくは何千年もの間、禁欲生活だったせいで、その欲望が一気に解放されているのかもしれない。


「帰ってきたぞ我が家…」


黒い穴を通ると、俺の部屋だった。時計は朝の四時をさしていた。昼頃に出たはずなのに、もう朝だった。


俺はばたんとソファに倒れた。


「ワフウ…」


「ごめん、ファティ…今日はロフトで寝てくれ…」


「ワン!」


寝るときのファティはソファかダンジョンの中で寝る。俺とメイベルは上のロフトで寝ている。ただ、今日の俺はもう一歩も動けない。聞き分けの良いファティを俺は撫でて目を閉じようとする。


「ふふ、身体の方はまだ元気なようですねぇ」


「ヒイイ!?」


「そ、そんなに怯えられると私もショックなのですが…」


「ご、ごめん」


反射的に身体を隠す仕草をする。メイベルが罰の悪そうな顔をするが、こればかりはメイベルが悪いと思ってほしい。というかマジで一度死んでるから、そろそろメイベルには反省してほしい。


「まぁ今日のところはこれくらいで我慢しましょう」


「今日じゃなくて他の日もできれば、落ち着いて欲しいんですが…」


「ふふ」


「いや、『ふふ』じゃなくて…」


メイベルが淫靡に笑って誤魔化した。


(全く反省していないな…?)


「あ、そうでした。隆司さま、起きたらお願いがあるのですが」


「な、何?」


「ふふ、そんなに怯えないでください」


さっきまでのメイベルを思い出して、震えてしまう。


「その、『スマホ』とやらが私も欲しいのです」


テーブルに置いたスマホを見て、メイベルがそんなことを言ってきた。


「私は地上の常識に疎いのです。これからのために持っておきたいのですが…」


「え?あ、ああ。そんなことか。うん、いいよ。起きたら行こうか」


あまりにも普通なお願いに俺は安堵の息を吐く。メイベルがクスクスと笑う。


「ありがとうございます。それと、今日はたくさん愛していただいてありがとうございました」


「っ///」


メイベルが最後に俺の頬にキスをした。そして、最後に一回俺の方を見て微笑み、ロフトに上がるための階段を上がっていった。


俺はというとサキュバスではないメイベルからの愛情表現のせいで目がギンギンに覚めてしまうのであった。


━━━


━━



「天気がいいですねぇ」


「うん、そうだね~」


「それでどうですか?今日の私は」


くるりと回って全身を見せてくる。メイベルは外出用の服を着ていた。シンプルな白でデザインされたワンピースにベージュのカーディガンを着ている。造形が整っているメイベルにはこうしたシンプルな装いがとても似合う。


そして、今日のメイベルはいつもと違って、綺麗な銀髪を三つ編みのポニーテールにしていた。


「とても似合っているよ」


「ふふ、ありがとうございます」


(ああ、天使。サキュバスの時とは大違いだ)


無邪気なメイベルを見ていると癒される。できることなら夜までずっとそうであってほしい。


「ふふ、今夜はこの服でいたしましょうか(ボソ」


「メイベル?」


「はっ!なんでもありませんよ?」


「あっ、うん」


「お酒~♪お酒~♪」


俺の前をランラン気分で歩き、自作の鼻歌を歌っているメイベルから一瞬だけサキュバスの気配がしたが気のせいだろう。


気のせいだよな…?


「隆司さま?」


「あ、ううん。なんでもないよ。それより携帯ショップはあっちだよ」


俺たちはいつものようにショッピングモールに訪れていた。というかスマホを買おうと思ったらここくらいしかない。


「いらっしゃいませ!」


「あ、どうも」


元気の良い女性店員さんが迎えてくれた。俺は低身低頭で挨拶を返してしまう。どうもこういうお店の店員さんには頭が上がらない。


「ふふ、人の夫を誘惑とはいい度胸をしていますね?」


「ヒィ!」


メイベルが笑顔で店員さんに圧を与えると、悲鳴を上げてしまう。俺はメイベルと店員さんの間に入る。


「メ、メイベル!そういうのは良くないよ!店員さんに悪意はないんだから」


「む、むぅ。ですが、その女は確実に隆司さまを視姦していました!」


「そんなわけないじゃん!というかそうだったとしても俺がメイベル以外の女性に手を出すはずがないだろう?こんな綺麗な奥さんがいて浮気とかありえない」


「!ふふ、そうですね」


(良かった。一難去ったみたいだ)


もしメイベルが本気を出して、このショッピングモールごと吹き飛ばしてしまったら大変なことになるところだった。


「あ、あのお客様?そういったことは外でお願いします…なんで私がフラれなきゃあかんねん(ボソ」


「あ、すいません」


闇落ちしそうな店員さんに素で謝る。店内で注目を集めてしまって普通に恥ずかしかった。


(早く用を済ませないと…!)


「あの、妻にスマホを買いに来たのですが」


「まぁ!妻ですって。ふふふ」


「メイベル、ちょっと外にいっててもらってもいい?」


喜んでいるメイベルを見るのは良いのだが、ちょっと黙ってほしい。端的に言うと邪魔だった。すると、


「ふふ、分かりました、あ・な・た」


そして、俺に投げキッスをしてきた。こんな大衆の前でやってほしいことではないのだが、普通に嬉しかった。


「あの、お客様?」


「ヒイ!すいません!」


「お酒~♪お酒~♪」


女性店員さんは般若を後ろに纏いながら、笑顔で接客してきた。メイベルはというと、笑顔で自動ドアを開けて外に行ってくれた。


そこからようやくメイベルのスマホの契約の話ができた。ただ、女性店員さんの圧は最後まですさまじかった。


━━━


━━



「ありがとうございましたぁ(二度と来んな)」


自動ドアをくぐり抜けると、一気に疲労がどっと押し寄せてきた。店内全体から視線を感じていたのだ。


「はぁ、メイベルはどこだ~って、まさか…」


ベンチに座っているメイベルが見えたが、チャラそうな男に囲まれていた。鬱陶しそうにしているが、俺を見つけるとパアっと笑顔になる。


「隆司さま~、遅いですよぉ~」


猫撫で声で俺に手を振ってくるメイベル。可愛いんだけど、チャラ男たちの視線が一斉に俺に向いた。


「あんなおっさんを待ってたの(笑)?俺たちと一緒に居た方が楽しいよ?」


「そうそう!」


相手にする価値なしと判断したのかすぐにメイベルの方に向き直るチャラ男たち。すると、


「あ?引きちぎるぞ?」


「「「「ヒぃ!?」」」」


「ヒぃ!?」


メイベルのどすの利いた声を聞いて俺までビクッとしてしまった。そして、立往生しているチャラ男たちに興味すら持たずに、ベンチから立ち上がって俺の元に歩いてきた。


「隆司さま。遅いですよぉ。おかげで、猿たちの相手をさせられたじゃないですかぁ!」


「ご、ごめん」


「ふふ、罰としてこのまま帰るのです!」


メイベルが俺の腕を抱きかかえてきた。胸の間に腕がすっぽりうまって最高の感触だった。


「ま、待てよ!」


すると、チャラ男の一人が呼び止めてきた。


「そ、そこのおっさんだよ!おっさん」


「はい?何か用ですか?」


「何か用ですかじゃねぇよ!おっさん、アレだろ!パパ活おじさんだろ!?」


「グフッ!」


(酷い…おっさんって言われるならまだしもパパ活だと疑われるなんて…はは、もう少し見た目をなんとかしようかなぁ…)


俺がショックを受けていると、不良たちはこれ幸いと受け取ったのか、優越感を抱いた表情をした。


「パパ活は犯罪だぜ?もし、黙ってほしければ…ぐへへ」


メイベルの肢体を見て、気色の悪い笑顔を浮かべるチャラ男たち。ショッピングモールのど真ん中でそんなことを言われては注目を集めてしまうのは当然だった。流石にショックを受けている場合じゃないと、抗議をしようとするが、


「それの何が問題なのですか?隆司さまはいつもパパ活してくださいますよ?」


「メイベル!?」


思わぬところからフレンドリーファイア。ショッピングモールがざわつく。


「へっ、やっぱりか…」


「はい。昨夜は私がママ活しすぎましたが」


「へへ…え?」


メイベルの言い分に点となるチャラ男と俺。


「ふふ、夫婦の営みといえど、隆司さまはパパになるために毎日のように私に注いでくださいます」


「あ、あのメイベル」


不味いことを言いまくっていた。というか変な勘違いをしていた。


「昨夜は私がママになりたすぎて、私が頑張り過ぎました…ですが、ふふ、十数時間絞り尽くした甲斐があって、私も最高の気分です♡」


ヒソヒソと主婦たちが話し始めた。メイベルはさっきのことを思い出して、周りが見えていない。すると、


「ふ、ふざけんな!犯罪は犯罪だ!」


「そ、そうだそうだ!」


「いや、俺たちは夫婦なんで」


「「「「は?」」」」


その場の空気が凍った。勘違いをしている周囲にしっかり聞こえるように告げる。


「それじゃあ行こうか。ファティが待ってるしね」


「ふふ、そうですね」


「ちょっ!待て!」


ガシッ


「ッ!」


メイベルの腕を掴もうとしていたチャラ男の腕を掴む。そして、少しだけ凄みと握力を込めて言った。


「俺たちは夫婦なんだ。今日はせっかくの休日でデート中なの。分かってくれるかな?」


メイベルを掴もうとしたチャラ男の腕を握る。骨がギシギシ言っているが、そんなことは知ったことではない。


すると、チャラ男たちは苦悶の表情で俺を見てきた。


「わ、分かった。だ、だから腕を離して…!」


反省はしてないけど、恐怖しているのはわかった。俺はため息を吐き、


「そっちの君らも分かってくれるよね?」


「「「は、はい」」」


その返事を貰えたと同時に俺はにっこりと笑って、腕を離した。


「次に、メイベルに手を出したら、ね?」


腕を抑えているチャラ男が少しずつ後ろに下がる。そして、畏怖を込めた瞳で俺たちを見ると、どこかへと逃げ去ってしまった。


俺もここにいるのは良くないと思ったので、メイベルの腕を取って、逃げることにした。


「ふふ、手を引かれるのは良いものですね」


「まぁうん。そうだね」


いつも通りのメイベルに俺は力が抜けた。


「それにしてもなぜあれほど『パパ活』という言葉を脅しで使ってきたのでしょうか?」


「後で、スマホの使い方を教えてあげるから、それで調べてみて」


「そうですね。早く使いたいです!」


スマホを買いに行っただけなのにとてつもなく疲れてしまった。


なお、『パパ活』の真実を知ったメイベルがさっきのチャラ男たちを殺そうとしたが、俺は全力で止めた。


━━━

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