第15話
勉の襲撃から一週間後。
「お届け物で~す!」
「お疲れ様です。ありがとうございました」
「いえいえ」
玄関口で通販で買ったものを届けてくれた配達屋の兄ちゃんに挨拶をする。最後にいい笑顔で帽子を取って挨拶してくれた。そして、俺はそそくさとそれを部屋に持っていった。
「やっと届いたかぁ」
「何が届いたんですか?」
「ワン?」
メイベルとファティが後ろから覗いてきた。俺は段ボールの中から頼んだものを取り出した。
「うん。『幽霊石』で臨時収入が手に入ったからさ。少しだけ贅沢をしてみようと思ってね。どう?」
「まぁ…!とても似合っていますね!」
「ワンワン!」
「ありがとう」
ダンジョン用のスーツ、それも『黒山』の最高品質のスーツだ。値段は諭吉さんが千枚消えるほどの価値がある。どんな攻撃も通さないし、熱さや寒さに反応して温度を調整してくれる優れモノだ。ダンジョンに潜る者にとっては憧れのスーツだった。ちなみに勉と雅は『黒山』製のスーツを着ていた。
メイベルとファティが似合っていると言ってくれているし、とてもほくほくした。
「ふふ、中層を攻略するにあたって、気合は十分なようですね」
「そうだね。上層で実戦経験は積んだし、身体能力に振り回されるようなこともなくなった」
この一週間、上層にいるモンスターと戦いまくった。『メイベル流格闘術』もビビらず使えるようになったし、『血の池』で強化されすぎた身体にようやく頭が付いてきた。
そして、『自爆』もだ。ただ、これに関しては別の問題が浮上していた。それは
「『黒山』のスーツを使えば、ようやく全裸にならなくて済む…!」
全裸になってしまうことだ。あまりの威力に俺のスーツが耐えられなかったのだ。そして、
「ふふ、たくさんいただきました。じゅる」
舌なめずりしている元『聖女』様に喰われてしまうことだった。モンスターを一掃した後に、メイベルに喰われてしまうのでは全く意味がない。
しかも一回では終わらない。メイベルのスキルならスーツを直すことは可能だが、その見返りに何度も喰われなければならない。『自爆』のデメリットにメイベルを発情させてしまう効果があるとは思わなかった。
「ふふ、耐えられれば良いですがね…(ボソ」
「どうかした?」
「いえ、何も。本当によく似合っていますよ?」
「ありがとう」
メイベルがとても良い笑顔で俺に言ってきたが、こういう時は何か隠し事をしている時だというのは一緒に過ごしていて、なんとなくわかってきた。
「ワフ?ワンワン!」
ファティが俺に飛びついてきた。スーツの感触に一瞬驚いていたが、触り心地が良かったのか俺にべたべたと甘えてきた。俺はファティの頭を撫でて癒やされた。
少しだけそうした後、俺たちはダンジョン攻略の準備を始めた。といっても荷物はほとんどない。運搬にはメイベルのスキル『箱』が強力すぎるからだ。
「それでは行きましょうか」
「うん」
「ワン!」
俺たちは部屋にあるダンジョンの黒い入口に足を踏み入れた。
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中層は丁度会社で攻略中だった場所だ。上層と比べても、モンスターは強力になり、攻略難度も高くなる。その代わり手に入る素材も希少になるので、高額で取引できるものが増えるのだ。
ただ、俺たちの目的はダンジョンの深奥にたどり着き、ダンジョンからメイベルを解放することだ。だから、いちいち素材なんかに拘っている必要もない。俺はメイベルの案内を経て最短経路を進んでいく。
「隆司さま、こっちです」
「うん」
メイベルはファティの背中に乗って移動中だ。美しい金の毛を纏うフェンリルに銀色の『不死王』が乗っている姿は様になっていた。俺はというと、よくて従者だろう。
「あら、さっそくでましたね」
前方を見ると、ゴーレムがいた。人型で全長は五メートルほどあり、下手なアパートと同じくらいの大きさだ。両目が赤く光り、緩慢に動き始めた。
「隆司さま」
「ああ、分かってるよ」
ゴーレムの外皮はダンジョンの壁と同じ素材でできていて、削るのは至難の業だ。勉の『身体強化』でも削り切れない。だが、ゴーレムには弱点がある。
「ふっ!」
俺は地面すれすれに顔が近づくくらいに前傾姿勢になって、全速力で加速する。風邪が巻き起こり、俺が触れた地面はえぐれて足跡ができる。
「ギ…ギ」
ゴーレムが俺の接近を受けて右腕を振り上げる。そして、俺のスピードに合わせて、そこに右腕を振り下ろしてくる。が、
「遅い」
俺は振り下ろされた腕の一歩手前でギリギリで躱す。クレーターができていたが、そんなことにビビる俺ではない。そのままゴーレムの右腕に乗って、ゴーレムの顔をめがけて走る。
「確か、ここだよな」
ゴーレムの弱点。それは、赤く光る二つの眼だ。これが、ゴーレムのコアらしい。
「ギギ!」
「うわ!」
ゴーレムの二つの眼からレーザーが放たれて、俺のお腹に二つ穴が空き、俺の命が絶えた。それを見たゴーレムは動きを停止したが、
「ゴーレムでも油断はするのか」
「ギッ!」
「もう遅いよ」
メイベル流格闘術が炸裂した。油断しきったゴーレムの両目をくり抜く。すると、ゴーレムは動きを停止して、動かなくなった。ゴーレムから降りると、メイベルとファティが寄ってきた。
「ふふ、お疲れ様です。素晴らしい動きでした」
「ワン!」
「うん、ありがとう」
労ってくれる二人に感謝した。そして、俺はゴーレムのコアをまじまじと見る。ビー玉のようだが、この中には多大なエネルギーを含んだ電池だ。電気自動車を一年間充電せずに動かすことが可能なほどエネルギーを蓄えている。
とりあえずそれをメイベルに渡して、箱に入れてもらう。一応売れるものだから、持ち帰って損はない。
「ふふ、中層はどうですか?」
「まだゴーレムだけだから、何とも言えないけど、やれなくはなさそうだね」
「ふふ、自信と謙虚が混じった良い表情をしていると思います。後で抱いてください」
「…善処します」
「絶対です」
「はい…」
ダンジョンよりも後のことが心配になった。
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メイベル曰く、中層は分岐を間違わなければ、モンスターともあまり戦わなくて済むし、時間もかからないそうだ。現に遭遇したモンスターも今のところ、ゴーレムだけだ。
逆に言えば分岐を間違えると大量のモンスターや厄介な罠の対応に追われるらしい。それを回避できるのはメイベルのおかげだ。
ただ、問題は中層から下層に降りるためのフロアだ。下層に降りるためのフロアは一つしかなく、そこを回避して下層にいくことはできないらしい。
そして、そこに構えるモンスター、いや、モンスターたちがとっても厄介らしい。現に俺はそれを見て、頬が引きつっていた。
「ぷぎゅう~」「ぶぎゅ!」「ぷぎゅぎゅぎゅ!」「ぐみゅうう」
「まさかのスライム。しかも大量に…」
フロアの大きさは辺の長さが百メートルほどの立方体に近い形をしていた。そこに俺と同じくらいの大きさのスライムが少なく見積もって50匹くらいはいそうだった。
床や壁だけではなく、天井にも張り付いていた。俺が入ってきた入り口は既にスライムが抑えてしまっていた。うねうねしていて、とらえどころがないが、俺を包囲して倒そうというのは見て取れた。
「と、とりあえず攻撃してみるか。ふっ!」
拳を握り、スライムの身体を殴った。しかし、水を殴っているようで、全く効果がなかった。
「あっ、ヤバイ」
スライムの身体に入れた手が抜けない。これ幸いとスライム達が俺に近寄ってきて、スライム達が合体した。そして、俺をスライムの身体の中に閉じ込めた。
「ぶくぶく!」
水の中に閉じ込められてしまった。俺はもがいて脱出しようとするが、空振りして一向にスライムの身体から出れる気配がなかった。
「ふふ、スライムは全身液体でできたモンスターです。身体の中に獲物を捕らえて、自身の酸で溶かして栄養とします」
ねそべったファティのお腹に優雅に座り、『箱』に入れてきた湯呑と緑茶を優雅に啜りながら俺の方を見て、説明してくれる。スライム達もファティとメイベルを取り込もうとしているが、メイベルのスキル『結界』がそれを阻止していた。
(って!それどころじゃない!あ…死ぬ…)
普通に溺死した。酸は『血の池』ほど強くないので俺が溶かされることは全くない。生き返るが、そこはスライムの中だった。また呼吸ができなくなる。
「「「ぷぎゅぎゅう!」」」
スライムは溶けない俺に少し苛立っているようだった。
「ふふ、我ながら素晴らしいモンスターを創り出したものです。うじゃうじゃとウジのように湧いてくる人間たちをどうやったら原型まで残さず始末できるか考えた結果、考えたモンスターですからね。結果、中層から下層にたどり着ける人間はいませんでした」
メイベルが自慢げに語っているが、俺はそれどころじゃない。スライムに既に一度殺されているのだ。しかし、メイベル流格闘術が通じる敵ではない。なので、普通に焦っていた。
「ぶくぶくううううぶく!?(何か弱点はないの!?)」
メイベルに向かって、俺は水の中で叫ぶ。酸素がなくなり、再び死亡した。
「ふふ、スライムの弱点は核です。ただし、ゴーレムのように急所があるわけではありません。全身核が核なのです」
メイベルの説明を聞くとぞっとする。それはつまり弱点がないということだ。もし、会社員をやっている間にこのスライムのフロアに来ていたら全滅してしまっていただろう。
メイベルは湯呑を『箱』の中にしまうと、落ち着いた表情で俺を見てきた。
「ここまで言えば、トドメの方法はわかりますよね?」
「…ぶくぶく(…分かってるよ)」
スライムは全身核。つまり、今、一撃で全てを吹き飛ばしてしまえば問題ないということだ。だから、
「…ぶく(『自爆』)」
「「「ぷぎゅぐう!?」」」
スライムの中で大きな爆発が起こり、膨張した白い光がメイベルとファティも巻き込んですべてを無にした。
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━
「ふぅ…なんとかなったか…」
俺を覆っていたスライムの液体はすべて蒸発して消えてしまった。数回溺死したが、溺死だけはもうしたくない。肺活量が増えていても、苦しむ時間が長くなるだけだ。こればっかりは慣れないのかもしれない。
「ふふ、今回も見事な『自爆』でした」
「あ、うん、ありがとう?」
見事な『自爆』と言われても反応に困る。
「ふふ、このフロアをクリアできたのは『不死王ダンジョン』史上初です。『不死王ダンジョン』の主として歓迎します」
見事なカーテシ―を決めて俺を見ていた。その美しい所作はメイベルの容姿も相まって一種の芸術性を醸し出していた。
「ありがとう、メイベル。ただ全然浮足だっていられないよ。本番はこれからだ」
ここから先は人間が踏み入れたことのない場所だ。つまり、情報が全くないということだ。より一層身が引き締まるというものだ。
「ふふ、とても心強いです。それと、隆司さま。中層をクリアできた者には二つほど、ご褒美があるのです」
「え?ご褒美?」
すると、ゴゴゴと音が鳴る。一つは壁に三メートルほどの壁が空いた。これが下層に続く扉なのだろう。そして、もう一つが、フロアの中央に二つの台座が現れた。一つは漆黒の石だった。すべてを取り込んでしまいそうなブラックホールのようだった。
大きさは野球ボールくらいの大きさだった。メイベルはそれを台座から取って俺の元に持ってきた。ファティが俺の後ろで舌を出して、パンティングをしながらそれを見ていた。
「これはダンジョンで使える『転移石』です」
「『転移石』って伝説の!?」
「はい。ダンジョン内で隆司さまが訪れたことがある場所に転移することができます。もちろん行ったことがない場所にはいけません。例えば、深奥に行きたいと思っても転移はできません」
「いや、それでも十分凄いけどね…」
これなら毎度、上層を探索する必要もない。毎回、最高到達地点から行動ができるのだ。これがあればダンジョン内の攻略を早めることができる。
すると、メイベルがもう一つの台座から見覚えのある石を持ち上げた。
「私の『不死王ダンジョン』には三つほど、『スキル石』があると申しげましたよね?これが二つ目です」
「マジか…」
『転移石』に『スキル石』。どちらも破格のご褒美だった。
(『自爆』に『不老不死』、どちらも最強のスキルだけど、実用性がなさ過ぎるから、もう少しだけ使いやすいやつが欲しいなぁ)
新たなスキルが得られるということでうきうきしていた。すると、
「ふふ、隆司さま。スーツはどうでしたか?」
「ん?スーツ…ってああ!そうだ!凄い!」
半壊していたが、『黒山』のスーツはなんとか『自爆』に耐えていた。これなら、メイベルが発情することもないし、俺自身も恥ずかしくない。『自爆』を使う心理的な問題の一つが解消された。
…と思ったのだが、
「ふふ、破れている箇所から見える隆司さまの肌。隠しているからこそ良いというのをはるか昔に聞いたことがありましたが、なるほど…これはありですね。はぁはぁ」
「メ、メイベル?」
メイベルさんは発情していた。
(なんでだ!?俺は全裸じゃないんだぞ!?)
メイベルが獰猛な肉食獣の顔をしていた。俺には何がなんだかわからなかった。すると、
「ふふふ、理解ができないという顔をしていらっしゃいますね」
メイベルは突然、シスター服をビリビリと破き、自分の肌を露出させた。胸の谷間や長いロングスカートが破かれたことによって見えてきたメイベルの、生足。普段は隠している部分だからこそ、余計に視線が釘付けになった。
「はっ!」
「ふふ、理解していただけたようで何よりです。元気になったようですので今日はこのまま致しましょうか」
完全にメイベルの術中にハマってしまった。俺は逃げようとするが、例のごとく『結界』を張られて逃げることはできない。最後の頼みの綱のファティはというと、
「ワフウ…zzz」
俺の方を最後に見て、丸くなって寝てしまった。最後の視線は「終わったら起こして」と言っているようだった。俺は絶望した。
「隆司さま♡」
「ヒぃ!」
メイベルが背後に迫っていた。『結界』を背にしてメイベルの方を見る。太陽のような笑顔に俺は恐怖を覚えてしまう。
「いただきます♡」
「せせめて、家に帰ってからああ」
「ダメです♡」
「あああああ!」
淫魔に襲われた俺は、
(もっと耐久力のあるスーツにしてもらえるか聞いてみよ…)
喰われながらそんなことを考えていた。
━━━
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