第14話
勉を連れてダンジョンを出ると、夕方になろうとしていた。外は雨が降っていて、冬のような寒さだった。外を歩く人たちも各々の雨具を使って雨を防いでいた。おかげで勉を背負っている俺もあまり目立っていなかった。
「え~と、ここかな」
勉と雅は自分たちのマイホームがあった。俺の家から十分程度のところに住んでいる。二階建ての新築で結婚と同時に建てたらしい。ここに来るのも二回目だ。一回目は新築祝いだ。
(まぁその時も俺が祝い品を渡したらそれを奪って、忙しいからまた後で来いと言われて追い出されたんだけどなぁ)
そんなことを思いながら、インターホンを押した。
ピンポーン
「は~い…って隆司か。何か用?」
久しぶりに見た雅は相変わらず勝気な美人だった。ただ特徴的なのは今まではツインテールにしていたその髪を横でサイドテールにしていることだった。そして、その腕には赤ん坊がいた。その姿からは少女の面影は全くなく、一児の母だった。
「久しぶり」
「何?それだけ…って勉!?どうしたの!?」
久しぶりに会った雅は俺の顔を見るなりげんなりしていた。けれど、傷だらけの勉を見ると、雅はすぐに勉に飛びついた。
そして、スキル『回復』を使ってすぐに傷を癒やし始めた。『血の池』に浸かったり、ファティに腕を喰われたりしているので、結構重症なはずだ。
(俺も『不老不死』のせいでこの程度なら大丈夫だよなぁ思っちゃってたんだよな)
少しだけ反省だ。やり過ぎた感は否めない。
「大丈夫!?一体何があったのよ!」
「それは━━━」
「あんたには聞いてない!ってか邪魔だから帰ってよ!」
「あ、はい。元気になったら連絡してくれ」
雅は俺の存在が鬱陶しいらしい。一応一言添えておいたけど、全く聞いていなさそうだったので、無駄かもしれない。
(まぁ、勉が目を覚ましたら、俺のことを話すだろう)
すると、赤ん坊と目が合った。無邪気に俺を見ていたので、俺は最後に少しだけ手を振って二人の家を出た。
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小さな庭を抜けると、傘を差したメイベルが待っていた。
「隆司さまはあのような女性が好みだったのですね」
そういってメイベルは自分の髪をいじって、サイドテールにしようとしていた。雅に対抗しているのは見え見えだが、その姿を見ると、俺は愛されているんだなぁと実感する。
「私ももっと攻めるような姿勢をとった方がいいのですかね…」
「え?もっと上があるの?」
「何か言いましたか?」
「なんでもないです…」
メイベルの夜の攻勢を思ったら、あれ以上上があるのかと戦慄してしまう。ため息を吐いたメイベルは傘を少しだけ傾けて手を出した。そして、
「人生の大半を地中で過ごしていた私は今を生きる人間とは乖離しすぎています。そんな私は隆司さまから愛されなくなると思うと不安なのです。不思議ですね。絶対に死ぬことがない『不死王』が『死』以上に隆司さまに捨てられることが怖いのです…」
「メイベル…」
メイベルの口から弱音を聞いたのは初めてだったかもしれない。その表情は『不死王』ではなく、一人の女性としての顔だった。
立場を逆にして考えてみればメイベルの気持ちを理解するのはそんなに難しくない。メイベルに過去に男がいたなんて言われたら、俺も同じ気持ちになるだろう。
(馬鹿だなぁ、俺は。メイベルを不安にさせるなんて…)
俺はメイベルの手を握った。
「大丈夫だよ。メイベルのことを嫌いになることなんてない」
「隆司さま…」
「映画館、水族館、博物館…ライブやコンサートなんかも行ってみたいかも。美味しいものをたくさん食べたい。それから旅行だってしたい。ゆくゆくは世界旅行なんていいかもね。その時にはファティも連れて行かないといけないなぁ」
指でやりたいことを数える。無職になったからこそ人生でやりたいこと考えられるようになった。それとファティだけ仲間外れなんていけない。なんとかして犬だと誤魔化せば飛行機だって乗れるはず。きっと…
メイベルが俺の方を覗いていた。
「まぁ何が言いたいかっていうと、俺がやりたいことのすべてにメイベルがいるってこと」
「隆司さま…」
「それぐらいメイベルのことを好きなんだ。そこに他人が割り込む余地はないんだよねぇ」
メイベルは俺の方を見て朗らかに笑った。
「私はとんでもなく愛の重い方を好きになってしまったのかもしれませんね」
「それはお互い様でしょ?」
「ふふ、そうですね」
その夢のためにはメイベルを縛る『不死王ダンジョン』を一刻も攻略しなければならない。上層なんかで手をこまねいている場合じゃない。俺は気合を入れ直した。
「でしたら、隆司さま。私のお願いを聞いていただけますか?」
「何?俺にできることならなんでも言ってよ」
「ん?今、
「あ、うん」
さっきまでの甘ったるい空気とは違う。メイベルは『不死王』の顔をのぞかせていた。
「あっ、やっぱり「子供が欲しいです!」
メイベルは破顔して俺を見てきた。あまりに突飛なお願いに俺は間抜けな顔を浮かべるしかできなかった。
「ふふ、あの男の赤子を見て、思い付きました!それにしてもなんで今まで気づかなかったのでしょう!隆司さまからの愛を確認するのにもっともてっとり早くて確実な方法じゃないですか!」
「メイベル?」
「ふふ、私と隆司さまの子供です。とっても可愛い女の子が生まれるに違いありません。いえ、男の子の可能性もありますね。でしたら、とても凛々しく育つに違いありません。絶対に!」
「メイベルぅ?」
「はっ!何も子供は一人である必要もありません。というかもっと子供は欲しいです!愛する夫と愛する我が子に囲まれて田舎に住むのも良いかもしれません」
「メイベルぅ?」
俺が声をかけるとやっと現実に戻ってきたようだ。ビクッとなって俺の方を見てきた。ニヤァとサキュバスのような邪悪な笑みを浮かべて、だ。
「ということで隆司さま。今日も帰ったら子づくりしましょう。絶対に」
「はい…」
メイベルのその笑顔を見てしまえば、俺も何も言えない。とりあえず、今夜も喰われることは確定したのだった。
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「ん…ここは…?」
「気が付いたのね!」
勉は自分のベッドで目を覚ました。身体の傷は残っていない。ただ右腕がなくなっていたので、ベッドから起き上がれなかった。そんな姿を見た雅は勉をゆっくり起こしてあげた。
「た、隆司は!あいつはどこだ!?」
「隆司なら勉を背負ってうちに来た後、さっさと帰ったわよ?」
「そ、そうか」
隆司がここにいなくて安心している勉を雅は訝し気にみた。
「ねぇ、本当に何があったの?その腕のこととか色々聞きたいことがたくさんあるんだけど…」
「あ、ああ。実は━━━」
隆司が無職で退屈そうにしていたから、慰めにいったこと。隆司がダンジョン攻略で助けてほしいと言ってきたので、助けにいった。そしたら、隆司の飼い犬に腕を喰われたこと。
勉的には事実を伝えたつもりだが、自分が隆司になすすべもなく負けたということを隠すために無意識に言葉を紡いだら、こういう文言になってしまった。
そもそも、飼い犬に噛まれたというところで『身体強化』を持っている勉が全身に傷を負うことなどありえない。だが、
「隆司のやつ、最低ね…それにそのメイベルとかいう女も」
「そうだろ!俺は隆司のことを親切に色々教えてやっていたのに、逆キレされて、俺も何が何だか分からない!」
隆司に対して絶対的な優位性を持っていると考えている雅は勉の話を鵜呑みにする。もちろん隆司のことを親切に教えていたなんて事実はない。隆司を貶めるために懇切丁寧に教えたというのなら間違えではないが…
「ほっんとに隆司って昔からこうよね。私たちが助けてあげているのに恩をすぐに仇で返すのよ」
「全くだ!恩を返されることはあってもこんな怪我を負うほどひどいことをされる謂れはない!」
隆司に対して何かしてあげたと思っているところが救いがなかった。
「そうね。あっ、そうだ。良いことを思いついたわ!」
「ん?なんだ?」
「隆司に勉の慰謝料を払ってもらいましょう!勉の腕を直そうと思ったら、『再生』が必要だし、お金もかかるわ。だったら、ついでにダンジョンももらってしまえば一石二鳥だと思わない?」
「それはいいな!俺は被害者だし、当然の権利だ!」
勉と雅は隆司に対して筋違いの復讐をするために、ご都合主義の会議に花が咲く。
後に『不死王』の怒りに触れることになるとは夢にも思わなかった。
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