第13話

「『身体強化』!」


「わわっと」


俺がダンジョンに入ると、『身体強化』を使って拳を叩き込みにきた。直線的なパンチだったから、読みやすい。俺が地面を蹴って横に避けると、ダンジョンの壁にヒビが入る。相変わらず凄い威力だ。


「あぶねぇ~」


「ふん。運だけは良いみたいだな!」


勉は再び、俺の方に走ってきた。あんなパンチを喰らったら普通に痛い。それに勉も冷静じゃない。となれば、


「逃げよう!」


「あっ!てめぇ待てや!」


俺はダンジョンを逃げることにした。三十になったおっさんが二人で鬼ごっこをするなんてシュールな絵面だった。俺はダンジョンの奥へ奥へと向かっていく。


「はっ!『身体強化』の俺に勝てるわけがないだろうが!」


俺の後ろを勉が迫ってくる。俺はそれに合わせて身体に力をいれていく。


「はっ、少しは鍛えたようだな!だが、まだ俺は全力じゃないぜ!」


「わっ!マジか!」


勉がペースを上げたので、俺も上げる。また上がるので、俺も上げる。それを繰り返していくと、勉の方が息が上がってきた。


(クソ!どうなってやがる!隆司に全く追いつけねぇ!)


全力疾走で隆司を追っているのに、全く追いつけないのだ。俺はというと、


(アレ?体力を温存してる?いや、マジで息切れしてないか?)


勉の方をちらっと見ると、大量の汗を流し、激しい呼吸音が聞こえてきた。そして、勉は気が付いていないが、少しずつ走るペースが落ちている。とりあえず、俺もそれに合わせてペースを落とす。すると、


「はぁはぁ何かインチキをしてるな!?」


「あ~まぁうん」


『不老不死』で培った破壊と回復のことをインチキかと言われたら、なんとなく悪い気がしてしまった。


「この卑怯者!」


「ごめん」


「くっ」


素直に謝る隆司に勉は余計に苛立つ。それでも一向に隆司との距離は詰まらない。一方隆司はというと、


(どうするかなぁ~、勉も冷静じゃないし、これ以上逃げ回るのも面倒なんだよなぁ)


「勉~、そろそろ冷静になれって!」


「『浄化』ごときが俺に命令するな!」


全く言うことを聞いてくれない。メイベルの言うように俺の身体能力は勉を凌駕しているのは良くわかった。だけど、それで無力化できるかどうかは話が別だ。


勉は子供の時から武術を嗜んでいて、才能の塊だった。『身体強化』と相まって身体の使い方のセンスは抜群だ。俺はというと、死なないだけのおっさんだ。人間を殴ったり、蹴ったりしたことなど一度もない。


身体能力が勝っていようとも、普通にボコされる可能性はあるということだ。


「どうしたもんかなぁ…」


勉をちらっと見ると、汗だらけのおっさんだった。昔から負けん気だけは強く、根性もあった。それは今もだ。見下されてはいたけど、そんなところを俺は尊敬していたから、正直、暴力で鎮圧とかそういうのではなくて、普通に話し合いでなんとかしたい。すると、


「はぁはぁ、ははは、今、てめぇの逃げている姿を見たら、メイベルは幻滅するだろうな!」


人の嫁をメイベル呼びとはムッとしたが、言われてみればそうだなぁと納得した。挑発のつもりだろうけど、この程度のことは昔からずっと言われてきた。だが、


「あの売女は超性格が悪いし、てめぇにはお似合いな女だよ!」


「は?」


俺は急ブレーキした。今、聞き捨てならないことを言われた気がした。


「今、なんて言った?」


「はぁはぁやっと体力が尽きたか…余計な手間をかけさせやがって」


「いいから言え」


「はっ!何度でも言ってやるよ。てめぇの女は性格も終わってて汚い女だって言ってんだよ!どうせ清楚そうな見た目で男を釣って裏で何人も抱いてるぜ!お前も可哀そうなやつだな(笑)」


心が急速に冷えていく。俺の中にあった勉への遠慮もそれと同時にどんどん消えていく。


「おい…!スカしてんじゃねぇぞ」


「うるせぇよ雑魚」


「は?」


俺はうまれて初めて汚い言葉を使ったかもしれない。声を出した俺自身も驚いた。


昔から勉と雅という優秀な人間と一緒に居たせいで比較されて生きてきた。スキルを得てからはより顕著だった。俺は無能な人間だからなるべく嫌われないように生きなければならない。そんな思いから口論や喧嘩では基本的に逆らわないように生きてきた。


その結果が勉や雅の増長したプライドを生んでしまったのかもしれない。だけど、今はそんなことはどうでもいい。


メイベルを侮辱した・・・・・・・・・奴は許さない・・・・・・


すると、勉は怒り心頭だが、馬鹿にしたように俺を見てきた。


「お前、今誰に向かって『雑魚』って言ったんだ…?俺の聞き間違いだよなぁ?」


「『身体強化』使ってんのに、聞こえないのかよ…もういいや」


「あっ、待て!」


俺は止めにくる勉を振り返らず、たんたんと目的地に向かう。後ろでギャーギャー言っているが、俺はすべて無視してわき目もふらずに走った。


━━━


━━



「遅かったな」


「はぁはぁ、このインチキ野郎が。調子に乗るんじゃねぇぞ…!?もう逃げ道はねぇぞ!」


膝に手をやって疲れているその様は完全におっさんだった。しかもつむじ辺りが少しだけ剥げていた。少年だった俺たちはここまで老けたんだなぁと寂寥感を感じる。そして、変わり果てた幼馴染に対しても一種の悲しさを覚える。


「ここは…『血の池』?いや、んなわけねぇ。ここは『不死王ダンジョン』じゃねぇんだから」


その通りだが、流石に『血の池』だというのはやめておいた。


「勉、最後の忠告だ。メイベルのことを謝るなら許してやってもいい」


「…だからぁ、てめぇは何様なんですかぁ!?お前をボコボコにしたら、あの売女も犯してやるよ!」


その言葉で俺は完全にキレた。


「もういいや。さっさと来いよ」


俺は右手をくいくいっとして、挑発する。


「~~~っ!死ね!」


勉が俺めがけて猛ダッシュで襲い来る。あまりの速さに風がかまいたちのように襲い来るが、


「おっそ」


「え?」


「喰らえ」


右ストレートで俺の顔面を狙ってきたので、俺はそれを下に躱した。そして、足に力を入れて右拳を上に振り上げ、勉の顎に喰らわせた。


「ぶへええええ!」


そしてそのまま数回バックスピンをして顔から地面に叩きつけられた。汚い血が俺にかかってきた。


「…立てよ」


「~~~っまぐれで一発当てたくらいで調子に乗るんじゃねぇええ!」


勢いをつけて立ち上がる。言葉は汚いが、一発殴られたおかげで冷静さを取り戻したようだ。パンチもコンパクトに打ち続け、俺はかろうじて、それを受けるだけだった。それでも、『身体強化』Maxのパンチは痛かった。


(こうなると、隙がないんだよなぁ…)


カウンターをいれようにも、それをいれさせないように立ちまわる勉はやはり天才だと思った。俺はというと突然手に入れた身体能力に振り回されていただけだった。


(だったら、アレをやってみるかぁ)


最愛のメイベルを思い出す。そんな意識の隙間を見逃すほど勉が弱いはずがない。


「は!よく頑張ったじゃねぇか!そろそろくたばれや!」


嬉々として宣言した。そして、俺に背を向けて、回し蹴りをしてきた。俺は右腕でそれを防ぐが、その余波で十メートルくらい後ろに退けられる。


「はぁはぁ!ははは!その腕はもう使えねぇだろ!?ざまぁ見ろ!」


俺の右腕は新たな関節ができあがったかのような曲がり方をしていた。腫れあがり、真っ青になっていた。骨が突き出ていて、血が噴水のように溢れていた。


「勝負あったなぁ!俺への非礼を夫婦共々土下座し、儲けた十億を俺に寄越せ!そしたら、雅に頼んで『回復』してやるぜ?」


圧倒的有利を自覚したのか、勉は攻撃を止めて俺に降参しろと言ってきた。だけど、


「あのさぁ、俺死んでないよ?」


「は?」


「腕がこんなになっただけで、勝手に有利になったと勘違いされるのは本当に腹が立つんだ」


「お前何言ってんだ?勝負はついたろ?」


「もういいや。ほれ」


バキッ


「え?」


俺は自分の右腕を切り落とした。骨が変な風になってると気持ちが悪いから、切り落とした。おかげでスッキリした。すると、勉が初めて俺に対して恐怖心を抱いていた。


「お、お前何を!」


「勉にはがっかりだよ」


「は?」


「あれだけ死ね死ね言っておいて、腕を一本取ったくらいで満足するなんて…本当に情けないね」


「は?」


「ほれ。俺は今無防備だぞ~?」


俺は両手を広げて、無抵抗アピールをする。一瞬魂が抜けたような阿保面を浮かべた勉はみるみるうちに赤くなる。


「そんなに死にたいなら、殺してやるよ!幸いなことに観ている奴は一人もいない!だったら俺を殺人として訴えられるやつはいないんだからなぁ!」


「はいはい解説どうも。さぁ勉ちゃん。俺の心臓はここでちゅよぉ?」


「~~~~死ねぇええええええ!」


勉が全力の拳で俺の心臓を貫いた。心臓どころか他の臓器にも傷がつき、俺の命はもうすぐ潰えるだろう。


「はぁはぁ、じ、自業自得だ!」


「そうだね」


「は?」


俺を殺してくれたおかげで、勉に大きな隙が生まれた。


「確か、『敵が接近してきたら、死んでもいいから一撃喰らう』、そして、『獲物をしとめた時が一番隙ができるのでそこを見逃さない』だったかな。流石メイベル流格闘術だ。本当に隙だらけだね」


「な、なんで生きて!」


「最後、『急所を抉れ』だったかな?同じ男としてここを潰すのは忍びないけど、メイベルを侮辱した罰だし、甘んじて受けてくれよ?」


「おほおおお!?」


俺は勉の股間を蹴り上げて、アレを潰した。トマトを潰したような感触だったけど、仕方がない。メイベルを犯すとか言っていたし、これくらいしておかないと危険だ。


「な…なんで生きてる…?」


「ん?言ってなかったっけ?俺、今『不老不死』なんだ」


「ふ、ふざけんな…そんなわけ「ゴトッ」ヒぃ!?」


俺は自分の首を自分の腕で切り落とす。そして、息絶えた様子を勉に見せると悲鳴を上げていた。


「なっ『不老不死』だろ?」


「あ、ああああ」


勉が感動で打ち震えている。俺もわざわざ死んだ甲斐があったってもんだ。


俺は前のめりになって呻いている、勉の服を掴んで引きづった。向かう場所は『血の池』だ。俺は少しだけ手を『血の池』にいれる。


「う~ん、水加減はそんなにか。悪霊もいなくなったし、順当に酸も消えているか」


メイベルにとって良いことだろう。それでも多少はピリッとする。勉の首根っこを捕まえて浮かせる。そして、


「な、何を!」


「ほれ、プールの時間だ」


俺は勉を『血の池』に突っ込んだ。ちょうどファティが俺を『血の池』の底に投げ込んだように。


「いってえええええええええ!」


まだ足が足が軽く浸かるくらいのところなのに、その絶叫がフロア中に響き渡る。そして、勉は股間の痛みを忘れて、こっちに逃げて来た。そして、俺の足元でぜーはーと呼吸をすると俺を睨んできた。


「ふ、ふざけんなよ!殺人未遂だぞ!?」


「お前は俺を殺したじゃん」


「っ!」


言われてぐうの音もでないらしい。


「まだ元気なようだし、もう一回行こうか。今度は全身浸かってくるといいよ」


「ま、待て!」


「よいしょっと」


俺は勉を少しだけ深いところまでぶん投げた。今度は全身浸かれるはずだ。


「ぎゃあああああ!くそったれえええ!」


痛みに苦しみながらも、勉は『身体強化』を使って全力で岸に向かってきた。いや、俺とは反対側の出口の方に向かって泳いでいった。そして、岸から上がると、俺の方に指を差してきた。


「はぁはぁ。これは立派な殺人未遂だ!訴えてやる!」


「それならお前は殺人罪だぞ?」


「うるせぇ!あばよ!次に会う時は、塀の中だな!」


じゃあな!と言って勉は逃げるように出口に向かって走ろうとしていた。すると、何かにぶつかって勉は倒れた。


「痛ってぇ…なんだ…よ?」


「グルルルル」


「あ、あああ」


そこにいたのは黄金の毛並みを持ち、遭遇したら死を待つしかないというほど危険なモンスター、フェンリルことファティが待っていた。


「ふええええ、な、なんでこんなところにフェンリルがいるんだよ!?」


しりもちを着いて、可哀そうな声を上げていた。俺が近づくと、勉の股間が濡れていた。全身震えていて、眼からは少しだけ涙が出ていた。おっさんが漏らしている姿を見るのは中々悲しいものだった。


「ふふ、どうかされましたか?」


「ふえ?」


フェンリルの後ろからメイベルが現れた。「ふえ」っていう勉がキモイが今は無視だ。


「メイベルもファティもお疲れ様。よくここが分かったね」


「ふふ、ファティに隆司さまの匂いを辿ってもらえばこの程度のこと、造作もありません」


「ワン!」


「おお~、よしよし。お利口だなぁ」


ファティの頭を丹念に撫でる。すると、


「ふ、ふん。なんだよ。てめぇの飼い犬かよ!ビビらせやがって!だったら、しっかり躾をしろよ!」


そういって、カタカタと足を揺らしながら、立ち上がる。そして、ファティに向かって石を投げた。もちろん、その程度の威力でファティが痛がることなどあるはずがない。それでもファティとメイベルはぎろりと勉を見た。


「ふふ、本当にどうしようもない人間ですねぇ」


「ヒぃ!?」


勉はかくかくと足を震わせながら、立っていた。よくよく見てみると、勉の衣服はほとんど全裸も同然だった。俺も勉も普段着だ。普通の衣服で『血の池』に浸かったら、そりゃあ衣服も溶ける。大事なところはほとんど隠されていない。というかよく見えていた。メイベルがそれを見ると、


「ちっさ」


「ブホッ!」


メイベルはゴミを見る目でそれを見ていた。それを聞いた勉は、


「ち、ちっさくねぇし!ってか大事なのは射精の威力だ!俺のはテポ〇ンって言われるくらい激しい威力を誇るんだよ!雅がそう言ってたし!」


「ブホッ!」


「わ、笑うな!」


雅のセンスの良さに笑ってしまう。勉はそんな俺の姿を見て、腹が立っているようだが、俺に勝てないと悟ったから突っかかってこない。さっきまでの威勢の良さはどこかへ消えてしまったらしい。


(抵抗する気がないならもういいかな)


「ファティ、やっちゃっていいよ。ただし、右腕だけね」


「ワン!」


ファティは俺の声を聞いて、勉を見る。すると、勉が引きつった顔でファティと俺を見た。


「は?いやいや…冗談だろ?」


ファティは勉を見る。そして、唸りながら、勉に近付いていく。少しだけ怒っているようだった。さっき石を投げられたことがファティのプライドを刺激したのかもしれない。


「な、なぁ。隆司。この犬を止めろ!俺がケガすると、雅が悲しむ!」


「へぇ~」


「子供もいるんだ!」


「へぇ~」


(子供がいるのに、メイベルを犯すとか言っていたのかよ…)


山田家は大丈夫かと少しだけ心配になった。


「そ、それから「ワン!」ぎゃああああああああ!」


ファティが勉の右腕にがぶりと噛みついた。血がぶしゃっと溢れているが、そんなことは知ったこっちゃない。


「た、隆司ぃ!たしゅけてぇ!痛いよぉ!」


「え?嫌だ」


勉の腕を噛みつきながら持ち上げる。普通に言葉使いも気持ち悪くて、反射的に言葉が出てしまった。腕も切断されていないから、まだまだ平気なはずだ。最後に言いたいことだけ言うことにした。


「俺は確かに無能で勉と雅の寄生虫をしていた。そのおかげで無能な俺でも会社に居続けられたんだ。馬鹿にされても、俺はお前のおかげでなんとか生きてこれたんだ。そこに関しては感謝しているよ」


「だ、だったら、たしゅけろよ!」


「でもな。メイベルとファティ…俺の大切なものに手を出すならそれ相応の罰は受けてもらう」


俺の眼が本気だと言うことは分かったのだろう。勉が涙まみれになりながら、俺の方を見てきた。


「わ、分かった!謝るから!謝るから許してええええ」


それでも頭を下げない。むしろ俺に対して、どう復讐してやろうか考えている顔だった。その表情を見た俺は勉に対して慈悲など欠片もなくなった。


「もうおせぇよ」


グシャッ


「ぎゃああああああ!」


ファティが勉の右腕を噛みちぎる。すると、絶叫したまま地面に倒れ込んだ。泡を吹いて倒れていて端的に言って汚かった。一応死んでないか確認したが、ショック死はしていない。気絶しているようだった。


「ふふ、お疲れ様でした。このゴミはどうしますか?」


「とりあえず勉の家に届けるよ。嫁がスキル『回復』持ちだから、腕もなんとかなるはずだ」


「ふふ、でしたら、私の『結界』で止血しましょう。死なれては困るんですよね?」


「ありがとうメイベル」


「いえ、むしろ隆司さまからの愛を再確認できたので良かったです。あそこまで私たちのために怒ってくれるのはとても嬉しかったです。ねぇファティ?」


「ワン?」


「ふふ」


ファティは勉の腕をぼりぼりと食い散らかしていた。そんな能天気なファティを見ると、さっきまでの激情は霧散してしまったが、それと同時にヤバイことを思い出した。


「ファティが腕を食べちゃったから勉の腕が…」


「あ。やっちゃいましたね」


「ワン?」


『回復』は切り落とした腕や足をくっつけることは可能だ。けれど、ないものを生やすことはできない。それには『再生』のような高位の力が必要になる。


「まぁ、なんにせよ。雅に見せなきゃいけないわけだし、腕のことは後で考えよう」


「そうですね」


俺たちはダンジョンを後にした。


━━━

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