第12話
勉が隆司に連絡するちょっと前。隆司は忙殺されていた。その理由は、
「ひぃぃ!なんでこんなことにぃ!」
「隆司さま、口より手を動かしましょう!」
「分かってるけど、多すぎるって!」
隆司とメイベルが忙殺されている理由、それは『幽霊石』の梱包だった。『ヤドカリ』に『幽霊石』を出品したら、買い注文が殺到し、『箱』の中に入っていた在庫が一気になくなった。
「こんなことは言いたくありませんが、なぜ『幽霊石』を相場の1/10で売ったのですか…?需要がある商品をこんな破格の値段で売ったらこうなるに決まっていますよ」
「うぅ、ごめんって。商売は初めてだったから、売れるかどうか不安だったんだよぉ…」
ロフトは梱包用の段ボールで埋め尽くされ、メイベルのスキル『箱』からサラサラと机の上の丸テーブルに『幽霊石』が落ちてくる。それをすくってはかりにのっけて重さをはかり、梱包する。これを何回も繰り返す。
「ワン!」
梱包が終わるとファティが黒い穴を通って、ダンジョンの中においてきてくれる。あまりの量に、俺の部屋では保管できないために、仕方なくそうしている。
そんな作業をもう五日間、徹夜でぶっ通しでやっている。ご飯は大量に買い置きしたカップラーメンを食べる。ファティには豚肉を与えている。
ファティにはちょくちょく休んでもらっているが、俺とメイベルは一切休むことはない。というよりもメイベルの出したウルトラCが休まず働くことを可能にしていた。
そのウルトラCは何かというと…
「ファティ~、お願いします」
「ワン!」
がぶりとメイベルの頭に噛みつくと、ブシャっと血を出して、メイベルが死ぬ。そして、『不老不死』が発動して、メイベルが生き返る。
「ふぅ~、回復しました。ありがとうございます」
「ワン!」
『不老不死』を利用した『強制死に戻り』だった。体力を限界まで追い詰めて、効率が落ちてきたらファティに喰われて死ぬ。そうすれば、体力は再び満タンになって仕事に取り組める。
素晴らしい方法を思いついたメイベルは笑顔だったが、俺は涙眼だった。自業自得とはいえ、死にながら仕事をしないといけないというのは中々に辛い。
「それならご飯を食べなくたってよくない?」という問いには食わないと心が死ぬ、とだけ明記しておく。
(もう既に五回くらいはファティに殺されてるんだよなぁ…)
悔しいことに殺された後はすこぶる元気になるのだ。だんだんと死ぬことに恐怖を感じなくなる。
「隆司さま、そろそろラストスパートです。気合を入れて死にましょう!」
「あ、はい」
「ワン!」
俺はファティに喰われて、体力を回復するのだった。
━━━
━━
━
「終わったぁ…」
「お疲れ様でした」
「ワフウ…」
『ヤドカリ』に出品した一週間後、俺たちはついに最後の梱包を終えることができた。後は、運送業者に『幽霊石』を託して終わりだ。
俺は床に倒れた。眼を瞑ったのは久しぶりなので、どっと疲れが押し寄せてきた。肉体的な疲れはないのだが、精神的に疲れてしまっていた。
「少しだけ、寝るか…」
「そうですね…」
「ワン」
ファティがソファに陣取り、俺とメイベルはファティの腹に寝る。このまま意識を落ち━━━
プルルルルル
俺のスマホが鳴った。タイミングの悪さにファティもメイベルも嫌そうな表情を浮かべた。
(誰だよ…)
スマホを覗くと、『山田勉』の名前が出ていた。勉から連絡してくることなんてここ数年なかったので少し驚いた。けれど、明らかにタイミングが悪いので、俺は無視することにした。
少し経つと鳴りやんだ。俺たちはもう一度寝る体勢を取る。しかし、
ピンポーン!
またタイミング悪く、俺の家のインターホンが鳴る。めんどくさいので、無視をするのだが、
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ガチャ
(うるさ…ガチャ?)
明らかに異音がしたので、俺は飛び起きた。
(そういえばファティに壊された扉を直すのを忘れてた!)
完全に記憶から消えていたことを思い出した。そして、おそらく泥棒が入ってきたと思って、俺は部屋から出て、玄関に向かった。すると、そこには、
「居留守なんか使いやがって。俺のメッセージも読まねぇとは偉くなったなぁ、隆司」
「勉…?」
そう言われてスマホを見ると、確かに『暇だろ?明日お前ん家に行く』とメッセージが来ていた。『MINE』なんてほとんどこないから通知をオフにしていた。
「てめぇが家にいることは知ってるんだよ。どうせニートで何もすることがないんだろ(笑)?」
「いや、そうだけど」
「お邪魔ぁ~」
「ちょっと待て!」
俺の制止を振り払って勉が勝手に部屋に入ってきた。部屋にはメイベルとファティがいる。見られると色々と不味いのだが、勉は勝手に部屋に入ってしまった。
「あら…どちら様ですか?」
「あ、いや、どうも」
メイベルからの無機質な瞳と美貌に少しだけビビッてしまった勉。さっきまでだらきった顔をしていたメイベルは姿勢を正して佇んでいた。だが、勉はメイベルだけではなく、ダンジョンの入り口を見てしまった。
(はぁ、めんどくさい…)
「おい、隆司」
「分かった…」
勉が思い切り指をさしていたので言い逃れはできない。見られたからには一応説明しよう。滅茶苦茶だるいけど…
(ファティがいないことが唯一の救いか…フェンリルを飼ってるなんてどう説明すればいいのか分からないし)
━━━
━━
━
「━━━ってわけだ」
一先ず、ダンジョンが俺の部屋にできたこと。そして、メイベルは俺の妻だということを説明した。『不死王ダンジョン』であることは隠したし、メイベルが『不死王』であることもボカした。
すると、
「くく、それにしてもお前に嫁かよ。メイベルさん、こいつのどこが良いんですか?(笑)」
一応客ということで、飲み物を出そうと…する前に俺のビールを勝手に飲んだ。そして、いつものように俺を馬鹿にしてきた。
「そうですね~、たくさんありますが、まずは優しいところですね」
すると、勉は大声をあげて笑った。
「いやいや、優しい男なんてたくさんいますって。優しいだけじゃなくて、腕っぷしも強く、何よりお金を持ってる男が良いと思うんですよ。俺みたいな(笑)」
わりと俺の心にぶっ刺さる。ニートで顔も良くないくたびれた男なんてなんの需要もないだろう。
「ふふふ、その通りだと思いますよ」
「そうでしょ!」
「その条件でいったら、隆司さまは最高の夫ですね」
「メ、メイベルさん」
そういって俺の肩にもたれかかってくるメイベルは最高の嫁だと思い知らされる。すると、意外そうでいて、かつ、つまらなそうな声音で勉はメイベルを見た。
「隆司が強くて、金を持ってるだって?俺と雅…『隆司の』初恋の女で俺の妻はずっと一緒にいたけど、『浄化』なんていう無能なスキルしか使えないクソだし、エース社員の俺とは違って、低級社員だったから給料もろくにないんですよ?…もしかして、こいつに騙されてます?」
本気でメイベルを心配するように言っていた。そして、俺をゴミを見る目で見てくる。その視線は「お前みたいな無能がなんでこんな美人な女を妻にできるんだよ」と言っていた。
(俺の初恋とかバラす必要なくない…?)
「ふふふ、初恋ですか。そうですよね~、隆司さまにだって好きな人の一人や二人くらいいますよね~」
やはりメイベルは初恋というところに引っかかったようだ。俺は慌てて弁解する。
「ち、違う!昔はそうだっただけで、今はメイベル以外考えられない!」
「…でしたら、『愛してる、メイベル』と心を込めて言ってください」
「メイベル、愛してる!世界で一番最高の良妻だよ!」
「まぁ!嬉しいです!」
「ちっ」
「あっ、ごめん」
勉が面白くなさそうに見ていた。勉のことを完全に忘れて、二人の世界に入っていたから居住まいを整える。
「…まぁお前みたいなニートじゃ、すぐに捨てられるのがオチだろうけどな」
「ははは、そうだね」
痛いところばっかりついてくる。昔から雅と勉は俺が嫌がることをする天才だった。すると、メイベルが俺のシャツを引っ張ってきた。
「隆司さま、ニートとはどういう意味でしょうか?」
「ああ、それは「働いてない人間の総称っすよ!つまり、隆司のことですね(笑)!」…そういうこと」
俺が言いにくい事を嬉々として説明してくれた。すると、メイベルは手を合わせて、喜んだ。
「まぁそうですか!でしたら、隆司さまはニートではありませんね!一週間寝ずに働いてましたしね!」
「そ、そうだね」
「ニートじゃない隆司さまは最高の夫です!」
「メイベルぅ」
思わず、メイベルに抱き着いてしまう。すると、
「…ふん、働いていたからって金を稼げなければ無能だろ?」
「はい、そうです。ですが、隆司さまはダンジョンの素材を売って10億円を売り上げましたからね!」
「はぁ!?」
「まぁ、うん」
メイベルのいうのいう、10億という言葉に驚いていた。十グラム1000円の『幽霊石』を十トンほど売ったので、そのくらいの値段になる。しかし、
「いや、でも不眠不休で働いていたって言ってたけど、それは家庭を、メイベルさんを疎かにしていたってことだろ?金を稼げても、家庭を疎かにしているようなやつは最悪だな!」
「そこは問題ありません。なんと私と家で働いていたのです。ふふ、困難を絆で乗り越えた私たちはより熱々な夫婦になれました♡」
「だ、だけど、妻を働かせるなんて最悪だ!男は働いて、女は家を守るのが普通なんだ!」
「はい。ですから、二人で仕事をして、二人で家を守っていました。苦労も喜びも二人で味わうのが私たちの夫婦の方針ですから」
「ぐっ」
(メイベルさんつよぉい)
勉の皮肉をニコニコと笑って跳ね返していた。あまりのレスバの強さに俺のメイベルの株が爆上がりだった。勉の困り顔に若干ざまぁと思った。
ただ、そろそろ勉に聞かなければならないことがある。
「それで、何しにきたの?」
「は?お前を慰めに来たんだよ。ありがたいと思え」
「そうなの?」
(その割には傷ついた気がするんだけど…)
でも、言葉はあれだけど、勉なりに心配してくれたのはよくわかる。なぜかというと、
「
「…あ、当たり前だろ!お前は俺の幼馴染だからな!」
何か間があった気がするけど、気にしても仕方ないか。すると、勉はダンジョンの入り口を見た。そして、そのままニヤニヤした。
「そうか。そういうことか。お前が稼げた理由はダンジョンだろ?」
「ああ、まぁうん」
すると、勉は自分が有利だと思ったのか立ち上がって俺の方を見た。
「決めた!俺はお前の家のダンジョンを攻略してやるよ!」
「はぁ?」
あまりに突飛な提案に俺は阿呆面を晒してしまった。
「お前みたいな『浄化』野郎が一億稼げるんだ。俺が攻略すればもっと稼げるだろ?」
「それは無理ですよ?」
メイベルがぴしゃりと言葉を遮った。空気が凍るが、メイベルは粗茶をずずずっと飲む。
「え、え~と、メイベルさん。どうしてだ?」
「決まってるじゃないですか。貴方が隆司さまよりはるかに弱いからですよ」
「は、はははは。面白い冗談を言いますね!」
「ふふふ、貴方こそ弱いのによく吠えますね。さっさと会社に戻って仕事をしたらどうですかぁ?」
「っ」
勉の顔が固まる。笑顔のままぴくぴくと痙攣していた。すると、メイベルが邪悪な笑みを浮かべて、勉を見下した。
「もしかしてですが、会社をお辞めになったんですかぁ?」
「え?」
メイベルの突然の言葉で再び空気が凍る。しかし、メイベルはいつも通りの笑顔で話を続けた。
「ふふ、大方、ダンジョンで資源を取れなくなって、辞めさせられたんでしょう?」
「な、なんでそれを…!」
「ふふふ、無様ですねぇ。隆司さまを無能と罵り、辞めさせた張本人がクビになるなんて」
「え?マジ?」
「…」
勉は顔を真っ赤にしてメイベルの言葉を聞いていた。
(ええ…クビになったのに俺のことをアレだけディスってたのかよ…よくあんなに偉そうに言えたな…)
俺はある意味で勉の面の厚さに感心していた。
「…だ!」
「え?」
「勝負だっつったんだよ!俺が勝ったらてめぇのダンジョンを貰う!」
「ええ…」
いきなり何を言っているんだと思ったら、ダンジョンの中に入っていってしまった。
「おら!逃げんな!早く来いよ!」
ダンジョンの中から声が聞こえてきた。俺はどうしようと思ってメイベルを見ると、
「ふふ、殺っちゃってください♡」
「ええ…普通にやったら勝てなくない?」
『身体強化』の勉に勝てる気が全くしない。正確に言うと『自爆』があるから、圧勝はできるんだけど、勉が死んでしまう。
「ふふ、安心してください。何度も死を経験した隆司さまなら、スキルを使わなくても圧勝できますよ」
「う~ん、まぁ頑張るよ」
「早く来い!雑魚!」
勉がダンジョンの中から叫んでくる。これ以上うるさくされると、近所迷惑になってしまう。ダンジョンの中に入ると、勉がこぶしをゴキゴキと鳴らして準備していた。
「分かったから大声出さないでくれ」
「俺に命令すんな!行くぞ雑魚!」
「わっ、待てって!」
勉は開始のゴングを鳴らす前に俺に向かって突っ込んできた。
━━━
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