第11話
時はメイベルが隆司の家を訪れる二か月ほど前に遡る。
「くそ!なんでこんなことになってるんだ!」
隆司を追い出したエース社員、山田勉はダンジョンの壁に向かって、『身体強化』Maxの力で拳を叩きつけた。その様子を見ていた他の社員は皆、触らぬ神に祟りなしといった感じで見て見ぬふりをしていた。
理由は『不死王ダンジョン』内で資源が取れなくなったことだ。勉はモンスターがいなくなったことで、会社の売上は激減し、上層部からもどうなっているんだと責任を追及されていた。
資源が取れなくなった理由が『不死王ダンジョン』の主が引っ越しの準備だということを想像できる者は一人もいなかった。
「山田さん、A地点に向かった者から『血の池』が消えたと報告が…」
「は?消えた?」
「は、はい。きれいさっぱりなくなってしまったと…」
意味が分からない。だが、勉に悲劇が襲う。
「山田さん!リザードマンを捜索していた者から報告です!突然体調が悪くなり、部隊が撤退を要請しています!」
「どういうことだ?」
「おそらく悪霊の仕業かと…」
「マジかよ…」
悪霊が発生すると、しばらくそこを探索できなくなる。魔法という不思議な力を使える者じゃないと払えないとされている。
(あいつら法外な値段を要求してくるから、また上にどやされるな…)
ただでさえ売上が減っているのだ。そこに悪霊と言ったら怒られることが確定だった。
「山田さん!こっちもです!先日討伐したゴブリンの死骸から悪霊が発生したようです!」
「は?死骸はしっかり扱えって言っただろうが!」
勉は報告をしてきた部下の胸倉を掴む。度重なる悲報に怒りを抑えきれなかった。
「す、すいません。死骸の撤去は嫌がる者が多く、放置してしまったと思われます…」
「ふざけんな!仕事だぞ!?」
あまりに仕事を舐めた態度の部下に怒りが抑えきれなかった。しかし、
「で、ですが、一体どうやって悪霊が発生しないようにできるのですか?」
「は?そんなの自分で考えろ!あの役立たずでもできたんだから誰でもできる仕事だろうが!」
「ぐふっ」
勉は部下を投げ飛ばす。地面にしりもちを着いた部下を他の者たちが見て、怯えていた。
「クソ!なんでだ。あいつがいなくなってから、どんどん悪い方向に行きやがる…!」
悪霊の発生なんて勉がこの会社に勤めてからほどんどなかった。入社当時こそ、悪霊の発生があったが、それも勉たちが探索を始めてからみるみるうちになくなっていった。
上の連中は悪霊がいなくなって、ゴキゲンだったが、勉からしたら悪霊のいない環境が当たり前の話だったので不思議だった。
(まさか本当に隆司がいなくなったからなのか…?いや、そんなわけがない!『浄化』はまやかし程度のゴミスキルだし、雑用しかできない窓際社員だ!)
隆司を追放した俺は正しいと言い聞かせる。その姿は間違えを認められない老害そのものだった。
「ふー、とにかく魔法使いを呼べ。そして、死体処理はしっかりやれ。もしやらない者がいたらクビにする」
「「「はい…」」」
結局具体的な手順は一向にないまま部下たちの間には不満が募ったのだった。
「ふふ、いい気味です」
その様子を見て、邪悪に微笑む銀髪シスターが佇んでいた。
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一か月後、
「なんでだ…」
勉は頭をデスクで頭を抱えた。ダンジョンから資源が全く取れなくなったからだ。
その理由はいたってシンプルで『不死王ダンジョン』の引っ越しが大詰めを迎えていたからだ。もちろんそのことを知る由はない。
「山田さん、また一人」
「…もういい」
魔法使いを上層部に要請したが、上は「そんなものは自分たちでなんとかしろ!」と費用を出し渋った。その結果、悪霊が蔓延るダンジョンに潜らなければならなかったため、病気になって退職するという者が増えた。
悪霊が蔓延るダンジョンで、資源も取れず、ノルマを達成できないと現場にいない上層部に叱責され、死体処理や剥ぎ取りなど嫌がることばかりさせられた社員たちは会社に嫌気が差してしまっていた。すると、
「山田、ちょっといいか?」
「はい?」
上司に呼ばれた勉は会議室に連れていかれた。すると、開口一番、
「お前はクビだ」
「は?」
勉は何を言われているのか分からなかった。
「それじゃあ退職の準備を「ちょっと待ってください!」
クビと言われて黙ってられるわけがない。
「俺はこの会社に貢献してきました!なんなら一番貢献してきました!なんで俺がクビなんですか!」
「そんなの分かっているだろ?ダンジョンの資源が取れず、退職者を大量に出した。これ以上お前がいるメリットはあるのか?」
そう言われてしまえば、そうだった。だが、雅と生まれたばかりの子供がいるのだ。簡単に引き下がれない。
「お願いです!なんでもしますから!」
「悪いが私も忙しい。これから『幽霊石』の分け前を上の連中と協議しなければならない。…全く、余計なことをしてくれおって」
そういって勉のことを憎々しげに見た上司はさっさと去っていった。
会社の上層部は資源が取れなくなったダンジョンを見限り、限りある資源、『幽霊石』を売りさばいて、どれだけ分け前が貰えるかということに固執していた。その時に、会社の費用である現場の人間は邪魔だった。
「クソ!こんな会社辞めてやる!」
こうして隆司を追い出した勉は因果応報的に、無職になったのだった。
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メイベルが隆司の元に行く二週間前、引継ぎを終えて、会社を辞めた勉はニートとなった。家のソファーに座りながら、
「ひとまず『ヤドカリ』で『幽霊石』を売るか。採掘できなくなったけど、需要はあるだろうから、十倍くらいの値段で売ってやろう」
1グラム1000円だったから、十倍なら10000円だ。すべて売り切れば数千万に上る。
「全く…このご時世に仕事をクビになるなんて…」
そういって勉を見下ろしているのは隆司と勉の幼馴染である山田雅だ。常にカースト上位にいる一軍女子で、勝気な性格と優れた容姿で男女問わず好かれていた。会社ではアイドル的な存在で、雅のことを嫌いな人間はいなかった。
普段はツインテールだが、今はサイドテールにしている。子供を腕に抱いている姿を隆司が見たら、「大人になったなぁ」と思うだろう。
「仕方ないだろ?マジでダンジョンの中身がなくなったんだ」
「ふ~ん。まぁいいけど、転職は早くしてね?」
「分かってる。この子の前で無職じゃ恥ずかしいからな」
先月に生まれた赤ん坊を勉は抱いてあげる。その姿は父親そのものだった。
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メイベルが隆司の家に引っ越しを完了した時、勉は苛立っていた。
「クソ!」
大手のダンジョン管理会社を受けているのだが、最終面接ですべて落とされていた。『身体強化』は重宝されるので、転職は簡単だと高をくくっていたせいで余計にそのショックが隠せなかった。
勉は怒っていたが、落ちた理由は簡単だった。
一つは勉の自尊心だ。自分が優秀だと信じて疑わない勉は『身体強化』でゴリ押せばどうとでもなると思っている。そんなプライドが最終面接の役員にバレてしまったというのが一つ。
二つ目はダンジョン内の循環を全く考えていなかったことだ。隆司がいなかったら『不死王ダンジョン』は数年で資源が枯渇していた。そうとは知らずに勉は資源を取れるだけ取り続け、結果的に会社は潤った。しかし、
「モンスターの処理法とか悪霊を発生させない方法なんて知るか!なんでそんな馬鹿なことを聞いてきやがるんだ!」
大手のダンジョン管理会社は皆、そこを聞いてきた。勉は「無能が一人いるので、そいつに全部やらせていました(笑)」と言っていた。
「しかも、『その方はどこに?』だと!?なんで俺じゃなくて、カスに興味を持つんだよ!ばっかじゃねぇの!」
見下していた隆司のことばかりを面接中に聞かれて、勉は面接中に気が気ではなかった。
普通は死骸の処理は超絶重要だ。それこそ、モンスターを倒すのと同じくらいにだ。そうしなければ悪霊が発生し、資源どころじゃなくなるのだ。
勉にはそのあたりのことが全く分かっていなかった。
「大丈夫?」
雅が勉の顔を覗いた。子供も見ていたので、怒るのも味が悪かった。
「…ああ、悪かった。少し、イラついていた」
「気持ちはわかるわ。でも、勉が優秀なのはずっと幼馴染で一緒にいた私が良く分かっているわ。今、受けている会社は勉の良いところが分からないだけよ!」
「雅…」
「それにあの
雅の言葉に勉は元気を取り戻した。雅も『回復』という高位スキルを持っているので、隆司のことはずっと見下していた。
(そうだ。俺は優秀なんだ。あいつらは馬鹿すぎて俺の良さが分からないだけなんだ!)
「ありがとう、雅。早く仕事を探してくるよ」
「ええ。頑張って。幸いなことに『幽霊石』の在庫はまだまだたくさんあるから、ご飯には困らないわ」
改めて雅は良い嫁だなぁと再確認した勉だった。
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「ど、どうなってんだ!?」
その一週間後、さらなる事件が起こった。
勉は再び面接を受けたが、それでも受からなかった。落ちた理由は上記と同じだった。勉も雅も自分達が悪いなどとはちっとも思っておらず、ますます自分たちが正しいと思い込んでいた。
けれど、その程度の些事は妄想の中に浸って逃避すればいい。問題は『幽霊石』が全く売れなくなったことだ。
「うちの会社の独占商品だぞ?こんな馬鹿な値段で売ることがあるか!」
明らかに需要に対して、値段を低く売りすぎている者が『ヤドカリ』に現れたのだ。それゆえ、勉から『幽霊石』を買う者はいなくなり、勉の販売価格の1/100で売っている人間にどんどんお金が集まった。
(うちの会社か?いや、それでもこんな馬鹿な値段で売るはずがない!)
「となると、俺と同じように、『不死王ダンジョン』で『リザードマン』の死骸から『幽霊石』を奪い取っていた人間がいるってことか?いや、だとしても…」
量が多すぎるのだ。個人で『ヤドカリ』に出品している量が勉の持っている『幽霊石』よりも遥かに多い。
となると、新たなダンジョンから『幽霊石』を手に入れる新たな鉱脈が生まれたと考えるのが必然だった。
「クソ…なんでこんな目に…」
勉の『幽霊石』は結局、新たな『幽霊石』の価格に合わせざるを得なくなり、利益は100万もいかなかった。
会社も辞め、転職はうまくいかず、ため込んでいた『幽霊石』は価値がほとんどなくなり、何もかもがうまくいかなかたった。
すると、勉の頭には隆司の顔が浮かんできた。
「ふん、どうせ、無能だから、ニートでもやってるんだろう。丁度良いし、少しだけ気分転換でもするか」
自分よりも遥かに格下の隆司を呼び出して、自尊心を取り戻そうとした。そう思ったが矢先、隆司にメッセージを送るのであった。
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