第10話
メイベルに喰われた後、俺はリザードマンの巣を『浄化』した。その時に、全裸で『浄化』をしていたので、発情したメイベルに喰われ、『浄化』し、喰われ、『浄化』し、喰われ…
流石にやり過ぎたと思ったメイベルがスーツを一分ほどで直してくれた。そんなに早く直せるなら早く直してほしかったのだが、
「『血の池』を経た隆司さまの身体がいつもよりも素晴らしくて理性が持ちませんでした」
とのことだ。口調が責めているようだったので、俺は癪全としなかった。
(しばらく『自爆』は封印しよう。いや、もう二度と使わないようにしないと…)
流石に全裸でダンジョン探索は嫌だ。というかモンスターよりもメイベルの相手が大変だ。
「隆司さま、『幽霊石』の回収は終わりました」
「ありがとう、メイベル。それにしても、スキル『箱』は便利だね」
大量にあった『幽霊石』はメイベルが回収してくれた。スキル『箱』の力で異空間にものをしまっておけるらしい。内容量は不明らしいが『幽霊石』をすべてしまっておけるほどには中に入るらしい。
「ふふ、たくさんいただいたので、これくらいは協力しますよ。あ・な・た」
「グフっ」
新妻モード+ウインクは俺の心臓にぶっ刺さった。俺は膝から崩れ落ちてしまった。
(俺の嫁が可愛すぎる!)
俺は改めてメイベルの素晴らしさを思い知らされた。
「ふふ、それじゃあ戻りましょうか」
「そうだね」
「ワン!」
ファティが俺たちの方に背を向けた。乗せてくれるらしい。
「ファティ~、ありがとぉ」
「ワン!」
俺とメイベルがファティの背に乗ると、ダッと走り出し、元リザードマンの巣を後にした。
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部屋に戻ると、俺は『ヤドカリ』というアプリをインストールした。ダンジョンで手に入れた『幽霊石』を売るためだ。
『幽霊石』を買い取ってくれる専門店や仲介人の伝手なんて一つもない。というかそんな交渉みたいなことはめんどいし疲れるから嫌だ。そんな陰キャな考えを持つ俺は『ヤドカリ』で手っ取り早く売ろうと思った。
『ヤドカリ』だったら、売りたいものを載せて、後は欲しい人がそれを選んでくれれば済む。値段はテキトーに設定して、買いたい人がテキトーに買ってくれればいい。量だけなら約十トンほどあるから在庫不足になるということはないだろう。
「確か会社で売っていた『幽霊石』の値段が1グラム、1000円くらいだったはずだから、税込みで100円くらいで売るか」
今のご時世、物価が高くて給料も安い。あんまり高く値段設定をしていたら、『幽霊石』とは言えども、在庫余りになってしまうはずだ。それだったら九割引きくらいにして確実を期した方がいい。
「何気に商売らしいことって初めてだな」
ダンジョン一筋で15年を生きてきたから、新鮮な気持ち気分だった。三十になったおっさんだけど、新しいことを始めるのにうきうきしていた。
「脱サラして、ラーメン屋を始めようとする人たちの気持ちが少しだけ分かったなぁ」
それだけでも会社を辞めてよかったと思う。楽しいことばかりじゃなかったけど、新しい視点がたくさん手に入る。
「さて、何か作ろうかな」
「手伝います」
「ありがとう。アレ?何もないなぁ」
冷蔵庫の中身が空っぽだった。そういえばメイベルが来てから一回もスーパーに行ってない。ユーバーで頼めば楽だけど、メックのようなものばかりだと健康に悪い。
後、普通に外を歩きたい。家の中に引きこもってばかりだと外の空気が恋しくなる。
「メイベル、ちょっと買い物に行ってくる」
「あっ、私も行きます」
「え?」
(メイベルって外出できるの?)
俺の顔に全部出ていたのだろう。メイベルは笑って俺の内心の疑問に答えてくれた。
「ふふ、今回のリザードマンの巣を『浄化』してくださったおかげで、少しだけなら外出が可能になりました」
「おお!それは良かった」
「これも隆司さまのおかげです。『浄化』によって『悪霊』がいなくればなるほど、私にかかった制限は消えていきます。まぁそれでも完全な自由とはいきませんが…」
「いやいや、十分でしょ。それなら、一緒に買い物に行こうか」
「はい!」
俺はスーツのまま、メイベルは外行きのベールをして外出した。ファティはソファで寝ていたので、置いていくことにした。
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俺が住んでいる場所は中途半端で都市とも言えなければ、田舎でもない。中間くらいの場所に住んでいる。うちの近くにはショッピングモールがあって、そこに行けばなんでもある。逆に言えば、ここぐらいしか娯楽がないともいえる。
家から五分ほどの場所にあるから、本当に助かってる。
(それはそうと…)
「まぁ…これは凄いですね」
メイベルは田舎少女のように、そのショッピングモールを見ていた。ダンジョン暮らしが長いメイベルにとってはショッピングモール一つで感動してしまうのはわかる。
ただ、感動しているメイベルとは対照的に俺は少しだけ居心地が悪かった。それは、
「あの人、美人過ぎない?」
「スタイル良すぎ。どっかのモデルさんかな?」
「コスプレしてるし、撮影でしょ?」
「お、おい。誰か声をかけてこいよ」
「む、無理だって!」
(めっちゃ目立ってる…)
メイベルはただの美人じゃない。超絶美人だ。それはまぁ良いのだが、問題は服装だ。シスター服を着ている人なんて現代の日本ではいないし、完全にコスプレだった。美人+コスプレのせいで悪目立ちしてしまっていた。
メイベルと会う時はずっとシスター服だから、完全に失念していた。時刻は18時を迎えていたが、人は全然いる。このまま行動しても悪目立ちしてしまうし、食材の調達の前に、メイベルの外出用の服を揃えよう。
「メイベル、欲しい服とかある?」
「服ですか?ええ、興味あります」
「よし、それだったら食材の前に、メイベルの服を揃えよう。現代だとその格好は目立ちすぎちゃうしね」
「さっきから不躾な視線を感じていましたが、そういうことだったんですね。でしたら、お願いします」
「うん」
といっても、俺も服なんて興味がない。普段は仕事だらけでスーツだし、普段着も昔から同じメーカーのものを通販で揃えているから、全く分からない。
「とりあえず、あのあたりの店に入ってみようか」
「はい」
メイベルを連れてレディース専門店に入る。少しだけアロマっぽい匂いと、女子特有の空気が漂っていて、俺は完全に場違いなおっさんだった。メイベルの手前、落ち着いているように見せているけど、内心はバックバクだった。
「まぁ、たくさん衣服があるんですね~」
メイベルが心なしか楽しそうにしていた。そして、吸い込まれるように服を選んでいた。ハンガーにかかっている服を取り出しては自分に合わせて、確認していた。
「む~」
いつの間にか服を選ぶことに夢中になっていた。服を一着一着、自分に合わせては違うのか、それを元に戻す。気に入ったのがあれば、それを手に持って、両手にどんどん服が重なっていった。その様子は完全に年頃の女の子だった。
(メイベルも楽しんでいるようだし、よかった)
「メイベル、欲しいものが決まったら、言ってくれ。俺はベンチで休んでいるよ」
「待ってください」
正直、この空間にいるだけで疲れてきた。後はメイベル一人でなんとかなりそうだからと、俺はここから出て行こうとした。しかし、スーツの袖を掴まれた。
「あそこで試着ができるそうなのです。隆司さまにどれが似合っているかを選んでほしいです」
「ああ、うん」
メイベルからのお願いでは断り切れない。メイベルは手に持った服をすべて持って、試着室の中に入ってしまった。俺は一人、スーツ姿で試着室の前に佇んでいた。
「お酒~、お酒~♪」
機嫌がいいのかメイベルは鼻歌を口ずさみながら着替えているらしい。そのせいで店にいる人たちから俺に視線が集中する。「スーツのおっさんが何してんの?」って思われていそうなので、本気で居心地が悪い。
(メイベルぅ~、早くしてくれ~)
俺は心の中でメイベルを急かす。すると、
「娘さん、とてもお綺麗ですね~?」
営業スマイルを浮かべた女性店員さんが俺に話しかけてきた。おそらく俺の居心地の悪さを察してきてくれたんだけど、娘という言葉が俺の心臓に深くぶっ刺さった。
「あの、妻です」
「え?ああ、そ、それは失礼しました」
店員さんの信じられないという視線は見逃さなかった。若干気まずい空気が流れるが、俺とメイベルではそんな風に見られてしまうのかとショックを受けてそれどころじゃなかった。
(実際にはメイベルの方がはるかに年上なんだけど…)
「ふふふ、隆司さま、どうで、すか…?お隣の女性は誰ですか?浮気ですかぁ?」
太陽のような笑顔を浮かべたメイベルは隣にいる女性店員さんを見て、『不死王』の片鱗を見せた。
「しししし失礼しましたあああ」
メイベルの怒気を察知した店員さんがどこかに逃げてしまった。だけど、俺はそれどころじゃなかった。
「凄い、似合ってる…」
フリル付きの白ワイシャツに、ホワイトベージュのロングスカートをコーデしていたのだが、似合いすぎていた。清楚系美人だからこそ、シンプルな装いが余計にメイベルの良さを引き立てていた。神話の美神を思わせるほど美しかった。
メイベルを偶々みた人達が足を止めてメイベルを見てしまうのも無理はない。
「童話の世界のお姫様みたいだよ」
「…全く。そんな純粋な瞳で言われたら、怒れないじゃないですか」
メイベルは困ったようにしながら嬉しそうにしていた。
「いや、本当だって。メイベルは超絶美人だから、何を着ても似合うのは分かっていたけど、想像以上すぎてさ」
「わ、分かりました!それ以上、褒め殺しはやめてください。ちょっと、恥ずかしいです///」
「あっ、ごめん」
俺も興奮しすぎて臭いセリフをたくさん言っていた。思い返すと布団にくるまりたくなることばかり言っていた。
生ぬるい空気が俺たちの間に流れて、いたたまれなくなったメイベルがカーテンを閉めて隠れてしまった。
「他の服も着てみますので、感想のほど、その、お願いします」
「ああ、うん」
それからメイベルのファッションショーは一時間くらい続いた。最初は恥ずかしそうにしていたメイベルも楽しくなってきたのかテンポよく色々な姿を見せてくれた。そのたびに新しい姿を見せてくれるので、改めて、メイベルに惚れ直してしまった。
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大量の紙袋を持って帰宅することになった。全部、メイベルの服だ。結局、俺に見せてくれた服はすべて買ってしまったので、諭吉が十枚近く消えてしまった。
メイベルは今、一番最初に選んだ服を着ていた。だいぶ気に入ってくれたらしい。
「あの、隆司さま?買ってもらった私が言うのもなんなのですが、無理されていませんか?」
「いや、全然?」
可愛い妻が喜んでくれるなら、お金など全く惜しくない。
「そ、そうですか。それにしても隆司さまがたくさん褒めてくださったので、とても嬉しかったです」
「全部事実だからね」
「ふふ、照れくさいですね」
メイベルが俺の空いている左手を右手で絡めてきた。俗に言う、恋人繋ぎというやつだ。
「これから色々なことを隆司さまと経験できると思うと、胸が膨らみます」
「そうだね。まぁそのためには『不死王ダンジョン』を攻略しなきゃだけど…」
『不死王ダンジョン』がある限り、メイベルに完全な自由はない。だから、今はこの程度のデートで許してもらおう。
「ふふ、気長に待ちますよ。私たちは『不老不死』ですから」
「それでもなるべく早くに攻略できるように頑張るよ」
そこからメイベルと俺の間に会話はなかった。それでも、幸せな気持ちでいっぱいだった。
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「ただいまぁ」
「ワン!」
扉を開けると、玄関で待っていたファティが俺に飛びついてきた。ただ、あまり声を出されると困る。
「し~」
「ワフウ…」
「いい子いい子」
「ワン…」
うちの愛犬はいい子だった。すぐに俺の言うことを聞いて、静かにしてくれた。そして、ファティは部屋に戻ると、皿を持ってきて、俺の前に置いた。そして、おすわりの姿勢をとると、舌を出して、ご飯を待っていた。その姿を見て、メイベルと俺は顔を見合わせた。
「あっ、ご飯」
「買い忘れてしまいましたね」
「ワン!?」
「ご、ごめんファティ!メイベル、また出かけてくる!」
「は、はい。ファティ、ごめんなさいね…」
「ワフウ…」
落ち込んだファティのケアはメイベルに任せて、俺は再びダッシュでショッピングモールに出かけた。
ピロン!
「ん?通知か」
殆ど鳴ることがないスマホが鳴っていたので、俺は通知を見た。すると、そこには、
「あっ、『幽霊石』が売れたんだ」
『ヤドカリ』に出品していた『幽霊石』が売れたらしい。10グラムのパック売りにしていたので、一個売れると、1000円儲かることになる。
「いやぁ、嬉しいなぁ。ってそれどころじゃない!」
ファティがお腹を空かせて待っているのだ。早く、飯を調達しなければならない。俺は再びダッシュでショッピングモールに向かった。
ピコン!ピコン!ピコン!
スマホが再び鳴っていることに気が付かなかった。その通知はすべて『ヤドカリ』の決済完了のお知らせだった。
のちに『幽霊石』を巡って、勉と再び関わることになるとはこの時の俺は夢にも思わなかった。
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