第9話

メイベルが言うように俺の強さはとんでもないことになっていた。おかげで少しだけ自信が手に入った。


「ふふ、自信にみなぎる隆司さまのお姿はとても凛々しいですね」


「あ、ああ、うん。ありがとう」


俺の内心を当てられて少しだけ照れくさくなった。頬をぽりぽりと掻いて、誤魔化そうとするが、メイベルはニコニコと俺をじっと見ていたので居心地が悪かった。俺は咳ばらいをして、ダンジョンの話に戻そうとした。


「これから向かう場所も『浄化』が必要なんだっけ?」


「はい。お手数をおかけしますが…」


「気にしないでくれ。リザードマンを効率的に倒せる場所なんて言われたら行くしかないよ」


くり返すが今回の探索の目的はリザードマンからはぎ取れる心臓、『幽霊石』を入手することが目的だ。そのついでに俺の実戦訓練をして、かつ、『浄化』が必要ならなんとかしてあげたい。


「そうですね。あの場所ほど効率的にリザードマンを倒せる場所はないです」


「そんなにか…」


(メイベルがそういうのなら、そうなのだろう)


だが、後に『効率』という文字を巡って隆司は後悔することになる。


「ワンワン~♪」


ファティが元気よくリズムを取って歩いていた。


「ふふ、好物のリザードマンを食べられてご満悦のようですね」


「へぇ~ファティってリザードマンが好物なんだ」


さっき倒したリザードマンは『浄化』をした後、ファティが食べてしまった。


「はい。上層に登ってくる理由が大体リザードマンを求めてですからね」


「な、なるほど」


俺たちの会社では、人間の匂いにつられてフェンリルが上層に登ってくると言われていた。それが実はリザードマンを食べるためと言われてしまうと、偶然遭遇して死んでいった社員が可哀そうすぎる。


俺が天国の元同僚の不憫さを嘆いていると、少しだけ広い場所に出た。三メートルほど奥には身体の色が緑で棍棒を持った小さな鬼、ゴブリンがいた。それも三匹もだ。一匹一匹の戦闘力はリザードマンよりはるかに劣る。


「あら、ゴブリンです。隆司さま、殴り殺してください」


「言い方どうにかならない?」


(暴力系元『聖女』ってどうなんだろう?今は『不死王』だからいいのかな?)


「「「ギギャギャ!」」」


俺がそんなことを考えていると、ゴブリンは俺ではなく、メイベルを見ていた。しかもじっとりねっとりした視線だった。まるで、「俺の女だ」と言っているようだった。


それを見た俺は少しだけ不快感を覚えた。足に全力で力を入れて、ゴブリンに接近した。


「うお!?」


「ギヤ!?」


俺もゴブリンもあまりに速すぎる加速に驚いてしまった。地元居た場所を見てみると、地面がえぐれていた。とりあえず油断しているようなので、どてっぱらに一発くれてやった。スーツに血が付いたが問題ない。


「まずは一匹」


貫通した腕を引き抜いて、残りの二匹と向き合う。


「ギャアア!」


ゴブリンの一匹が俺に向かって、棍棒を振り上げて突っ込んでくるが遅すぎる。振り上げてきた棍棒をひきつけて躱した。三度四度と俺に向かって棍棒を振ってくるが、隙が多すぎる。


「よっと」


「ギャ!?」


俺の足を狙って横薙ぎに振ってきた棍棒をジャンプで躱した。大振りのゴブリンにはやりたい放題だ。俺は空中で腰を捻って右足を使って、サッカーでいうボレーシュートのようにゴブリンの顔を吹き飛ばした。


「ふっ、口ほどにもない」


ネクタイを締め直して少しだけ格好つけてみた。しかし、


「ギャアアア!」


「ヒィ!?」


もう一匹のゴブリンを忘れていた。少し前にいきっただけにダサすぎるが、頭を手で覆って身体を丸めて全力で許しを乞うた。だけど、仲間を殺されて怒り心頭のゴブリンにはそんなもの通じない。俺の背中に全力で棍棒が振り下ろされる。


「やめてええええ」


オネエのような声を高くあげるが、ゴブリンに容赦はなかった。だけど、


バキッ!


「え?」


俺は痛みを覚悟したのに、何かが砕ける音がした。


「ギギャ!?」


ゴブリンの方を見ると、棍棒が真っ二つに折れていた。ゴブリンと俺は一瞬見つめ合うが、隙だらけだったので、拳を顔面にいれて戦闘が終わった。すると、メイベルが後ろから困ったような顔をして俺の元に寄ってきた。


「隆司さま…貴方の身体能力はとてつもないんですよ?なぜゴブリンが振るう棍棒ごときでビビっていらっしゃるんですか。後、『不老不死』をお忘れですか?」


「い、いやぁ」


メイベルが呆れているが、普通に背後を取られたら怖い。まだ『不老不死』になって、日が浅いんだからこれくらいは許してほしい。


ただ、格好つけてあんな醜態をさらしたことだけは本当に恥ずかしい。黒歴史の爆誕だ。


「ですが、私を思って怒ってくれたことはとても嬉しかったです」


そういってメイベルが俺の手を握ってきた。


「ま、まぁ妻だしね」


「ふふ、嬉しいことを言ってくださいますね」


メイベルがそんなことを言ってくれるなら、さっきの醜態もチャラにしてお釣りがくるレベルだ。


「ですが、さっきの隆司さまの悲鳴顔は少しそそられてしまいましたね。夜の遊戯がマンネリ化しないように、隆司さまを泣かしてみるのもありかもしれませんね(ボソ」


「何か言った?」


「いいえ、何も」


メイベルが下を向いてブツブツ言っていたようだが、何も聞こえなかった。ただ、その曇りのない笑みがなぜだか俺の恐怖心を煽ってきた。


(き、気のせいだよな?)


俺は気のせいだと自分に信じ込ませて、ダンジョンを行くことにした。


━━━


━━



言葉の定義って難しい。例えば勉と十時に待ち合わせをしたとしよう。俺は十時といえば、10:00に集まることだと思っているので、五分前には着くようにしている。だけど、勉は違う。


十時集合と言ったら、10:59までに行けば良いと思っている。俺が指摘すると逆ギレされたので、俺はそういうもんだと思って諦めた。


(それなのに、俺が遅れると滅茶苦茶キレられるのはなぜなんだ…)


何が言いたいかというと、俺は今、猛烈に言葉の定義というものをメイベルとすり合わせないといけないと思った。


「メイベルさん」


「はい」


「効率的にリザードマンを倒せる場所を教えてくれるって言ったよね?」


「はい」


「じゃあこの状況はどういうことなのかな!?」


俺は効率的に倒せるというのはリスクを負わずにリザードマンを倒せるという意味だととらえていた。そのついでに『浄化』をして悪霊を倒そうと思っていた。


けれどメイベルの考える効率は全く俺とは違った。


「リザードマンの巣ほど効率的な場所はありません。狩り放題なので、『幽霊石』を好きなだけ集めましょう」


「俺の知ってる効率と違うよぉ」


メイベルはリザードマンの巣に直行した。おかげで俺たちは今、優に百匹を超えるリザードマンに囲まれていた。


ビル十階建てくらいの高さの崖に穴がたくさん開いていて、そこからリザードマンが溢れてきていた。いきなりの来訪者にリザードマンの殺意はMax。


「「「「グルルルル!」」」」


(ひええ、怖いよぉ)


普通にちびりそうだった。


「ワン♪」


「ファティったら。さっき食べたばかりなのに、もうお腹が空いてるのですか?」


「ワン!」


通常運転のメイベルとファティが羨ましい。メイベルはファティを撫でながら俺の方を見てきた。


「では、隆司さま。後はお願いしますね?」


「いや、無理でしょ?一対一ならなんとかなるけど、殲滅戦では勝てる気がしないよ」


「ご冗談を」


「いやいや、冗談じゃなくてさぁ!」


少しだけ語気が強くなってしまう。俺の声に反応して、リザードマンたちがじりじりと近寄ってきた。それでもメイベルは何も変わらない。というか俺を見て可愛くコテンと首を傾けた。


「隆司さま、私たちに遠慮はいりませんよ?こっちも準備はできているのでパーッとやっちゃってください」


「だから何を!?」


「何って、『自爆』ですよ」


「あ」


(完全に忘れていた)


俺には最強の自殺技、『自爆』があった。


「ふふ、『自爆』を見るのは初めてなので、ワクワクしますね~」


「ワン!」


ファティとメイベルが俺の方を見てきたけど、俺は『自爆』なんてしたくない。だけど、状況がそれをゆるさなかった。


「グオオオオオオ!」


しびれを切らしたリザードマンたちが一斉に咆哮を上げて、俺たちめがけて突っ込んできた。このままいくと俺はリザードマンたちに噛まれ続ける余生を送ることになる。選択肢はない。


(ええい!どうにでもなれ!)


「『自爆』!」


全ての時間が停まる。そして、空間が白に白に埋め尽くされ、リザードマンたちはもちろん、巣穴まですべてを白が覆った。俺はそれを見て、意識が暗転した。


━━━


━━



「うっそん…」


爆発が終わって目を開けると、そこに広がっていたのは『無』だった。俺を中心にクレーターが発生し、リザードマンどころか巣穴まで消し飛んでいた。驚くべきことはこのフロア全体の大きさがドーム状に拡大していたことだった。


「凄まじい威力でしたね…これは想像以上でした」


「あっ、メイ…ベル?」


振り向いた先にいたのは傷だらけになったメイベルだった。右腕と左足が吹き飛んで消えていた。そして、切断面だけではなく、全身が血だらけになっていた。


「まさかスキル『結界』と『硬化』の組み合わせで作った私のバリアが粉々にされるなんて夢にも思いませんでした」


メイベルの傷が徐々に消えていき、無くなった腕と足が生えてきた。メイベルが『不老不死』で良かったと心の底から安堵した。


するとメイベルは頬を赤くしてうっとりした表情を浮かべた。


「はぁ…それにしても愛する夫に殺されるというのは中々甘美なものでした」


「いつも通りのようでよかったよ」


『不死王』に常識は通じない。安心すると、今度は愛犬の状況が気になってきた。


「ふふ、ファティなら大丈夫ですよ」


「ワン!」


「うお!」


俺がファティを呼ぶと地面に大穴を開けて、顔だけ出してきた。ファティは地面に這い出てくると、俺の元に寄ってきた。メイベルみたいにグロではなく、無事な姿を見せてくれたことが本当に良かった。


「さて…これどうすっか」


地面には粉々になった『幽霊石』がちらばっていた。石と呼ぶにはみすぼらしすぎるほど、小さく砕かれていた。それでもこんな量の『幽霊石』が一度に手に入ったことなんて決してない


十トンくらいはありそうだ。『幽霊石』は零℃だから、いっぱい集まると気温も変わってしまう。そのせいですげぇ寒い。スーツを着ているから、この程度の寒さなら耐えられるはずなのだが…


「ふふ、隆司さまったら。さっきからその熟れた肉体を私に見せて誘っているのでしょうか?」


「あ」


メイベルが発情した猫のようになっているが、その原因は俺の服が爆発で消し飛んだからだ。


なんでも溶かす『血の池』でも溶かすことができなかった俺のスーツが完全に吹っ飛んでいた。下着ももちろん吹き飛んでいた。何が言いたいかというと俺は今、全裸だった。


「メ、メイベル?なんとかならない?」


メイベルのシスター服は『自爆』の余波を受けて傷だらけになったにも関わらずシスター服が復活していた。おそらく何かのスキルだと思うんだけど、自分のスーツも直してほしいとメイベルに頼んだ。


「はい。ですが、タダでとはいけません」


「え?」


メイベルだったら、お願いを聞いてくれると思ったから意外だった。そして、なんとなく嫌な予感がした。


「ふふふ」


メイベルが服を脱ぎ始めた。


「え~と、メイベル?」


「お代は隆司さまの身体で払っていただきましょう♡」


メイベルが完全に発情していた。そして、ぬるぬると俺の元に歩いてきた。俺もつられて後ろに逃げようとするが、見えない何かにぶつかった。


「ふふ、スキル『結界』です。隆司さまに逃げ場はありませんよ?」


「メ、メイベル!落ち着くんだ!外でするなんてマナーが良くない!」


「心配いりません。『不死王ダンジョンここ』は私の中ですから」


「いや、そうだけど…」


「ふふ、隆司さまがいけないんですよぉ?こんなところで全裸になるなんて私を誘っているとしか思えません」


「そ、それは不可抗力でえええあああああ!」


「いただきます♡」


俺はダンジョンで『聖女』に喰われるのであった。


━━━

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