第8話

メイベルに酒を渡すと碌なことにならないということを身を持って知ってしまった禁酒をすることにした…のだが、そのことをメイベルに伝えたら、「お酒…」と大事な何かを取られたような表情をしていたので、週に一回飲もうという約束をした。


ダンジョンで仙人のような暮らしをしていたメイベルに久しぶりに見つかった娯楽なのだ。それをすべて取り上げるようなことはできなかった。


「お酒~、お酒~♪」


「ワンワン~♪」


俺の隣で自作の鼻歌を歌っているメイベルとそれに合わせているファティを見たら、もう何も言えない。


ひとまずメイベルに娯楽ができたことは良しとして、そろそろダンジョンに切り替えよう。


俺たちはダンジョンの上層を目指して、横に並んで歩いていた。長いトンネルのようなところを横に並んで歩いている。縦も横も余裕があるので、窮屈な感じは全くなかった。


俺が『浄化』、『不老不死』、そして、『自爆』を手に入れたので、ついにモンスターがいる場所まで行こうという話になった。


やはりモンスターのいない場所では碌な資源は取れない。ということで、俺たちは上層を探索することにした。メイベルは、


「下層までいきませんか?」


と言っていたが、やはりまだ戦えない無力な自分というイメージが抜けない。何度も死んだことで肉体が強化されたとはいえ、モンスターと渡り合えるのかという疑問は残っている。


「本当にモンスターと戦えるのかな…?」


「全く問題ありません。上層程度なら『自爆』を使う必要もありません。何より、隆司さまは『不老不死』ですよ?」


「そりゃあそうだけど、やっぱり心の準備がねぇ」


モンスターに捕えられて一生、ご飯にされたらどうしようとか色々考えてしまう。『血の池』のような地獄はもう二度と味わいたくないのだ。


「それより、今日の方針を整理しようか」


「はい。今日の狙いは二つです。一つは隆司さまの実地訓練を兼ねた実戦を行うこと。そして、資源の入手です」


「優先順位で言うと、後者の方が大事だね。『不死王ダンジョン』の名物、『幽霊石』の入手が第一目標だ」


『不死王ダンジョン』では『幽霊石』と呼ばれる石がある。この石の特徴は二つあって、まずは石の温度が零℃であることだ。例えば、熱い時に、『幽霊石』をコップにいれることで、水の温度を冷やすことができる。


これだけだったら、氷でいいじゃんと思うが、そうではない。二つ目の特徴になるがこの『幽霊石』は氷と違って溶けることがない。少なく見積もって一年ほどはずっと零℃を保っているのだ。


うちの会社はこの『幽霊石』を独占的に販売できたので上層部の人間たちはこれで滅茶苦茶儲けていた。もちろん俺はその恩恵にあずかれていない。無能だったから、ボーナスなども最低限しかもらえなかった。


「ふふ、そろそろ出てきそうですね」


「そうだね…」


メイベルの声で現実に引き戻された。メイベルが楽しそうに言うが、俺の心臓はドキドキしっぱなしだった。モンスターが出現する場所までは下った。会社での経験上、確かにこの辺りでモンスターと遭遇したことがある場所だった。


「ワン!」


ファティが吠える。一瞬びくっとしたが、前方を見ると、二足歩行のドラゴン、リザードマンが俺を待ち受けていた。体長は身長は2メートルほどで、俺よりも全然身長が高い。鋭い牙と鋭い爪が特徴で、これに引っかかれると血が止まらず、失血死してしまうほど恐ろしい。


そして、厄介なのがその鱗だ。業物の武器でなければ、傷一つ付けられないほど、厄介な存在だ。


「グルルル…」


そんなリザードマンが俺たちを見て威嚇しながら、臨戦態勢を整えていた。俺はというと、普通にビビっていた。しかも、


「あら、挟まれましたか」


「え?」


メイベルにつられて後ろを振り返ると、確かにリザードマンがいた。俺たちは一本道で囲まれてしまったらしい。


「ふふ、『不死王』に盾突くなんて、最近の上層のモンスターは躾がなっていませんね」


「ワンワン!」


メイベルが頬を手で押さえながら、暗い笑みを浮かべた。ファティもリザードマンを見て、唸り始める。けれど、メイベルがファティの前に立つと、ファティは吠えるのをやめた。


「隆司さま、これも良い機会です。戦い方をレクチャーいたしますので、しっかり見ていてください」


「わ、分かった」


物わかりの良い生徒を見るような視線を俺に向けてメイベルがニコリと笑う。すると、後方にいるリザードマンとメイベルが向かい合った。


「まず一つ」


「グガア!」


「メイベル!?」


メイベルが俺の方を振り向いた瞬間をリザードマンが狙っていた。そして、リザードマンがメイベルの頭に鋭く嚙みついた。ブシャっとトマトのように血をまき散らしているメイベルを見て、俺は思わず悲鳴をあげてしまった。けれど、


「『敵が接近してきたら、死んでもいいから一撃を喰らう』、です」


「グル!?」


メイベルは食われながらも、俺に対して、平然とレクチャーしてきた。


「そして、二つ目」


「グルル!?」


「『獲物をしとめた時が一番隙ができるのでそこを見逃さない』、です。最後に」


「グボ…」


メイベルが力強く拳を握ったかと思うとリザードマンの心臓に突き刺した。リザードマンの身体を貫通した手には心臓を持っていて、確実に仕留めていた。


あまりにも元『聖女』らしくないトドメの刺し方に俺の頬は痙攣してしまっていた。暴力系の元『聖女』って色々不味いやろとか色々思っていると、メイベルが俺の方を振り返ってきた。


「『急所を抉れ』、です。どうです?簡単じゃないですか?」


「いや、無理だろ…」


メイベルが『ほら、簡単でしょ?』って言っているが、俺は冷静にツッコミをいれた。まず、一個目で心が折れそうだ。


二つ目は敵に同情する。仕留めたと思ったら生きていたという『漫画あるある』ではなく、実際に死んでいるんだから、油断をしてしまうのは仕方がないと思う。


で、最後。普通に無理だろ…


(なんで、あの細腕でリザードマンの心臓をえぐり取れるんだよ…)


リザードマンの身体って鱗で覆われているから、腕で敵を貫通するなんて普通はできないはずだ。


「ワンワン!」


「まぁ、ファティったら。私についた血を拭ってくれるなんていい子ですね~よいしょっと!」


バキッ!


メイベルは自分の背中から刀を取り出すように、背骨を引き抜いた。その時に、色々な筋繊維と骨からヤバイ音が鳴っていたが、俺はそれを見ないように聞こえないように手で目と耳を覆っていた。


「今日はファティの大好きな私の背骨です。これをガジガジしていいですよ?」


「アオーーーン!」


ファティはメイベルの周りをぐるぐると走り回りながら、興奮していた。そして、メイベルの背骨をがじがじ甘噛みして楽しんでいた。


(血だらけのメイベルがいなければ何も問題ない光景なのに…)


まぁ、それでも楽しんでいるようだし、何も言わない。すると、メイベルが俺の方を見てきた。


「まぁ、隆司さまったら。早速私のレッスンを実践してくださるんですね。口では無理と言いながらもしっかり実践するその姿勢は素晴らしいと思いますよ?」


「え?」


「グガア!」


何を言っているのか分からないと言おうとしたところ、俺はリザードマンに頭から食われた。もう一匹の存在を完全に忘れていた。


(痛ってええええええ!)


ギザギザな牙が俺の顔中に刺さり、頭蓋骨にまで骨が突き刺さっているのを感じた。喉と首にも牙が刺さっているので、息も徐々にできなくなった。そして、リザードマンが力を入れると、俺の首と胴体が完全に切り離された。


「ガルルルル…」


リザードマンが俺から興味をなくして、メイベルに視線を向けた。


「ふふ、お見事ですね」


「いや、もう二度とやらないから」


「グル!?」


リザードマンが殺したはずの俺が生きていることに驚いていた。完全に隙だらけだった。図らずもメイベルのレッスンを2まで実践したことになってしまった。ただ、


(メイベルみたいに俺は腕で心臓を貫通することなんてできないぞ!?)


この間0.001秒。すると、


「隆司さまの身体は『血の池』で信じらないほど強化されています。頑張ってください!」


「っ!」


メイベルからの声援で俺の身体に熱がこもる。そして、俺は右拳を全力で握って、バ〇の花〇薫のような投球ホームから全力で拳を振り下ろした。


「うおおおおお!」


「グフッグホオオオ!?」


心臓の辺りを全力で殴りつけるとリザードマンが吹き飛び、壁に深く深く埋め込まれ、最後には肉塊も残らず憤死してしまった。


「あ、あれ?」


余りの衝撃に俺は拳とリザードマンがいた場所を何度も交互に見た。ポカーンとしているとメイベルが寄ってきた。


「ふふ、お疲れさまです。見事でした」


「あ、ああ。ありがとう」


メイベルがタオルを持ってきてくれるが、俺はそれどころじゃなかった。メイベルはクスリと笑うと、


「ふふ、信じられないという顔をしていますが、これが事実です。隆司さまは『血の池』で生死を何度も繰り返し、通常では信じられないほどの力を手に入れました。それこそ、凡百の『身体強化』程度になら勝ることができるでしょう」


「そ、そうなのか。俺ってここまで強くなっていたのか…」


「はい。ですので次からリザードマンを倒す時は手加減をしましょうね?でないと、目当てのモノがすべて消えてしまいます」


「あっ、うん」


メイベルが俺にリザードマンの心臓を持ってきた。これこそが俺たち探し求めていた『幽霊石』だ。リザードマンを倒さなければ手に入らないので、入手難度は高いがこれが高値で売れるのだ。


「っと、そうだ」


「どうかされましたか?」


「ああ、大事なことを忘れるところだった。『浄化』」


モンスターの死骸は適切に処理しないと悪霊が蔓延るのだ。メイベルを苦しめてきた悪霊を増やしてしまっては最悪だ。雑用係じゃなくなったからといって、最後の作業をサボってはいけないのだ。


「ふふ、ありがとうございますね」


「うん」


メイベルが俺を見て、微笑んでいたので、少しだけ照れ臭くなってしまった。俺はいつもより、少しだけ時間をかけて『浄化』を行うのだった。


「それじゃあ行こうか」


「はい!」


俺たちの目指している場所はまだまだ先だ。それでもリザードマンを倒せるようになったことはとても喜ばしいことだった。


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