第6話
肌が熱い。身体の中に入ってくる酸が内臓を溶かす。燃えるような痛みが俺の身体を支配した。痛みも慣れれば快楽になると言っていたが、やっぱり痛いものは痛かった。
(あっ、ヤバイ、死ぬ…)
俺の意識が完全になくなった。すると、身体が元に戻った。五体どころか内蔵から骨まで溶かされたけど、身体が元に戻った。
(今、死んだよな?)
人生初めての死を経験し、そして、生き返ったことを実感できたのは一瞬だった。俺の身体が再び焼け爛れ再び死ぬ。
全身が溶かされ、再生し、溶かされ、再生し━━━地獄のような責め苦にメイベル達に助けを求めようと、死にながらなんとか『血の池』から顔を出す。
「メイ…ベル!助けて!」
俺が岸を見るとメイベルとファティが仲良く座って俺を見ていた。
「隆司さま~、酸加減はいかがですか~?」
「ワン!」
(酸加減ってなんだよ!)
しかも、『お風呂のお湯加減はいかかですか~』みたいなノリで言ってきたので、ちょっとイラっとする━━━間もなく全身が溶けて再び死に戻りをした。
「ファティ見て、アレが隆司さまの内臓です!あっ、今、骨が見えましたね!」
「ワン!」
「まぁ、美味しそうだなんて!ファティったら、お行儀が悪いですよ?でも、夫婦ならお互いの身体の味を知っておくべきですかね」
「何言ってんだ!」
メイベルとファティの声はそれほど大きくないのに俺の耳に不謹慎な内容がすべて届いてくる。もちろん俺の身体を食べさせるなんてことは絶対にしない。
所々人間離れしたことを言ってくるところを聞くとやっぱり『不死王ダンジョン』の主なんだなぁと思ってしまう。
そんな感想を考えている間に俺の身体が爛れて滅びてしまった。すると、メイベル思いついたのか俺に声をかけてきた。
「隆司さま~、『浄化』を使ってください!悪霊が寄ってきますよ!」
「っ!」
痛みに耐えながら、『血の池』を見ると、確かに黒いモヤが俺に寄ってきていた。悪霊に憑りつかれると死にながらさらなる地獄を覚える。
「『浄化』!」
「「「!」」」
俺の『浄化』が発動されると黒いモヤが消えた。
「んぅ~、はぁ。やっぱり隆司さまの『浄化』は素晴らしいです。身体に染みついた悪い物が消えていくのを感じます」
「ワンワン!」
「ふふ、ファティったら。本当にいい子なんだから」
メイベルが『浄化』の回復を享受しているのをファティが舐めながら祝福している。主人と愛犬の素晴らしい光景だけど、今、俺はそれどころじゃない。それを見ながら身体が溶けてしまっているのだ。水面で爛れていく身体をもがいてなんとか顔を出す。
「メイベル!マジで助けてくれ!痛すぎる!」
もうこれ以上は無理だ。『不老不死』は実感できた。それでももう死にたいと思わない。しかし、
「もう少しです!もう少しだけ死んでください!」
(妻に死んでくださいって言われるって相当だろう…)
どうやらメイベルは俺を助ける気はないらしい。もしかして、メイベルは俺を苦しめるためにこんなことをさせたのではないか?そんなことを思ったら身体が『血の池』の中に沈んでいった。
息ができない、酸に溶かされる。そして、妻には死んで来いと言われる。
精神と肉体が追い詰められ、死ぬことになんの抵抗もなくなった。身体が溶かされることになんの抵抗もなくなった俺は『浄化』だけ発動して何度も死ぬ。
(メイベル、俺のことが嫌いだったのかな…そうだとしたら、こんな仕打ちを受けるもの仕方ないか…)
精神が徐々に蝕まれる。『浄化』してもしきらない。討ち漏らした悪霊が俺に悪影響を与えているのだが、そんなことにまで頭が回らなかった。
「隆司さま~!」
メイベルの声が聞こえる。今まではあの声を聞くと、癒されたのに、今では罪悪感に苛まれてしまう。俺は『血の池』の底へと沈んでいった。
「そろそろ免疫がついたはずです!目を開けてみてください!」
「ワン!」
(免疫?目を開ける?はは、酸の中で目を開けたって…アレ?)
『血の池』の中で朦朧とした意識の中でメイベルの言うことを聞いた。すると、普通に目が開けられて、水中の様子が分かった。それだけじゃない。身体が溶かされていないのだ。若干電気が走るようなしびれはあるが死ぬことはなさそうだった。
すると、俺の身体に何かが当たった。どうやら底にたどり着いたようだ。20メートルくらいは潜ったはずなのに、視界はクリアだった。
(これは石?)
深く暗い湖底でひと際輝く光輝く石があった。両手で抱えられそうな大きさだった。
「目を開けられたら、湖底を見てください!光り輝く石があるはずです!それが『スキル石』です!」
(『スキル石』、『スキル石』…ああ、そっか。俺は『スキル石』を求めてこんなところまで来たんだった…)
あまりにも死に過ぎてそんなことを忘れていた。両手で抱えられそうなほどの大きさだったので、俺はそれを湖底から持ち上げて、地上に向かって泳いだ。
━━━
━━
━
両手で抱えていた『スキル石』を地面に投げ出し、仰向けになって空気を味わう。スーツは流石の耐久力で濡れていたが、全く溶けていなかった。
濡れたスーツが俺の身体にくっついて気持ちが悪い。俺はスーツを脱いで、無造作に投げ飛ばした。
「はぁ、はぁ」
溺死、溶死、ショック死…あらゆる死に方を体験した。もう二度と体験したくない。
「お疲れ様でした」
「ワン!」
「ああ、うん」
メイベルがタオルと着替えを持ってきてくれた。ファティも「お疲れ!」と言っているようだった。なんとなく後ろめたくなってしまって返事が曖昧になってしまった。
メイベルは俺のそんな様子に気付いていないのか、いつもの、癒しスマイルで俺を見てきた。
「『スキル石』も無事、手に入ったようですね。修行の方もなんとかなったようですし、本当にお疲れ様でした」
「修行…?」
放心しながらメイベルに聞き返す。聞いていないことを言われて、『修行』という二文字を聞き返した。
「『不老不死』の派生効果で破壊と超再生を何度も繰り返すことによって肉体を強化することができます。『血の池』ほど短時間で効率よく鍛えられる場所はないんです。アレ?伝えていませんでしたっけ?」
「聞いてないよ!」
天にまで届けという勢いでツッコミをいれる。さっきまで鬱屈としていた肉体も完全に元気を取り戻した。本気でメイベルとファティが俺に復讐をしようと思っているのだと勘違いしてしまった。
(いや、事前に伝えられていたとしても、そんなのお断りだと言っていたとは思うけど…)
「ふふ、まぁ結果オーライですよ。それより身体の調子はどうですか?」
「…すこぶるいい」
不貞腐れながら答える。メイベルの言う通り俺の身体は尋常じゃないくらい鍛えられた実感があった。
まず、触れれば骨まで溶かされる酸に耐えられるようになった。今、『血の池』に触れても、少しだけピリッとするだけである。
水中でも実感したが、五感が滅茶苦茶強化された。今、思えば、水中でメイベルの声が聞こえたのはどう考えてもおかしい。アレも、強化された肉体が可能にしたのだろう。
他にも泳ぐのが異常に速くなったり、肺活量が半端ないことになったりと色々恩恵がある。
けれど、それはそれだ。結果的に鍛えられたとは言えども、心がそれを受け入れられない。
「これで隆司さまが『不死王ダンジョン』を攻略する準備ができました!早く地上を散歩したいですね!」
「ワン!」
純粋に俺が強くなったことを喜んでいた。そんな表情をされたら少しだけ皮肉を返したくなるものだ。
「俺が死んでる時に、それを見て楽しんでいたようだけど何かある?」
少しは罪悪感を抱いて欲しい。が、
「隆司さまの内臓から骨、細胞までじっくり観察させていただきました。とても愛おしかったです。ほくろの数から細胞まで把握できたことは妻としてとても喜ばしいことです。ねぇファティ?」
「ワン!」
「ふふ、ファティなんて、隆司さまの足の骨を咥えたくて、よだれをたらしていましたよ?」
「ワン、ワフ?」
「あげないよ?」
「ワン…」
ファティが尻尾を振って俺の足を見ていたが、絶対にそんなことはしたくない。ファティが落ち込んでいるけど、それだけは本気で勘弁してほしい。
「はぁ」
メイベルもファティも皮肉が通じないらしい。これ以上、悪いことを考えていても仕方がない。一度切り替えよう。
時計を見ると、時刻は夕方の六時を迎えていた。昼頃に『不死王ダンジョン』に潜ったから思った以上に『血の池』に浸かっていたようだ。
「隆司さま、見てください」
「ん?」
メイベルが『血の池』の方を見ていた。俺もそれに釣られてみてみると、大きな変化があった。
「悪霊が完全に消えました。溜まりに溜まった膿が消えて、私も生き返った気分です」
「ああ、本当だ…」
黒い濁りが消えて、美しい湖になっていた。俺は死にながらも無我夢中で『浄化』の力をずっと使い続けていた。
「こんな綺麗な湖を見れたのは何百年ぶりでしょう…感謝してもしきれません」
(ズルいなぁ…)
こんな風にお礼を言われては俺も怒る気がなくなってしまう。むしろ、やってよかったという達成感まで湧いてきてしまった。
「悪霊が消えた今、酸も消えて元の湖に戻るでしょう」
「それはいいね。その時は、ここでバーベキューでもしようか」
「はい!」
「ワン!」
いつやるかなんて約束は必要ない。俺たちには無限の時間があるのだから。
「とりあえず今日は疲れた…部屋に戻ろう」
「そうしましょう」
「ワン!」
ファティが俺たちの方に背を向けてお座りをした。尻尾を振りながら俺たちの方を見ていた。
「あら。乗せてくれるのですか?」
「ワン!」
「いい子いい子。隆司さま、ファティの好意にあずかりましょう」
「ああ…ファティ、頼む」
「ワン!」
正直、歩いて部屋に戻るのはしんどかった。肉体的に疲れはないのだが、精神的な疲れが酷かった。
ファティの背の上に乗る。俺が前に乗り、メイベルが俺の後ろに乗ってきた。
「おお…」
ファティの背の感触に眠気がどっと押し寄せてきた。
「ふふ、隆司さま。寝ていても大丈夫ですよ?後で起こしますので」
「面目ないです…」
ファティの首元に抱き着いた。すると、
「なんてすばらしいモフモフなんだぁ…」
あまりの気持ちよさに感動に打ち震えた。最高級のクッションとベッドを混ぜ合わせたような気持ちよさがあった。ファティの体温も丁度適温ですぐにでも寝落ちしてしまいそうだった。
「ファティ、隆司さまが喜んでくれていますよ?よかったですね!」
「ワン!」
「ふふ、では行きましょうか」
「ワン!」
ファティが歩き出すと、その足音が子守歌になって徐々に意識が暗くなった。
━━━
━━
━
「隆司さま、隆司さま。起きてください」
「ん~?後、五分」
「まぁ可愛い。ですが、部屋に着きましたよ?」
「ん、あ」
まどろんでいた意識が覚醒した。俺はファティの背中で寝てしまっていたらしい。部屋の前にある黒い穴が見えた。ダンジョンの入り口に戻ってきたらしい。
「ふふ、寝坊助さんなんですね。━━━おかげで色々できましたが…(ボソ」
「何か言った?」
「いえ、何も?ただ、ご馳走様でした、とだけ」
「?」
どんな意味だか分からないが、とりあえずメイベルがつやつやしていて、機嫌もいいからどうでもいいか。
(少しだけ口元が濡れている気がするんだけど…気のせいか)
少しだけ気になるところを残して、探索が終わった。
━━━
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