第4話

メイベルとファティが俺の家に来たことで、俺はより一層焦りを感じた。その原因はなんだというと、無職だということだ。貯金がいくらかあるとはいえ、全く仕事をしなければそれも食いつぶしてしまう。


(なんでもいいから仕事を探さなきゃいけないな)


俺とメイベル、そして、ファティは朝ご飯を食べている。丸テーブルを中心にメイベルと俺が向かいあって座っている。


ファティには冷蔵庫にあった豚肉を与えた。俺は昨日の夜に作り置きしておいた味噌汁と米を炊いて、メイベルと食べている。突然の来訪だったから、気の利いたものは作れなかった。


今日は面接だ。ダンジョンに全く関係のない会社だけど、えり好みしているわけにはいかない。


「メイベル、今日はちょっと出かけてくる」


「はい?どこに行くのですか?」


「いや、ちょっと…」


なんとなく面接に行くとは言いづらくて言いよどんでしまった。無職だとバレて少しでも幻滅されると辛い。すると、メイベルの瞳が漆黒に塗りつぶされていった。


「まさか…女ですか?」


ピシっと俺の湯呑にヒビが入ってしまった。『不死王』のプレッシャーが一気に俺に襲い掛かってきた。ファティは主人の怒気に押されて、ダンジョンの入り口に逃げ込んでしまった。


首を傾け、メイベルの美しい銀髪が口に含まれているのを見て、若干恐怖を覚えた。


「ち、違う!」


「でしたら、話してください。浮気じゃないなら、言えますよね?」


「はい…」


『不死王』の恐怖に負けて、俺はすべて包み隠さず話した。すべてを聞き終えたメイベルは溜息を吐いて、少しだけ呆れた顔をした。


「そのくらいのことで隠し事をしないでください。本気で人間の女を殲滅しようかと思ってしまったじゃないですか」


「それは本当にやめてください」


浮気一つで人類を滅ぼされてしまったら、本当に困ってしまう。


「メイベルに幻滅されたくなかったんだ」


「それこそまさかです。無職だとかそんな小さなことで隆司さまに対する評価が変わるわけがありません。私の愛を舐めないでほしいです」


怒られているんだけど、嬉しさがこみあげてきてしまう。本当に俺なんかに勿体ない女性だ。


「ですが、隆司さまの言い分はわかりました。自分が何もしていない現状では、私に甘えることになってしまう。それが劣等感に繋がっているのであればよくないですね。夫婦とは対等であるべきなのです」


メイベルの言っていることは俺の内心をすべて当てていた。好意を示してくれたメイベルの弱みに付け込んで、おんぶに抱っこになってしまえば、それは対等ではない依存した関係になってしまう。


無職になっても、そこの線は超えてはいけない。


「まぁそういうこと。俺を好きになってくれたメイベルに誇れることがないとダメなんだよ」


もちろん、『不死王』のメイベルにとって、俺が働くことなど些事に過ぎないだろう。これは俺の気持ちの問題だ。


「ふふ、あのあどけない少年だった隆司さまが随分立派になられましたね。いい子いい子」


「…昔のことを引き出すのはやめてくれ」


メイベルが身を乗り出して、ニコニコしながら俺の頭を撫でてくる。15の時から30になった今までメイベルが褒めてくる時に、やってくれることだ。おっさんになったって、メイベルのなでなでは嬉しい。


「私のことを想ってくれることはとても嬉しいのです」


メイベルの天使のような笑顔を直視できない。何もかもがお見通しだと言われている気がした。もちろん悪い気はしない。


「だからこそ隆司さまにお願いしたいことがあります」


「それは今じゃないとダメ?」


「はい」


メイベルからのお願いだ。面接の練習をしようと思ったけど、後回しにしよう。


「ダンジョンコアみたいなことはやめてくれよ?」


一応釘を刺しておく。心臓を渡されるなんてことは二度と経験したくない。


「ふふ、それについては申し訳ありませんでした。ですが、これは隆司さまの今の悩みを解消することもできます」


「俺の悩みを解消?」


「はい。私のダンジョンを攻略していただけませんか?」


「え?」


それは意外なお願いだった。


「ダンジョンにはたくさんの資源があります。それを売れば、金銭面については問題は解決するのでは?」


メイベルの言うことはもっともだ。だけど、


「まぁ…確かに。でも、それだとメイベルに負担がかかるし、メイベルを食い物にしてきた人間と同じじゃないか」


もちろん俺だって人のことを言えたものじゃない。自分の生活を守るために、『不死王ダンジョン』の攻略の一端を担っていたのだ。『浄化』でダンジョンが痛まないように労わってきたつもりだけど、マッチポンプだと言われても仕方がないとすら思っている。


「ふふ、優しいですね。ですが、心配には及びません。隆司さまが『浄化』の力を使ってくれれば、私には悪影響がないどころか、メリットしかありません。隆司さまがダンジョンにいてくれることが何よりも私のためになるのです」


メイベルの言うことに嘘はないだろう。だけど、


「俺じゃあダンジョンのモンスターを倒すことができない。それが理由で会社を辞めさせられたんだし…」


ダンジョンを独占できると言っても俺にとっては宝の持ち腐れだ。どんなに金を含んだ金山を持っていたとしても採掘できなけれ意味がない。だが、


「でしたら力を付ければ良いだけです。『スキル石』をご存じですか?」


「ああ、うん」


『スキル石』とはスキルを付与することができる石だ。例えば、『剣術』スキルが内包されている石を使えば、昨日まで包丁も握ったことがない令嬢が一流の剣士になれる。


俺も新米だった頃は『スキル石』を求めていたが、15年『不死王ダンジョン』に潜っていても一つも見つけることはできなかった。


「『不死王ダンジョン』には『スキル石』が三つあります」


「本当にあるんだ」


ダンジョンの主からのネタバレに俺は驚きを隠せなかった。結構探索範囲は広かったつもりだけど、まだまだ俺が知らない場所があるということだろう。


「それを隆司さまに使っていただければ、強さという面では問題ないでしょう」


確かに『スキル石』があればそれは解決する。だけど、それも根本的なところで問題を解決されていない。俺がそれを探索することができないという問題だ。


「ふふ、隆司さま。お忘れですか?その指輪に秘められた力を?」


「え?」


薬指にしているオリハルコン製の指輪を見る。


「確か、『契約』だっけ?」


「はい、そうです。それで私と隆司さまは結ばれて永遠の愛を誓いあって、一生イチャイチャラブラブする結婚生活を送るのです。もちろん夜も」


「え、え~と、『契約』の力でメイベルと結婚することになったんだよね?」


半ば騙された形だけど、そんなことは口が裂けても言えない。トリップしているメイベルを現実に引き戻すために聞かなかったことにさせてもらう。


「はい。実は結婚には続きがありまして、結婚した相手のスキルを覚えることができるのです」


相手のスキルを覚えることができるというのは破格の力だった。


「アレ?ということはメイベルのスキルを俺が使うことができるってこと?」


「はい。といっても一つだけです。私は複数スキルを持っていますが、それをすべて譲渡することはできません」


「いやいや、それでも凄すぎだって…」


メイベルが戦っている姿を何回か見たことがあるけれど、圧倒的だった。勉などではとても太刀打ちできない。そんな『不死王』から力を貰えるのだ。こんなうれしいことはない。


「私からのオススメは『不死王』を代表する力、『不老不死』です。これをぜひ覚えて欲しいです。というか覚えましょう。さぁ早く!」


「ちょっ!落ち着いて!」


メイベルからの押しが強すぎる。血眼になるほど必死な様子を見ると、少しだけ引いてしまう。すると、メイベルは自分が冷静じゃなくなっていることに気が付いて、落ち着いた。


「なんで『不老不死』を押すんだ?」


「そ、それは愛する人とは一緒に時を過ごしたいじゃないですか」


「あっ」


メイベルは不老不死。俺はいつか死んでしまう。そんな大きな違いを俺は忘れていた。


「隆司さまと出会って、十五年。最初は少年のあどけなさが残っている隆司さまが今ではこれほどまでに熟れた男性に育っていきました。その様子を観察するのが私の趣味といっても過言ではないでしょう」


「そんな不健全な趣味は今すぐやめてくれ…」


「ですが、それでも一抹の寂しさがありました。所詮私は不老不死の化け物で、隆司さまは普通の人間。どう転んでも一緒に時を過ごすことができないのです…」


「メイベル…」


「申し訳ありません。これは私のエゴです。戦いに向いているスキル「なら『不老不死』でお願い」え?」


メイベルは一瞬呆けた後、俺を信じられないようなものを見る目で見てきたが、メイベルの願いを知ってしまってはそれ以外に選択肢はない。


「今までダメダメだった俺を見下さないで想ってくれていたのはメイベルだけだ。それなら、メイベルの意志に従うよ」


勉と雅といても劣等感に苛まれ、後から入ってくる後輩たちからも馬鹿にされる日々はやっぱり辛かった。そんな辛い時期に一緒にいてくれたメイベルは大事な存在だ。


「で、ですが、不老不死は良いことばかりじゃないんですよ!?」


「だろうね。だけど、俺が一生好きなのはメイベルだけだから」


「っ」


初めてメイベルに好きと伝えたと思う。会社で最底辺で腐らずに毎日毎日、馬鹿にされる日々の中で、メイベルだけが俺を見てくれていたのだ。それがどれだけ救いになっていたのかは離れてみて分かった。


そんな彼女が俺のことを慕ってくれていた上に、リスクを冒して会いに来てくれたのだ。だったら、俺はそれに応えよう。


「ワンワン!」


「あっ、ごめんごめん。もちろん、ファティもだよ」


「ク~ン」


自己主張して俺に甘えてくるファティの頭を撫でる。


「ふふ、嬉しすぎると涙が出るなんて知りませんでした」


俺は安物のくたびれたハンカチをメイベルに渡すと、ありがとうと言って涙をぬぐった。そして、俺の胸に飛び込んできた。


「これから一生一緒にいましょう」


「ああ、不束者ですが、よろしくお願いします」


「はい!こちらこそ」


メイベルと再び口づけを交わした。


━━━


━━



『契約』によりスキル『不老不死』を得た俺の身体に何か変化があったかというとそうでもない。普通に普通のままだ。


「本当に『不老不死』なったのかな?」


「でしたら、腕の一本切り落として差し上げましょうか?」


「いえ、遠慮します…」


さっきまで普通だった俺にはいきなりすぎる。できることなら一度も経験したくない。ただ、これは当初の問題に戻ってしまう。


「死ななくなっただけで、力自体は強くなってないからなぁ」


「うっ、申し訳ありません…」


「メイベルが謝ることじゃないよ」


戦う力は未だにないから攻略の力はないということになる。むしろ状況は悪化していて、一生ニートという甘美な選択肢すらあるのだ。俺から勤労意欲を奪ってしまう。


ダンジョンに潜らなくても時間はたくさんあるんだからと言い訳を考えてしまっている自分がいた。すると、メイベルが俺の内心を読み取ったのか遠慮がちにお願いをしてきた。


「できることなら隆司さまにダンジョンを攻略してほしいのです…」


「俺がダンジョンを攻略すると、どうなるの?」


「ダンジョンが消滅します」


「え?」


それって…


「誤解がないように言っておきますと、私に影響はありません。後、ファティもです。ファティは私の使い魔なので、ダンジョンがなくなろうと活動できます。ですが、ダンジョンがあると私の行動が制限されてしまいます。例えば、隆司さまとどこか旅行に行ったりすることはできません」


「な、なるほど。ちなみにメイベルが攻略というのは無理なの?」


「はい。私はダンジョンの主です。作ることはできても壊すことができないのです」


「そりゃあそうだよね」


自分でなんとかなるのならとっくになんとかしているだろう。


「人間嫌いなので、ダンジョン暮らしも良かったのですが、今は地上に隆司さまがいます。でしたら、ダンジョンなんて足枷以上の何者でもないのです」


「なるほどね。それで攻略してほしい、と」


「はい。隆司さまと一生一緒にいれるという夢が叶ったのに不躾ですが…」


「メイベルの頼みとあったら何があってもやりきるさ」


「~~っ、ありがとうございます!」


メイベルが俺に抱き着いてくる。これだけでダンジョン攻略の意志が湧いてくる。


「ああ、そうです。これはおまけみたいなものですが、ダンジョンの最奥にたどり着くことができた暁にはご褒美があります」


「ご褒美?どんな?」


「どんな願いでも一つだけ叶えるというものです」


「へぇ~それはロマンがあるなぁ」


どんな願いでも一つだけ叶えるなんて聞くと、俄然やる気が湧いてきた。


「それじゃあ早速、準備しようかな」


「あっ、お待ちください」


「ん?どうかした?」


俺が重い腰を持ち上げて、ダンジョンの準備に取り掛かろうとすると、メイベルが制止してきた。


「その、隆司さま一生一緒にいられると分かって嬉しくなってしまって」


「ああ、うん」


「ぶっちゃけムラムラしています」


「うん。うん?」


メイベルが再び、俺を押し倒してきた。


「はぁはぁ、この劣情を抑えきれない私をお許しください!」


「え?ちょっと!」


流石にちょっとと思って抜け出そうとしているが、完全に力負けしていた。


「ふふ『身体強化』を持っている私に勝ち目はありませんよ」


ズルすぎる!


「では、いただきますね?」


「あああああ!」


俺は成す術もないままに、食われてしまうのであった。


言うまでもないが、会社は落ちた。


━━━

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