第3話

「ふふふ」


「…」


俺とメイベルは一線を越えた関係になってしまった。今はソファで二人で仲良く座っている。ファティはロフトから身を乗り出して下の様子を見ていた。


「あの、メイベル?」


「なんですか?貴方?きゃっ、言っちゃった♡」


新婚ムーブのメイベルさんが可愛すぎるが、悶絶する前に色々聞かなければならない。


「え~と、まず俺のことを好きというのは…?」


「はい。ずっとお慕いしておりました」


「そうですか…」


聞き間違いじゃなかったことに赤面してしまう。


「私、こんな体質なので人の悪意に敏感なんです。私に近付いてくる人間は皆、私を利用としたり、殺そうとしたりする人間たちばかりでしたから」


「ああ、それが嫌でダンジョンを作ったんだっけ?」


「はい。ですが、ダンジョンを作っても同じことでした。結局、自分のことしか考えられない人間たちに今度は私のダンジョンが汚されてしまいました。本当に人間という種は傲慢でどうしようもないです」


メイベルの表情からは様々な苦悩が見て取れた。俺よりもはるかに長く生きているせいで想像もできないほど悪意に晒され続けていたのだろう。


「ですが、そんな中で隆司さまだけは違いました。疲弊しきった私のダンジョンを『浄化』の力で癒してくださいました。私とダンジョンがそれでどれだけ救われたことか…」


「いやいや、俺には『浄化』しかやれることがなかったし…それに会社の中でも無能扱いだったからなんとか居場所を作りたかったっていう、エゴだから…」


「隆司さまは分かっておりません!隆司さまがいなかったら、ダンジョンの資源は後数年で枯渇して、私も悪霊になってしまうところだったんです!いわば、隆司さまはダンジョンの救い主なのです!」


「そ、そうか、そんなに大変な状況だったのか」


「そうです!隆司さまがいなかったら、隆司さまに寄生するカス共も資源が取れなくて路頭に迷っていたのです!」


「ワン!」


メイベルが力強く力説しそして、ファティもロフトから降りてきて、メイベルの傍に控えながら頷いてくれた。


「そうかぁ、俺がやってきたことは無意味じゃなかったのか…」


自分の存在意義を探し続ける半生だった。雑用でもなんでもやって自分の居場所を探していた。それがクビになって、無意味に終わってしまったと思ったけど、メイベルやファティのためになっていたと思うと目頭が熱くなる。


「ありがとう、メイベル。それにファティ」


「なぜ隆司さまがお礼を言うのですか。それはこちらのセリフですよ」


生ぬるい空気が俺たちの間に流れた。決して居心地が悪いわけじゃなかったけど、気恥ずかしかった。


「そ、それよりよく俺の家が分かったね?」


少しだけ強引に話の舵を切った。メイベルは頬を柔和な表情を浮かべた。


「隆司さまが『不死王ダンジョン』を去る時に、渡したものがありますよね?」


「ああ、これか」


メイベルからもらった大切な物だ。棚の上に飾ってある。


「それはダンジョンコアであり、私の心臓です」


「えええええ!?」


俺は三度見、四度見してしまう。そんな大事なものだとは思わず、一気に恐ろしくなる。


(というか言ってくれ!たまに風呂に入れて、洗ったりしちゃったじゃないか!)


なんとなく寂しくなってメイベルとファティを思い出して、ノスタルジーに浸っていた。


「ふふふ、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。硬度に関して言えば、オリハルコンよりも硬いですからね」


「そういう問題じゃないんだ。心の持ちようというか…」


(まぁ、メイベルの心臓だって言われたら、絶対に受け取らなかったけど)


「隆司さまの家を見つけられたのはそれのおかげです。ダンジョンを出るためには必要なことだったのです」


「な、なるほど…」


「とても大事に扱っていただいていたのはよ~く知っています。━━━湯浴みの時間では私の理性が吹っ飛びましたが…(ボソっ」


最後の方は聞こえなかったが、メイベル的には大事に扱ってもらった判定を俺にあげられるらしい。こういうのって自分がどうこうというよりも、相手がどう思っているかが大事だし、一安心だ。


そう思うと、身体からどっと力が抜けてしまった。ソファの背もたれに全身を預ける。


それにしても、メイベルが俺のことを好きという話が現実味がない。色々言われたけど、メイベルは俺にとってずっと憧れのお姉さんだ。異性として見ているかいないかでいったら、がっつり見ている。


美人だし、スタイル抜群だし、優しいし、たまに自傷行為をするけど、それに目を瞑れば完璧なお姉さんだ。


「いや~、でも、メイベルがその、俺のことを好きって言ってくれたけど、全く分からなかったなぁ」


「は?」


メイベルが笑顔から一変して真顔になる。部屋に緊張感が走る。


「私、たくさんアピールしました。それなのに鈍感な隆司さまは全く気が付いてくれませんでした。それも十五年間も」


ヤバイ。完全に地雷を踏みぬいたようだ。


「さりげなく手に触れたり、さりげなく好きなタイプを教えたり、さりげなく距離を詰めたりしたのに、全部スルーされて本当にショックでした…」


「いや、それじゃあ分からないよ…」


全部さりげなくだし…


(思い当たる節はいくつかあるけど、アレが好意の表明と言われても困る…)


「それでも、女心は察してほしかったです」


俺の言葉が気に入らないのかメイベルはほっぺを膨らませて抗議してきた。こういうところで察せられるのがいい男だっていうのはわかるけど、実際やられてみると、本当に分からない。


「全く…唯一反応してくれたのが、胸チラだけって本当にエッチだなぁと思いました」


「その節は申し訳ありません!」


ソファから降りて土下座する。まさか一番バレて欲しくないところがバレているなんて全く思わなかった。


「胸チラしたら、さりげなくちらちら見ている隆司さまを見るのは楽しくて、露出癖が生まれてしまったのは我ながら、情けない話です。責任は取ってもらいますよ?」


「あ、はい。取らせていただきます」


(メイベルがものを胸から取り出すのって俺のせいなのか…)


知りたくなかったような知りたかったような複雑な気持ちだ。


再びソファーに座ると、メイベルとファティが両サイドから身体を預けてきた。もふもふとお姉さんという最高のサンドイッチをされている幸せをかみしめていると、メイベルが口を開く。


「まぁ色々言いましたが、ダンジョンコアを通して私とファティへの気持ちは痛いほど伝わってきました。『不死王』と呼ばれて以来一番嬉しかったです。ねぇ、ファティ?」


「ワン!」


「お恥ずかしい。全部筒抜けですか…」


ポリポリと頭を掻いて誤魔化す。会社を辞めて、辛かったのは二人に会えなくなったことだった。それを弱っている時に、ダンジョンコアに向かって話していたと思う。


「おかげで相思相愛だと言うことが分かったのです。長らく、恐怖など感じていませんでしたが、私たちのことを忘れて他の女にうつつを抜かしていたらどうしようと不安だったのです」


「他の女って…女っ気は全くなかっ…雅だけはいたけど、アイツは俺のことをずっと見下してたし勉の彼女だ。会社でも、無能だと思われてたから、モテるなんてことはないよ」


「それでもです!やっぱり乙女的には不安だったのです!」


好意を寄せられるなんてことは今まで全くなかったから、とても嬉しい。


「これからは妻として隆司さまの女性関係はすべて管理させてもらいます。隆司さまにとって女性は私だけでいいのです。もし、隆司さまの良さに気付いた雌がいたなら、ファティを連れて━━━」


「お~い、メイベル?」


「ふふ、そんなことをしなくても隆司さまを私のダンジョンに封じこめてしまいましょう。そうすれば、ずっと二人きりで幸せに暮らしていけますね」


「お~い、メイベル?」


「はっ!失礼しました。少しだけ妄想に耽ってしまいました」


赤面してるけど、内容にはゾッとしてしまった。メイベルの瞳はハイライトが仕事していないし、なんとなくヤンデレの素質が垣間、見えてしまった。これ以上メイベルの妄想に付き合うと怖いので、俺は話を無理やり変えることにした。


「そ、そういえば、『不死王ダンジョン』はどうなったんだ?」


メイベルと普通に話しているが、これは異常事態だ。ダンジョンの主が地上を闊歩するなど、国家レベルで警戒しなければならないことだ。


「ああ、私ったら大事なことを伝え忘れていました。ダンジョンはこの家に引っ越ししました」


「え?」


引っ越し?ダンジョンが?


俺の頭にクエスチョンマークが踊る。


「今、入口を設置しますね」


「うお!」


部屋の壁に青色の魔法陣が現れる。そこにサファイアのダンジョンコアが飲み込まれた。そして、幾何学模様に点滅したかと思うと、人が通れるくらいの黒い入口ができた。


「ワン!」


ファティが黒い穴に突っ込むとどこかに消えた。そして、顔だけを黒い入口から出してこっちを見ていた。


「通常はダンジョンの移動などできません。ですが、ダンジョンコアを隆司さまが預かっていただいたおかげで例外を作り出せました」


この穴ってバレたらどやされるのではないかと心配したが、気にしても仕方がない。メイベルが大きい胸を張って、ドヤ顔しているのに水を差すなんてことはできなかった。


俺も軽く覗いてみると、確かに長年付き添った『不死王ダンジョン』だった。でもそうなると、一つだけ疑問が湧いてくる。


「アレ?だとすると、会社のダンジョンは?」


「さぁ?ただの洞窟になっているんじゃないですか?」


「ええ…」


うちの会社はダンジョンに100%依存している。だから、ダンジョンがなくなると、色々困るはずなのだが…


「隆司さま。他人のことを考えることができるのは美徳ですが、気にする必要はありません。隆司さまがいなければ数年で枯渇していた資源を今日まで享受できているのですから」


「そ、それもそうだけど」


「それに隆司さまを適当に扱っていたカス共には因果応報です。私としてもあのカス共にはずっと、ず~~~~っと罰を与えたかったのです」


黒いメイベルが顔をのぞかせていた。言葉の重みが違う。


「分かっていただけましたか?もうあの人たちにダンジョンを荒らされることはありません。ダンジョンも私もすべて隆司さまのモノです♡」


そんなことを言われても困る。


「さて、伝えたいことはこれで最後です。よいしょっと」


メイベルが再び服を脱ぎ始める。


「メ、メイベルさん?何を」


「決まってます。たったの一度程度では私の欲求は収まりません」


シスター服をすべて脱ぎすて、再び俺の身体の上に馬乗りになった。俺は引きつってしまう。


「聖女と言われてから悠久にも数えられるほどの時間を禁欲で過ごしてきました。ぶっちゃけそろそろ発散したいです」


「そんなぶっちゃけ話聞きたくなかった!ていうか今日は一回したじゃん!また今度に━━」


「ダメです♡それではいただきますね。あ・な・た」


「はい…」


再び聖女の皮を被った悪魔に俺の精気は吸い取られるのであった。


━━━

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