第2話

俺はアパートの203号室に住んでいる。部屋はワンルームだが、ロフトがあるのでそこそこ広い。以前、住んでいた住人が家具をいくつか置いて行ってくれたので、初期費用がかからなくてラッキーだった。風呂も狭いけどある。これが明日を生きる活力になる。


「不採用か…これでもう三十社目」


会社を追われてから三か月が経とうとしていた。俺は再就職先を求めて、求人を探しては受けているのだが、全く受かる気配がない。


「ダンジョン関係の仕事が一番いいんだけど、15年間『浄化』していただけの人間を雇いたいなんていうモノ好きな会社なんてないよなぁ~」


何度見てもメールには不合格の通知のみだ。仕事しかしてこなかったからある程度の貯金はあるとはいえ、一生遊んで暮らすには足りなさすぎる。


「えり好みしている場合じゃないか。とりあえず、テキトーに「ピンポーン」」


片っ端から求人票に応募しようと思った矢先、インターホンが鳴った。


(何か頼んでたっけ?もしかしてNMKの集金か?)


ピンポーン


(集金だとしたら、嫌だなぁ。テレビを持ってないのに無理やり契約させようとしてくるし)


ピンポーン


(何か頼んだ記憶もないし、居留守一択だ)


ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン


中々しつこい人のようだ。出なくて本当に良かったと思う。嵐が過ぎ去るのを待とう。


(ん?静かになった)


インターホンをずっと鳴らされるのって精神衛生上あまり良くない。これでやっと落ち着いて「バキッ!」え?


明らかに鳴ってはいけない音がドアの方から聞こえてきたので、見てみると、ドアノブが破壊されていた。あまりにも非日常すぎて、咄嗟に身体が動かない。


「とりあえず警察に「ワン!」うお!」


扉をぶち破って何かが俺の部屋に突進してきた。そして、俺の顔を何が触る感触があった。ちょっと湿っぽい。俺がその何かに触れるとサラサラの毛だった。


「ファティ!?」


「ワン!」


「あ、こら!」


俺の制止を振り払って甘えてくる。どうしてここにいるんだという問いは発することができないままだった。


それよりもファティの声が大家さんに聞こえると不味い。このアパートはペット禁止だ。ファティにシーと促すがテンションが上がっているファティには全く効果がなかった。


「ファティ、静かにしなさい」


ドアの方から凄まじく低い声が聞こえてきた。ファティは俺に甘えるのをやめ、おすわりのポーズをとる。よく見てみると、ファティの大きさが普通の大型犬くらいの大きさだった。


「初めての外だからって浮かれすぎです。あんまり、オイタをするようならダンジョンにお留守番ですよ?」


「くう~ん…」


「全く…身体が大きくなっても子供なんですから」


「ワン」


叱られた子供のように落ち込んだファティを撫でて励ますメイベル。その光景は母と子のそれだった。メイベルはいつもと黒いベールをしていた。


「なんでここにいるの?」


『不死王ダンジョン』の主、メイベルが俺の部屋にいるのだ。この異常事態に冷静でいようとしているが聞きたいことが山ほどある。すると、


「隆司さま!会いたかったです!」


「え?」


「ああ、三か月ぶりの隆司さま…」


「え?あ」


メイベルが俺に抱き着いてきた。感極まって涙まで流しているが、俺はそれどころじゃない。メイベルの感触が直に伝わってきているのだ。特に俺の性癖を破壊した二つのお山が、だ。


だが、反応するわけにはいかない。自制心の強さだけなら、守ってきた操の数だけ積み重ねがある。


「メイベル、色々聞きたいことがあるし、離れてくれるかな?」


「し、失礼しました。お見苦しいところをお見せしました」


コホンと咳ばらいをして、俺から離れた。大事な何かが消えたような寂寥感があった気がするが、ないったらない。


ワンルームの俺の部屋には丸テーブルがあり、ソファがある。普段はソファが俺の居場所なのだけど、今はファティが気に入ったのか、独占されてしまった。メイベルはベールを外して素顔を見せて、丸テーブルの前で礼儀正しく座っていた。


俺はメイベルの前に座って、緑茶を出した。紅茶も好きだけど、最近のマイブームは緑茶だ。


「ふぅ、美味しいです」


「それは良かった」


北欧出身のメイベルに緑茶は合うのかと内心ドキドキしていたが、問題なかったらしい。


「ファティの身体が縮んでいるのは?」


「私が小さくしたんです。ファティがそのまま地上に出たら、大騒ぎになりますからね」


「確かに」


「ふふ、最初はそれでもいいかなと思ったのですが、地上が血で染まってしまうと面倒なので避けました。『不死王』ジョークですよ?」


「ははは…面白いなぁ」


(想像できちゃったよ…)


引きつった笑いしか出てこなかったが、一応場は和んだ。そろそろ本題といきますか。


「あの「隆司さま」あ、どうぞ」


メイベルと言葉が被ってしまった。こういう時に、譲ってしまうのは日本人の性だ。


「では。失礼して。今日は渡したいものがあって参りました」


「渡したいもの?」


「はい。そのために少々無理をして地上に出てきたのです」


メイベルの雰囲気が急に引き締まる。胡坐で座っていた俺も背中に力が入り、自然と正座になる。ファティもソファで身体を起こして、俺たちの様子を興味深そうに見ていた。


(地上に出てくるほどのものだ。重要なものなのは予想できるけど、一体なんだ?もしかして、十五年の間に溜まりに溜まった鬱憤を晴らされるのでは…?)


マイナス方面に思考が進行していたので汗がにじみ出る。すると、メイベルは神妙な顔で胸の間に手を突っ込み、箱を取り出して丸テーブルの中央に置いた。


「開けてみてください」


「はい」


漆黒の箱だった。手のひらサイズの大きさだ。なんか恐ろしいことが起こりそうなそんな予感がしたのでメイベルを見ると、俺をじっと見ていた。それは暗に早く開けろと言われているような感じがした。


(本当になんでもないんだよね?)


俺は覚悟を決めて箱をパカっと開けた。そこには、


「指輪…?」


指輪だった。


「オリハルコン製の指輪です。それを隆司さまにずっと渡したかったのです」


「ええええ!?」


オリハルコンとはダンジョンにしかない幻の鉱物だ。売れば一生遊んで暮らせるほどの価値がある。


「こ、こんな凄いものを受け取れないよ!?」


「え?」


「え?」


俺が暗に断るとメイベルが悲壮な顔を浮かべた。


「そ、そんな、私を貰っていただけないのですか…?」


「い、いやぁ。でも、流石に俺が貰うには…」


言い方が気になるけど、指輪を貰わなかったらという意味だろう。


「私、ダンジョンの奥底でオリハルコンを生成し、隆司さまにもらっていただくために頑張っていたのです。それなのにこんな仕打ちを受けるなんて…」


「ワンワン!」


メイベルが地面に手を付き、悲しそうにしている。ご主人様のそんな姿を見たファティが俺に対して、抗議している。


(た、確かに、俺のために生成してくれたものを無下に返すのは違うよな)


「悪い、俺が悪かった。あまりにも身の丈に合わな過ぎたせいで、驚いただけなんだ」


「…では、貰っていただけるのですね?」


「うん。わざわざこんなところまでありがとう」


「それなら、左手の薬指にその指輪をして、『愛してる、メイベル』って言ってください」


「そ、それはちょっと…」


「そうですよね。私なんか━「愛してる、メイベル!」


メイベルの要求通り、俺は指輪を薬指に付けて、愛の言葉を囁いた。羞恥心は遅れてやってきたが、後悔している暇はなかった。すると、


「言質は取りましたよ?」


「え?」


メイベルがそういうと、俺の指輪とメイベルの左手の薬指が銀色に輝いていた。よく見てみると、メイベルも俺と同じく、オリハルコン製の指輪をしていた。


そして、光が収束していくと、何事もなかったかのように消えた。


「一体なんだったんだ「…っと」


メイベルに今の光はなんだったのかと聞こうと思ったら、下を向いて震えていた。何をしているんだろうと疑問に思っていると、メイベルがガバッと顔を上げた。


「やっと!悲願が叶いました!どれほど、この時を待ったことか…!」


「ワンワン!」


「ふふ、ファティったら祝福してくれているんですね。いい子いい子」


「ワン!」


メイベルとファティが喜んでいるが、俺だけ置いてけぼりだった。疎外感を感じてしまったので俺も仲間にいれてもらいたい。


「失礼しました。隆司さまを置いてけぼりにするなんて妻失格ですね」


「ああ、うん」


何か変な単語が混じっていた気がするけど、気にしていても仕方がない。


「その指輪はただのオリハルコン製の指輪ではありません。スキル『契約』を付与したアイテムになります」


「そんな凄いものなのか」


ダンジョンのアイテムにはスキルを付与するものがある。『マジックアイテム』と業界では言われている。


これまた、一つ見つければ一生遊んで暮らせるほどのものだ。


「はい。勝手ながら、私と隆司さまを『契約』させていただきました」


「メイベルと『契約』…?一体どんな内容なんだ?」


メイベルは少しだけ身体を隠すようにもじもじしながら、頬を赤らめていた。


「結婚、ですね」


「結婚かぁ…え、結婚?」


冗談でしょっと聞く前にメイベルが俺を力強く抱いてきた。そして、唇を奪われた。


「ん~~~~!?」


メイベル舌が口の中を浸食する。逃れようにもメイベルの腕の力が強すぎて逃れることができない。それなのに、折れてしまいそうなほど細い身体の中に主張してくる二つの山が俺の身体が抵抗する気力を奪い取った。


時間として十数秒。俺の精力はすべて奪われてしまった。俺は肩で息をするだけだった。メイベルはというと俺とは対照的に恍惚な表情を浮かべて、頬を両手で触っていた。


「はぁ~、これが愛する人とするキスなんですね。数千年前に忘れていた感覚が戻ってきています」


「はぁはぁ、メイベル…?」


「ああ、申し訳ありません、隆司さま。はしたない私をお許しください」


メイベルは慣れた手つきで修道服を脱いでいく。ダンジョンの主と思えないほど、美しい肢体が露わになっていく。生まれたままの姿になった時、ボーっとしていた頭を振って無理やり起こし、顔を手で隠す。


「服を着てくれ!」


「ふふふ、初心な隆司さまったら可愛いすぎです。ですが、夫婦の間に隠し事はなしですよ?」


「ちょ、ちょっと待って。夫婦ってどういうこと?後、さっきの結婚っていうのは…?」


「ああ、私ったら早とちりしてしまいました。順序が逆でしたね」


メイベルは俺の腹に馬乗りになって、告げた。


「隆司さまのことをお慕いしております」


「なっ」


メイベルからの突然の告白に頭が真っ白になる。


「隆司さまからの愛の告白は先ほどいただきましたし、さっそく身体を重ねましょう」


「え?ちょっ!」


まだ再起動しない頭がメイベルの自由を許してしまう。


「私が動くので隆司さまはただただ快楽に身を任せておいてください」


「メイベル!こういうのは勢いに身を任せると良くない!一旦落ち着くんだ!」


「ふふふ、お断りします。それではいただきますね♡」


「え?いや、ちょっと!ああああああ!」


十五年間お世話になったお姉さんに俺の操は奪われた。ファティは気を使ってくれたのか俺が普段寝ているロフトで丸まって寝ていた。


数時間後、メイベルはつやつやしていて、俺は枯れたミイラのようになっていた。


━━━

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