お姉さんの怪談 2/2

 わたしがこの話を聞いたのは、小学校に上がった最初の年でした。

 その時一緒に登校してくれた近所のお姉さんが教えてくれたんですけど、今もずっと忘れられません。


 そのお姉さんは榎の枝を指差すと、真面目な顔をしてこう言いました。


「朝と夕方の太陽が昇っているうちなら、あの枝の下を通っても大丈夫。だけど、陽が沈んだら絶対にあれの下を通っちゃいけないよ——攫われちゃうから」


 その時はからかわれていると思いました。

 だけど、わたしは大きくなってからも太陽が沈んでいる間は榎の枝の下を通るのを避けてきました。


 お姉さんの言っていたことは本当だったって、最悪の方法で知ってしまったからです。



 学校に通い始めてしばらく経ったある日の夕方、お姉さんがわたしを遊びに連れ出しました。


 大陽はもう山の後ろに隠れてしまっていて、辺りは薄暗くなり始めていました。


「どこにいくの?」


 心細くなったわたしが問うと、お姉さんはいつも通り優しく微笑んでくれました。


「榎の枝のところだよ。あそこに何がいるのか見せてあげる」


 榎の枝は、いつもと変わらない様子でそこにありました。でも、紺色が混ざる空と血のように赤い夕焼けを背にしているからか、風に葉を揺らす枝がやけに不気味に見えました。


「あのね、私学校が嫌いだったの」


消え入りそうな声でお姉さんが呟きました。


「でも、一年生になったばかりの子を一人で学校に行かせたら可哀想でしょって、お母さんが言うから。毎日、毎日、毎日毎日毎日、私は頑張って学校に行くしかなかったの」


 お姉さんがわたしの手を放しました。


「バイバイ」


 お姉さんが榎の枝の下に飛び込んだ途端、枝からぶら下がった何かが大きな口を開けてお姉さんを呑みこみ、そのまま消えていきました。


 これは後で知った話ですが、お姉さんは学校で酷いいじめに遭っていたそうです。

 でも、わたしがいたから毎日学校に行かないといけないってお母さんに言われて、無理やり学校に送り出されていたそうです。


 今もまだ、お姉さんは見つかりません。


 お姉さんがいたから、内気なわたしも楽しく学校に通う事ができたのに……お礼を言う事も、謝る事もできませんでした。


 どうしてわたしはあの時、お姉さんの手を放してしまったんでしょうか。


 悔やんでも悔やみきれません……。




「話はこれでおしまいです」


 女の子が話し終えると、私はぼんやりと、

(陽が沈んでから榎の枝の下を通ると化物に攫われる——そういえばそんな内容だったな)

 と、思い出した。


 でも、実際に人が攫われたっていうのは、今初めて聞いた気がする。


「もしかして、お姉さんが攫われたっていう部分は自分で考えたの?」


「いいえ、全部本当の話ですよ」


 そこでようやく、女の子の視線がずっと上を向いていた事に気付いた。

 女の子の視線の先に目を向けると、榎の枝の向こうに見えていた夕日が山の向こうに沈んでいくのが見えた。


「あなたがいじめて追い詰めたのに、忘れたんですか? たった4年前のことなのに」


 ——ドンッ


 体当たりするような勢いで突き飛ばされ、倒れ込んでしまった。顔を上げると、さっきまで人懐っこい笑みを浮かべていた女の子が冷たい視線を私に浴びせていた。


 その子が呟いた名前を聞いた途端、忘れていた記憶を取り戻した。


(そういえば、いたな。小学校の頃おもちゃにしていた同級生に、そんな名前の子が)


 ふと、風を切るような音に気付いてそっちを向いた。


 ……見なければよかった。


 大きな口を開けた化け物が、今まさに私を食い千切ろうとしていたから——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る