みっけ 全1話

みっけ

 部屋の片付けをしていたら、雑誌の間から一枚の写真がひらりと落ちた。拾い上げてみれば懐かしさに頬が緩む。


 これが撮られたのは70年代後半、オカルトブームが巻き起こっていた頃だ。


 当時大学生だった俺は、そんなブームに便乗した一人だった。同じくオカルトに傾倒した親友と一緒にUFOを追いかけていた。雑誌にテレビに、同じ志を持つ仲間との情報共有に明け暮れた日々が懐かしい。


 UFOを写真に収める為に、各地へ赴きカメラを構えた。結局一度も捉えることはできなかったけど……。


 今日見つけたこの写真は、その青春の日々が切り取られた一枚だ。墨で塗りつぶしたような夜空を背景に、尾を引く光の点が写っている。


 撮影場所は——鬼の首無塚。

 あの時目にした不思議なものは、今も鮮明に思い出せる。




 ——鬼の首無塚で、珍しい流れ星が見られるらしい。きっとUFOに違いない。


 噂を聞いて流れ星とUFOを結び付けたのは、俺と親友のどっちだっただろうか。ともかく、俺達は電車とバスを乗り継いでその地を訪れた。


 バスから降りると、木の枝に日が遮られたじめっとした場所だと思った。心なしか昼なのに薄暗いような気もしていた。


 地名が書かれた立て看板を見た時、親友がぽつりと呟いた。


「そういや、鬼の首塚ってどういうことなんだろうな」


「どういうことって、何が?」


 俺がすかさず聞き返すと、親友は、


「首塚はさ、首が埋葬されて祀られている場所だろ。首が無いのに塚を作ったのか?」


 と、軽く頭を掻きながら疑問を口にした。



「体だけ埋めたんよ」


 しゃがれた声に驚いて俺と親友が振り返ると、腰の曲がった小柄な婆さんが俺達を見上げていた。


「昔、この地には鬼がおった。お侍様が鬼の首を刎ねてくださったから、ご先祖様は鬼の体を埋葬したそうな。首は刎ねられた時に呪いの言葉を吐きながら天に昇ったとされておる」


 婆さんは俺が持ってきたカメラと親友が持ってきた望遠鏡を一瞥して、


「他所ではどう言われているか知らんが、この村じゃ流れ星は不吉なものとされておる。もし見つけても、そっとしておけば悪さはせん」


 婆さんはそう言って立ち去ろうとして、もう一度振り返ると、


「見つからんようにな」


 念押しするように、俺達に半ば睨むような一瞥をくれて村の方へと歩いて行った。


 婆さんの背中が遠くなると、俺と親友は顔を見合わせた。

「今の何?」

「知らん。ただの信心深い婆さんだろ。それより、はやくテント張らないと暗くなるぜ」


 バス停から緩やかな坂を上ると、話に聞いていた通り急に視界が開けて野原が見えてきた。俺達の他に人はいなかったけど、いくつか火を起こしたような跡が残っていたので、その近くでテントを張る事にした。


 協力してテントを張って、カップラーメンで夕食を済ませると暗くなるのを待った。


 やがて、一番星が光り始めた頃。


「さっきから思ってたけどさ、この辺鳥とか全然いないのな。こんな山の中なのに」


 親友が言う通り、俺達がテントを張り始めてから今までカラスの一羽さえ見ていない。それどころか、鳥の鳴き声さえ聞こえなかった。


 無音のまま、夜が更けていく。風の音だけがやたらと五月蝿く聞こえていた。


「おい」

 親友が興奮したように俺の肩を叩き、空を指差した。


 光の線が夜空を走った。しかし、それはあまりにも不規則な軌道で動き回っていた。右へ左へ、点は大きくなったり小さくなったりしている。


「おおお!」

 俺はカメラを構えると夢中でシャッターをきった。フラッシュが当たりを照らすと、一度だけ点が止まったような気がした。


「見つけちまった。遂に見つけちまった!」


 はしゃいだまま親友の顔を見ると、彼は望遠鏡を覗いたまま固まっていた。


「おい、何だよ?」


 親友はようやく望遠鏡から顔を上げると、


「なあ、昼に会った婆さんさ、鬼の首は天に昇ったって言ってたよな」

「だから何だよ」


 俺は親友をどかすと望遠鏡を覗いた。


「うわあああああ」


 丸く切り取られた夜空に、首が浮かんでいた。目は充血したように赤く、髪は煌々と燃え、額には大きな角があった。


 夜空を不規則に飛ぶ光の点は、奇妙な流れ星でも、UFOでもなくて、刎ねられた鬼の首だったということだ。


 それから、俺達がどうやって帰ったのかは思い出せない。後で「あの鬼の首の写真を雑誌に送ったらそれなりに金になるんじゃないか」と盛り上がって、写真を現像してみたが、映っていたのは尾を引くただの光の点だった。




 そんな事もあったな、と俺は写真から顔を上げた。


 あれからもう何年経ったんだろう。親友とは就職を境に会う機会も減ってしまった。でも、こうして思い出したのも何かの縁だ。飲みにでも誘ってみようか。


 携帯電話で親友に向けてメールを書いている最中、ふと視線を感じて窓に目を向けた。


「は?」


 窓の向こうに充血した巨大な目玉が見えた。それがあの日望遠鏡の向こうにいた鬼の首の目だと気付くよりも先に、なぜか婆さんの言葉を思い出していた。



「見つからんようにな」

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