ふゑあり様 2/3

 あれは、僕と姉がまだ小学生だった頃。夏休みに、初めて父の実家に遊びに行った時のことだ——。



 祖父母の家に向かう車の中で、泊っている間の約束を両親とした。


 1、 祖父母の言う事はちゃんと聞く事

 2、家の裏にある蔵には絶対に近づかない事


「どうして蔵に近づいちゃいけないの?」

 姉がそう聞くと父は、

「蔵の中は暗いし、物がたくさん置かれていて、崩れてきたら危ないから近づいちゃだめ」と教えてくれた。


 しばらく車を走らせた後、父は車を家の前に止めた。

 敷地内に車が入ってきたのに気が付いたのか、玄関を開けて祖父母が出てきた。嬉しくなった僕は、車から降りると誰よりも先に玄関へ走った。


「おじいちゃーん! おばあちゃーん!」

「おお。よく来たなぁ」「あれまぁ、大きくなったわねぇ」


 祖父母は微笑みを浮かべて僕の頭を撫でてくれた。僕はさらに二人の気を引くため、自分の背がどれくらい伸びたとか、学校で何をしているとか、他愛もないことを自慢話のように語って聞かせた気がする。


 そんなとき、後ろの方から声が聞こえてきた。父と母、その後を追うようにして姉が玄関に入ってきた。


 祖母はそれをみると、

「あらあら、久しぶりねぇ。さ、あがってちょうだい。スイカを冷やしておいたのよ」

 そう言って嬉しそうに僕達を奥へと案内してくれた。


 祖母の後ろについて廊下を歩いている時、母の声が聞こえた。


「あなた、そろそろサングラスを外してちょうだい」


 そう言われて、父はようやくサングラスを外した。父は、昔から日光に弱い体質らしい。夏でも長袖のシャツを着ているし、光から目を守る為に、外に出るときは必ずサングラスをかけている。


 母もそれは理解していた。でも、サングラスをかけている父はいつもより威圧的に見えて怖いと思っているようだった。だから室内に入ると、外して、といつもお願いしていた。


「まだ治らんのか」

 父と母のやり取りを見ていた祖父が呟いた。


「ずっと治らないから、もう諦めてるよ」

 父はそう言ったけど、祖父は納得していないようだった。


「昔から、お前は根性が足りん。少しは克服してやろうって意地を見せたらどうだ」


 祖父は呆れたように笑っていた。きっと、本当に克服できると思っていたんだろう。自分が持っていない体質だから、それがどんなものなのか理解できなかったのかもしれない。


 父だって、望んでそうなった訳じゃないのに……。子供心にそう思って、父を見つめた。てっきり苦い顔をしていると思ったけど、父は反論もせず、穏やかに笑っているだけだった。


 そんな父の顔を見て、

「昔はもっと騒がしかったのにな」

 祖父はポツリとそう零した。


「お父さんは、どんな子供だったの?」

 好奇心でそう聞くと、祖父は、「日が沈んでも遊び呆けて帰って来なくて、悪戯ばかりする悪ガキだったよ」と教えてくれた。


「昔の話だよ」

 父は笑ったが、僕は今の父からは想像もできなくて、しばらくポカンと口を開けて父を見つめていた。


「そういえば」

 祖母が思い出したように口を開いた。

「今みたいに大人しくなったのは、お仕置きで蔵に閉じ込められてからだったわね」


 この地域には、悪い事をした子供を蔵に閉じ込める習慣があるらしい。

 蔵の中には【ふゑあり様】という神様が住んでいて、その神様に会った子供達はみんないい子になると信じられているそうだ。


「お父さんは、ふえあり様に会ったの?」

 そう聞くと、父は何も言わず、薄く笑みを浮かべていた。



 祖父母の家に来た日、大人達がずっと世間話をしていたので、僕と姉は一緒にゲームをしていた。スマブラという対戦ゲームで遊んでいたけど、僕が何回も姉を負かしたから、姉は拗ねて宿題を始めてしまった。


 持ってきたゲームソフトは、どれも二人で遊ぶものばかりだった。仕方なく僕も宿題を始めたけど、途中で飽きて探検に行くことにした。


 祖父母の家は大きな日本式家屋で、家の大きさに負けないくらい庭も広かった。だから探検にはもってこいだった。


 大きな庭石に登ってみたり、蝉の抜け殻を探してみたり、あちこち見て周っているうちに、瓦屋根の小さな家のようなものが見えてきた。そこでようやく、家の裏側まで来てしまっていたことに気付いた。


 ——もしかして、あれが蔵?


 蔵には近づいちゃいけないという約束があったのに、僕は初めて見るその不思議な建物に興味津々だった。おそるおそる近づいて、下から上まで眺めてみる。


 白い壁の、二階建ての小さな建物だった。入り口には取っ手のような物がついている。

 入っちゃいけないと思いつつ、外から中を見るだけなら大丈夫だろうという欲が勝った。


 取ってを掴むと、思いっきり引っ張った。


「開かないや。鍵かかってんのかな」


 僕は諦めて帰ることにした。


 ふと、遠くて姉が僕を呼んでいるのに気付いた。

 返事をしようとした——そのとき、


 ずずず……


 何かが引きずられるような音が後ろから聞こえた。

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