第74話 彼らの昼休み
試合終了と同時に、蓮は膝に手をつき、肩で息をしていた。右膝の辺りがドク、ドク、と脈打っているような感じがして熱い。
(これくらいなら痛みはほぼないってわかったのはよかった)
そんな風に内心で安堵していると、柊平が急いで蓮のもとへとやって来た。
「おい、蓮!お前何考えてんだ!?膝は?大丈夫なのか?」
怖いくらいに真剣な表情で柊平は蓮に詰め寄る。
「っ、柊平?お前なんで俺の膝のこと知ってるんだ?」
一方蓮は柊平が自分の状況を知っていることに目を大きくした。
「それは後だ!大丈夫なのか!?」
「あ、ああ。ちょっと熱をもってるけど痛みはほとんどない。大丈夫だ」
柊平のあまりの剣幕に蓮は圧倒される。
「そうか……、よかった」
蓮の言葉に柊平は安堵の息を吐く。
すると蓮と柊平が二人でいるからか、すぐに日葵達が集まってきた。
「とりあえず話は後だな」
「ああ」
蓮は混乱しつつも、柊平の言葉に同意するのだった。
集まった日葵と拓真のテンションがとんでもなく高かった。
「天川!さすがだな!マジですごかった!」
「天川~!何だよあれは!?あんなことできたのかよ!?」
「ありがとう。まあ、なんだ。勝ててよかった」
日葵と拓真は興奮冷めやらぬといった様子で、この試合の感想を言い合っている。蓮は柊平と早く話したくて、相づちを打つ程度だ。柊平も同じ思いなのか蓮と似たような反応を返している。
だが、日葵と拓真のテンションも長くは続かなかった。
「天川が衰えてないってのもわかったし、これでトーナメントも、って言いたいところだけど……」
「まあ正直今の状態だと厳しいだろうな……」
そう言って二人がちらりと目をやった先には昇が立っていた。二人の言いたいことは蓮にもわかる。昇が今のままでは勝つ、なんてことは難しいだろう。
蓮達に近づいてこようとはしていなかった昇だが、ずっと見てはいたのか、二人の視線に気づき、一瞬肩をビクッとさせると、足早にコートから去っていった。
それを見て、日葵と拓真は深いため息を吐き、四人もコートを出て応援してくれていたクラスメイト達のところに合流するのだった。
するとすぐに蓮と柊平のもとに杏里と美桜が駆け寄る。
「蓮!すごいすごい!何よ最後の!ずっとボール浮いてたよ!?ポン、ポンって簡単に抜いちゃうし!あんなの初めて見た!どうやったらできるの!?凄すぎだよ!」
怒涛の勢いで話し出す杏里。興奮しているのか少し頬が紅潮していた。
「わかった、わかった。だからちょっと落ち着け杏里」
「なんでそんなに落ち着てるの!?最後蓮があんなすごいことできたから勝ったんだよ?もっと喜びなよ!」
「十分嬉しいって。ただあんなのは見かけ倒しだからな。初見で相手が驚いてくれたからうまくいっただけで」
実際それほど難しいテクニックを使った訳ではないから蓮は苦笑する。相手が落ち着いていればボールを奪うことだってできただろう。そうさせないように蓮は仕掛けたのだが、相手がしっかりと慌ててくれた。そんな心理戦がうまくいっただけなのだ。
「もー!どうして蓮はそんななの!?すごいことやったんだからもっと胸を張ればいいのに!」
「ま、確かに今回はあれがなきゃ負けてたかもしれないからな。杏里が正しいんじゃないか?」
柊平がニヤッと笑う。
「お前まで何言ってんだよ」
「蓮くんの言う通りだとしても本当に、本当にすごかったよ」
美桜まで加わってきた。そして美桜の頬も紅潮していた。
「約束だからな。まだまだ頑張るよ」
「っ、うん!」
「約束って?」
杏里が耳聡く尋ねる。
「ん?ああそれは…、球技大会、真剣にやるって約束したんだよ。な?美桜」
格好いいところいっぱい見せてほしいと言われたなんて、さすがにちょっと恥ずかしくてそんな言い方をした。
「う、うん……」
美桜も保健室でのやり取りを思い出したのか、先ほどまでとは違った理由で頬を染める。
「ふ~ん。…さすが美桜!蓮がこんなにやる気なのは美桜のおかげだったんだね!」
少しだけ違和感、というか疎外感のようなものを感じた杏里だったが、すぐに明るい雰囲気で言葉を続けるのだった。
それからも四人でしばらく話していたが、蓮と柊平はわざわざ他の応援に行く気はない、と早めに自主的な昼休みに入ることにした。杏里から呆れたジト目を美桜からも困ったような苦笑をもらうことになってしまったが、蓮達は気にせずその場を後にした。
杏里と美桜の二人と別れ、蓮達は昼食を持って屋上に来た。ちょっと暑いが、今日は曇ってるし、風が吹けばそれなりに気持ちいいため、それほど気にならない。それにわかっていたことだが、見渡す限り他に誰もいない、というのが丁度よかった。
早速蓮は菓子パンを、柊平は弁当を食べ始める。雑談をしながら食べ終えた頃にようやく本来の昼休みの時間が始まった。
一息ついて、二人は先ほど中断した話の続きをする。
「それで?なんで柊平は俺の膝のこと知ってたんだ?」
「滝沢と似たようなもんだよ。俺もサッカー部だったからな。中学のときの蓮を知ってたんだ。で、お前が大会に出なくなったから、お前の中学のやつにちょっと聞いてみたんだよ。それで知った。悪かったな、黙ってて」
「なるほどな。謝る必要はないさ。ちょっとびっくりしただけだから」
あのとき、確かにサッカー部の連中がお見舞いに来た記憶がある。あんまり憶えていないけど、自分の容体は見てわかっただろうし、サッカーはもうできない、と言った気もする。退院してすぐに母方の祖父母のところに引き取られたから彼らとはその後会っていない。別に会いたいとも蓮は思っていないが。
「そっか。なぁ俺からもいいか?なんであんな無茶をしたんだ?ただの球技大会だぞ?」
ちらりと柊平を見れば、真剣な表情で蓮を見ていた。だから蓮も誤魔化さなかった。
「水波が色々言われてるのが聞こえて。このまま負けるのはまずいと思ったんだ」
「っ、そりゃ俺も聞こえてたけど、それは水波の問題だろ?蓮がどうこうする必要なんてないだろ?」
「もちろんそうなんだけど、なんか嫌だったんだ。体調が悪いってのは本人が否定してたよな?なら、美桜とのことが原因だと思うし。俺は二人が話してる場にいたからさ。そういうの何にも知らないやつらに言われっぱなしってのがな。あれで負けてたら水波の責任、ってなりそうだったろ?」
「いや、まあそれは確かにそうかもしれないけどさ。でも実際動いてないんだからしょうがなくないか?俺にはお前がそこまでする理由にはなってない気がしちまうけど」
「それだけじゃないんだ。……美桜と約束したんだよ」
「さっき言ってた真剣にってやつか?でもそれなら―――」
やはり真剣にやるだけなら無理をする必要はないと思うが……。柊平が言いたいことが蓮にもわかったのだろう。
「……いや、……保健室で話してるとき、俺お詫びをさせてほしい、って言ったんだ。そしたら球技大会の応援に行ってもいいか、って。それで格好いいところを見せてほしい、ってお願いされて」
蓮は照れ臭そうに美桜と交わした本当の約束を話した。
「そういうこと、か。ってお前、さっきまだまだ頑張るって」
「ああ、痛みはないし、もう少しやれそうだから。…この約束はどうしても守りたいんだ」
「はぁ……。そうかよ……」
「悪いな、心配かけて」
「蓮が自分でそうする、って決めたんだろ?なら俺がこれ以上言うことなんて何もねえよ」
「ありがとう」
それから二人は本当の昼休みが終わるぎりぎりまで屋上でのんびりと過ごし、屋上を後にした。
二人が去った後、階段室の陰から昇が姿を現した。昇は二人が来る前から一人になりたくて屋上に来ていたのだ。そしてぼんやりと物思いに耽っていたら、話し声とともに扉が開く音がしたことに驚いて咄嗟に階段室の陰に隠れた。
まさかやって来たのが蓮と柊平だったとは。昇は余計に出ることができず、ずっと隠れたままでいた。つまり、二人の会話をすべて聞いてしまった。
一人残った屋上で昇は己への悔しさから唇を噛むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます