第73話 予選の結果

 試合後すぐに杏里と美桜が蓮と柊平のもとへとやって来た。

「すごかったよ!蓮、柊平。おめでとー!」

「おめでとう!蓮くん、日下君」

 杏里と美桜にとっても興奮する試合展開だったのか、顔が上気している。

「ありがとう」

「サンキュー」

 蓮と柊平は嬉しそうに返した。


「けど二人ともあんなに上手いのになんで今まで真面目にやらなかったの?」

「疲れるだけだから」

「だな。今は帰宅部だし」

 蓮が端的に残念な理由を言い、柊平も後に続ける。

「む~、またそういうこと言う」

 杏里は二人のやる気のなさが残念でならなかった。

「でも本当にすごかったよ。すごく格好良かった」

 美桜の輝くような瞳と表情が本心であると伝えてくる。

「そっか。よかった……」

 美桜の言葉に蓮は安堵の息を吐く。蓮が真剣にやっているのは美桜との約束のためだから。蓮はもっと頑張ろうと心に決めた。

「そうだね。ギャップってやつかもだけど確かに格好良かったよ、二人とも」

「杏里、ギャップは余計だ」

 柊平は間髪入れず杏里の言葉にツッコんだ。


 その後、話が途切れたところで蓮は三人に断りを入れ、一人その場を離れた。

「あいつ、大丈夫かよ……」

 蓮が去っていく背中を心配そうに見つめて柊平がぽつりと言う。

「え?」

「ん?柊平何か言った?」

 立っていた位置の関係か、杏里はよく聞こえなかったようだが、美桜には柊平の言った言葉が聞こえていた。大丈夫っていったい何が?

「いや、何でもない。さすがに疲れたから俺もどっかで休憩してるわ」

 けれど、ただの独り言だったのか、柊平は誤魔化すように言って自分もこの場を離れることを杏里達に告げる。

「そ。もう少ししたら私達の二試合目だからまた応援に来てよね」

「ああ、わかってる。それじゃあまた後でな」

(蓮くん……?)

 柊平も去っていく中、美桜は柊平の言った言葉が気になっていた。


 一方、蓮はベンチに座っていた。周囲に人はいない。そこでようやく肩の力が抜けたというようにふぅーっと息を吐く。その手が自然と自身の右膝を摩る。

(大丈夫。これくらいなら痛みはない。少し違和感があるくらいだ)

 気をつけながらプレーしていたが、最後の日葵へのパスはちょっとだけ膝に痛みが走った。本当なら何てことはない、たったあれだけのプレーで、だ。

 そのことに諦めにも似た苦笑が浮かぶ。

 でももう少しギアは上げられそうだ。一試合目ということで自分の状況を把握するためにもかなりセーブしながらのプレーだった。昇の不調が想定外だったが、なんとか切り抜けることができた。


 そう、昇のことだ。あれが体の不調じゃないとすると、精神的なもの、なのだろうか。だとすれば美桜とのことが原因なのだろうか。話しているとき美桜は何も言わなかったが、目が何度か昇にいっていた。やはり美桜も気になっているのだろう。いや、自分達などより余程付き合いが長い分、心配の気持ちが強いのかもしれない。美桜は決して冷たい人間ではないから。


 自分に何かできることはあるだろうか。昇にされたことは正直腹が立つし、許せないとは思うが、それとこれとは話が別、というか、あんな姿は見ていられない。だけど昇はそれを望まないだろうなということもわかる。何とも気分が重くなる事態だった。



 そんな休憩を挟んで、次は再び美桜達の応援だ。

 二試合目も美桜達は接戦だったが、三対二と何とか勝利し、連勝で見事トーナメント進出を決めた。

 この試合では杏里が大活躍で、先制点と同点に追いつかれてからの勝ち越し点の二点も取った。


 続いて蓮達の二試合目。この試合でも昇は全然動けなかった。それでも四人で頑張り日葵と柊平、二人の得点と、拓真のファインセーブ連発により、二点のリードで終盤に突入したのだが、そこから立て続けに失点してしまい同点に追いつかれてしまった。なぜこんなことになってしまったのか。蓮と柊平、帰宅部コンビの動きが目に見えて悪くなってしまったからだ。ただでさえ普段から運動していないのに、昇の分をカバーしながらの動き、それも少しの休憩で二試合目というのは二人のスタミナをガリガリと削っていったのだ。そこを突かれてしまった。

 本人達は悔しさから顔を歪ませているが、応援側は少々反応が違っていた。二人の頑張りは称え、何もしていないに等しい昇を責めるような言葉が多かったのだ。彼らも大声で言うようなことはしていないからその野次は目立ってはいなかったが、いくつかコート内まで聞こえてくるものもあった。


 そしてそれは蓮の耳に届いた。だから蓮は決めた。この野次を止めようと。何も知らない第三者がこれ以上昇を責めるのは見ていられなかったから。

 拓真が相手のシュートをキャッチして蓮達が攻める番となったとき、蓮は拓真に近づいた。

「村野、ボールくれるか?」

「天川?ああ、疲れてると思うけど、後一点頼むぞ」

 蓮がボールを運ぶと思い、拓真は蓮にボールを託す。

(頑張れ。頑張れ、蓮くん)

 蓮がボールを受け取った瞬間から美桜は祈るようにして心の中で応援していた。が、すぐに何も考えられなくなる。そしてここからの時間、ただただ蓮を見つめるだけとなった。

 最初は緩やかなドリブルから始まった。勢いづいている相手チームがボールを奪いにくる。すると、蓮はリフティングのようにボールを浮かせた。蓮がリフティングの動きを続けると警戒してか相手の足が止まる。その瞬間、相手の頭上を越すようにボールを蹴り、横を通り抜けるとそのままボールをトラップしたかと思うと、一気にスピードを上げ、リフティングを継続しながら前に進んでいく。その際は奪われにくいように常に体の近くにボールが来るように調整されていた。絶妙なコントロールだ。

 後ろから抜かれた選手が、前からも相手が蓮に迫り挟まれる形となるが、蓮は巧みにボールを操り、二人を抜いてしまい、またスピードを上げ前に進んでいく。一度リフティングを始めてから一度もボールが地面に着いていない。


 日葵は蓮の技術に見惚れていた。あれだ。あの尋常じゃない技術。日葵が中二のとき大会で蓮のプレーを見て衝撃を受けたのだ。あんなやつが同学年にいるのか、と。どうしてか中三の大会から蓮はいなくなってしまったが、あの頃から全く衰えていないじゃないか。ボールがまるで生きてるみたいに蓮の周りを飛び回りながらディフェンスを掻い潜っていく。けれどまだまだあんなものじゃない。蓮の真価は客観的に見ていてもわからないほどのステップにある。日葵はそれが見たかった。蓮が同じ高校だとわかったとき、本当ならサッカー部で一緒に戦いたかったのだ。でもそれは叶わなかったから。だから折角同じクラスになれたこの機会にせめて、と球技大会に誘った。


 一方、柊平は日葵とは違う理由で衝撃を受けていた。技術については今更驚くことでもない。柊平も中学時代の蓮のことを知っていたのだ。けれど、今の蓮にあんな動きをすることはできないと思っていた。それは蓮がサッカーを辞めた理由にも繋がっているはずで。一試合目はかなり慎重に動いていたように見えた。だから少し心配ではあったが、何も言わなかった。けどこれは違う。無茶だ。負担が大きいはずだ。こんな、たかがお遊びですることじゃない。蓮はいったい何を考えているのか。柊平の中はそんな疑問でいっぱいだった。


 二人のそんな思いとは関係なく、蓮は一人で進んでいく。そもそも相手も最大で四人しかいない上、日葵と柊平に一人ずつ注意がいっていたためフォローが遅れ、二人の選手に後ろから追われる形だが、あっという間に相手ゴール前へ。このままゴールに張りついていてもコースを狙われて決められる、と判断したキーパーが手を使えるアドバンテージでボールを奪おうと前に出る。キーパーと一対一だ。そこで初めてボールが地面に触れる。チャンスだとキーパーが思った瞬間、蓮はツーバウンド目をさせることなくそのままキーパーの股の間を通すように、ゴールへ優しくパスを出すようなシュートを決めた。


 衝撃的なゴールに歓声が沸いた。

 杏里が大興奮と言わんばかりに黄色い歓声を上げ、美桜は驚きのあまり両手で口元を覆い、言葉を失くしていた。それほど劇的なプレーだったし、美桜は蓮に見惚れていた。美桜の中で感動とも興奮ともつかない感情が込み上げる。

 それから間もなく試合が終了し、三対二の大逆転で、蓮達はトーナメントに進んだ。



 ―――――あとがき――――――

 こんばんは。柚希乃集です。

 読者の皆様、いつも応援くださりありがとうございます!

 これはスポーツを題材にした小説ではありません(笑)

 プレーの雰囲気が伝わるといいのですが……(^^;

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