第72話 真剣な彼らのプレー
美桜と杏里の二人は他のメンバーから離れ、蓮と柊平のもとへとやって来ると、開口一番杏里がピースをしながら言った。
「蓮!柊平!どうよ?私達勝ったよ!」
余程嬉しいのか、ちょっとどや顔になっている。
「ああ、わかってるよ。お疲れ。いい試合だったな」
杏里の表情に蓮は笑いそうになるのを堪えながら二人を労った。
「よかったな、杏里、華賀。本当すげーいい試合だった」
普段の柊平なら杏里のどや顔にツッコみそうなものだが、今回はそんなことはなく、蓮と同じように二人を労う。
「あ、ありがとう。蓮くんと日下君の応援の声、ちゃんと聞こえたよ」
美桜はちょっぴり気恥ずかしそうだ。それも仕方がない。あんな風に名指しで応援されたのは美桜にとって初めての経験だったから。大袈裟かもしれないが、あの瞬間何でもできるような気がした。それくらい嬉しかった。
「そうそう。二人ともあんな大きな声出しちゃってさ。びっくりしたよ」
杏里もこの件については少し照れが見える。やる気がないのが常な蓮と柊平が、応援に来てくれただけで普通に満足だったのに、柄にもなく熱い声援を送ってきたから。
「ちゃんと応援するって約束したしな?まああの後すぐゴール決めるっていうのはでき過ぎだろとは思うけど」
「本当うまい具合にパス繋がったよな。それに最後の華賀だよ。フェイントからのシュート、見てて結構テンション上がったわ」
柊平が美桜のシュートまでの一連の流れを褒める。
「ありがとう」
「本当、本番で決めちゃうんだから。すごいな美桜は」
「ううん、あのときは無我夢中で。それに蓮くんが教えてくれたものだから。成功してよかった」
蓮にまですごいと言われ、少し慌ててしまったが、最後には笑みが浮かんでいた。
「次は蓮と柊平の番だね」
「ああ」
「おう!杏里もちゃんと応援しろよな?」
「何、柊平。すごいやる気じゃん」
「まあな。高校最後だし、今回だけ、な」
「二人とも頑張って」
「ありがとう。どこまでできるかわからないけど頑張るよ」
「俺らも杏里と華賀に続かなきゃな」
その後、蓮と柊平は日葵、拓真と合流した。少し遅れて昇もやって来た。
慣れた感じで簡単にアップをして、いよいよ彼らの試合開始となった。
時間帯が卓球と被っているため、応援はクラスメイトの三分の二程が集まっている。
相手は一年生で、現役サッカー部レギュラーが二人もいる蓮達は楽勝かと思われたが、現実はかなり苦戦していた。
というのも……。
「水波のやつ、なんで全然動こうとしないんだよ」
「ずっとそこから攻められてるし、なんかヤバくないか?」
「水波!何してんだよ!」
そんな声が応援に来ていた男子達から発せられるほど、昇の動きが悪かった。いや、動きが悪いなんてものじゃない。ほとんど走りもせず、中央辺りをうろうろして攻めも守りも参加しようとしていない。
それを試合開始後割と早い段階で相手が見抜き、昇のいる方ばかりから攻めるようになった。フットサルのコートは狭いようで中々広い。昇のフォローをするために他のメンバーが偏った動きをするため、上手く連携して攻めに転ずることができない。
そんな時間が続いていた。
昇にもクラスメイトの声は聞こえていた。日葵達が自分を呼ぶ声も、どうした、大丈夫かと心配する声も聞こえている。その言葉に昇はただ歯を食いしばる。だが、それだけだ。自分でも動こうと思っているのに体が全く動かないのだ。それどころか顔色も悪くなってきていた。
美桜と杏里も思わぬ苦戦に必死に応援している。どうして昇が全くやる気を見せないのか、それは彼女達にもわからない。体調が悪いなら下がった方がいいと思うが、そうする気配もないのだ。外から見ていてもそんな昇のところが狙われているのはわかるが、皆でフォローして頑張っている。勝とうと頑張っている彼らを見たら応援にも熱が入るというものだ。
杏里は蓮と柊平が汗を流し真剣な表情でプレーしている姿に驚いていた。いつもサボっている姿ばかりで二人がこんなに真剣にやっている姿なんて初めて見たから。二人ともすごく格好良くて何だか癪だ。どうせならもっと前から見せてほしかった。
美桜も蓮に格好いいところを見せてほしいと言ったことも忘れているかのようだ。今蓮が頑張っている理由が、自分が保健室で言った言葉だとは思っていないのかもしれない。ただ、真剣な蓮から目が離せなかった。もっともっと見ていたい。美桜は胸が高鳴るのを抑えられなかった。
なんとか蓮、柊平、日葵が守り、拓真のファインセーブもあって失点は免れていたが、その均衡がついに崩れてしまった。一失点。この展開での失点はかなり重い。だが、ここで日葵が割り切った。今のまま続けていても勝てない。
「日下、天川、最初からポジションを変えよう。水波のところは俺がカバーする。俺一人って決まってた方が動きやすいだろ?だから他を二人で頼む」
日葵の言葉に蓮と柊平はわかった、と返事をする。
「それと最初はあえて隙を作る。俺が絶対ボールを奪ってパスを出すから、逆から一気に攻めてくれ。一発で決めてもらえるとありがたい」
蓮と柊平は表情を引き締め直して頷いた。
そうして試合は再開された。相手にボールが渡ると、再び昇のところから仕掛けてきた。少し調子に乗っているのか、昇が何もしないこと前提でかなり大きなドリブルで一気に進もうとした。そこを日葵が狙った。大きく蹴りだした瞬間にダッシュし、ボールを奪うとすぐに逆サイドにいた柊平にボールを出す。柊平は無理せず中央にいる蓮へとパスしてそのまま走り出す。すると蓮が完璧な位置にパスを出し、走っていた柊平の足元にボールが来る。柊平はそこで切り返す動作をすると蓮が走っていることをちらりと見て確認し、再びボールを蓮へ戻し、ゴール前に走り込む。蓮は走り込んだ柊平の足元目掛けてゴールへと真っ直ぐ強いゴロを蹴る。柊平はゴールに背を向けたままそのボールをトラップする、かに見せてちょん、と軽くジャンプすると踵でボールのコースを変えた。
ボールはそのままゴールへ。キーパーは全く反応できなかった。流れるような二人の連携が決まり、同点になった。
コート内では蓮、柊平、日葵が喜び合っている。
「ナイシュー日下!天川も!よくあんな綺麗にできたな!練習してたのか?」
「いや、けどなんとなく柊平が狙ってるのはわかったから」
「蓮ならくれると思ってたからな」
三人とも笑顔だ。
「俺はてっきり中学のときみたいに天川が一人で仕掛けるかと思ってたよ」
「んなの今は無理だっての」
「まあ、何はともあれこれで同点だ。逆転しようぜ」
柊平がまだこれからだと言うように話をまとめる。
「「ああ!」」
二人は力強く返事をした。
拓真もゴール前でガッツポーズしていた。応援もテンションが上がっていた。杏里と美桜も手を取り合って喜んでいる。そんな中、昇だけは蓮達に近寄っていくこともできず立ち尽くしていた。
そこからは相手も気合を入れ直してきた。元々一人少ない人数でやっているようなものな蓮達はなんとか守るが、中々攻められず、時間だけが経過していた。終了の時間が近づいてきてこのままでは同点で終わってしまう。トーナメントに行けなくなるかもしれない。
じりじりとした展開の中、蓮が相手のパスをカットした。それに柊平がすぐさま反応し、ルーズボールを拾う。そのままダイレクトで日葵へパス。日葵は蓮へと、蓮は柊平へと連続でパスを繋ぐ。すべて速いパスだが綺麗に繋がっている。柊平が蓮に折り返し、蓮も再び柊平にパスを出す。このとき蓮が顔を上げて周囲を確認した。もう一度柊平から蓮にパスが行った。柊平がゴール前に切り込んでいく。先ほどの再現か、と誰もが思った。だが、そこで蓮はアウトサイドを使って逆方向に蹴った。そこには走り込んでいた日葵がいた。
日葵は自身が思い描いていた通りのパスが来たことでニッと一瞬笑みを浮かべると、ダイレクトでシュートを打ち、ボールはゴールネットを揺らした。
二対一。応援も含め、一気に皆のボルテージが上がる。
蓮達がハイタッチをしている。応援のクラスメイト達からも熱い歓声や黄色い歓声が上がる。美桜も杏里も大興奮だ。
その後、残り時間を守り切り、蓮達の一試合目は劇的な逆転勝利で終わった。
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