第67話 彼と彼女の恐らくは最後の話し合い

「水波君……」

 美桜は突然名前を呼ばれたため、そちらを見てみれば昇が立っていたことに驚き、目を大きくした。

「っ!?」

 一方、昇は美桜の口から漏れた自分の呼び名に衝撃を受けた。どうして昇、と名前で呼ばないのか。それに何だその目は。戸惑っているような、もっと言えば迷惑そうな、そんな目を自分に向けるなんて初めてのことだ。昇は一瞬頭が真っ白になるが、元凶はすべて隣に立つ男かと思い蓮を睨みつける。


 蓮は昇の表情を見て瞬時に警戒した。鬼の形相とはこのことを言うのではないかと思えるような顔をしていたからだ。

 さっと美桜と昇の間に体を割り込ませ、美桜を背で庇うような形にする。

「蓮くん?」

 そんな蓮の行動に美桜は首を傾げた。

「っ!?」

 再び昇は衝撃を受ける。なぜ、この男を名前で呼んでいるのか、と。いったいいつから?どうして?と疑問が次々と溢れてくる。自分の知らないところで何があったというのか。

「美桜、俺の後ろにいて?」

 蓮は美桜の顔を見ながら優しく言う。

「う、うん。わかった」

 美桜は若干頬を染めて頷くと、蓮のブレザーの裾を指先で摘まむ。

(美桜、だとぉ!?どうしてこいつが美桜のことを名前で呼んでるんだ!?)

 先ほどから昇の心は乱れっぱなしだ。この状況はいったい何なんだ?どうしてこんなことになっている?

「それで、水波は美桜に何か用なのか?」

 言われた瞬間さらに怒りが強くなり、両手とも震えるほど強く拳を握りながら蓮を睨みつける。

「っ!?」

 そのとき昇は蓮と目が合ったのだが、蓮は鋭い視線を昇に向けていた。

 その視線に無意識に気圧された昇は怒りが瞬間霧散し、逆に冷静になれた。

「……美桜と話があるんだ。天川には関係ないからどっか行ってくれ」

 そうだ。兎に角、今は美桜と話をすることが優先だ。冷静な頭がそう伝えてくる。

「いや、それは……」

 昇の言葉に蓮は渋る。今回の一連のことは確証がないとはいえ、昇がしたことだろう。美桜と二人にして、また美桜に酷いことをしたり言ったりするのではないかとどうしても思ってしまう。

 するとそこで蓮の後ろにいた美桜が隣に出てきた。

「蓮くん、私は大丈夫」

 蓮に微笑みかける美桜。蓮が自分を守ろうとしてくれていることはすごく伝わった。それはすごく嬉しいけれど、蓮のおかげで自分は強くなれた、と思う。だからちゃんと話をしようと思えた。昇が自分に話があると言うように、自分にだって昇に言いたいことはあるのだ。というか、昇とは一度腹を割って話をしなければならないと思う。

「私もあなたと話したいことがある」

 美桜は真っ直ぐ昇の目を見て言い切った。

「そうか!じゃあ、帰り道の途中にある公園にでも行こう?そこでならゆっくり話もできるだろ?」

 途端、昇はテンションが上がる。やはり美桜は自分の言うことを聞くのだと。

「わかった」

 硬い表情で頷く美桜。昇のことを警戒しているのか、もしくはちゃんと話せるか不安を抱いているのかもしれない。

「じゃ、そういうことだから天川は帰ってくれ」

 勝ち誇ったようにニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべるが、被さるように美桜は言葉を続けた。

「ただし、蓮くんも一緒に」

「何?」

 昇は怪訝な表情を浮かべる。

「蓮くん、勝手に決めちゃって本当にごめんなさい。けど、できれば付き合ってくれないかな?」

 一人ではまだ少し不安があるから、蓮に傍にいてほしい。蓮が一緒にいてくれればもっと勇気が湧いてくるから。そうすれば怖気ず昇と向き合える。蓮からすれば、勝手な言い分だということはわかっているが、そんな想いから蓮を見つめて美桜はお願いする。

「ああ、いいよ」

 そんな美桜に蓮は笑みを浮かべて頷くのだった。



 蓮の同行を断り切れなかった昇は三人で公園へと向かっていたが、早速後悔していた。こんなことになるなら美桜が蓮と別れた後に声をかければよかった。蓮がいては美桜を言い包めるのが難しくなってしまう。どうにかしないと。公園に着くまでに何かいい案を考えなければ―――。


 考え続けていたが、結局何の案も浮かばないまま、公園に着いてしまった。

「それで、水波君の話っていうのは何かな?」

「あ、ああ。それは……」

 やはり美桜の目に違和感を覚える。何なんだその目は。その視線を避けるように美桜の隣にいる蓮を一瞥するとこちらをじっと見ていた蓮と目が合った、気がして思わず肩をびくりとさせてしまう。

「…美桜の誤解を!解きたいと思ったんだ!」

 昇は目を泳がせながらも力強く言う。

「誤解?」

「そう。もう聞いてるんだろ?俺が天川に言ったこと。あれは美桜のためを思ってしたことなんだ」

 何となく今の美桜の目を見るのは嫌で、下を向いてしまう昇。

「私のため?」

「そうだ。でなきゃ俺がそんなことする理由ないだろ?天川達にみたいに遊んでそうなやつらに美桜がまた傷つけられるんじゃないかって、それが心配で。俺は美桜を守ろうと思っただけなんだ!それを美桜に伝えたくて!」

 上手い言い分だ。言いながら昇はそう思った。口をついて出た言葉ではあるが、すべては美桜のため。こう言えば何も言い返せないだろう。

(いいぞ。この流れだ。この流れで行けば―――)

 だが、昇の考えるようには進んでいかない。

「……私を守る……。それじゃあ、今日の昼休みのことは?私、中学のときと全く同じことされたの。嘘の告白。しかも相手は蓮くんが仕組んだって私に言ったの。けどそれは嘘だってもうわかった。……あれも水波君がさせたことなの?」


「あ、ああ。それな。さっき放課後高頭に呼び出されて聞いたよ。聞いてびっくりした。けど、当然だけどそれは俺じゃない。俺がそんなことする訳ないだろ?俺がやらせただなんて、どうせ天川や高頭がそうやって俺を貶めようとしてるんだろうけど、俺だって犯人扱いなんかされたらいい迷惑だ。美桜なら俺のこと信じてくれるよな?」

(くそっ、こいつら全部事情をわかってやがる。今日のことだぞ?なんでもうそんな話ができるようになってるんだよ。どうしてこんな急に……!?何とかして天川達の言いがかりだってことにしないと)

 言いながら昇は何だがムズムズとした痒みのようなものを感じ、右手で自分の喉元を摩っていた。


「……ねえ、お願い。本当のことを話して」

 昇の様子にしっかり目を向けていた美桜は真摯な態度で昇に言う。

「何だよお願いって?何だよ本当のことって!?どうして俺の言葉を信じないんだよ!?そんなの美桜らしくないじゃないか!」

(鬱陶しいことを言うようになりやがって。俺の言うことにはうんうんと頷くのが美桜だろうが!天川達に唆されやがって!)

 美桜が素直に自分の言葉を受け取らないことに昇のイライラが募る。

「……もう一度言うね。本当のことを話して」

 美桜の表情はこれが最後と諦観しているように見える。

「っ、いい加減にしろよ!?美桜は俺の言う通りにしてればいいんだよ。それで今まで上手くいってただろうが!俺の言葉に素直に従えよ!」

 声を大きくする昇。力が入り過ぎたのか、言い終えた後、昇は肩で息をしていた。

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