第66話 彼の計画は脆くも崩れる

 時は少し遡る。

「水波君、ちょっといいかな?」

 蓮を送り出した杏里は、そのまま昇のもとへと行った。隣には柊平もいる。杏里は一人で昇と話そうと思っていたのだが、蓮を送り出すのを見ていた柊平に一人で行かせる訳ないだろ、と呆れたように言われたのだ。

「何かな?高頭さん。ちょっと急いでるんだけど?」

 昇は内心舌打ちした。これから美桜がいる保健室に行って、一緒に帰りながら昼休みの話を聞いて慰めの言葉をかけてやろうと思っていたのに、出鼻を挫かれた形になったからだ。

「それはごめんね。そんなに時間はかからないから少し付き合ってもらえる?」

 杏里の言葉には目に見えない圧があった。

(いったい何だって言うんだ。面倒なやつだな。鬱陶しい)

 昇は内心で悪態を吐いたが言葉では、

「わかった。少しだけなら……」

 了承するのだった。


 杏里が昇を連れていったのは、美桜が嘘告された場所だった。

 辿り着いた瞬間、昇はありえない、と思いながらも嫌な予感がした。そしてそれはすぐに的中することになる。

「どうしてここに来たか、わかるよね?」

「っ……いや、まったく?なんだよ、ここ。この場所に何かあるのか?」

「今日、美桜がここでされたこと、主導したのって水波君だよね?」

「……何のことかわからないんだけど?」

(どうしてこいつが知ってる?いや、なんで俺だとわかった?)

 まさかあいつが何か喋ったのか、と嘘告を依頼した男子生徒を疑う昇。ここに至ってもまだ美桜が話したという考えが出てこない。

「そう。それじゃあ、蓮にあなたと美桜が付き合ってるって嘘を吐いたのはどうして?」

 杏里に焦りはない。事前に白を切るだろうと予想していたからだ。だから杏里は続けて問う。

「な、なんだよ、嘘って。俺は嘘なんて言ってない!」

 そう、自分は嘘なんて言っていない。美桜と自分はいずれそうなるのだから。それよりも蓮があのやり取りを他人に話したことの方が問題だ。

(あの野郎!全部話しやがったな!!?クソがっ!!!)

 昇はイライラが募っていき、蓮への怒りでいっぱいになる。

「しかも蓮に美桜と関わるなとまで言ったんだよね?あなたにそんなこと言う権利があるの?」

 昇の言葉を無視するように杏里は続ける。

 状況を全く知らなかった柊平は、話の展開に驚き目を大きくしていたが、何も言わずただ杏里の近くにいた。話の流れ的に昇が逆上しないとも限らない。柊平は注意深く昇に目を向けていた。

「あるに決まってるだろ!?俺はずっと美桜と一緒にいたんだから―――」

「けど付き合ってないよね?美桜からちゃんと聞いてるよ?随分陰湿なことばかりしてるけどあなた何がしたいの?」

「なっ、なんでそんなこと高頭に言われなきゃいけないんだ!?お前には関係ないだろ!」

 昇は憎しみの籠った目を杏里に向ける。

(美桜がそんなこと話したって言うのか?どんな話の流れになればそうなるんだよ!?)

 美桜にも怒りの矛先が向く。

「なんでって、二人とも友達だからだけど?その二人の関係にが勝手なことを言ったみたいだからこうして聞いてるの」

 それは蓮に美桜の彼氏だと言ったことに対する痛烈な皮肉だった。杏里にしては珍しい。昇に対してかなり怒っていることが柊平にはわかった。

 杏里の意図は理解できた昇だが、完全に想定外のことを言われたため、カッと顔に熱がいき、声を荒げる。

「馬鹿馬鹿しい!そんなこと言うためにわざわざこんなところまで連れてきたのか!?なら俺は帰らせてもらう!」

 昇は杏里達に背を向け、スタスタと歩いていく。

「あ、ちょっと!まだ話は―――」

 杏里が昇を止めようとするが、

「杏里」

 そんな杏里を柊平が肩に手をやり、止めた。

「柊平?どうして止めるの!?」

 昇に対してしていたのをそのままに、止めた柊平をキッと睨む杏里。だが、柊平は落ち着いていた。

「これ以上は何言っても無駄だよ。残念だけど杏里の言葉じゃあいつに響かない」

「でも!」

 尚も反論しようとした杏里だったが、柊平は優しい笑みを浮かべていた。そんな柊平を見て杏里の勢いが落ちる。肩に入っていた力が抜けていく。

「華賀は誤解が解けて蓮と仲直りできたんだろ?」

「…たぶん。今頃仲直りしてる、と思う」

「なら、華賀が黙ってないさ。きっと、な。そんでたぶん、あいつが一番きついのは華賀の言葉だ」

「そう、かも……」

「な?杏里にできることは全部やったと思うぞ?当事者以外にも知ってる人間がいるんだってことは十分伝わっただろうし」

「な、何よ。柊平くせに……」

 わかったようなことを言って、優しく笑う柊平に杏里は少し恥ずかしくなる。

「杏里はよく頑張ったよ。本当にそう思う」

 そう言って杏里の頭を少しだけ乱暴に撫でる柊平。

「ちょっと!髪が乱れるでしょ!?」

 柊平の手から逃れる杏里。ムッと怒ったような顔をするが今回は迫力の欠片もない。小動物が威嚇しているような感じだ。

「くくっ、頑張ったご褒美にアイスでも食いに行くか?今回は奢るぞ?」

「……行く」

 ムスッとした顔のまま素直に頷く杏里。そんな杏里に柊平はまた笑った。

 そうして二人は学校を出て駅前へと向かうのだった。


 一方、昇はイライラが収まらず、発散するために一人で駅前のゲームセンターに来ていた。杏里達との無駄話のせいで時間がかかってしまったし、美桜に会う気分でもなくなってしまった。

 先ほどからガンシューティングゲームで敵を倒しまくっているが、全く発散できない。

 どうしてこんなことになったのか。蓮との賭けに勝って、美桜に罰を与えて。今日の昼休みまでは完璧だったはずなのに。それがたった数時間でなぜこんなことになっている?これでは思い描いていた計画が台無しだ。美桜のことは経験上言い包めることができると思うが杏里達にすべてを知られていることが問題だ。それもこれも蓮がすべてを話したことが悪い。黙って美桜から離れていけばよかったものを。

 そんなむしゃくしゃとした思いを抱いていたら、ゲームでいつもならしないようなミスをしてしまった。画面には『GAMEOVER』の文字が出ており、昇はイライラした気持ちをぶつけるように乱暴にガンコントロールを戻した。


 その後もいくつかゲームをして、少しだけすっきりしたのか、昇は一つ思いついた。それは、もう蓮のことも杏里のことも放っておけばいいというものだった。美桜さえ納得させればいいのだ。そうと決まれば、美桜に何をどう伝えようか、と建設的な考えができるようになった。

 ゲームセンターを出た昇は、考えを巡らせながら、帰宅のため駅へと向かい、電車に乗るのだった。


 昇は気づいていないが、それはただの棚上げに他ならなかった。そして美桜のことをとことん馬鹿にした考えだが、昇にその意識はなかった。

 だが、昇はすぐに自身の愚かさを思い知らされることになる。他でもない美桜によって。


 昇が最寄り駅に着くと、もう何度目だろうか、蓮と美桜が向かい合って話しているところを見つけてしまった。瞬間、条件反射のように怒りが沸々と湧いてくる。どうしてこの二人が一緒にいるのだ。ありえない。あってはならないことだ。昇はその衝動に任せて二人に近づいていき、声をかけたのだった。


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