第61話 彼が考えた彼女への罰

 美桜は昼休みに入って杏里達に一言断りを入れて、メモに書かれた場所に向かっていた。

 それは今朝、美桜の下駄箱に入っていたものだ。話したいことがある。昼休みにそこで待ってるという簡潔なメモ。差出人の名前はなかった。このメモを見て美桜の混乱がさらに深まった。偶然か必然か、指定された場所が蓮と二人で練習をしていた場所だったから。でも蓮だとしたらどうして直接言わないのか、どうしてスマホのメッセージですらないのか。わからないことだらけだ。このメモについて午前中に何度も蓮に尋ねようとしたが、相変わらず話はできなくて、美桜は悶々として過ごすことになった。それでも美桜にこのメモを無視するという選択肢だけはなかった。


 ちなみに、蓮は昼休みに入ってすぐ教室を出て行っている。蓮のお昼は、購買や食堂に行くためいつものことだが、今日に限っては待っていてくれたならと美桜は思った。


 そして美桜が辿り着くとそこには一人の男子生徒が立っていた。しかしそれは蓮ではなかった。

 男子生徒が美桜に気づいた。

「あ、華賀、だよな?来てくれてありがとう」

「……いえ。話って何ですか?」

 メモの相手はこの名前も知らない男子生徒のようだ。期待が大きかったため美桜の落胆は計り知れないものだった。それが声や表情にも出ている。まるで三年生になってすぐの頃のような感じだ。

「あ、おう。そうだな。じゃあ、率直に言う。…俺と付き合ってくれないか?」

 そんな美桜に若干動揺しながらも、その男子生徒は言った。

「っ!?……すみません。お断りさせていただきます」

 まさか、告白されるとは思いもしなかった美桜だが、答えは決まっている。知りもしない人と付き合うなんて美桜にとってはありえないことだ。

「だよなぁ。まあ結果はわかってた」

 まるで安堵したように苦笑いを浮かべる男子生徒。

「そうですか。それでは―――」

 話の内容がこれだけということなら早く教室に戻ろうと美桜は思ったが、男子生徒の話には続きがあった。

「ああ一応、ネタばらしさせてくれ。ここまでがセットみたいだからさ。今の告白、実は嘘なんだ。華賀と同じクラスの天川に頼まれてな。華賀の反応で賭けをしてるんだと」

「えっ……!?」

 男子生徒の語った内容に美桜の頭は真っ白になる。

「今もどっかで見てるのかね。本当悪趣味だよなぁ。彼氏いるやつに嘘告したって振られるの確定だろうに、いったいどういう賭けなんだか……」

「あま、かわ、くん?」

 茫然と名前を呟くことしかできない。

「え?ああ、そう天川。だからまあ俺のことは気にしないでくれ。っつっても華賀は気にした様子もないようだけど。あ、後俺から告白されたとかって言いふらすのもやめてもらえないか?頼む!俺も華賀がそんな対象になったなんて誰にも言わないからさ!」

「…………」

「華賀?聞いてる?マジで頼むよ」

 男子生徒としては頼まれたからだとしても美桜に告白したなんて周囲に知られたくないから必死にお願いする。

「……ええ、わかりました……」

 なんとか返事をする美桜。

「サンキュー。それじゃあ、わざわざ昼休みに悪かったな」

 男子生徒は美桜の反応を疑問に思いながらも、自分のほしい返事は貰えたため、これで終わりとそのまま去っていった。


 一人残された美桜は立ち尽くし、一歩も動くことができなかった。

「天川君……。どうして……?」

 美桜の目から涙が溢れてくる。信じられない。信じたくない。……でもあの男子生徒は嘘を言っているようにも感じなかった。ううん、嘘に決まってる。……でも最近の蓮の態度の変化はこのためだった?こんなことをするために優しくして、そして話もしなくなった?……最初からこうするつもりだった?ううん、そんなことない。今までの蓮が全部嘘だったなんてそんなこと……。

 美桜の心はもうぐちゃぐちゃだった。



 一方、男子生徒が校舎に入ったところで、彼を待っていた者がいた。

「お疲れ。はい、天川から」

 彼は、その男子生徒に三千円を渡す。

「サンキュー!」

 笑顔でお礼を言って、男子生徒はその金をそそくさと財布にしまう。

「なあ、華賀って昇の彼女だろ?本当によかったのか?こんなことして」

 男子生徒は財布をポケットに戻し、お金を渡してきた相手、昇に尋ねた。

「まあ、嫌ではあるけど、クラスメイトだし球技大会でチームになったしな。しょうがないよ。それに信じてたから」

「ふうん。そういうもんかねぇ。ま、いいや。俺今月マジ小遣いピンチで金欲しかったし。でももうやらねえぞ?」

「まだ始まったばかりだってのに相変わらずだな。ってか当たり前だろ。俺だってこんなことしたくない」

「そりゃそうだ。天川にもガツンと言った方がいいと思うぞ?彼氏なんだし。やった俺が言うのもなんだけどこんなの何が楽しいんだか。それに仲介を昇にやらせるってのも趣味悪すぎだろ」

「本当にな。意味わかんないよ」

「お前も大変だな」

「全くだ。あ、このことは誰にも言わないでやってくれよ?」

「わかってるよ。そういう約束だし。何よりこんなえげつないこと言いふらせる訳ないだろ」

「ありがとう」

「昇がお礼を言うことかよ。それじゃあな」

「ああ」

 男子生徒が去っていくのを昇はその場で見送った。

(ハハハッ。まさか中学のときと同じ方法を取ることになるなんてな。だが、これが一番美桜には効くだろう。これで美桜はもう天川に嫌悪感しかない)


 中学のとき、チャラチャラした遊んでる男子グループの中で、女子に嘘告をしてその返事が何かで賭けるというのが流行っていた。それを偶然知った昇は考えたのだ。美桜が変な男に気が向かないようにするにはちょうどいいのではないか、と。そこで、内心馬鹿にしていた彼らに美桜を標的にしそうな情報を流し、見事昇の思う通りに彼らを動かした。結果、美桜は他人とより距離を取るようになった。特に遊んでそうなやつとは。昇の期待通りだった。この後、美桜に寄り添い事情を話させ、そういうやつらとは関わらない方がいいとフォローしてあげたら美桜も同意していたのだ。それなのにこの期に及んで蓮と親しくなるなどあってはならないことだった。だから今回、美桜に思い出させてやったのだ。さすがに中学のときのような馬鹿はいないため、小遣いが少ないといつもぼやいていた友人を使った。すべて蓮が考えたもので自分は嫌々付き合わざるを得ない、ということにして。最初は渋っていた友人もたかが三千円で了承した。

 全く褒められたものではないが、中学のときと言い、今回と言い、昇には言葉巧みに相手を動かす才能があるのかもしれない。美桜に関してもあと一歩、といったところだろうか。


「フフッ、フハハッ。あ~やばい。ここまで上手くいくと笑いを堪えるのも大変だ」

 こんなに上手くいくならもっと早くやればよかったと昇は思う。今頃美桜は絶望していることだろう。だが、それでいい。これは美桜への罰なのだから。それに、これで美桜の周囲も落ち着くというものだ。元の美桜に戻ったらまた一緒に登下校してあげて優しくしてあげればいい。そして折を見て自分は美桜と付き合う。完璧だ。

 この先のことに思考を巡らせる昇は、抑えようとしても抑えきれないというように口元に小さく嫌な笑みを浮かべながら、教室へと戻るのだった。



 ―――――あとがき――――――

 こんばんは。柚希乃集です。

 読者の皆様、いつも応援くださりありがとうございます!

 昇さん……マジハンパないです……(+_+)

 

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