第三章

第60話 彼は賭けに出た

 六月に入ってすぐのこと。今日は朝から曇り空でいつ一雨来てもおかしくない空模様だ。

 この日、昼休みが始まってすぐ、蓮は昇とともに屋上に来ていた。

 一つ前の授業の合間の休み時間、蓮はトイレから出てきたところで昇に会い、話があると言われたからだ。

「それで、こんなところで話って何だ?」

「……わかってるだろ?美桜のことだ」

「華賀さんのこと?」

「天川は俺と美桜のこと、知ってるよな?」

 昇は誤魔化しは許さない、とでも言うような力強い目を蓮に向ける。

「っ、……ああ」

 蓮は神妙な面持ちで頷いた。

「なら言いたいこともわかるんじゃないのか?」

「…何が言いたいんだ?」

 蓮は視線を昇から逸らしてしまう。そしてそれを昇は見逃さなかった。鼓動が速くなる。だが、まだだ、まだ完全じゃない、と必死に逸る気持ちを抑え込む。

「じゃあはっきり言おう。美桜にもう近づくな」

「近づくなって……」

「言葉通りの意味だ」

「それは……、球技大会の練習ももうやめろってことか?」

「練習?」

「ああ。…毎日、放課後に……」

「そんなことしてたのか!?」

 それでは一緒に帰っていたのもあの日だけではなかったというのか。

 こんな男と毎日二人っきりで過ごしていたなんて、と昇は歯を食いしばった。

「…当たり前だ。俺と美桜は付き合ってるんだぞ?それを美桜が皆に知られるのは恥ずかしいって言うから内緒にしてたんだ。それなのにお前は他人ひとの彼女にちょっかいを出して。最低だ!」

「っ、……すまない水波」

 昇の言葉は蓮の胸に深く深く突き刺さった。苦しそうに顔を歪め、蓮はなんとか謝罪を口にする。自分が『他人の彼女』にちょっかいを出したなんて到底受け入れられない言葉だが、言い訳は出てこなかった。

 そんな蓮の態度に昇は勝ち誇ったように告げる。

「謝ればいいってものじゃないだろ。だから言ってるんだ。もう美桜に近づくな。余計なことも話すな」

「っ、……ああ」

「ふん。話はそれだけだ。今日のこともわざわざ美桜に言ったりするなよ?」

「……わかった」


 蓮を置いて、屋上を去っていく昇。蓮からは背中しか見えなかったが、その顔は満面の笑みになっていた。

(勝ったァァァッ!!!)

 叫ばずにいられた自分を褒めてあげたい。こんなにも自分の思い描いた理想の形になったのだから。

 昇は美桜の言葉と態度に追い詰められ、休日を使って考え抜いた結果、賭けに出たのだ。これは蓮がすでに美桜から噂の真相を聞いていたら全くの無意味なもの。けれどもうこれしか思い浮かばなかった。自分に逃げ道を用意するために蓮が一人のところを待ち伏せまでして慎重に行動した。言い逃れられるように言葉も選んだ。注意深く蓮の反応も観察した。その結果、分の悪い賭けだったが、昇はその賭けに勝った。勝ったのだ。高揚感が昇の全身を満たしていた。

 あそこまで言ったのだ。蓮は美桜から離れるに違いない。加えて蓮が美桜に今の話をすることもないだろう。これで美桜は以前の美桜に戻る。そして自分のところに戻ってくる。すぐにでも綻びそうな内容だが、昇はそう確信していた。

(だが、待てよ?美桜に何の罰もない、っていうのもおかしな話じゃないか?俺がこんなに美桜のために行動してやってるっていうのに、俺の気持ちを裏切ってたんだから。美桜にも何か……)

 まだ何かしようというのか。昇は思案顔で教室に戻っていった。


 昇が去った後も蓮は屋上に残っていた。とても教室に戻る気にはなれない。食欲もどこかにいってしまった。元々昼食は菓子パンのつもりだったから別にいい。

 そんなことよりも昇に言われた言葉がずっと頭の中で繰り返されている。美桜と親しくなっていく中で、昇のことはずっと心に引っかかっていた。それを考えないようにしていた罰が当たったのだろうか。昇本人から突きつけられてしまうなんて。

 これから美桜に練習はもうやめようと言わなければならない。どころか、もう話したりもしてはいけないと言われてしまった。どんよりとした空はまるで蓮の沈んだ心を表しているようだ。

 けれどいつまでもこうしてはいられない。

 蓮はスマホを取り出した。なんて送ろうか考えていたらどうしてか美桜の笑顔が頭の中に浮かんできて何度も操作ミスしてしまった。

『今日は雨が降りそうだし練習はやめておこう』

『それと、ちょっとバイトが忙しくなってもう放課後の練習は一緒にできない』

『本当にごめん』

 メッセージを送り終えた蓮は深く重いため息を吐いた。するとすぐに返信があった。

『わかった。今まで本当にありがとう。バイト、あまり無理をしないでね』

 そんな蓮を気遣う内容の文面の次には、ありがとうのスタンプ。

 美桜からのメッセージを見て、蓮はやるせない気持ちでいっぱいになった。

 結局、蓮が教室に戻ったのは昼休みが終わるぎりぎりだった。


 それから一週間が経った。明後日は球技大会本番だ。

 教室内のお祭り前のような雰囲気とは裏腹に、このとき美桜は混乱の中にいた。蓮が自分を避けているように感じるからだ。挨拶はしてくれるけど、今までのように話してはくれない。柊平や杏里と話していても美桜がその中に入ると不自然なほど自然に席を立ってしまう。最初はただの偶然とか気のせいだと思っていた。けれどそんなことが何度も繰り返されたら……。今はもうそんな風には思えなかった。

 そして考えてみれば、蓮からもう一緒に練習ができないとメッセージがあったあの日から、のような気がする。あれも直接ではなくメッセージだったことに今は違和感を覚える。けれど理由がわからない。気づかないうちに何か蓮に嫌われたり、蓮を怒らせたりしてしまったのだろうか。わからないから美桜は混乱していた。それと同時に胸に痛みを感じていた。一緒に練習をするようになって、色々な話をして、どんどん親しくなっていって。そんな日々が美桜はすごく嬉しくて楽しかったから。

 避けられていると気づいてからは毎日どうして、なんで、と頭の中で同じ疑問ばかりを繰り返すが、答えは見つからない。直接蓮と話せる状況ではないし、勇気を出してメッセージを送っても気のせいだと返されてしまった。最近は眠りも浅くなってしまい、美桜は憔悴してきていた。

 そんな美桜にさらに追い打ちをかけるような事態が起きる。



 ―――――あとがき――――――

 こんばんは。柚希乃集です。

 読者の皆様、いつも応援くださりありがとうございます!

 お待たせ致しました。いきなり波乱の展開の第三章始まりましたm(_ _)m

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