第51話 彼らの出場種目は

 一方、蓮と柊平は二人で話していた。

「俺は今年も卓球にするけど柊平はどうするんだ?」

「ああ、俺もそうするかな。で、またさっさと負けてゲームでもしてるわ」

 二人の中でこうしてあっさりと種目は決まった。そして卓球であれば他の男子と競合して出られなくなる、ということもほぼないと言っていい。

 フットサル、バスケットボール、卓球、テニスと種目がある訳だが、男子の中では卓球が一番人気がないからだ。チームスポーツと違い、直接対決のため、シングルスでもダブルスでも卓球部の男子に勝てる要素がなさすぎる。要は卓球部の独壇場といった感じなのだ。テニスも似たようなもののはずだが、卓球は他の種目と比べると地味だと感じる男子が多い。男子、それも運動が得意な連中は、男子高校生の性というべきか、こういうイベントで女子に格好よく見られたいという欲求が強いので卓球は敬遠されがちなのだ。


「そっか。俺も屋上で昼寝かな。当日晴れるといいんだけどな。雨だと行くところが本当限られてくるから」

「確かに他の生徒がたくさんいるところだと悪目立ちしちまうしなぁ」

「俺の場合そんなとこじゃ寝てられないから大問題だよ」

 今からこんな話をしている二人は本当に球技大会を頑張る気がないのだろう。杏里と美桜の前で言った言葉は本心だったようだ。しばらくそんな他の人が聞けば白い目を向けられそうなくだらない話が続く。

「天川、日下。話してるところ悪い」

 そんな二人のところに一人の男子生徒が声をかけてきた。

「滝沢?どうしたんだ?」

 滝沢日葵たきざわはるき。短めの黒髪でいかにもスポーツマンといった好青年だ。小学生の頃からサッカー一筋で、現在もサッカー部に所属している彼は、上半身は細身に見えるがしっかりと筋肉はついており、太ももや脹脛ふくらはぎといった下半身は筋肉でかなり太くなっている。蓮達とは今年初めて同じクラスになった。三年生になって日葵と急速に仲良くなったということも別にないため、蓮達は突然声をかけてきた日葵に疑問顔だ。

「二人とももう何に出るかって決めたか?」

「ああ、俺らは卓球に出ようと思ってるよ」

 日葵の質問に代表して蓮が答える。

「やっぱりか。なあ、二人ともフットサルに出ないか?このクラス、サッカー部は俺と拓真しかいなくてさ」

 村野拓真むらのたくま。日葵と同じサッカー部でキーパーをしている大柄な男子だ。

「いや、だからってなんで俺らを誘うんだよ?」

 日葵の言いたいことはわかったが、どうして自分達を誘うのかは全くわからない。この二人、体育すらまともにやっていないのだ。さっさと負けたいということならわかるが、そうでない限り蓮と柊平を誘う理由が見当たらない。

 だが、日葵は蓮の言ったことの意味がわからないというようにぽかんとした表情を浮かべた。

「え?だってせめてでメンバー組みたいじゃん。お前ら中学でサッカーやってただろ?」

「は?」「っ!?」

 今度は蓮の方が日葵の言ったことがわからないというようにぽかんとした表情になる。その隣では柊平が驚きに目を大きくしていた。

「?なんだよその反応は。俺、中学のとき二人とも大会で見かけたことあるんだよ。上手かったからよく憶えてる。天川は三年で見なくなったけど日下はずっとやってたよな?なんで高校ではサッカー部入らなかったんだ?」

「……フッ、俺は趣味に目覚めたからな。高校では趣味に生きるって決めてたんだよ」

 なんとか気を取り直した柊平は片手で眼鏡を押さえながら気障っぽく薄っすらと笑みを浮かべて言う。だが、残念な感じが醸し出されているのはどうしてだろうか。

「そ、そうか。まあやりたいことができたならしょうがないよな」

 そんな柊平に若干引き気味になりながらも日葵はなんとか相槌を打った。

「…………」

「くくっ」

 柊平は思わずいつもしている蓮とのふざけたやり取りのように言ったら、蓮のようなツッコミはなく、普通に返されてしまい羞恥から顔が引き攣っていた。日葵が引き気味なのが伝わってきたため余計に、といった感じだ。蓮は一連の流れを見ていて柊平の心情がわかったのだろう。隠そうともせず笑う。そんな蓮に柊平は恨めしそうにジト目を向けるのだった。

「ま、部活についてはいいんだ。それでフットサル、一緒にやってくれないか?」

 日葵は当初の目的に会話を軌道修正する。

 が、これについての蓮の答えは変わらない。すなわちお断り、だ。柊平がどうするかはわからないが、少なくとも自分はフットサルをやるつもりはない。

「滝沢、申し訳————」

 だが、断るならさっさと言っておくべきだった。蓮が断りの返事をしようとしたそのとき、予期せぬ乱入者が現れる。

「蓮、柊平!二人は種目決めた~?」

 現れたのは杏里、そして美桜だった。他の女子生徒とも話し自分達の出場種目がほぼ確定したので蓮達のところにやってきたようだ。

「———っ、杏里、華賀さん……」

「ってあれ?滝沢君?どうしたのこんなところで」

 ナチュラルに蓮と柊平に対して失礼な言い方をする杏里。

「高頭。ああ、実はさ―――」

 日葵が杏里達に蓮と柊平をフットサルに誘っていることを話してしまう。

「それいいじゃん!っていうか二人ともサッカー経験者だったなんて知らなかったし。言ってくれてもよかったのに~。二人ともやればできるくせに全然やる気なくてさ。負けるために卓球出て、その後寝たりゲームしたりしてるよりよっぽどいいよ!こっちも応援のし甲斐があるし。ね、美桜?」

 すると予想通り杏里はぱあっと表情を明るくした。その様子を見て額に手をやり首を振る蓮。

「うん。それはもちろん頑張る天川君達は応援したいって思うけど……」

 美桜は勉強会のときの球技大会に対してやる気がなそうな蓮達を見ているため、語尾が弱弱しくなっていく。けれどその目は期待に満ちていた。現役サッカー部の日葵が言うほど上手だという蓮達のプレーを見てみたいという思いが出てしまっている。

(華賀さんまで……)

 蓮は内心でため息を吐く。

「だよね!それに私達もフットサルに出るつもりなんだ。同じ種目で頑張ろうよ!」

 強力な味方が加わった日葵の期待値が上がる。三人から見つめられる蓮と柊平。

「……はぁ。しゃあない。いいよ。出ればいいんだろ?」

 話の成り行きを見守っていた柊平が先に折れた。

「柊平……?」

 柊平がフットサルに出ると言ったことが意外だったのか目を大きくする蓮。柊平は蓮に目をやると肩を竦めてみせた。

「ま、蓮は蓮で好きにしたらいいさ。お前らも強制はダメだからな?」

 三人にも釘をさすのを忘れない。

「強制なんてするつもりはないけどさ~。蓮もフットサルやろうよ?ね?私蓮のプレー見てみたい」

 尚も杏里が蓮を誘う。

「……経験者だからって俺が入っても役に立たないぞ?」

 断れないと諦めたのか、蓮が自分の中の事実を伝える。

「え?でもさっき滝沢君がすごく上手かったって」

「いや、いくらブランクがあっても天川が役に立たないなんてことはないと思うぞ?」

「はぁ……。わかった。俺もフットサルに出るよ」

「っ、いいのか?蓮」

 柊平が気遣うように声をかける。

「ああ。この流れじゃ拒否れないだろ」

 今度は蓮が柊平に目を向け肩を竦めるのだった。

「それで?滝沢と村野がメンバーだとしてあと一人は?もう決まってるんだろ?」

 日葵が蓮達のところに来たのはロングホームルームが始まってから結構時間が経っていた。だから自分達が最後の勧誘だと予想して蓮は日葵に尋ねる。

「ああ。水波だよ。あいつも中学のときサッカー部に入ってたって聞いてな」

 日葵はそう言って親指をある方向に向ける。そこでは昇と拓真が話していた。

 日葵の言葉に美桜は驚いていた。あんな言い合いをしたばかりで、直接ではないにしても、まさかこんなに早く昇と接点ができるとは、と。

 こうして日葵と拓真の現役サッカー部員二人に加え、蓮、柊平、昇の元サッカー部という五人でフットサルに出場することが決まった。

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