第50話 彼女達の出場種目は

 家に帰った美桜は志保から逃げるようにして自分の部屋に行った。先ほどまで志保が昇と何の話をしていたか気にならない訳ではないが、昇とのやり取りで美桜の心は疲弊していた。そこにきて、今度はまた志保と話をする気にはなれなかったのだ。昇に言ったことを志保にも言わなければいけないし、他にも志保には言うべきことがあるが今は精神的に無理だった。


 折角今日はテストが終わって、杏里達と美味しいパフェを食べてお喋りを楽しんで、気分が良かったというのに、家に着く直前に昇と出くわし、あんな話をすることになるなんて。


 着替えを済ませた美桜は椅子に座って大きなため息を吐いた。そして一人考える。どうして今までの自分は志保達の言葉に唯々諾々としてきたのだろう。今まで美桜は逆らう、ということが酷く悪いことのように思ってきた。けれど最近は従うことに抵抗を感じる。だって、従うということは、杏里達と友達になれたこと、まだ時間としては短いが、そのおかげでできたこれまででは考えられないほど楽しい思い出の数々、そのすべてを否定して自分から捨てることになってしまうのだから。

 思えば今までの自分にはそういった守りたいものがなかった気がする。だから従ってこられたのかもしれない。けど今は―――。


 もう一度深い深いため息を吐く美桜。

(それでも私は今が好きだから……)

 その結果が、志保や昇とこれまでのようにはいられないことに繋がっている。けれど以前に戻りたいとはどうしても美桜には思えない。


 これまでの美桜は自分の意思や感情というものをほとんど表に出さず、言われた通りに動く人形のようだったことだろう。そしてそれこそが美桜という人間だと思っているのが志保や昇だ。今後、その認識の違いをすり合わせていけるのか、現時点では誰にもわからない。

 少なくとも志保は家族のため、美桜だってずっとこのままでいいとは思っていない。昇のことだって何だかんだ言っても小さい頃からの幼馴染であることに違いないからできることなら、とは思っている。それが簡単なことではないと実感したばかりではあるけれど……。


 それにもう一つ大事なことがある。それは蓮の誤解を解くということ。杏里達の誤解は解けたが、恐らく蓮は美桜が昇と付き合っていると思っている。それは何だか無性に嫌だった。けれど何の脈絡もなく自分から、「天川君は勘違いしてるの。私と昇君は付き合ってないよ」なんて言うのは憚られる。と言うか、蓮に誤解されるのが嫌なのは自分であって、蓮はそんなこと特に気にしていないかもしれないのだ。もしそうなら自分は自意識過剰でイタい人だ。恥ずかしくて言える気がしない。何かきっかけがあるといいのだけど……。


 それからもしばらく考えていた美桜だったが、これ以上考えても今すぐどうにかできることはない、という結論に至り、気分を変えるようにスマホを手に取った。小説の続きを書くためだ。

 蓮が読んでいるとわかったのは恥ずかしかったが嬉しくもあった。

 今書いているものはすでに完結までのストーリーを思い描いている。だからできれば最後まで蓮に読んでもらいたいと美桜は思っていた。

 それに書いているときは他のことを何も考えず物語の世界に集中できる。美桜にとってそれは、友達と一緒にいるときとも違う、大切なかけがえのないものだった。


 この日、家族三人での夕食時、美桜は志保から何か言われることを覚悟して心を固くしていたが、特に何も言われることはなく、食後お風呂に入り、自分の部屋に戻ったときには肩の力が抜けほっと安堵した。さすがに昇とのことがあったその日に志保ともまた同じようなやり取りをしたくはない。美桜は確かに変わってきているが、そんなに一気に強くなった訳ではないから。


 翌日、残すはロングホームルームだけとなった。

 今日は球技大会の種目決めだ。今は皆それぞれ仲のいい友人同士でどの種目にするかと話し合っている。

 それは杏里、美桜、雪乃、詩音の四人も同じだ。そこにもう一人、間宮まみやつばきも加わって五人で話していた。つばきは肩まである黒髪を後ろで一つに結んでおり、雪乃と同じように活発な印象の女子生徒だ。それもそのはず、つばきは雪乃と同じように運動部、その中の女子サッカー部に所属している。雪乃を除く四人は去年のクラスメイトで、今年のクラスにはつばき以外に女子サッカー部員はいない。そもそも明政の女子サッカーはそれほど強い訳ではなく、学年ごとに見ると女子サッカー部員の人数はそれほど多くないのが実情だ。このメンバーで球技大会に出ようと杏里がつばきにも声をかけたのだ。


 美桜とつばきの簡単な自己紹介に始まり、杏里がこのメンバーでフットサルに出ないかと皆を誘った。

「いいけど、あたし体育でサッカーやったくらいしか経験ないよ?」

「あ、私も。それでも大丈夫かなぁ」

 二人の言葉に私も、と言うように美桜もうんうんと頷いている。三人とも杏里から事前に聞いてはいたので念のためという感じだ。

「だいたい毎年どのクラスもそんなもんだよ。けど、ルールはサッカーほど難しくないし、上にも女子のフットサルサークルがあるくらい最近は女子人気高いんだ。そういうのが影響しているのかわからないけど毎年女子のフットサルは他に比べたら結構楽しむって感じの雰囲気だよ」

「そうなんだ?」

 他の種目は女子も部活に所属している生徒がかなりガチだったりする。というか男子も女子も球技大会は応援含めて真剣勝負を楽しむ感じで盛り上がっている。だからフットサルもそうなのだろうと思っていた美桜が驚きとともに訊いた。

「うん。私毎年フットサルに出てるからさ。真剣勝負じゃないって訳じゃないんだよ?ただ他の部活に比べて部員が少ないっていうのが大きいんだろうけど、チーム戦だし足でボールを扱うじゃない?だからあんまり強いパスとかは繋がらなくなっちゃうんだよ」

 苦笑を浮かべながらつばきは説明するのだった。


「じゃあ、この五人でフットサルに出るってことでいいかな?」

 杏里がこれまでの話をまとめるように言う。四人から同意の言葉が返ってきた。そして本番前に何度か練習をすることも決まった。それから種目が被っていないか確認するため他の女子生徒達とも話していった。もし被っていたらそこでまた話し合いかじゃんけんなどで決めなければならない。その後、クラス委員の仕切りで一種目ずつ黒板にメンバーを書いていく。杏里達五人の出場種目は無事フットサルに決まった。

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