第48話 皆が知っていて当事者のはずの彼女が知らない噂
「……なんで……どうしてそんな噂が?」
美桜は明らかに動揺していた。三人にもそれが伝わる。
「美桜……」
杏里が心配そうに美桜の名を呼ぶ。杏里も美桜と親しくなった後、雪乃が言った噂を聞いたことがある。けれどそれはあくまで噂であって、本当のところは違うのだろうと杏里は思った。だからこそ今まで美桜に訊いたりもしなかった。
「あたしさ部活で朝練してるから美桜が水波と一緒に登校してるのよく見かけてたんだよね。それで、そういうことなのかなぁって漠然と思ってたんだけど、他の部員にも二人のこと知ってる子がいてさ。なんか水波が否定しないからそういう噂になってるって聞いたんだけど……」
雪乃はまずいことを言ってしまったかと内心申し訳なく思うが、もう言ってしまった後のため、言い辛そうに説明した。
「そんな……」
美桜の瞳が揺らぐ。
雪乃は肯定なら肯定で盛り上がる、否定でもそれはそれで盛り上がる、女子同士のありきたりな話題、単なる恋バナの一つとして言っただけだった。けれど今の美桜は傷ついているように見えて……。
「ごめん、美桜。違うんだよね?あたしが変なこと言っちゃったね。本当ごめん」
「え?あ、違うの。ただ初めて聴いた話だったからびっくりしちゃって」
美桜が自分で言った通り、初めて聴いた話で混乱したというのはもちろんある。自分はそんなこと聞かれたことなどない。それは友達もおらずいつも一人だったのだからそんな自分に聞いてくる人がいないのは当然かもしれないが……。ただ、それよりも昇が否定しないということに美桜は余計に混乱していたのだ。なぜ否定しないのか。それでは相手が言っていることを認めているも同意だと美桜でも思う。昇はいったい何を考えているのか……。
「そうだったの?」
当事者が知らないなんて思いもしなかった。それはこの場にいる美桜以外の三人の共通した気持ちだった。
「…ねえ、杏里。杏里も知ってた?」
「うん、知ってた。けどね、美桜と仲良くなって、違うんだろうなって思ったから。まさか美桜自身が知らなかったとは思わなかったけど……」
「そうだったんだ……」
「美桜綺麗だからそういう話題になりやすいのかも。一緒に登校するところを見かけた人が結構多いみたいで」
「そう……。っ、それじゃあもしかして天川君達、も?」
「う~ん、たぶん?」
「っ!?……そっ、か……」
困ったように杏里が言うと美桜は無意識に右手で自分の胸元の制服を握る。どういう訳か、その辺りにズキンと痛みが走ったように感じたから。
そして杏里の返事を聴いて思い至った。杏里はたぶんと言ったけれど、蓮は確実にその噂を知っている、と。
駅で昇と偶然会ったとき、どうして蓮が昇に謝ったのか。
『水波、すまない。全面的に俺が悪い。華賀さんは何も悪くないんだ。信じてもらえないかもしれないけど……、華賀さんのことだけは信じてほしい』そう言って頭まで下げた蓮。
あのときは意味がわからなかった。けれどこの噂を知っていたとするなら繋がってしまう。蓮は昇のことを彼氏だと思っていたからあんなことを言ったのだ。
もう一つ、こっちは自信がない、というかそんな勘違いをしていてほしくはないが、もしかしたら志保もそう思ってるのかもしれない。やたらと昇のことを良く言ったり、この間の言い合いのときにも突然昇の名前を出してきたりしていた。
今までは自分のことにも周りのことにも無頓着だった美桜。それは美桜が一人だったからだ。けれど今は友達がいる。そんな中、自分が知らない自分の噂があるということに美桜はうすら寒いものを感じた。
「美桜、本当にごめんね?美桜の知らない美桜の噂だなんて、そんな話嫌だったよね。本当ごめん!」
雪乃が両手を合わせて拝むようにして再度謝る。
「あ、ううん。その噂自体は誤解だけど、そんなのがあるんだってこと今知れてよかったって思ってる。ありがとう、雪乃」
「……あたしの方こそ。ありがとう、美桜」
恐る恐る美桜を見れば、美桜が微笑を浮かべてそう言ってくれたので、雪乃はほっと安堵した。美桜の言葉を聴いて、杏里と詩音も笑みを浮かべている。
全く関係ない人にどう思われていようと今の美桜も気にしない。けれど親しくなった人達は別だ。こうやって誤解を解けるものなら解きたい。だから今知れて本当によかったと美桜は思ったのだった。
それから四人は恋バナからは離れ、それでも話題は尽きず、お喋りを楽しみ、夕方に解散となった。
自宅の最寄り駅で電車を降り、自分の家までもう少し、というところで美桜は足を止めてしまう。なぜなら自分の家から出てくる昇を見つけたから。昇も美桜に気づいたらしく一度目を大きくした。が、すぐに何事もなかったように美桜の立つ方に向かって歩いてきた。
「よ。テスト終わりの日だっていうのに今日も友達と遊んでたのか?」
嘲笑するような嫌な感じのする笑みを浮かべながら昇は美桜に声をかける。
「……杏里達とテストの打ち上げをしていたの。勉強お疲れ様って」
「ああ、そう言えば毎日一緒に勉強してたんだっけか?」
どうでもいいことのように昇が言う。
「っ、どうして……」
どうして知っているのか、美桜は昇に勉強会のことなんて話したことはない。というか、そのことに限らず昇に自分のことを話したことなんてほとんどない。いつも昇が一方的に話すばかりなのだから。
「は?」
「……どうして昇君が家に?」
けれど今はそれよりもこちらの方が気になった。
「どうしてって、おばさんに呼ばれたんだよ。おばさん、美桜のこと心配してたぞ?」
言いながら昇は嫌な感じのする笑みを止め、目の前にいる相手、美桜に対して嫌悪感を露わにするように不機嫌な表情になった。
「え?」
「テスト前に連絡があって、けど勉強があるだろうって俺のこと考えてくれてテストが終わる今日呼ばれてたんだよ」
「なんで……?」
どうして志保が昇を呼び出すのか。訳がわからないが、ぞわぞわと得体の知れない何かが蠢いているような、そんな不快感や嫌悪感のようなものを美桜は感じた。
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