第46話 彼女は想いとともにスマホを胸に抱く

 ワンコール、ツーコール。

 美桜の体感では呼び出し音がとても長く感じた。緊張からか、身体には力が入り、鼓動が速くなっているが美桜は全く気づいていない。

 すると、呼び出し音が途切れ、スマホから蓮の声が聴こえた。

「華賀さん?どうした?」

 美桜へ質問の答えを送り終えて緩んでいた蓮は突然の着信に驚いた。けれど画面を見てみれば相手はその美桜で、先ほど送ったメッセージについて何か話したいことでもあるのかもしれないと考えていた。

「あっ、その、突然ごめんなさい」

 繋がったら繋がったで、話すことを全く考えていなかった美桜はパニックになってしまい、何と言えばいいのかわからず、とりあえず謝った。

「いや?全然構わないよ。わかりにくいところとかあったかな?」

「え?…っ、あ、いえ、その……」

 蓮に言われて、送られてきたものをちゃんと見ていないことに気づいた美桜。

「ん?」

「……ごめんなさい。まだちゃんと見れていなくて……」

「そっか。……何かあった?」

 蓮はその言葉を意外に思ったが、それよりも別のことに気づいてしまった。美桜の声が枯れているというか、鼻声というか、スマホ越しでもわかるくらいにいつもの美桜の声と違っているのだ。

「っ!?」

 蓮の気遣うような声に息を呑み、それと同時にそこでようやく美桜は我に返った。どうして自分は蓮に電話しているのだろうか。今まで電話なんてしたことなかったのに。蓮に迷惑ではないだろうか。そんな不安とは裏腹に、美桜のぐちゃぐちゃになっていた心が少しずつ落ち着いてきていた。

「……ごめんなさい。自分でもよくわからなくて……。こんな時間に迷惑ですよね?」

 時刻を確認していなかった美桜は今が何時か正確にはわかっていないが、室内は真っ暗なため、夜だということはわかる。

「いや、全然。迷惑なんてことはないよ」

 蓮の言葉一つ一つが優しい。美桜の冷え切っていた心に温かさが戻っていく。

「ありがとうございます。……こうして話したかったのかもしれません」

「そっか。そういうこともあるよな」

「あの、天川君は今何をしていたんですか?」

 美桜がひねり出した話題はそんなものしかなかった。

「俺?俺は華賀さんにメッセージも送れたし、後はダラダラしてようと思ってただけかな」

 けれど蓮は嫌な様子を一切感じさせず、自然に答えてくれた。

「もしかしてまたネット小説、ですか?」

「まあ、そうかな」

「ふふっ、本当に好きなんですね」

「そうだな。華賀さんは?何してた?」

 美桜の細やかな笑い声につられるように蓮からも苦笑交じりの笑いが零れる。確かに暇があれば読んでるなと自分でも思うからだ。そして自然な流れで美桜に訊いた。

「私は……」

「うん」

「……天川君は最近の私、どう思いますか?変、だと思いますか?」

 それは会話になっていない質問だった。何をしていたか訊いた蓮に対して、今の自分をどう思うかなどと質問で返すことは。けれど何となく蓮にはこれが、一番最初に感じた違和感、声がおかしいことに繋がっているのかもしれないと思った。

「…と思うよ」

「っ!?」

 胸の辺りがズキリと痛む。蓮の答えは志保と同じということか。ならば自分はやっぱり変なのか―――。

「表情が柔らかくなったと思うし、杏里達と仲良くなって最初の頃より毎日楽しそうだなって思う」

「え?」

「一緒に勉強会したり遊びに行ったりして華賀さんの新しい一面をいっぱい知れたし。ほら、ゲームが上手いこととかさ。印象は大分変わったかな。まあ、こんなこと言ってても、俺は三年になってからの華賀さんしか知らないんだけどな。でも学校では隣の席だし、放課後の勉強会とかで一緒にいることも多いし、俺でもこれくらい感じるくらいには変わったと思うよ?その上で一生懸命なところとか華賀さんが最初から持ってるいいところは全く変わってないって思う。偉そうに聴こえちゃうかもしれないけど、だからその変化は華賀さんにとってもいいことなんじゃないかって思うよ」

「っ、天川君……」

「って勝手に色々言っちゃったけど、ちゃんと華賀さんの聞きたいことの答えになってるかな?」

 トクントクンと心音が高鳴る。心はぽかぽかと心地よかった先ほどまでと違い、今や熱いくらいだ。こんなにも自分のことを見てくれて、わかってくれて。そしてそれを伝えてくれて。

「はい。十分です……」

 弱弱しい声で美桜は答える。顔が熱い。嬉しい、という言葉では言い表せない。むしろ少し恥ずかしいくらいだ。

「そう?それならよかった」

「……どうして……」

「うん?」

「……どうしてそんなに優しい言葉をくれるんですか?」

「ん~優しいかな?自分が思ったことを言ってるだけだからなぁ。それにきっと俺だけじゃなくて柊平や杏里だって同じように思ってると思うよ?」

「~~~~っ。……わかりました。もう大丈夫です……」

「わかった」

 それからしばらく雑談が続いた後、二人の間に沈黙が流れる。次に話し始めたのは美桜だった。

「……実は、今日、母と少し喧嘩をしてしまったんです」

「…そっか。それは悲しい、いや、苦しいな」

 最近の自分をどう思うか、変か、というのはもしかしてそういうことを母親に言われたのだろうか。

「っ、はい……。わかってもらえないのが悲しくて苦しくて、ずっと部屋でぼんやりしちゃってて、そんなときに天川君からメッセージが届いて……。気づいたら電話しちゃってました……ごめんなさい」

「謝ることなんてないよ。一人で抱えるのがしんどいことってあるからな」

「…ありがとうございます」

「いや、こっちこそ。話してくれてありがとう。伝わってほしい人に言葉が伝わらないのは辛いよな」

 蓮の言葉はすべて自分に寄り添ってくれている。自分の想いを言葉にしてくれているようだ。美桜はそう感じていた。

……。けど、また今度ちゃんと話そうと思います。天川君と話せてそう思えました」

 蓮と話せたことで気持ちが前向きになってきた美桜。声も少し張りが出てきた。

「そうか?俺は何にもできてない気がするんだけど」

!あ、ごめんなさい」

「くくっ、なんで謝るんだよ?」

「いえ、それは……」

「まあ、いいや。華賀さん、大分元気になってきたみたいだしさ。そう言えばずっと部屋にいたって言ってたけど、ご飯とか大丈夫なのか?」

「それは…まだ制服から着替えてもないです」

「そっか。なら明日も学校だし、そろそろ動ける?」

「そうですね……。はい、そうします」

 この時間が終わってしまうことを美桜は残念に思った。けれど蓮の時間も拘束してしまっているのだ。これ以上我が儘を言って迷惑はかけられない。

「わかった。前にも言ったけど、何かあれば遠慮しないで思ったこと何でも言ってくれていいから。俺はいつでも大丈夫だからさ。今も華賀さんが後は寝るだけだって言うなら問題なかったんだけど……さすがにな」

「っ、~~~~っ、……はい。今日は本当にありがとうございました」

「何もできてないと思うんだけどなぁ。まあ、どういたしまして。それじゃあ、また明日」

「はい、また明日」

「おやすみ、華賀さん」

「おやすみなさい、天川君」

 通話を終えたスマホを胸に抱く美桜。その顔は微笑みを浮かべていた。蓮の言葉に何度もドキッとさせられ、何度も嬉しくなった。もう少しだけこの余韻を噛みしめていたい。電話する前とは気持ちが全然違っている。美桜は活力が湧き、頑張ろうと思えるようになっていた。


 このとき、美桜の部屋の外に立っている人物がいた。志保だ。明日も学校だというのに食事もお風呂もまだの美桜にいい加減にしなさい、と言いに来たところで美桜の話声が聞こえたのだ。志保は電話が終わるまでそこに立ち尽くし、結局美桜に何も言うことなく険しい表情を浮かべて自分の寝室へと向かうのだった。

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