第44話 彼女は人に対して積極的になった

 もっと蓮のことを知っていきたい、そんな風に漠然と思っていた美桜に、より明確な目標というか望みができた。

 だからだろうか。それからの美桜はより積極的になっていったように思う。一本芯が通ったと言ってもいいかもしれない。心持ち次第で人はどんどん変わっていくという実例のようだ。

 学校ではこれまで受け身だった美桜が、杏里達はもちろんのこと、一緒に昼休みを過ごすようになった斉木雪乃さいきゆきの渡利詩音わたりしおんにも自分から話しかけるようになった。


 雪乃は毛先が外に跳ねている黒髪のショートヘアをしており、身長も高く活発な印象を受ける女子生徒だ。その印象通り、中学高校と陸上部に所属しており、スラっとしたスタイルをしている。

「雪乃ってもうすぐ大会なんだよね?」

 四人でお昼ご飯を食べているときのこと、いつもなら聞き役でいることの多い美桜が自分から雪乃に話しかけた。それは以前雪乃が大会に向けて追い込みを頑張っていると話していたのを覚えていたからこその言葉だった。

「覚えててくれたんだ?今週末が大会だから今は調整って感じかな」

「雪乃はすごいね。毎日部活頑張ってて」

「別にすごくなんかないよ。負ければそこで引退だし、あたしの場合は好きでやってることだからね」

「好きだから、か……」

「美桜だって好きだから続けてることとかない?」

「……うん。あるかも」

「へえ。美桜って部活には入ってなかったよね?どんなこと?」

「…私ね、物語を書くのが好きなんだ。本当は文芸部に入りたかったんだけど親に止められちゃって」

 これには一緒に話を聴いていた杏里と詩音も驚いた。美桜自身自分で言っていて、どうして今まで疑問にも思わず、志保の言う通りにしてたんだろうという気持ちが湧いてくる。

「そうなの?勿体ない。でも、書いてるんだ?」

「うん」

 美桜は気恥ずかしそうに返事をする。

「今度読ませてよ?」

 杏里と詩音もうんうんと頷いている。

「それは恥ずかしいよ……」

「美桜の作ったのあたしは読んでみたいけどなぁ。あ、けどそれならさ、賞とかには出さないの?詳しくはないけど色々あるよね?」

「賞?…そんなこと考えたこともなかった」

「折角好きなこと続けてるんだからさ、チャレンジしてみてもいいんじゃない?」


 また、詩音は茶髪のロングヘアを肩の辺りで纏めており、毛先の方を左肩から手前に垂らしている。また、均整の取れた体つきをしており、おっとりとした雰囲気の女子生徒だ。料理部に所属していて、お菓子作りが好きなようで、杏里や雪乃は何度も詩音が作ってきたものを食べさせてもらっている。美桜もすでに一度カップケーキを貰っており、昼休みに四人で食べたそれはとても美味しかったのを覚えている。


 この日は個人面談がもうすぐあるということで進路の話になった。詩音は外部進学を決めていて栄養学を学べる大学を志望していると言う。

「詩音はすごいね。やりたいことが決まってて、それに向かって一直線って感じで」

 美桜の言葉に杏里も雪乃も同意する。二人とも大学でやりたいことというのはまだ漠然としているようだ。

「そう?私二年のときに将来はお菓子作りを仕事にしたいなぁって思って。やっぱり作るのが好きだから。けど、うちの大学ってそっち系の学部はないでしょ?」

「それじゃあそのときにはもう外部進学に決めてたの?」

「うん。ふふっ、最初は専門学校に行こうって考えてたんだけど、両親とか先生とかと話して今の志望校に決めたんだぁ」

 将来、そして自分のしたいことが明確な詩音に三人は尊敬の眼差しを向ける。美桜に関してはそこにある種の憧憬も含まれていた。

「美桜だって法学部目指してるって言ってたじゃない?やりたいことが決まってるんじゃないの?」

「私は……」

 そこで美桜は言葉を詰まらせてしまう。以前、蓮にも尋ねられた。そのとき美桜は自分の将来のことなのに、今まで考えたこともなかったという事実に気づいたのだ。それからも法学部に理由は見つかっていない。いや、本当はわかっているのだ。行きたい理由なんてある訳がない。行きたいなんて思っていないのだから。色んな人と話せば話すほど自分がいかに志保に決められた通りに生きてきたのかを思い知る。そしてそれでは駄目なのだと、自分で考えて自分で決めていかなければいけないのだと美桜は考えるようになってきていた。

「……私はあらためて考えようと思ってるの。自分が何をしたくて、進路をどうしたいのか」

 その言葉に杏里は驚いた。以前、法学部を目指しているとはっきり言っていたからだ。てっきり本人の希望だと思っていたが、もしかしたらそれは違うのかもしれない。

「そっかぁ。まだ春だし時間はあるもんね。やりたいこと見つかるといいね?」

「うん。ありがとう詩音」


 そんな風に色々なことを話すようになっていき、雪乃も詩音も美桜のことがわかってきて、その少し不器用な、けれど一生懸命な感じを好ましく思った。


 また、蓮の家での勉強会は翌日からちゃんと適度に休憩を挟みながら勉強をするようになった。そんなある日の休憩中のこと。

「天川君は休みの日とか何をしてるんですか?」

「俺?」

「はい。以前、日下君はゲームとか漫画っていう話を聞きましたし、杏里は予定がなければ寝てるって聞いたので天川君はどうなのかなって」

「美桜は趣味で物語作ってるんだよね?」

「うん」

「ああ、なるほど。俺はよくネット小説を読んでるよ。無料だし色んな話が読めるから」

「っ、そうなんですね……」

「今はどんなの読んでるんだ?」

 柊平がこの話題に乗っかる。

「ん?ファンタジーだよ。『sakura』って作者のやつ」

「~~~~~っ」

 蓮の何気ない答えを聞き、美桜の肩にぎゅっと力が入り、みるみる顔が赤らんでいく。

「へぇ。面白いのか?」

「ああ。心理描写が丁寧で読み始めると結構止まらなくなるんだよな」

「なるほどな。俺もちょっと読んでみようかな」

 蓮と柊平の間で話が進んでいく。柊平が蓮にサイト名を聞いたり作品名を聞いたりしている。

「美桜?どうかした?」

 そんな中、美桜の様子がおかしいことに気づいた杏里が尋ねる。

「っ!?ううん、なんでもないの。大丈夫」

 慌てて杏里に答える美桜。

「そう?」

 杏里は不思議そうに首を傾げるが、大丈夫と苦笑を浮かべて言う美桜を見てそれ以上は訊かなかった。

 本当のことなんて言える訳がなかった。蓮が読んでいるという作家が、まさか自分のペンネームと同じだなんてことは。

 この後、美桜は自分の心を落ち着けるのに苦心するのだった。

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