第42話 どうしてか彼のことが気になる

 明日から勉強頑張ろうと気合を入れ直し、皆が帰ろうと立ち上がったところで杏里はあらためて写真に目が行き、蓮に尋ねてみた。

「この写真のお二人って蓮のご両親?」

「ん?ああ、そうだよ」

「そっか。きっと優しいご両親だったんだね。皆でこんなに幸せそうに笑ってる」

「あ、私も素敵な写真だなって思いました」

「杏里…、華賀さんも……。ありがとう」

 蓮はもう写真の中でしか見られないことに寂しそうな、けれど言われた言葉は嬉しいというような何とも不思議な趣の複雑な笑みを浮かべた。

 その笑みが何だか印象的で、美桜は蓮の両親について正解に辿り着く。どうして蓮が一人暮らしをしているのか。

「あの、天川君のご両親は……?」

 言葉が尻すぼみになる。もしかして、と思ったがそれ以上先の言葉は言えなかった。けれど美桜の言いたいことはちゃんと蓮に伝わった。

「?ああ、そっか。うん、中二の時に、交通事故で二人とも、ね」

「っ、ごめんなさい!」

 やっぱり、という思いと不躾なことを聞いてしまったという思いが美桜を同時に襲う。

「いやいや、謝る必要なんてないよ。もう昔のことだし、柊平と杏里にも前に話してることだしさ」

「すみません…、ありがとうございます。けどそうだったんですね……。それじゃあ天川君はそれからずっと一人暮らしを?」

 蓮が不快な思いをしていないようで美桜はほっと安堵する。そして何の気なしに言葉を続けた。

「いや、一人暮らしを始めたのは高校に入ったときからだよ」

 けれどそれに対する回答の際、一瞬、蓮の表情が冷ややかなものになるのを美桜は見た。

「え?」

 考えずに言ってしまった言葉だったが、自分で言っていても違和感はあった。両親がいなくなってしまった中学生が一人暮らしをするものなのか。そうは思えない。普通は祖父母や親戚などに引き取られたりするものなのではないだろうか。いや、そういう人達と上手くいかなかったからこその今なのだろうか。

「さ!こんなどうでもいいこといつまでも話してたら遅くなるぞ?皆もう帰るんだろ?支度はできたか?」

 美桜が次々と浮かんでくる疑問でいっぱいになっていると蓮がこの話はお終いと言わんばかりに三人に言った。表情は元に戻っているが、美桜には蓮の言葉がこれ以上踏み込んでくるなと言っているように感じた。

「へ~い」

「は~い!」

 柊平と杏里が蓮に返事をする。

「華賀さんは本当に送っていかなくて大丈夫?」

 二人の返事を聞いて、蓮は再度美桜に尋ねる。一応今日は解散という話になったときに一度聞いて大丈夫だと美桜から返事は貰っているのだが、それだけ蓮の中で震えていた美桜の姿が強く印象に残ってしまっているのかもしれない。

「あ、はい。二駅だけですし、大丈夫です。ありがとうございます」

 自分を気遣ってくれる蓮の言葉に、くすっと小さな笑みが美桜の口元に浮かぶ。擽ったいような温かいような不思議な感覚だ。

「わかった。それじゃあ皆気をつけてな」

 蓮が玄関から見送り、三人は彼の家を後にするのだった。


 遠くに見える夕陽が三人の影を長くする。

 駅までの道を三人は端に寄りながらも並んで歩いていた。杏里が中心となって話しながら歩いていく三人だったが、段々と会話が無くなっていく。それというのも、美桜がずっと何か考え込んでいる様子だったからだ。

「美桜?どうかした?」

 美桜の様子には蓮の家を出てすぐに気づきそっとしておこうと思ったが、とうとう放っておけなくなって杏里は美桜に尋ねた。

「え?あ、ごめんなさい」

「謝る必要なんてないよ。何か考え事してた?」

「うん……。ちょっとね、考えちゃって……」

「何を?」

「…天川君、どうして一人暮らししてるのかなって」

「美桜……」

「ごめんね、変なこと言って」

 無理やり笑みを作って杏里に言葉を返す美桜。

 考えても仕方がないことなのにどうしてこんなにも気になるのか。自分でも理由はわからない。蓮が隠そうとしているように感じたから?疑問に思ったことをただ知りたいだけ?どれもしっくりこない。強いて言うなら、蓮のことだから、だろうか。蓮のことだから知りたいし、理解したい。そんな感じだった。

「……なあ、華賀。気になるのはわからないでもないんだけどさ、蓮にあんま昔のこと聞くのやめてやってくれないか?」

 これまで黙って聞いていた柊平が何とも言い辛そうに美桜に言った。

 あのとき蓮があからさまに美桜との話を終わらせたことは杏里も柊平も気づいていた。柊平は、だからこそ美桜が余計に気になってしまったのだろうと考えたのだ。


 柊平は初めて蓮が自分の家に遊びに来たときのことをよく覚えている。柊平の家は今時珍しく二世帯住宅で、柊平の父方の祖父母と一緒に暮らしている。遊びに来た蓮に対してわざわざ買い出しに行っておやつを出してくれたり、日常的な孫と祖父母の気の置けないやり取りを見た蓮が言ったのだ。

「柊平はじいちゃん、ばあちゃんともすっげー仲いいんだな」

 そのときの柊平を見る蓮の表情は眩しいものを見るような、羨ましいものを見るようなそんな表情だった。

「そうか?お前のとこもこんな感じじゃないのか?」

 仲がいいというよりもこれが普通だと思っていた柊平は何気なく言った。このときには蓮の両親がすでにいないことは知っていたため、むしろ自分のところよりも仲がいいんじゃないかと思ったのもある。祖父母からすれば蓮は忘れ形見ということになるのだから。このときの柊平には、自分達くらいの孫がいると考えたときの年齢的にも、自分の祖父母が健在であることからも、蓮の祖父母が父方、母方ともにすでに亡くなっている可能性については頭から抜けていた。

「ありえないな。あんなのと一緒にしたら失礼だ」

 蓮は鋭い口調で、能面のような、冷ややかな表情を浮かべていた。

 だが、すぐに我に返ったのか、表情を和らげ、苦笑を浮かべながら続けた。

「父さんの方は俺が生まれる前に亡くなってるんだ。だからまあ俺の家族は死んだ両親だけってことだ」


 柊平はこのときのやり取りで蓮が母方の祖父母といい関係を築けていないことは察することができた。

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